02
今私は女で二人、祖母との二人暮らしをしている。
母と父は幼い頃に母は私が五歳の時に病で、
父は私が九歳の時に朝早くに仕事に出て、そのまま帰らぬ人となった。
通勤に使用していた電車が事故に遭い、運ばれた病院先で息を引きとったとの事だった。
幼くして両親を亡くした私は近くに親戚もおらず、二つ隣の県に住んでいた母方の両親である深山家へと引き取られた。
元々両親と住んでいた土地は都会ではないが
少なくともスーパーやコンビニエンスストア等も徒歩で三十分圏内にはあるので、
特に買い物には困らない場所に住んでいた。
祖父母達の住んでいる家は小さな頃に両親に二、三度連れて行ってもらっただけで
本当に自分の記憶なのかを疑ってしまうくらい朧気にしか覚えてはいないが、とても緑豊かで、
深山家は神社の隣に建っていた気がするということくらいだ。
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祖父母の住む村、河ヶ蔦村。
山に囲まれた盆地で、村からの最寄り駅は隣町にあり、車でおよそ一時間ほどかかる。
よく言えば自然に溢れ、悪く言えばとても田舎だ。
だがそんな村だが自然豊かで緑に溢れ、季節に折々の花が咲く。
その景色はとても美しく、伝統工芸品や特産物なんかもあり旅行の観光客などもちらほらとやってくるのでそこまで閑散としているわけでもない。
お土産屋さんや民宿をを営む中年の女性や目尻に皺を携えているお婆さんは家の縁側でお茶を飲むでもなく接客や料理の下ごしらえに精を出している。
村にはお年寄りばかりではなく、若者も住んでいる。
河ヶ蔦学園――― 村唯一の学校で、小中高一貫の指導体制をとっている学校である。
一クラスおよそ二十名ほどで一学年二クラス。
隣の町から来た生徒もいる為、男女別の寮を設けている。
といってもまだ学園自体出来てからまだ二十年ほどしか経っていないらしい。
学園を建てる際に近隣との合併の話も出たが、村人からの反対が大多数であった為合併の話は今のところ白紙になったとのことだ。
町の最寄り駅から軽トラックで迎えに来てくれていた祖父の助手席に座り、道中そんな話を聞かせてもらいながら窓の外を眺めた。
「…良い天気だなあ。」
雲ひとつ無い晴天の中、ボストンバッグを膝に置きこれから新しく変わる環境についていけるのか不安に思いながらも車の心地よい振動にゆっくりと目を閉じた。
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「ついたぞー、詩音。」
「ん…。あ、鳥居…」
どうやら日差しの暖かさと車の振動に眠ってしまっていたようだ。
祖父に起こされ車を出ると、目の前には石畳の通路、その入り口には朱色の鳥居が建っていた。
「久しぶりにきたじゃろ。また後で参拝にきたらどうだ
走り回ってこけるんじゃないぞ。」
「もうそんなことしないよ。」
小さな頃の話を引き合いに出し、からからと笑っている祖父を横目に
目の前に広がる大きな鳥居を見つめた。
「大きいね。」
周りを見渡すと神社の入り口から左右を囲うように大木が生え、鳥居の先、石畳の先には木造建築の建物があり、少し離れた右側に社務所と書かれた名札の下がった建物がある。
「まっすぐ行ったとこにあんのが本殿だ。神様が祭られてるから勝手に入っちゃいかんぞ!あとそれより後ろは山だから一人であっこには行くなよ。」
軽トラックを社務所の裏手、神社の敷地から出てすぐ隣に建つ一軒の家の拓けたスペースに停め、
そのままこっちに来いと手招きをしてくる。
「ここが家だぞ」
「…何年ぶりかな。お爺ちゃんの家に来るの」
「五、六年くらいぶりかもしれんなあ」
目の前に建つ家はそこまで大きくはない平屋の日本家屋だ。
所々柱や瓦が汚れ、古びている。
ガラガラと引き戸を開き、ただいまーと言いながら玄関へと入っていく。
靴を脱ぎ、ぎしぎしと軋む音を立てながら廊下を進み、
祖父が部屋の一つに入ったので置いて行かれぬよう続いて足を踏み入れた。
「お帰りなさい。早かったのね。」
「思ったよりも早く帰れてな。これさっき裏の横山さんがくれたぞ。」
「あら。今度お礼しないと。」
目尻に皺が刻まれ、白髪交じりの髪を結んで横に流した女の人が
祖父の後ろにいた私に気づき、にこりと笑顔を向け出迎えてくれた。
「久しぶり、おばあちゃん」
そこには昔見たときよりも皺の数が増えた祖母の姿があった。