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第七話 約束された勝利のドラゴンスレイヤー作戦

 ブラックドラゴンとの婚礼こと掻っ攫いの日は近づいていた。

 あと五日、プロヴィデン王国はドラゴンとの実に無謀な決戦を選んだようだ。

 山を要塞とした巨大バリスタや投網機の群れ、だが、その標高のさらに1km以上は上から落ちてくる火炎弾や毒の弾をどうするつもりなのだろう?

 そもそも足りていない射程をどう稼ぐつもりなのだろう?

 水平射撃の射程1kmと垂直射撃の射程1kmは大きく違うぞ?

 ダンジョンの出入り口を塞ぐ、という計画もあったようだが、夜毎に出入りするブラックドラゴンの目を盗んで作業することは出来ない。

 今日も今日とて、ブラックドラゴンこと『黒竜丸』はセレスティアラ姫と談笑に耽っていた。

 やはり戦いになると知り、王女と恋する乙女の間で心が揺れて酷く不安そうにしていたと、リア充ドラゴンが俺に愚痴ってきた。

 そもそも、百晩後という約束を破って「今日、お持ちかえりすれば良いものを」と言うと、断固拒否された。

「いくら我が主とは言え、譲れぬものは譲れぬ」

 格好付けはいいけど、そのせいでお前は負けたのだぞ?

 まぁ、その格好付けの精神に付け込んで勝利したのだから文句は言えないが。

 こいつもそうだが、上意下達の行き届かないこの命令系統はどうにかならんのか?

 上が黒と言って居るのに、下が白と返してくる。

 ニャンコもワンコもそうだった。

 主の命令よりも優先される自分ルールがあるようだ。

 確かに、子供を殺せと非人道的な命令が下されても、自らの良心に従ってその命令を拒否する裁量権が現場の兵士にはある。

 だが、こいつらの場合は人道に則った良心よりもっと酷い。

「自分の美意識にそぐわないから嫌だ」と、ぬけぬけと口にしやがる。

 なので、全方位に向かって精神攻撃を仕掛けてやった。


「金のカツラを被って白いドレスを身に纏えば、攻撃の前にセレスティアラ姫と一度確認する必要が出来てドラゴンも迷うんじゃないかな?」

 と、言う世迷言を山岳要塞に撒いてやった。

 結果として、ヒゲ面のオッサンの金髪白ドレスが山の中に溢れた。

 命を懸けた戦場だ、兵士たちもその程度の精神的苦痛や恥辱ごとき耐えられるだろう。

 耐えがたきは黒竜丸、ヒゲ面のオッサンが金髪のカツラと白いドレスをしてセレスティアラ姫の真似をしいるのを目にして、とてもとても理不尽な精神的ダメージを受けていた。

 きっと300%増加されたものだろう。

 事前に金のカツラと白いドレスを独占しておく仕手戦も忘れていない。

 安値で買って、高値で売る。

 商売の原則だ。

 インサイダーどころか自ら流行を作り出す商人の鑑だ。

 ちなみに現在は黒色のドレスを買い占めてある。

「婚礼の日は我と同じ黒色のドレスを望む」、と、黒竜丸から今日の夜にはセレスティアラ姫に伝えられる予定だ。

 ステータス表示からは『悪徳商人』の副業をプレゼントされた。

 もはやドンと来いだ。そもそも『男色家』以外はもうどうでも良いのだ。

 さすがにヒゲ面に金のカツラと白いドレスならば『男色家』の称号も躊躇いを覚えるようで、普通に接することが出来た。

 『男色家』の称号はムキムキの兄貴が好きなのであって、変態やオカマが好きなわけではないのだ。

 スニークを使うまでも無く、ただの金髪のカツラと白いドレスを着込むだけで山岳要塞の中に溶け込めた。

 だがそこでステータス表示の野郎は『女装癖』の称号をプレゼント。

 狙ってやがったな? 貴様、だが、それは想定された攻撃だ。

 俺に脅威を与えるほどのことでは……。


『鑑定結果:女装癖(称号)

 意図的に性倒錯的な格好をした男性に与えられる称号。

 男性・雄に対する魅了効果20%アップ。

 また、女性・雌のファッションに対する造詣が深まり、細かな点に気付くようになる』


 くっ……地味に、痛い。

 素敵な殿方達へのセックスアピールが20%増しだと?

 このステータスの嫌がらせは蓄積と共に俺をベッドのなかでも素敵なキリングマシーンに仕立て上げかねん。

 どうりで先ほどから擦れ違う変態(自作)どもの目に熱いものを感じるわけだ。

 ドラゴンを相手に一戦をやらかそうと言う突貫作業のなか、美しき変態の一人や二人混じったところで目立たないと思ったが、この俺の美しさが罪であったか……。。

 時折、憲兵らしき者に所属する部署を尋ねられたが、

「はっ、自分自身理解できない雑用係であります!!」

 と、答えたところ何事もなく釈放された。

 それほどまでに現場は混乱としていた。……あるいは、部署を尋ねられた理由は……考えないようにしておこう。

 漆黒のブラックドラゴンとの戦い、それに加えた金のカツラと、白いドレスがこの場のSAN値をガリガリと削って居るのだろう。

 正気で戦争などやっていられるか!!

 這い寄る混沌? それはスニーク状態で迫り来る未確認敵性戦力のことだろう!?

 つまり、『俺』だ!

『パーパパパーパーパッパパー♪ 這い寄る混沌の称号を入手しました』

 あぁっ、またかぁ……。


『鑑定結果:這い寄る混沌(称号)

 膨大なSAN値ダメージを与えた者に対して送られる称号。

 スニーク等隠密行動に50%のボーナス効果を得る。

 精神的攻撃を行なった際、50%のダメージ増加の効果を得る。

 敵に発見された場合にも、その正確な正体を捉えさせ難くする』


 今までの悪行の数々。

 熊VS鬼VS蟻。

 生首増産プレゼント。

 ワンワン虐待。

 お貴族製、腰フリ自動人形の作成。

 オリハル根のホブゴブリン文明VS蜂。

 そして、女装集団溢れる山岳要塞。

 他多数。

 戦場という戦場を混乱に陥れてきたことによる、膨大な精神的ダメージを与え続けた結果の尊称だな。

 たまに良い仕事するなぁステータス君は。『ゲイ』ボルグの一件は決して許さないが。

 冷酷非道の鬼畜外道、残虐非道の卑怯卑劣、極悪非道の殺戮機械。まさしくコマンドー。

 感情に揺れることなく揺らされることなくただ殺戮という任務を遂行するための実に素敵な称号揃いだ。

 『男色家』すら、本当は任務に有益な称号だと理解はしている。が、理解と感情は別物じゃい!! ステータス!!


 山岳要塞の主要なマッピングを終えた俺は、途中、要塞の道すがらにスピカとシャウラとすれ違ったが、気付かれなかった。

 いや、気付いたのかもしれないが新しい有望株の勇者殿に宛がわれたようで他の男と一緒だった。

 俺に会わせる顔が無いのだろう……。


 ……そう言えば絶賛女装中の俺も会わせる顔が無かったわ!?


 ◆  ◆  ◆


「なるほど、婚礼の儀としての武勇を示すために、その前日に山岳要塞を落としてこいと言われたわけか」

 黒竜丸からの報告、それは良いおびき出しの手段だった。

 誇り高きドラゴンならば受けて立たない訳にはいかない。

 上空からブレス空爆して「はいお終い」という暴力の見せ方では武勇とも言いがたい。

「うむ、二万の兵士程度、皆殺しにして要塞を落とすことは容易いがセレスティアラは悲しむであろうなぁ」

 ジャイアントブラックベアの毛を使った網、これがプロヴィデン王国の切り札であった。

 流石にドラゴンであっても引き千切れまいという想定、黒竜丸もそれは破り難いと言っていたが、破れないわけでは無さそうだ。

 これを必中させるために、セレスティアラ姫に進言した者が居た。

 次女セレスティアル姫だ。

 ふふふ、あの毒婦め、ありがたいことに最後の最後までよく足掻いてくれるわ。

「これを伝えるとき、セレスティアラは泣いておったよ。悲しいことにな。我の死を悲しんだのか、要塞の者の死を悲しんだのか、それは解らぬが……我の胸が痛んだよ」

「ふん、要塞の兵士の死を悼んだに決まって居るだろう。お前の命なぞ一欠けらも心配もされてないわ」

 ボーナス350%。ダメージ倍率4.5倍の精神攻撃にのた打ち回る黒竜丸。

 リア充爆死しろとは言わない。

 ストレス死しろ。俺の言葉のナイフは鋭いぞ。

 言葉すら鋭きナイフ、それがコマンドー!! サー!!

 これはフレンドリィファイアではない、動物の躾だ!!

「まぁ、丁度良い。そんな下らない話よりも、ちゃんと黒色のドレスの件は伝えたのだろうな?」

「うむ、ちゃんと婚礼の日には黒色のドレスを所望すると伝えておいたぞ」

「……貴様は馬鹿か? アホウか? それともドラゴンか? 戦場で使わせるための偽装用装備である黒ドレスだぞ、婚礼の前日の戦闘に使われるなら婚礼の前日の際にも着てくるよう伝えるべきだろう?」

「ぬうっ!? ……確かに、然り……。わ、解った。明晩には伝えよう」


 黒色と言う色は、白いドレスにちょっと炭を擦り付ければ黒色に見えなくも無く、それほど売れ行き好調ではなかった。

 白と黒のドレスを売る順番を間違えたか……白は黒にできても、黒は白に出来なかったのに!!

 俺の『守銭奴』の称号がそうやって俺を攻め立てたのであった。


 ◆  ◆  ◆


 さて、スピカとシャウラが他の男に宛がわれたところで俺は堂々と王都のロイヤルスイートに帰ってきた。

 そしてまずは金庫内の軍需物資の確認だ。うむ、順調に減っている。

 軍需物資の横領、ではなく完全なる窃盗だ。

 ワンワン乙女騎士シャウラよ、部下ではなく虜囚として死よりも辛い拷問を味合せてやろう。

 なに、今の俺の精神攻撃のダメージ倍率はたったの4.5倍だ、前回の4.5倍の精神的苦痛ですむだけの優しい拷問だ。

 昭和のロボットシャウラが江戸時代のカラクリ人形シャウラに変わる程度の優しい拷問だ。

 そうして優雅なひとときを過ごしていると、ドレスコードも満たせない人間は入店そのものを拒否されるはずの部屋に客人がやってきた。

 アポイントメントすら無しにこの部屋にやってこられる人物は限られる。

 毒婦セレスティアル姫だ。


「お久しぶりですね。命を救われた一件以来、顔をお合わせして礼を述べることもなく失礼しました」

 テーブルを挟んでソファーに腰掛けたセレスティアル姫。

「なに、構うことは無い。こちらから逃げ出しただけだ。ブラックドラゴンとの無謀な戦いに巻き込まれないためにな」

 俺はソファーに横になりくつろぎながら適当に話を続ける。

「そのご様子だと『肌色の鎖』の称号は取れてしまったのでしょうね。スピカとシャウラを別の殿方に差し向けたのですから、当然の結果かもしれませんが」

 どの時点で呪いが解けたのかは知りようが無いだろうが、行方を掴ませない俺の行動に諦めを付けたのだろう。

 だから、スピカとシャウラの美しく柔らかな『肌色の鎖』は別の者に向けられた。

「それで今日、こちらにお邪魔したのは改めてブラックドラゴン退治を依頼するためです。報酬は言い値で、可能な限りお支払いいたします」

 国一個と、前回同様に吹っかけても良いのだが、踏み倒されるのがオチ。

 なので、現実的な報酬をつきつけておいた。

「スピカとシャウラをいただこうか、今度は鎖無しでだ。あと、ブラックドラゴンを退けた者をセレスティアラ姫の婿に迎えること。何しろドラゴンを退けた者だ、大した後押しも無く婚姻を結ばせることが可能だろう? その程度のことも出来ないなら話は無しだ」

 言葉の背景にあるものについて思案を巡らせて居るのだろう。

 スピカとシャウラを手元に戻すのは情が移ったからにせよ、セレスティアラ姫を向かえ入れることは、つまり、この国を手中に納めることに等しい。

 色々と策を廻らせているようなので、ここは精神攻撃を加えさせてもらおう。

 なに、たったの4.5倍の効率だ。汚い王族ならば軽く耐えられるだろう。

「姉は王位継承権を持ち、相手がドラゴンとは言え求愛され、そして、相思相愛の間柄。妹はその予備でしかなく、ただの政略結婚の駒の一つ。王位は手に入らぬ身。恋愛の一つも自由に許されない身。そんな状況下ではドラゴンと恋に戯れる姉の姿が実に憎々しげに見えたことだろうな。『肌色の鎖』の称号が教えてくれたよ。セレスティアル姫の願いはブラックドラゴンの討伐ではなく、姉が悲恋に苦しむ姿だとな。国威のため、民意のため、たしかにその通りだが、自らの嫉妬のためという一言を隠し通しておけたのは素晴らしい手腕だ」

 姫様が淑女の顔のまま、奥歯をギリッと噛み締める音が聞こえた。

 さすがは倍率4.5倍、王族のSAN値すら削るようだ。

「それでも、ドラゴン退治を引き受けてくれると?」

「正確には一匹のドラゴンをしばらく追い払うだけだ。百晩の後に迎えに来ると言った以上、誇り高きドラゴン様は山岳要塞で敗北すればオメオメと迎えに来るわけにも行かないだろう? それでセレスティアル姫の目的は達成できるはずだが? 姉の姫様も無事守られ、国威も民意も落とすことなく、妹の姫様の嫉妬の心も満たされる。さらに言えば、愛しのブラックドラゴン様が生きているのにも関わらず他の男の下に組し抱かれる姉の姿の方が……妹姫様のお気に召す終わり方なのではないかな?」

「……では、可能なのですね? それでは、お任せします」

 嫉妬と言う醜い心を暴かれた羞恥心にもダメージ補正が掛かるのか、実に苛立たしげな表情だ。

 だが、それと同時に、俺の示した姉の苦しみ様も気に入ったようで、ニヤリと口を真っ赤な三日月型に歪めた。

 ただ、生まれの順番が違った。

 たったそれだけで、人はこうも歪むものなのか?

「では、こちらの書面にサインをお願いしよう。一つ、俺は山岳要塞の戦いにおいてブラックドラゴンを退けるため尽力する。一つ、その報酬の前払いとしてスピカの身柄を完全に俺のものとする。一つ、その報酬の前払いとしてシャウラの身柄を完全に俺のものとする。一つ、山岳要塞の戦いにおいてブラックドラゴンを退けたものとセレスティアラ姫の婚姻を全面的に支持し、その婚姻関係の維持に努めること」

 何度も何度も文面を確認し、俺のほうを見つめると、セレスティアル姫は商契約書にサインした。

 彼女の目には、俺が平民の身から一撃で王位を狙う野心家に見えたことだろう。

 国を救うのだ、国を寄越せと口にした事もある。正当な対価だ。

「では、明日、戦場で結果をお見せしよう。さっそく、スピカとシャウラの身柄を俺の元に戻してもらおうか」

「えぇ、そのように即座に手配しておきます。婚姻関係の方も。貴方の謀略の手並み、期待しておりますわよ?」

 魔法と言うのは便利だな。

 呪いに等しい商契約が行なえるのだから。

 黒竜丸に自ら血を流させてまで作った竜の魔法の商契約書。

 もしもこの契約の文面を破ろうと試みれば肉体のみならず精神にまで激痛が走るというのだからドラゴンロアとは恐ろしいものだ。

 王族如きが踏み倒せる気でいるなら命がけで踏み倒してみると良い。

 死に勝る苦しみを味わいながら死ねないというのは、中々に辛いものだぞ? サー!


 ◆  ◆  ◆


「ナナシ様、ご無事だったのですね……」

「うぅぅぅ、にゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 シャウラとスピカが泣きながら抱きついてきた。

 スピカにいたっては幼児退行どころか種として退化してしまっていた。

 まぁ、この二人のことだ、他の男に宛がわれたといっても即寝とガン起き、手を出されたとは考え辛い。

 とは言え、一人の男として心が少々ザワつくので、聞くだけ聞いた。

「二人とも、処女か?」

「し、し、し、し、処女ですっ!! シャウラは清らかな身体のままです!!」

「スピカも、指一本触らせてないよ? ナナシ様じゃなきゃやだ!!」

 俺、この戦争が終ったら童貞捨てるんだ……そんなフラグさえ立てられない己が身が憎い。

 さて、二人の貞操の危機状態を確認したので戦況分析に移ろう。

 見通しの良いあの山岳要塞、金のカツラに黒いドレスを纏った変態どもでいっぱいだ。

 命が懸かってるんだ、この程度の女装ならいくらでもやってやるだろうさ。

 そんな中でも誇りを捨てられず立派な騎士鎧をそれでも脱がない奴は狙撃対象として率先して頭を撃ちぬかれる連中だ。

 戦場に来て階級章を振りかざすことはここに将校が居ますよと旗をふることと同じ行為だと知れ!!

 まぁ、いずれは嫌でも要人狙撃と言う戦術の登場と共に知ることになるのだろうさ。


 武装は巨大な攻城用のバリスタが多数に、魔法繊維で編んだ投網の切り札。

 二万を超える女装した変態どもの大編隊。

 これであの巨大なブラックドラゴンに勝てる確率は……0%だっ!!

 竹やりでエイブラムス戦車を倒そうと努力するくらい無謀だっ!!

 戦車砲を使用する以前にキャタピラに踏み潰されるだろう。

 無い袖を振り回して用意した結果としては称賛しよう。

 その無為極まる徒労には称賛を送ろう。

 俺は、たくさん銭を稼がせてもらったからな!!

 くくくくく、ナナシ屋、お前も悪よのぅ。いえいえ、コマンドー様ほどでは……。


 ブラックドラゴンとの闘争の第一勲功がセレスティアラ姫との婚姻と決まり、山岳要塞の全兵士が騒いでいる。

 これは事実上の次期国王がこの戦争によって決定するということだ。

 第二勲功にセレスティアル姫の名前は並んでいなかったので、政略結婚の駒は駒のままに温存されるようだ。

 契約どおり、かつ、国民を納得させ、そして兵士達の士気を高揚させる……そして、失恋に沈みこんだ姉を即座に望まぬ相手と結ばせる。

 よくもまぁ、ここまで悪知恵が働くものだ。

 げに恐ろしきは女の執念か。

 約束された勝利のドラゴンスレイヤーとしてはウキウキ気分で戦場を眺めていられるのだが。


 ◆  ◆  ◆


 やがて、太陽を覆い隠すような巨大なる漆黒の影が現われ、山岳要塞を飛び越えて、近くの平原に降り立った。

 その山岳要塞から少し離れた場所には観戦席となる場所が設けられ、立会人としてセレスティアラ姫の姿があった。

 金髪と黒ドレスの変態達は、それを見て愕然とした。

 巨大なるブラックドラゴンを見てか、己の尊厳を捨ててまで挑んだ女装の偽装が無駄に終ったことか、そのどちらかの理由で。

 俺はさらに離れた場所から、望遠鏡越しに見て大笑いをしていた。

 スピカとシャウラも傍に居る。

 透明ガラスの製造技術が無くとも、水晶とその加工技術さえあれば望遠鏡の作成は難しくない。

 双方のレンズの度を厳密に合せる必要のある双眼鏡は作れなかったが、単眼鏡はいくつか作れたのでスピカとシャウラにも渡しておいた。

 これだけ距離を離せばスニークするまでもない。

 これで二人が足手まといになることもない。

「あの~、ナナシ様? 私達は一体何をしているのでしょうか? ドラゴンを退治すると言う話でしたけど?」

「正確にはこの場に来たブラックドラゴンを退ける、だな。殺しもしないし、倒しもしない。俺達が何をして居るのかといえば、高見、いや遠見の見物だな。細工は流々、ちゃんとブラックドラゴンの相手をするスペシャリストを用意しておいた。その戦い、いや、喧嘩の見物だな」

「ナナシ様ぁ、ナナシ様ぁ。この筒、遠くの人が近くに見えますね」

 スピカが一生懸命に手で空中を掴む。

 感覚的には近いのに、手は届かない不思議を体験しているのだろう。

「便利だろう? あぁ、金髪のカツラは高価だと言うのに、投げ捨てて踏みにじっている。この分だと金の髪の相場が上がりそうだな。シャウラ、ちょっと切っても良いか?」

「嫌です!! そんな理由で切られたくありません!!」

 ちっ、貴様等の忠誠心はどうなっているんだ? たかだが髪の毛のことだろうが。

 自分など軍曹殿のお手で毛を刈られるどころか、生きたまま頭皮ごと剥がれたというのに! サー!!

 金髪のカツラを踏みにじり、黒いドレスを破り捨てたその下には筋肉の発達著しい殿方達の凛々しきお姿が……。

 さて、そろそろ開戦の時間だろうか、野に降り立ったブラックドラゴンが心弱きものを恐怖させる咆哮を放った。

 捕食者と、捕食される側、その絶対の格差がたった一つの轟きで伝わってしまった。

 弱者とは何万人集めても弱者でしかないのだ。

 己の死の恐怖を乗り越え、そして、未だ冷静に立っていられる者、それが勇者だ。

 そうすると、伏せて遠目の見物をしている俺は勇者では無いな。コマンドーだ。

 スピカとシャウラも咆哮に生物的な不安を感じたのか、身を寄せて、俺の身体の温もりを求めてきた。

 巨大なバリスタが、必殺の網が、無意味に投射されて、未だ遠く離れたブラックドラゴンとは全く係わり合いのない場所に落ちた。


 恐怖、それは判断を曇らせるものだ。

 恐怖、それは己の死を予感させるものだ。

 恐怖、それは誰かに救いを求めさせるものだ。


 一人の男がブラックドラゴンの前に立ちふさがった。

 黒き髪、凛々しき瞳、引き締った肉体、そして立ち昇るその闘気。

 そこに立っていたのは、まさしく伝説の物語から抜け出してきた勇者そのものであった。

「聞け! ブラックドラゴンよ! 我が名は『黒竜丸』!! 異国の姫君を浚わんとする邪悪なるドラゴンを退治する勇者の名だ!! いざっ、参るっ!!」

 ブラックドラゴンに立ち向かう勇者の名は黒竜丸。

 ドラゴンロアで人間に変化したとはいえ、ドラゴンはドラゴン。

 人の規格に収まることの無い身体能力でブラックドラゴンの攻撃を避け、そして、攻撃を打ち当てた。

 時には剣を、時には魔法を、ブレスを跳んで避け、迫り来る牙を鼻面を蹴って退けた。

 ちなみに、野に降り立ったブラックドラゴン。

 彼は黒竜丸の兄弟で、この約束された勝利(八百長)のドラゴンスレイヤー作戦に付き合ってくれた酔狂者だ。

 ただ、ちょっと鼻面を蹴られたのは痛かったようで八百長が兄弟喧嘩に発展しつつある。

 全てを知っている俺には笑い事だが、俺の傍の二人が伝説の英雄を目にしたかのように瞳を輝かせているのが少々、面白くない。

 山岳要塞の二万の兵士達、将校達もその戦いに魅入っていた。

 この異世界の伝説上の剣豪達って、実は全員、中身はドラゴンだったりするんじゃないのか?


 黒竜丸はよく戦った。

 だが、人間の身にサイズを貶めたせいか、それとも、事前にそうするように言い含めておいたせいか、ジリジリと後退して争いは徐々に山岳要塞に近づきつつあった。

 そして、勇者の戦いに鼓舞され、士気を取り戻した誰かが巨大なバリスタを放った。

 惜しくもそれは鱗に弾かれるに留まったが、山岳要塞からの攻撃が始まった。

 ブラックドラゴンの再びの咆哮。

 だが、それに怯える者は居なかった。

 勇者が居る。そして、自らの前に立ち、戦っている。あの巨大なブラックドラゴンと対等の争いを続けている。

 勇者『黒竜丸』に当てぬよう、気をつけながら自らも弓を放つ、魔法を放つ、バリスタを放つ、網を放つ。

 自らと対等に戦う勇者、そして、山岳要塞からの援護射撃、不利を悟ったのか、それとも、前もって言い含めておいたためか、ブラックドラゴンは天高くに逃げ出した。

「勝利だ! 人間の勝利だ!!」

 兵士達の歓声が沸きあがり、俺の爆笑が沸きあがった。

 俺の腹がねじれる程に楽しい一幕であった。

 いつまでも笑い続ける俺を、傍の二人は不思議そうな顔で見つめ続けるのであった。


 ◆  ◆  ◆


「痛かったぞ」

「済まぬ、兄者」

「い・た・か・っ・た・ぞ?」

「済まぬ、兄者」

 さすがにドラゴンが二頭も入れば狭苦しい巣穴の中。

 兄弟喧嘩の仲裁が待っていた。

 夜更け、祝勝会を抜け出してきた黒竜丸と落ち合い、ブラックドラゴンに戻ったその背に乗って巣穴に戻ってきた。

 麗しの美青年の勇者が突如ドラゴンに変化したところ、スピカとシャウラが驚きの声をあげたので胸がスッキリとした。

 これが、お前達と俺の目を輝かせていた美しい殿方の正体だ、知ることが出来てスッキリしただろう?

「うむ、オペレーションの最中に我を忘れて兄弟喧嘩に走った黒竜丸が全面的に悪い。主として謝罪しよう。百発までなら殴ってよし!! 殺さぬように気をつけてくれたまえ!! 黒竜丸は歯を食い縛り、腹筋に力を込めてこれを甘んじて受け入れるように!!」

「あ、主ぃっ!?」

「くっくっく、お前の主は相当に話が解るようだな。百発全部とは言わぬ、我の気が済むまで一方的に打たせて貰おう!!」

「我が主ぃぃぃぃぃぃっ!?」

 うむ、協力者には十分な見返りを与えねばな。

 一方的に兄弟喧嘩の相手を殴れる機会、これも報酬の一つだろう。

 計八十四発、尻尾や頭突き、噛付きなど、様々な方法での耐久訓練が行なわれた。

 四足歩行なのに膝から崩れた黒竜丸の頭を後ろ足で踏みつけにして君臨する勝利者の図など、壮観であった。

 ドラゴンがドッタンバッタンと暴れる中、ワンコとニャンコはまたしても四足歩行にまで退化していた。

 この二匹も精神的に鍛えねばいけない時期かもしれぬな。


 あぁ、黒竜丸の体から剥ぎ取られた貴重な鱗やら血やらはちゃんと回収しておいたぞ?

 もったいないお化けは怖い怖い。


 ◆  ◆  ◆


 さて、第一勲功はもちろん勇者である黒竜丸。

 前日のブラックドラゴンとの争いで酷い手傷を負ったのか全身のいたる所が青痣だらけであったが、ドラゴンと戦ったのだ、これは名誉の勲章だろう。

 恋に破れ、浮かぬ顔のセレスティアラ姫であったが、彼女もまた王族。

 巨大なブラックドラゴンを退ける勇者を、自らの王家に招きいれることの有益性は理解しているだろう。

 国王の決定に逆らって愛しのブラックドラゴンとの逃避行に走る事もできまい。

 その婚姻は即座に執り行われて王城内での式典も滞りなく行なわれた。

 さすがはセレスティアル姫、手抜かりも逃げ場も無き迅速なる手腕。

 彼女の頭の中ではきっと、ブラックドラゴンとの恋に破れた絶望の中、他の男の下、力で組み伏せられ涙を流す姉の姿が想像されているのだろう。

 女の嫉妬は恐ろしい、恐ろしい、恐ろしい、こんどはお茶が一杯恐ろしい。


 自室のロイヤルスイートでお茶を飲んでくつろいでいると、夜会を抜け出したセレスティアル姫がアポ無しで訪れた。

 たまには淑女らしくアポイントメントを取って欲しいものだが、王国内は何処も王族の庭先、アポなど必要ないのだろう。

「まさか、本当にあの巨大なドラゴンを退けてみせるとは思いませんでした。ナナシ様は敵に回すと恐ろしいお方ですわね」

「たまたま、知り合いにドラゴンに勝てずとも退けるだけの力の持ち主を知っていただけのことだ。依頼主の要望どおり、ブラックドラゴンを退け、そしてセレスティアラ姫には他の男との婚姻関係を結ばせる。国威も民意も下がらず、むしろ向上、ドラゴンを退けるほどの勇者が王族となった国を誰が襲うものか。その通り、俺は敵に回すと恐ろしい方なのだよ」

「えぇ、本当に恐ろしい方。ですので、ここで、消えていただきたく思いますの」

 『ライフフォースセンサー』が、このロイヤルスイートを包囲する二百余の兵団の存在を感知している、

 天井裏にもスニークの名を冠するには拙い技量だが、隠れたつもりの暗殺者まで配置している念の入れ具合。

 あの契約書が目障りなのだろう。

 契約書を持ち、内容を知る俺の存在が邪魔になるのだ。

 彼女は契約内容を踏みにじり、姉に更なる苦しみを与えるつもりのようだ。

 黒竜丸が麗しの殿方だったことも癪なのだろう……あれは、本当に美しき黒髪の美男……いや! ドラゴンだ!!

 しっかし、女の嫉妬は恐ろしいなぁ。

「そうだ、セレスティアル姫にお伝えしたいことがある。あの契約書なのだがな、アレはドラゴンの魔法によって作成された契約書で、契約事実に反する行為を試みた段階で死に勝る激痛が加えられるようになっている。君が契約を破ろうと認識した時点でそれは発動される。肉体は死にいたりはしないが精神は確実に破壊されるだろう。うら若き女性が糞と尿を垂れ流すだけの人生を送りたくなければ契約条件に逆らわない方が君の人生のためだ。それから、私の身に万が一のことがあった場合、黒竜丸には婚姻関係を破棄するように伝えてある。何、男と女の関係だ、婚姻関係が無くとも愛さえあれば繋がっていられる」

 セレスティアル姫が身体をビクンと震わせた。

 言葉の真実を試したのだろう、少々のアンモニア臭がした。

 彼女が味わったのは、それだけの激痛だったのだ。

「それからな、山岳要塞に降り立ったあのブラックドラゴンは毎晩のごとく城に求愛に来ていたブラックドラゴンの兄弟で、別人のブラックドラゴンなのだよ。そして、勇者の黒竜丸こそが人間に変化した当人のブラックドラゴンなのだ。今晩、相思相愛の二人が約束どおり百日目にして結ばれる。実に目出度いことじゃないか。黒竜丸とセレスティアラ姫の婚姻関係の維持のために、これからの生涯を存分に尽くしてくれたまえ?」

 手元のナイフを、一本、二本、三本、四本、五本、ナイフスローイング。

 天井裏で聞き耳を立てていた暗殺者には優しい即死をくれてやった。

 この宿の警備体制には問題があるな、あとで何らかのトラップを仕掛けておくか。

 先ほどから、正体を明かして愛しあう二人の姿を思い浮かべ、そして激痛に身を痙攣させ、怒りに顔を歪ませ、そして激痛に身を痙攣させ、想像し、激痛に痙攣を繰り返すセレスティアル姫。

 俺には無意味に女性を苦しめる趣味は無いが、有意義に女性を辱める趣味はあるので、存分に屈辱を楽しんでくれたまえ。

 あまりに楽しみすぎて精神が砕け散り、残りの人生がただの糞便製造機になりさがらないように祈るよ。

 なにしろ、俺の大事な協力者。いや、手駒だ。

「君の見解はとても正しい。俺は敵に回すと恐ろしい男なのだ。そして、君が俺を敵に回したのは最初に出会ったあの時だ。存分に後悔しながら有意義な生涯を送りたまえ」

 突入の命令が無いままに包囲した軍勢は動かない。

 まるで、ゴブリンを相手に円陣を組んでいた乙女騎士達のようだ。

 自らが将であり、自らが兵であるコマンドーは縛られない。

 将は将として縛り続けられたまえ、兵は兵として縛り続けられたまえ。

 暗殺者が入ってこれたのだ、だから俺にとってはそこが入り口であり出口だった。

 街中がブラックドラゴンを追い払ったことによるお祭りムードだったので、お祭り騒ぎのなか、人ごみの中に俺は姿を隠したのだった……。


 思えば、あの日、あの時、あの道に転移したのは、軍曹殿の配慮だったのだろう。

 この国の本当の敵、姉に嫉妬するあまり国すら滅ぼそうとした不遇の妹、セレスティアル姫に引き合わせるための配慮。

 自らが優秀すぎるあまりに無能な姉の存在を認められなかった不遇の妹、セレスティアル姫。


 しかし、この程度の任務をこなしたことで世界を救ったことになるのだろうか?

 軍曹殿は自分に向かって「好きにしろ。自由だ」とだけ述べられた。つまり、それが指令なのだから好きに致します! サー!

 この国における自分の任務は、ミッションコンプリートです!! サー!!


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