戦果報告
「戦争が、起きましたわね……」
「そのようだな」
教会というタガが外れた七つの大国は聖具狩りのために兵を動かした。
兵が動けば魔法も動く。戦争は魔法と魔法のぶつかり合いだ。
攻めるも魔法なら、守るも魔法。魔法学園一千年の膿とどちらが上だろうか?
「勇者狩り。自国の勇者を強めるための聖具集めに奔走してらっしゃるようですわね」
無敵の勇者を作り上げ、魔王に滅ぼされるか、自らの支配下に入るかを選ばせながら七つの国と教会は大きくなっていった。何度、三賢人が警鐘を鳴らしても彼等が掻き消していったのだ。
今ではその広大な版図を守るために他国に勇者を送る余力も無くなってしまったようだが。
逆に言えば、広大な版図を守るために他国から勇者を奪わなければならない立場になったようだ。
愚かな話だ。
黒竜丸の親父殿は言っていた。今回、出現する魔王の数は五百体以上だと。
……すでに八百三十四体を倒した身としては脅威に思えば良いのやら、気楽に構えれば良いのやら。
常在日常、リラックスして待つだけだな。
「ところで、先ほどから気になっていたのですが頭の後ろに硬いものが、これは何ですの?」
「ナニだ。セレスティアル姫ご待望の御堅いナニだよ」
現在していた膝枕はスタンダードタイプ。
そして救世主の恩恵で『男色家』を消した俺の『ゲイ』ボルグはオリハル根と化していた。
「う、う、う」
「う?」
「うひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
それは一国の姫君が上げる声ではないな。飛び起きて部屋の片隅に逃げた。
年頃の男女が二人、そして先ほどから誘うような真似を続けていたのはセレスティアル姫ではないか。
今更、そんなウブな姿を見せられても俺の心がバーニングするだけだぞ?
「だ、だ、だ、だ、だって! 称号が! 称号が!」
「あぁ、魔王を退治した褒美として消してもらった。うん? 今迄散々、アグレッシブに攻めて来たのはセレスティアル姫だろう?」
今も肌の透ける夜具を身に纏って俺を誘っている。
まったく、はしたないお姫様だ。
「ああう、あう、あう……心、そう、心の準備がっ!!」
「あぁ、心の準備はさせずに不意をつく。これがコマンドーの流儀だ。奇襲、サプライズアタックというものだ。覚えておくといい」
深夜の密会のために寝室の扉の前からは人を遠ざけていた。
それが裏目に出たのか表目に出たのかは知らないが、セレスティアル姫に『男色家』の称号が消えたことを納得してもらうための時間は夜明けまで十分すぎるほど残っていた。
やはりコマンドーには夜が似合うな。夜襲に奇襲それが基本だ。
では今、必殺のぉ、ゴールデンフィンガーッ!! フィンガーッ!! フィンガーッ!!
セレスティアル姫を肉体言語を用いて口説き落とすまでには一時間を要した。
俺が満足するまでには夜明けまでの時間を要した。
お帰りオリハル棍!! お帰りグングニール!! さようなら『ゲイ』ボルグ!!
◆ ◆ ◆
「ナナシ様は乙女心、ロマンやムードというものに鈍感すぎます!!」
ワンワンが珍しく反抗的な態度をとってきた。
うむ、間違いなくセレスティアル姫の愚痴関係だろう。
「もっと優しく、花を愛でるように、愛の囁きを交わしてですね……」
「それが、シャウラの希望か?」
「え? えーっと、はい、そうです」
あの姫様が何処までなにを話したのかは知らないが、シャウラの乙女心を憤慨させるだけのことを口にしたらしい。その割には明日の晩も秘密の会議があるからと呼ばれているのだがなぁ……。
コマンドーは口先の言葉よりも肉体言語を好む生き物なのだ。
「スピカも、二人で夜景を眺めながら等と言うパターンが好みか?」
「私ですかぁ? 私は~そうですね~、二人でお昼寝して~、お散歩して~、仲良くして~、そのまま~なんて素敵だなぁと思います♪」
「なるほどな、つまり、今の関係が良いと言うことだな?」
「そうですね~、そうなりますねぇ~♪」
スピカは手間の掛からない良い子だなぁ。
猫、可愛い。ワンコ、我侭。
そんな両極端な態度にちょうどぴったりの刑罰を用意してある。
「では、これより軍事法廷を開催する。被告人、スピカならびにシャウラ、両名に対する罪状は敵前逃亡!! 主文! オークロードの都市国家攻略時、地下下水トンネル内への突入をボイコット。そのため作戦崩壊の危機に陥れたことの責任は甚大であり、ここに極刑を申し渡すものなり!!」
「「えぇっ!!」」
なんだ? 二匹ともに驚いた顔をして?
まさか、許されたとでも思っていたのか?
「でも、でも、もうかなり時間が経って……」
「敵前逃亡の罪に時効は無いっ!!」
そう、貴様等が作戦を私情でボイコットすることにより仲間が死に至る可能性だってあるのだ。
人道的支援による横領よりもなお重い罪だと知れ!! 馬鹿者がっ!!
「わ、私みたいなぁ、身体つきに色っぽい服を着せてもぉ、面白くないですよぉ?」
ほほう、それがスピカの用意できた精々の言い訳か。
確かにスピカにきわどい服を着せても痛々しいだけだ。
大丈夫だ、スピカは今のスピカのままで良い。十分に可愛いぞ。
「では被告人シャウラ、この囚人服を着用しろ!!」
今回用意したのは服なのに服じゃない、身体のラインがクッキリ解る不思議なチャイナドレスだ。
どういう原理か解らないが、臍の形までクッキリ見えるのだから実に不思議だ。
流石は世界の管理者が用意した聖具である。
ドラゴンなのに龍の刺繍入りのデザインまで拘ってくれた。
ちゃんと脚線美を見せる左右のスリットも大胆に入っている。
だが何故か不思議な力によって大事なところは暗闇となり見えない素敵仕様。
今回はシャウラのチャームポイントである巨乳を活かすための乳袋仕様が大変に素晴らしい。
流石に胸のポッチが見えては可哀想だと右のポッチには『リンリン』を、左のポッチには『シャンシャン』を用意した。リンリンと鳴る可愛い鈴と、シャンシャンと鳴る美しい鈴だ。ちゃんと房も付けて大事なところは隠れるようになっている。
シャウラが歩く度に「リンリン♪ シャンシャン♪」と、素敵な音色を聞かせてくれるだろう。
さすがは神掛かった一品だ。実際に神だしなぁ。
「わ、私もぉ~、その服を、着るのでしょうかぁ?」
かなり怖気づいている猫、可愛い。
発育不良の自分のスタイルを気にはしているらしい。
……魔法学園に在籍中の大人のスピカを見る限り、将来性も無いからなぁ。
「安心しろ。スピカには別の罰を用意してある。スピカへの罰は、お昼寝して、お散歩して、仲良くするだけの簡単な懲罰だ。良かったな」
あぁ、実に簡単な罰だ。本当に簡単な罰だ。
◆ ◆ ◆
「リンリン♪ シャンシャン♪」
「リンリン♪ シャンシャン♪」
「リンリン♪ シャンシャン♪」
シャウラが足を勧める度に、二つの鈴が仲良く鳴り響く。
流石は神の用意した聖鈴、なんらかの魔力効果か心が癒されるし視線が行く。
首にはしっかりとした革の首輪、そこから伸びる鎖の端を握るのはスピカだ。
シャウラの口には猿轡を嵌めて、YESなら『リンリン』、NOなら『シャンシャン』を鳴らすように伝えてある。
口頭やそれ以外のボディーランゲージで答えることは許されていない。
その場合は刑罰の時間が双方共に延びるだけだ。
普通のワンコよりも意思疎通が簡単な分、お散歩も簡単だろう?
シャウラよ……俺はロマンやムードを非常に大事にする男だぞ?
神経由で聞き出した乙女シャウラの理想のデートコース百選を紙に書き写し、そこから更にプランを練りに練りって、連日連夜の散歩コースとしてスピカと二人で楽しめるように工夫したんだ。
お前の大事なロマンとムードをこうして踏み躙れるほど非常に大事に扱っている。
これで俺がロマンとムードに敏感な男だとこれで証明されたはずだ。
ロマンもムードも精神攻撃手段の一つだからな、ちゃんと大事にしているぞ?
スピカに与えられた罰はワンコのお世話だ。
鎖のリードを握って散歩に付き合い、後ろ手に縛られたシャウラに飲食店などで「あ~ん♪」をさせたりするだけの簡単なお仕事だ。
安心しろ、お前達が出向く店には前もってセレスティアル姫経由で圧力を掛けてある。
ドレスコード等で入店を拒否される恐れは一切無いぞ?
リンリン♪ シャンシャン♪ と鈴を鳴らすワンコの愛らしい散歩姿。
その後ろを鉄の鎖というリードを持って歩く飼い主のニャンコの愛らしい散歩姿。
ニャンコがワンコを散歩させる可愛い姿。
実に長閑な風景だ……。
ちゃんとスピカの希望通り、二人揃ってのお昼寝やランチタイム、仲良く公園で追いかけっこをして過ごす時間も含まれている。
このラブラブデートを通して二人の絆が強まるよう俺は願っているぞ。
未来のワンコマンドーにニャンコマンドーよ!!
まぁ、道行く人達には『変態』という言葉しか思い浮かばないだろうがな。
あと影ながらだが、二人の同僚たち、セレスティアル姫の近衛兵に護衛もさせてある。
あれだけのシャウラのエロティシズム。頭の悪い暴漢に襲われる心配もあるからなぁ……。
この俺の気配りの良さ、これでも繊細さが足りないと言うのか?
影ながらと言ったのに前を横切りジロジロと二人を見てプッと笑い、お互いの存在を認識させるあたり流石セレスティアル姫の近衛兵だ。解っているじゃあないか。
そして俺はただ、その後方3mを歩いているだけだ。三人での仲良しデートだ。
煌々とした輝きがあると、その傍のものは見えないものなのだなぁ……。
まだ一日目の半分の行程も終えていないのに、すでに二匹はグッタリと、世界の全てに絶望した顔をしている。
一週間、たった一週間、素敵なデートコースを散歩するだけの簡単な懲罰だぞ?
黒竜丸は一ヶ月も苦しんでいるというのに、ワンコとニャンコはたった一週間も耐えられぬというのか?
ちなみに未だ激痛に苦しむ黒竜丸には日々の慰めとして毎日のセレスティアラ姫の様子を伝えている。
先日は確か「なんだか最近の黒竜丸さまったら男らしくて~素敵になられましたわ。きゃっ♪」だったな。
実際に目から血の涙が出る事もあるのだなぁ。自分は経験済みですがっ! サー!!
その血の涙を自ら飲んで身体の傷を早く癒すことだ。
ドラゴンの血の治癒力はドラゴン自身には効果が無いらしいが、気合で頑張れ。
黒竜丸の親父殿は爆笑していた。実に解ってらっしゃる。
最近では兄の方も何気に会話に参加している。
『貴様ぁぁぁぁ!! 何処までいったぁぁぁぁ!!』
「ふん! 男と女の間を探るとは……我が弟ながら無粋な奴よ」
「うむ、無粋よな。だからセレスティアラ姫は……おっと、これは内緒だったな」
「ナナシ殿、それは秘密だと申し上げたはずだ。気を付けてくれ」
『セレスティアラになにをしたぁぁぁぁぁぁぁ!! なにをぉぉぉぉぉぉ!?』
『巣の中で煩いわぁっ!! ズズン!! ズズン!!』
『グ、グエアラウェアァァァァァ!!』
全治一ヶ月がさらに伸びたな。
まぁ、実際は嘘だ。……半分くらいは、嘘だ。
セレスティアラ姫には即日で偽黒竜丸の正体がバレた。女は恐ろしいのぉ。
バレたが、バレたならバレたで正体を明かして口説きなおすあたり流石は兄者。弟とは器が違う。
セレスティアラ姫も乙女。二人の男に求愛されるのも、それはそれで悪い気がしていないようだ。
女の心変わりは恐ろしいのぉ~。
『ふむ、済まぬ。ついカッとなってしまった。帰すまであと半月ほど延びてしまったわ』
「なに、構いません父上。それだけセレスティアラとの蜜月の時が延びたと思えば……」
『グ、グゴガァァゴグガァァァァ……』
もはや声ならぬ声、言葉ならぬ言葉で苦情を申し立てる黒竜丸。
「こちらも構わぬ。それだけ黒竜丸が鍛え上げられると思えば。親父殿よ……任せましたぞ」
『うむ、任せてもらおう。主に逆らうドラゴンが出たなど一族の恥、二度と逆らわぬよう教育してやるわ!! くははははははははははははははははは!!』
「ははははは、父上、死なせぬようにお願いしますよ。その場合は私がセレスティアラを……」
『ガゥゲゴガウゴゴゲガウァァァ!!』
うむ、種族が違えど家族の団欒とは良いものだなぁ……。
スピカとシャウラの素敵なお散歩デートは三日目で泣きを入れてきた。
だが、明日には魔法学園からスピカ達の団体王都見学会。
そして明後日にはシャウラの一族が王城の晩餐会に招かれる予定になっている。
プロヴィデン王国の近衛にまで上り詰めた娘の晴れ姿、見せてやらねばなるまい?
あぁ、ついでに三賢人も呼んである。
きっと奴等のことだ、スピカの精神を巧みに逆なですることだろう。
いやぁ、楽しみだ楽しみだ。
なので継続する。敵前逃亡を二度も繰り返す気か?
天下泰平、世は事もなし。
プロヴィデン以外の国々は戦国時代になっているが、見ず知らずの他人の為に働くほど俺は暇ではないのでな。
それぞれの国でそれぞれ頑張ってくれたまえ。
◆ ◆ ◆
世界全体が動乱を迎えていた。
奪い合い。殺し合い。滅ぼしあう。
だが、俺に与えられた使命は「好きにしろ。自由だ」である。
俺が勇者ならば見ず知らずの弱者のために奔走しなければならなかっただろう。
しかし、コマンドーの俺には見て知った小さな世界の平和と幸せで十分だ。
見ず知らずの誰かの為に命を懸けろ? お断りだ。お前が行け。
全人類滅亡の危機となれば全ドラゴンが最終安全装置として働くそうだしな。
その時までには身体を治しておけよ、黒龍丸。まったく期待はしていないが。
最近では勇者が暗殺されて聖具が奪われる事件が多発しているそうだ。
これは俺の仕業ではない。俺なら暗殺ではなくちゃんと失踪さて現場を混乱させる。
そもそも黒竜丸自身がその気になれば身を削って竜言語魔法ドラゴンロアを用いて似たようなものは造れたらしい。
聖具程度、奪うまでも無いのだ。そしてそれを主人に報告しない黒竜丸……。
セレスティアラ姫とのイチャラブに忙しくて伝え忘れていたらしい。
やはり……始末するか?
その一件を俺に報告したとき親父殿の逆鱗に触れてまた半月ほど完治が遅れた。
セレスティアラ姫の心の天秤は今、どちらに傾いているのだろうなぁ~?
最悪、プロヴィデン王国が……いや、魔法学園が残れば良い。
人類滅亡の最有力候補が人類存続の最後の砦というのもおかしな話だ。
本当の最悪の最悪の場合には、俺とスピカとシャウラ……まぁ、セレスティアル姫も含めてアダムとイブx3から人類をやり直すとしよう。
幸い、サバイバルスキルなら軍曹殿より十分どころか十万分ほど賜りました。サー!!
では以上、戦果報告終了であります!! サー!!
ナナシ自身の目的は『ゲイ』ボルグの解除で達成済みなので、完結というかエターナルというか。そんなところです。米兵がロシアでゴジラが出現したからといっても何もしないように、身内に危機が迫らない限り何もしないので。次に行ってみよ~