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第五話 コマンドーVSダンジョンVS大怪獣


 ダンジョンの入り口は荒野の大地にぽっかりと空けて挑戦者を待ちうけていた。。

 そこでまず表面の土を取り除き、地下一階層の天井部分を露呈させながら土嚢を作った。

 次にドラゴンピッケルで穴を空け、手榴弾を詰めて土嚢を被せる。

 ドラゴンピッケルで穴を空け、手榴弾を詰めて土嚢を被せる。

 直径約1000m、円周が約3000mなので、1m間隔で約3000回。

 それから穴掘りと手榴弾詰めの作業を地下九階層まで行なって約三万回。腰に来た。

 あとは魔王戦に備えて開発した必滅兵器の数々を戦場全体に配置して俺は一人、コマンドーとして死地に立っていた。

「なんだかぁ、面白そうだねぇ」

「そんな攻略法も~、あったんだね~」

「うん、面白そうだ。是非、拝見したい」

 ……余計な見学者が増えたな。

 俺が一人で全てを済ませるつもりだったのに。

 スピカとシャウラには遠方、魔法学園にて物資輸送のための待機……と言う名の避難をさせておいた。

 この三馬鹿が居れば、たとえ魔王が溢れ出してもなんとかなるだろうと思ったのだが……当人がここに来るんじゃない!!

「身の安全は保証しないぞ? なにせ、ダンジョンの次は魔王の大群だ」

 そうだ、ダンジョンの次は魔王の大軍団。

 およそ300m級の大怪獣の群れが溢れだす。

 この半年の間に使用された聖騎士達の魔法の数々も吸収されて、魔王の軍勢はさらに巨大に膨らんでいることだろう。

「大丈夫だよぉ。自分の身は自分で守るしぃ」

「魔法学園も~、三人で守るし~」

「うん、大丈夫だ。問題ない」

 あぁ、この距離で魔王が大発生すれば流石の魔法学園も危険域になるのか。

 たとえ『生きたい』という願いをコールドスリープで眠らせても、通過のついでに破壊されてはどうしようもない。

 この三馬鹿に、人間らしさ、執着心と言うものを感じたような気がした。

「こんな楽しそうな実験、見逃せないよぉ!!」

「そうだよ~、ずるいよ~、何で呼んでくれないの~?」

「うん、ずるいな。ちゃんと呼ぶべきだ」

 気がしただけだった。

 好奇心が勝っただけだった。

 もう、こいつらには何も期待しない。

「では、着火するぞ? 3・2・1・ファイア!!」

 第一投の手榴弾がダンジョンの外壁の内側、円周状に並べられた一つ目の手榴弾を爆破する。

 縦方向の衝撃は土嚢が防ぐため横方向に、外壁は魔法に守られているため、必然的に衝撃は下方と外壁に沿って走る。一つの爆破が次の爆破を誘発し、綺麗な円形の爆破が起きた。

 結果として始まるのはダンジョンの崩落だ。

 外壁との繋がりを失った内壁だけでは天井の重さを支えられない。

 適当にドラゴンピッケルで傷も付けておいたしな。

 更に、10mの高さから落下してきた石の塊が第二階層の天井を爆破して外壁との結合を遊離させればもう崩落は止らない。

 ダンジョン外壁の強度が心配だったが、かなり強固なようだ。問題なさそうだ。

 一段崩落するごとに爆破、崩落、爆破、崩落を繰り返した。

 天井兼床の厚みはおおよそ50cmだ。

 重さは水に対する比重が3で、1m立方あたりおおよそ3t。

 ダンジョンの面積は約80万平方メートルなので、天井板一枚あたり120万tだ。

 硬度はあっても靱性がないのは石の宿命。硬くて割れやすい。

 九階層を過ぎた時点で1200万t、内壁を含めればもっと重たい。

 その質量が10mの高さから落下してくれば、地下十階層の構造は耐えられない。

 一階層ごとに自重と崩壊速度を増していく瓦礫たち。

 聖騎士団が最後に到達した五十七階層目から音が変った。

 瓦礫によって圧死したモンスターから発生した魔水晶の爆破だ。

 流石に五十七階層のモンスターもこの質量攻撃には耐えられなかったようだ。

 瓦礫内部から多数の爆発の振動音が聞こえ、瓦礫の隙間から高温の蒸気が漏れ出していた。

 五十七、五十八、五十九、六十、EXPの加算を見ていると順調に崩落が進んでいることがわかる。

 魔水晶こと手榴弾は破損すると運動エネルギーと熱に変換される。

 運動エネルギーも逃げ場が無ければ熱に変換される。

 そのため予想していた通りに石の融点を超えての溶岩化が始まっていた。

 巨大な空気の泡がブクブクと浮かんでは弾ける。

 ダンジョンから湧き上がる熱波に下がろうとすると、三賢人が熱を遮断するシールドを張ってくれた。

 個人的に目視したいという目的で。

 巻き上がる粉塵も取り除かれた。

 溶岩化してしまえばもう粉塵も上がらない。

 ドロドロとした元ダンジョンの溶岩が、勝手にダンジョンを攻略していった。

 あぁ、勿体無い。勿体無い。

 無意味に消費される手榴弾が勿体無い。

 金や銀は冷えた後で掘り返せば良い。だが、手榴弾は勿体無い。

 グツグツと煮立った溶岩の海、やがてそれは地下三百階に到達したらしい。

 反魔法、負位置のマナを抑えていた『ダンジョンシード』が破壊され、溶岩の海から黒い煙が昇って来た。瘴気とでも呼べばいいのだろうか? 誰かが魔法で願いを叶えたツケが今、請求されようとしていた。

 ……その誰かの大半は傍に居る馬鹿三人だろうがな。


 ◆  ◆  ◆


 空中に浮かぶ物体の大きさを目視で測るのは難しい。比較対照が無いからだ。

 直径が……20kmほどの玉子状の球体か?

 それが……地上300mほどの上空に天高く聳え立っていた。

 ……太陽が見えない。

 やがて、その黒い卵の直下、中心点である部分が開いて第一の魔王が足元から出現した。

 巨人だ。300m級の巨人が黒い卵から赤ん坊のように生み出され、その最初の一歩を大地につけられなかった。

 うむ、直径1km、深さ3kmの溶岩海の直上だ。たかだか300mの身長の彼が足を伸ばしても付けられる足場など無い。

 落下の瞬間見た彼の顔は一つ目だったのでサイクロプスか何かだったのだろう。

 彼は地下3000mの溶岩海に落ちて亡くなった。死産だ。

 第二、第三、第四の魔王も死産だった。

 第五の魔王は頑張った、溶岩海に落ちる手前で翼を広げて頑張った。後は上昇気流に乗って……第六の魔王が直上から降ってきて台無しになった。哀れな……。

 百までは数えた。あとは数えていない。

 時折、魔王にくっつく形で現われる飛行可能な小型モンスターに鋼鉄の矢を投げて落とすくらいだ。

 レベルが物凄い勢いで上がっていた。

 そりゃあ、地下三百階層分の深層モンスターに魔王が200体分だ。

 投げつけるのにはその石でも十分なのだったのだが、音速という壁は石には厳しかったようで手の中で砂利になった。

 音速の壁にぶつかって、手が、痛かった。

 現在のレベルは2508。

 弓を引くと弦が千切れるか弓が折れる。なので、矢を直接投げた方が早くなってしまったのだ。

 80kgx250倍=20000kg=20t。

 ようやく重機業界の最低クラスに達したところだ。

 大型のフォークリフトさんやブルドーザーさんはもっと凄いからな。

 副業として『ターミネーター』に就いた。

 いやステータスよ、それは溶鉱炉で倒される側だからな?

 称号『救世主x232』の係数で現在の魔王の討伐数は確認できる。今、233になったな。

 魔王にくっつきながら生まれてくる小モンスター達も仲良く心中を重ねている。

 考えてみれば反魔法の塊と言ってもただの自然物のエネルギーの塊。台風や地震のようなものだ。

 意識的な戦略があるわけでもなく、ただモンスターを生み出す黒い玉子だった。

 俺はかなりやる気をなくしつつも魔王を一匹でも逃がせば大惨事は確実であるため寝ずの番を続けた。

 三賢人は早々に飽きが来たらしく、魔法学園へ帰って寝た。

 ……超古代魔法文明人達よ、お前達が敵に回したものはこの程度のものだったのだぞ?


 それにしても、称号の『救世主』が実に微妙であった。


『鑑定対象:救世主(称号)

 魔王を退治した者に贈られる地上で最も名誉ある称号。

 世界の管理者に無理の無い範囲で願い事を一つだけ叶えて貰える』


 嬉しいといえば嬉しい。しかし「願いを一つだけ叶えてやろう」や「願いを三つだけ叶えてやろう」なら有り難味もあるのだが「願いを二百三十三個だけ叶えてやろう」と言われると、実に微妙な気分になる。

 そして「無理の無い範囲」とつけるあたり、この世界の管理者である神の性根が解ってしまう。

 ちなみに三賢人は過去に好奇心で魔王を退治した際、不老長寿を望んだそうだ。

 バルタザールは一人、やっぱり髪の毛を生やしてもらった方が良かったかなぁ? と、後悔しているらしい。

 何だかんだで三人は研究者、他人に願いを叶えてもらってもそれほど嬉しくはなかったそうだ。

 願いがあるなら自分で研究し、努力して叶える。

 その過程を含めて楽しむものなのだとコマンドーには理解し難い思想を語って去っていった。

 コマンドーの思想は『願いがあるなら何でも使え』だからな。


 あまりに平和な魔王退治ももう三日目、徐々に冷えつつある溶岩海に魔王ゴーレムが落ちた。そして次に生まれたのは巨大な狼型モンスター、なんと融解途中のゴーレムを足場に3000mの垂直のダンジョンを飛び上がってきたのだ。

 おぉ、初めての魔王戦だ。

 本来、正面切って戦うのは流儀ではないのだが用意に用意を重ねた必滅兵器の数々が哀れだったのだ。

 兵器として作られた以上「俺を使え!!」と彼等が語りかけていたのだ。

 どれ一つとっても300m級のモンスターを倒せる必滅兵器の数々。

 出番が無いのも寂しいだろう。使われぬ兵器ほど悲しい物もない。


『鑑定対象:魔王フェンリル

 神代に滅びたと言われる巨大な魔狼。

 全身に強大な魔力が宿り、打撃、斬撃、刺突の全ての攻撃に対する極度の防御性を持つ。

 遠隔攻撃の手段は持たないが、その巨大な咆哮には周囲の者の精神を発狂させる効果がある』


 有名どころの狼神との対決か……これは胸が躍るな。

 それに咆哮による集団への精神攻撃、自身の短所を解って居るじゃないか。

 彼はジッと俺を見据えている。お前も俺を観察しているのか?

 さぁ、何処からでもかかってこい。俺は常に隙だらけだぞ?

 ふむ、貴様の選択は咆哮か……ならば、息を大きく吸い込んで~口を開けたところに焼夷手榴弾だっ!!

 喉奥が焼けて咆哮が盛大な咳き込みに変ったな。トロフィーが爆裂四散しなかっただけダンジョンのモンスターとは一味違う。

 だが、その熱傷と煙に転げ回っている姿は哀れだ。

 この必滅兵器二号『エイナルプラッガーMkⅡ・アグレッシブモード』で葬ってやろう。

 喉奥の熱傷に転げまわる魔王フェンリル、そんな無防備なお前にスキル!! 『アナルファック』を使用!!


『鑑定対象:アナルファック(スキル)

 外さない』


 実に解りやすい解説だ!!

 さぁ、この刺突攻撃に耐えられるだけの防御性能はあるかな?

 活躍筋を総動員して耐えて見せるが良い!! 魔王フェンリルよっ!!

 案の定、ヌルリと滑った槍の穂先は魔王フェンリルの体内に侵入。だが、アグレッシブモードはここからが違う!!

 槍の柄をグルリと一回転。俺は退避した。

 MkⅡの特徴は従来の三角錐だった形状を先端は三角錐、途中からは円柱状に、つまり細い座薬の形に仕上げたところだ。

 体内に侵入後、柄を捻るとMkⅡ内部で火薬が点火。次いで手榴弾が破裂。

 MkⅡ内部の水が蒸発しその膨張圧により返しの金属刃が敵の内部にて形成される。次に開かれた先端部から1700倍に体積を膨張させた水蒸気が放射され蒸気圧が大腸内から逆に小腸、胃までを駆け巡る実にアグレッシブな構造だ。途中どこかで腹膜が破れたのか、結局、腹部がパンパンに膨れあがった。

 蒸気の熱による多臓器不全と内出血で余命は長くあるまい。内包された200リットルの水が1700倍の体積の水蒸気となり1000度以上の温度で体内を駆け巡るんだ。

 これで死なない生き物はまず居ない。

 ファンタジー製のHEAT弾のようなものだ。

 事実、魔王フェンリル様はピクピクと哀れに震えているだけだった。

 今までとは違って反撃の機会を与えない尊厳破壊兵器『エイナルプラッガーMkⅡ』は巨大な魔王様すら瞬殺だ!!

『パパパパーパーパーパッパパー♪ 狼を孕ませし者の称号を(孕ませてないっ!!)


 ちなみにこの称号、

『鑑定対象:狼を孕ませし者(称号)

 狼の腹部を膨らませた者に与えられる称号。

 狼と性交渉を行なうことでワーウルフの亜人を生み出すことができるようになる。

 また、生まれたワーウルフの一族はあなたを長として絶対の忠誠を尽くす』

 という称号である。『熊を孕ませし者』の方はワーベアーだ。


 ……もしかして『豚を孕ませし者』の称号持ちがオークの祖先なのか?

 称号よりもその後のハードルが……そう言えば、昔々は羊をホールの代わりにしてたという話があったな。

 羊の変わりが豚でもそうおかしくは……いや、考えるのはよそう。

 亜人と書いて獣耳美少女が生まれるほど甘くはないこのファンタジー世界に新たな亜人を作る気はない!!


 ◆  ◆  ◆


「勝った……長く、苦しい、戦いだった……」

 俺は魔王達との戦闘に勝利したのだ……。

 俺は見事に世界を救ったのだ……。

 自分の!! コマンドーの勝利です!! サー!!

「ナナシ様? 私には、ずっと見ていただけの気がするのですけど?」

「うむ? 一応、一度は戦ったぞ? エイナルプラッガーMkⅡの前に滅んだがな」

「……え? あの巨大な魔王と戦った……のですか?」

「うむ。大きかった。だが、所詮は獣。コマンドーの敵ではなかったな」

 正確には知性の無い黒い卵が敵ではなかったのだが、そこから生まれた巨大モンスターもやはり敵ではなかった。

 累計、八百三十四体の魔王が生まれ、そして溶岩海にダイブして死んでいった。

 一体の魔王フェンリルを残し、残り全ては死産だったのだ。哀れな話だ……。

「アレで倒せちゃうなんて……聖具って、何なのでしょう?」

 エイナルプラッガーMkⅡをアレと呼ぶな。

 むしろいやらしく感じるではないか。

「うむ、それがな。聖具とはこの世界を見守るドラゴンが人の魔法とは違う形で生み出した魔王と戦うための武具らしい」

 それは、俺が気まぐれに『救世主』の称号を一つ使ってみた時のことだった……。


「参ったな……溶岩海の温度が下がり始めている……」

 魔王フェンリルとの一方的な死闘を繰り広げた後のこと。

 殆どの魔王は即死なのだが、熱に強い魔王達が即死しなくなってきたのだ。

 熱耐性のために苦しみながら死んでいくのは哀れなことだ。

 俺は考えた末に『救世主』を一つ使ってみることにした。

 称号、救世主を発動。

 するとどこからともなく重々しい声が響き渡った……。

『魔王を倒せし勇者よ、汝の願いを……二百五十八個ぉ!? ……か、叶えよう。ね、願いを言え……』

「うん? 貴様が世界の管理者か?」

『うむ、我こそがこの世界の管理を託されしドラゴンなり』

 世界の管理者はドラゴンだったらしい。

 なるほど、色々と期待外れな世界なわけだ。

 人間に都合が良くない。管理者がドラゴンならそうなるだろう。

「とりあえず、俺の目の前にある溶岩の海を沸点にほど近い高温状態で保温しておいてくれ」

『うむ、可能だ。しばし待て……終わったぞ』

 確かに願いは叶えられたようだ。

 ダンジョン跡地の大穴からは激しい熱波が噴き出し始めている。

 三賢人の残していったシールドが無ければ覗き込めないほどの熱さだ。

『では、残る願い二百六十個……待て、何故増えている?』

「それは現在進行形で魔王を生み出す黒い卵と交戦中だからだ」

 こうして会話を重ねている間にも生まれては死に、生まれては死に、生後10秒ほどで死んでしまう魔王達の幼い命が失われている。命とは、儚いものだなぁ……。

『……汝は、一体どういった戦い方をしているのだ?』

「うん? 世界の管理者なのに見えないのか? 何、黒い卵の発生地点直下に大穴を開け、その中の溶岩溜りに魔王を沈めているだけだ。今は逃亡者が出ないように監視中だな」

 また、生後間もない魔王が一体……。

『……ふむ、なるほど。それは効率的な処理法だな。称賛しよう』

 聖具をばら撒いて処理するよりも、ずっと効率的だろう?

「こちらも質問したい。聖具を、なぜ一人につき一つしか渡さない?」

 まるで殺しあいを推奨するかのような配り方。

 悪意があるようにも思えるのだが、目の前のドラゴンからはそんな感じがしない。

『ふむ、答えよう。それは一つあれば十分だからだ。聖具の効率的な使い方を考えて挑めば、あるいは聖具を使わずとも魔王は退治出来るものだ。汝のようにな。絶対に死なず、絶対に殺せる、そんな装備に守られた者を勇者とは呼ぶまい?』

「……確かに。それは安全圏から一方的に相手をいたぶるだけの殺戮者だ。勇者ではないな」

 戦車に乗って剣と槍の軍勢をいくら轢き殺しても、それは勇者ではない。

 むしろ、戦車に対して剣と槍で挑んだ側こそが勇者だろう。蛮勇だがな。

『故に、一人につき一つなのだ。それに聖具を創造するには我が身を材料として削らねばならず、それなりに痛みを伴うのでな……これでも痛いのは苦手なのだよ。くはははははははっ!!』

 確かに……一人に一つの聖具は使いどころさえ間違えなければ十分に魔王の退治も可能なものだ。

 ただ、人間は過剰な攻撃力、過剰な防御力、過剰な安全性を求める臆病者であるがゆえに聖具の奪い合いが始まってしまう……これも一つのカルチャーギャップだな。

 悪意があるように見えたのは自分自身、人間を鏡で見ていたせいだった。

『元々、自らが生み出せし魔王。自らの力のみで排除することが道理である。しかし……人間はあまりに弱いゆえな。絶滅だけはせぬよう道具を与えているのだ。それが我が主に託された使命ゆえな』

 自分のケツは自分で拭け。自分のツケは自分で払え。

 至極まっとうな道理だ。

 桃色エロゴンとは違うな、このドラゴンは話の通じるまっとうなドラゴンだった。

「俺の自称忠実なドラゴンとは随分と違うのだな。羨ましい限りだ……」

『うむ? 汝はドラゴンを従えているのか?』

「あぁ、アレコレ理由を付けて俺の命令を拒否するドラゴンをな。命令に従った回数より拒否した回数の方が圧倒的に多いくらいだ……」

『それは……ドラゴンの風上にも置けぬ奴だ。そのドラゴンの名はなんと言う?』

「『黒竜丸』だ」

『そうか……それは……愚息が世話になっている。今度、呼び出して説教をするとしよう』

 ……ドラゴン業界は狭いな。

 エロゴンの親が世界の管理者だったとは……。

「いや、今度と言わず今すぐに救世主の願いとして叶えてくれ」

『うむ、よかろう。任せて置け』

 ポキポキっと拳を鳴らす音がした。

 ドラゴンなのに器用なものだなぁ。

『ふふふ、セレスティアラ。今日も君は美く……親父!? なんで親父が!?』

『うむ、丁度、お前の主から命令不服従についての申し入れがあってな。……そのための折檻だ』

 黒竜丸の声が聞こえるのはサービスだろうか?

 粋なことをしてくれるなぁ親父殿。

「殺してはくれるなよ? いや、いっそスッキリするか……」

『その声は我が主か? これは一体どういうことなのだ!?』

『今、言ったとおりだ。主の命に従わぬ不届きなドラゴンに折檻を与えるための懲罰の時間だ』

『ま、まってくれ親父!! 我が主の命は理不尽なのだ!! やれ、どうせ生えてくるのだから鱗を剥がせろ。どうせ生えてくるのだから牙を抜かせろ。どうせ生えてくるのだから尻尾を斬らせろと言うのだぞ!?』

「うむ。どうせ生えてくるではないか」

『ふむ。どうせ生えてくるだろう?』

 気が合うな、親父殿よ。

「黒竜丸よ。主の名において命じる。一切の抵抗は許さぬゆえ、甘んじてその全ての折檻を受け入れるように!! 繰り返すが、黒竜丸の親父殿よ、殺してくれるなよ? いや、いっそのこと不慮の事故が起きても構わぬか……」

『安心してくれ。ドラゴンの骨は約一万三千本余り、その一本一本にヒビを入れるだけの実に優しい折檻だ。動けるまで癒えるには一月ほどかかるゆえ、その間、黒竜丸が貴殿に仕えられぬことを覚えておいて欲しい』

「うむ、了解した。親父殿の協力に感謝する!!」

『嫌だ!! アレだけは嫌だっ!! アレだけは嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

「主の命令として逃げることは許さん!! 貴様の不忠が招いた結果だと反省しろ!!」

 黒竜丸の親父殿は年の功からかコマンドーの秘術を会得しているらしい。

 黒竜丸よ、その激痛と共に性根、いや魂の奥底から鍛えなおしてもらえ!!

 しかし……親父殿の主の姿が思い浮かぶなぁ……。サー!!

 プロヴィデン王国の皇太子が一ヶ月不在……まぁ、これもなんとかなるか。

「あぁ、それから皇太子が不在では困るのでな。貴様の兄を『黒竜丸』代理として傷が言えるまでの間、セレスティアラ姫の近くに置くとしよう。なに、ドラゴン得意の魔法で姿形を似せるくらいどうにでもなるだろう。いざとなれば救世主権限を使う。黒竜丸よ、頑張って傷を癒すのだな」

 うむ、王国に皇太子不在と言う状態は困る。

 なに、エロゴンの変わりなど兄の方でも簡単に務まるはずだ。

 もともと奴は政務など行なっていなかったのだからな……。

『我が主よ!! それだけは!! それだけは!!』

『うむ、手配しておこう。奴は手が、いや、腰が早いゆえなぁ。どうなることか……くはははははははははっ!!』

「ふははははははははははははは!!」

『いやぁぁぁぁぁぁ!! 嫌だぁぁぁぁぁぁ!! 僕を帰してぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』

「いや、そこはお前の実家だろう? 帰ったばかりだ、一月ほどゆっくりしていけ」

 とりあえず、最後の一線は越えないようにと黒竜丸の兄には言っておこう。

 ……もちろん、言っておくだけだがなぁ?


 ◆  ◆  ◆


「では、今現在、お城にいらっしゃる皇太子殿下は?」

「兄の方だ。セレスティアラ姫は普段よりワイルドで落ち着きがあってカッコイイと褒めていたな」

 年齢の分、幾分か落ち着きのある振る舞い。そして自信に満ちた男らしさ。

 ちょうどいい、『黒竜丸』を処分して二代目『黒竜丸』でも立てるとするか。

 ワンコ=シャウラが頭を抱えていた。良い傾向だ。よく悩め。


 何でも斬れる剣がある。正面から300mの巨大モンスターに挑めば死ぬだろう。

 だが、正面から挑まないだけの知恵が人間にはあるはずだ。

 そのために人の胴体の上にはトロフィーが乗って居るのだからな。

 あるいは俺に狩られるために乗って居るかの二択だ。

 あぁ、爆裂四散させるための三択だったな。

 とにもかくにも裏をかけば十分に殺せるだけの道具だ。

 聖剣の柄にワイヤーでも取り付けて振り回せばそれだけでかなり凶悪な武器になるだろう?

 聖鎧があるなら手榴弾を抱えて自ら喰われろ。自爆だけど自爆じゃない素敵兵器だ。

 聖盾は……諦めろ。きっとお前向きの魔王も居る。魔王メデューサとかな。


 とは、行かないのだろうなぁ……。


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