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第四話 孤独で壺毒な勇者達


 魔王を魔法を使わずに討伐するための存在が勇者だ。

 そのための聖具であり、なんらかの縛りがあるのか一人の勇者に一点しか贈られない。

 一つの聖具では全長300mの巨大モンスターの相手など出来るわけもなく、結局、国を守るために勇者達は聖具を奪い争って殺しあう。

 そして、大怪獣に対抗できるだけの聖具を得た勇者が魔王を討伐をする。

 そして、勇者に守られなかった地は滅亡する。

 これが今迄の繰り返されてきた歴史だった。

 少数の勇者で守るには大陸が広すぎるのだ。

 魔王と言うからには配下となる大小のモンスター群も同時に生まれ、それらも倒さなければ成らない。

 彼等もまた反魔法の小さな塊、生命発見即惨殺の反魔法製モンスターである。

 ダンジョン内のモンスターはそれに習ったものであり、反魔法で作られたモンスターだったようだ。

 魔法で火や水や風が生み出せるなら、モンスターが生み出せても不思議ではない。

 古代遺跡の跡地とは、彼等に対抗するために古代文明が用意した要塞跡地だったのだ。

 なるほど、通りで古代文明の数が多いわけだ。

 何千年もの間、生まれては滅び、滅んでは生まれてきたわけか。

「生きてる限り、どこでも戦場か……」

 人間は魔法が無ければモンスターに対抗できない。

 対抗できなければ生存戦略に敗北して絶滅する。

 そして、魔法を使えば反作用として魔王が生まれる。

 結果として文明が滅び、人類は一からのやり直しを要求される。

 春夏秋冬、季節の巡りの様なものなのかもしれない。

「理解した。ここの魔王が出現する位置は解るか?」

「多分、ダンジョンの真上かなぁ」

「一番~、地脈溜まりの強いところだしね~」

「うん、ダンジョンの真上で間違いない。ちょうどダンジョンが噴出口にもなっている」

 そうか、なら、簡単な話だ。

「魔王退治引き受けよう、たかだか300mのモンスターだろう? 簡単な話だ」

 勇者だの魔王だのと随分話が大きくなってきたものだが、俺はコマンドー。

 たかだか勇者が勝てるものに自分は負けません!! サー!!


 ◆  ◆  ◆


 さて、都市攻略プランBの用意を整えて戻ってきた結果。

 シャウラが号泣していた。それを慰めるスピカ。いったい何があった?

「シャウラがぁ、オークロード達の文化水準を見てぇ、泣いちゃったんです」

「だって! だってぇ!! 豚なのにドレスとか着てダンスホールで踊ってるんですよぉ!! 私の憧れだったのにっ!! それもフルオーケストラっ!!」

 人種差別はよくないぞ? セレブを恨んでも仕方が無いぞ?

 あと、自分の乙女の夢を豚に上塗りされたくらいで泣くな……。

 ……いや、泣けるな、それは。

「涙を怒りに変えてプランを考えろ。俺は明日の夜には決行するからな。ちょっとシャウラの斧槍を借りて行くぞ?」

「ナナシ様ぁ? どちらに行かれるんですかぁ?」

「いやちょっとな、森に木を切りに行ってくる。俺は木こりだからな」

 現地で調達できるものは現地調達が基本だ。遠方から運ぶのは重たいからな。


 俺が木を切る。1スイング1ウッド。たまに2ウッド。流石はウッドスレイヤーだ。

 ダンジョンを地下二十階層まで踏破したことにより、さらにレベルはあがって現在225になる。

 80kgx22で2t弱を運べるちょっとした重機と化した俺だ。

 ……いや、重機は言いすぎた。手動の油圧式フォークリフト程度だ。

 男の浪漫、重機への道のりは長い。とりあえず20tは運べるようにならないとな。

 丸太が乾材でないことは残念だが、そこは質より量で補うとしよう。

 なるべく脂分の多い木を選んだ。量より質だが、質に拘らないわけではない。

 昼は木こり作業に徹し、夜は地下下水道の調査を進めた。

 鉄筋コンクリートの宿命だな。この構造になるのは。

 そして、また臭いと文句を……ニャンコマンドーにワンコマンドーよ、それで立派なコマンドーに成れると思って居るのか!? スピカに用意してもらった風呂に入ったのに、まだ臭いと文句を言われたため俺は一人で眠った……。

 この状態では明日の作戦プランが決行出来るのか心配になってきたな……。


 ◆  ◆  ◆


「では、シャウラから聞こう。都市攻略のプランは考え付いたか?」

「はい! 黒竜丸を呼びます!!」

「ほう、それで?」

「丸焼きにします!!」

「うむ、0点だ。シャウラよ、黒竜丸が自国の皇太子であることを忘れていないか? 戦場の最前線に立たせるつもりか?」

 俺もよく忘れるが、奴は皇太子だ。

 全く使えないエロゴンだが皇太子だ。

「えっ!? ……えーと、そうでした。でも、オークロード程度なら……」

「無論、無事だろう。だが、シャウラがセレスティアル姫に命令出来ないように、シャウラが黒竜丸に命令出来るわけでもない。指揮系統を逸脱したその思考は懲罰ものだ。反省しろ!!」

 ワンコマンドー、ションボリ。

 実際、悪い手ではないのだが黒竜丸の正体を知られるリスクが高すぎる。

 現状の我々はどのような魔法的手段で我々の活動を監視されているか解らないのだからな。

「では、続いてスピカはどうだ?」

「まず、ナナシ様が城壁上の全てのオークロードを殺害します」

「ほうほう」

 スピカも上司使いの荒い良いコマンドーになったな。

「続いて、下水道などの脱出口を塞ぎ、上水道を停止。逃げ出そうとするオークロード達が居れば、それを手榴弾で威嚇。その間に下流から傭兵を運んで包囲します。後は飢えて死ぬのを待つだけです」

「軍費はどうする?」

「ギルドからの報酬はほとんど無になりますが、これだけの文化、貴金属類が相当に得られるかと思います」

「ふむ、二つほど問題がある。一つは時間が掛かりすぎること。もう一つは……そこに居るシャウラが発狂しかねないことだ。これでオークロードの文化の内装などをじっくり見せてみろ。泣くどころでは済まないぞ?」

「……尊い……犠牲ですねぇ……」

 スピカとシャウラが本当に友人関係にあるのか疑わしい発言だが、女の友情は解らんな。

「駄目、スピカ!! あの都市、絶対に破壊する!!」

「え~っ? そんなに大したことないと思うんだけどなぁ……」

 片やクローン技術さえ持つ文化生まれ、片や石にモルタルを塗ったレンガ造りが精々の文化生まれ、カルチャーギャップだな。

 しかし、魔法学園に入ったときはこんなことなかったのに……あぁ、凄すぎて逆に理解が及ばなかったのか。

 立体ホログラムなどを普通に使ってたんだぞ?

「お願い、スピカ。あの都市、絶対に破壊するの!!」

「うん。じゃあ、ナナシ様に任せましょう。ナナシ様、おねがいしま~す」

 丸投げされたか。

 ニャンコマンドーよ、仕方のない奴だ。

「では採点は0点だ。戦友を裏切ってはいけない。これは基本原則だから以後注意するように」

「は~い♪」

「では、プランBの概要の説明にうつる」

 俺は作戦の詳細を説明をしたが、二匹の顔色が思わしくない。

 どうしたワンコマンドー、この都市を木っ端微塵にしてやるんじゃなかったのか?


 ◆  ◆  ◆


 私は深夜まで王の秘書としての務めを果たし、中央タワーの最上階からエレベーターで地上に降りた。

「暑い? いえ、熱い!?」

 地面のコンクリートが調理中のフライパンのように熱を発していた。

 もしも素足であったなら火傷を負っていたでしょう。

 靴底が軽く焦げていた。

 ビルの中は熱く無かったのに、道路に出た途端、熱気を感じた……。

 これはいったい何が?

 建物の外に出られない以上、ここに留まっていても仕方が無いと思い、私は最上階に戻って対策を考えた。

 おそらくは地下下水道内部での火災が原因だろう。

 けれど、下水道内部で火災? そんなおかしなことがあるのだろうか?

 私は顔を洗おうと、水道の蛇口を捻って顔を洗った。

 だが、水は出なかった。ぬるま湯が出来てきた。

 おかしい、今の季節には冷水が出るはずなのに。

 私はそのおかしさに気付きながらも、王の就寝を妨げるかどうかを迷っていた。

 そして、深夜で疲れ果てた私の身体は睡眠を欲していた。

 ソファーに横になるとそのまま寝入ってしまったのですが、ここで眠らなければ……いえ、起きて考えていたとしても結果は変わらなかったでしょう。


 朝が来てもタワーに当庁するはずの者達がやってこなかった。

 ビルの窓から見下ろす景色は無人の街。

 やはり道路からの異常な熱波が原因なのだろう。

 上水道を直接下水道に流し込もうと支持を出したところ、上水道の水が止まっていた。

 原因は不明だが、我々は今、何者かの攻撃を受けていた。


 二日目、熱波が引くことなく、熱気を感じた低層階の住人たちは各々のビルの上層階へと避難を始めていた。

 そして……そこに現れたのは人間の男であった。背中には大きな袋を背負っていた。

 彼が手に持っていたのは火の付いた石。

 身につけた手袋のせいか彼自身は熱くないようだ。

 だが、次の瞬間、その火の付いた石はガラス窓を破り、無人の部屋へと飛び込んだ。

 無人の部屋に火の付いた石。いけない!!

 そう思ったが地面の熱さにどうすることも出来ない。

 駆けつける事もできなければ、さらに水も止っている状態だ。

 彼は丁寧に、丁寧に、無人の部屋を狙って燃え盛る石を投げ入れていった。

 この熱波は、連絡網を断つとともに人々を上層階に誘導させるためのものだったのだ。

 そして、まんまとそれに引っ掛かった我々は……。

 ただ、登って来る火に焼かれるだけの時間を待つしかない……。


 三日目、ほぼ全てのビルが焼け落ちていた。

 彼はたった一つの火の付いた石で一つのビルを全焼させたのだ。

 火災による崩落時に他のビルを巻き込んだビルも多い。

 本来作動するはずのスプリンクラーさえ働いていれば……。

 火種はたった一個の石、だけど、我々の豊かな暮らしを支えるソファーやベッド、カーテンに絨毯、クローゼットにその他もろもろ、様々なものが彼の悪意に味方した。

 地上に逃げようとした者は道路の上で焼け死んだ。あるいは、ビルの中で焼け死んだだろう。

 そして、彼は最後に残ったこのビルの下層階にその燃えた石を投げ込んだのだった。


 四日目、火が、登って来ているのが解る。

 煙の濃さがそれを教えてくれる。

 私は火で焼かれて死ぬのだろうか?

 私は煙に巻かれて死ぬのだろうか?

 私はビルの崩落でしぬのだろうか?

 ……どの死に方も嫌だけれども、崩落が一番苦しみが少ないのだろうか?

 でも、いったい、いつから、どうやって、こんな攻撃をされたのだろう?


 ◆  ◆  ◆


 説明しよう。都市攻略プランバーニングだ。

 基本中の基本ではあるが、基本であるが故に難しい。

 今回は敵陣営内に可燃物が多く含まれたため、実に小さな火力でも十分な火種となった。

 マッチ一本で火事の元とするには近年の断熱素材の住宅事情では難しい。

 だが、オークロードの文明水準ならば簡単だった。そう、簡単な筈だった。

 まず、上水口となる浄水施設の守衛のオークロードをテイクバックからのチェインで仕留めた。

 そして供給元となる配管を破壊。上水道からの供給を停止した。

 次に、下水トンネルへ向かって走った俺は信じられない光景を目の当たりにした。

 二匹のワンニャンアーミーがトンネル内部への丸太運びを拒否して作業のボイコットを行なっていたのだ。

 豚の汚物にまみれたトンネルには入れませんと涙ながらに訴えでた。

 時間との勝負だったため仕方なく俺が一人で作業を行なった。

 何、精々が80時間、地中のトンネルを温め続けてくれれば良いだけの燃料だ。

 昼間の間に用意した丸太を放りこみ、油を振りかけて火を着けた。

 じんわりとじっくりと、時間を掛けて温めた地下火焼き道路は歩けたものではなくなるだろう。

 そのままマンホールを空けて都市内部へと侵入。

 壁面の階段を駆け上がり、外を見張るオークロードをテイクバックからのトロフィー取得。

 敵が外から来るものだとばかり思い込んでいると危険だぞ? もう、遅いがな。

 3000mのテイクバックマラソンを終える頃には日が昇り始めていた。ギリギリであった。

 金属ワイヤーを使ってラペリング。もともと2tを持ち上げられるんだ、自重くらい片腕の握力で支えられる。随分と人間離れしてきたなぁ……でも、これでも巨大熊にぺチンとされると死ぬのだから、この世界は油断がならない。

 ボイコットした二匹をジロリと『殺気』を伴った眼で見据え、適当な可燃物を森から持ってきては放り込んだ。

 二匹も真似するかのようにファイアーストームの魔法や木の枝などを放りこみ始めたが、もう遅いからな?

 さて、ここまでくれば簡単だ。

 下水道の直上の道路は熱い、だから外には出られない。

 地上から熱波が昇って来て低層階には居られない。

 涼を求めてオークロードの紳士淑女達は上層階を目指した。

 適当な油に小石、トング、そして鍛冶屋御用達の耐熱手袋に他少々。

 それらを金属ワイヤーの先の袋に詰めて、自分が登った後に引き上げる。

 二匹が一生懸命に作業をして居る姿が見えたが……もう遅いからな?

 まずトングで油を小石に漬けて、魔法で着火。

 下水トンネルに最も近いビルに向かって燃える闘魂の第一球!!

 ガラスを割って、侵入。火が燃え広がるが、スプリンクラーが作動した。

 なかなかどうしてやるじゃないか、オークロードの文明よ。

 だが、上水道を止めた今、水は有限だぞ?

 さて、水が尽きるまで待った後、燃える闘魂の第二球! 三球! 四球! 死球と言う名に相応しい一球だった。

 何しろ一球につき一つのビルが火災でタワーリングインフェルノしていくのだから。

 給水口を高くすることでビルの屋上まで水を供給できるようにした都市計画は素晴らしい。

 ただ、給水口は複数箇所作っておくべきだったな。もちろん、その場合は全て破壊したが。

 水のないスプリンクラー、綺麗なガラス、素敵なレースのカーテンや家具たち、それから火の付いた石。

 うむ、ビル火災は恐ろしいものだな。一度火が回りはじめれば逃げ場がまったくない。

 火災の熱で建材内部の鉄筋を融解し始めると隣のビルも巻き込んで崩壊するのは想定外だった。

 小石の数だけタワーがリングでインフェルノしていった。

 酸欠による鎮火が起きるかと危惧したが、上昇気流による減圧と下水トンネルからの吸気でそれは起きなかったようだ。

 中央の立派なお洒落マンションだけは残そうか、とも思ったのだけど、シャウラの精神衛生を考えて最後に火を着けて置いた。

 残ったのは瓦礫の山と、真っ黒焦げのビル群。あとは50mの高さのコンクリートの壁だけだった。扉もか。


 あとは製鉄やガラスを作る都市の郊外の工場に寝泊りする職人を……確保しちゃ駄目か?

 まぁ、恨み辛みは報復合戦の元だ。根絶やしが一番に決まっている。

 俺は剣を握り締め、彼等職人達の下に向かうのであった……。


 ◆  ◆  ◆


「今回は、約束通りの十五日だったな」

「うむ、約束を守るのは良い事だ」

 勇者の一件を挟んだために、日程が大きく遅れたのだ。

 ジェローム様を驚かせようと思ったのに、残念。

「で、この瓦礫の下には貴金属が埋まってるんだな?」

「おそらくな。上水道設備、下水道設備、近くには鉄工所とガラスの工房もあった。十分に利用してくれ。壁と城下の菜園を見れば解るだろう。かなりの上物だ」

「……利用してくれったって職人がいねぇよ。どこか他所の大国ならいざ知らず、プロヴィデンの王都にもガラス職人は居ないんだからな」

 言われて見れば、プロヴィデン王国でガラスを見た記憶が……魔法学園でしかない。

 あぁ、豚よりも田舎者という自らの現実を目の当たりにしてシャウラは狂気に走ったわけか。

 人間としてのプライドと言うものか……。

「それで、この王都の石工職人一団によるハイオークの集落見学ツアーの依頼ってのはなんなんだ?」

「あぁ、それはあの磨き抜かれた大理石の壁を見せることで石工達にやる気を出させるための計画だ。豚よりも下という現実は、彼等の職人魂に火を着けることだろう」

「火が付く前に鎮火しそうな出来栄えだったとおもうがな。アレは……」

 こうして三匹の豚を相手にしたわけだが……やはり、豚は豚でしかなかったな。

 狼より怖いコマンドーの前には敵ではなかったわけだ。ご馳走様でした。

 結局、オークがお兄さんで良いんだよな?


 ◆  ◆  ◆


~とある聖騎士の記録C~

 彼の騎士は「八千人追加だ」と言った。

 だが、実際は、それ以上に追加されていった。

 教会の神殿本部は十万の聖騎士と新たに五名の勇者様を遣わされた。

 魔力の消費無く魔法を使える聖なる杖、あらゆる傷を癒すことの出来る聖なる指輪、斬撃を炎として飛ばす聖剣、必ず命中する聖なる弓、空を駆けることの出来る聖なる靴。

 勇者様方には悪いのだが、それではこのダンジョンには勝てない。

 我々の得意とする集団包囲戦術は、ここでは逆に行なわてしまうのだ。

 このダンジョンを二十階層まで踏破したという冒険者は盗賊のように振る舞い、音を発てることのない静かな戦闘を好むと聞いた。

 それは聖騎士の戦いではない、暗殺者の行いだ。

 だが、私はこれ以上の犠牲を避けるため軍団長に具申した。

 結果は「我々は聖騎士であって盗掘屋まがいの冒険者ではない」という答えであった。

「では、冒険者に依頼しましょう!!」

 私がそう具申したところで拳で殴り飛ばされた。

 お優しい勇者様が聖なる指輪の力で傷を癒してくださったが、私の心の傷までは癒えなかった。

 我々は聖騎士であり、罠の見抜き方も、ダンジョンの中での戦い方も知らない素人なのだ。

 どうして、そのことに気付いてくださらないのか……。

 戦場のように一列横陣を組みながら進む聖騎士の兄弟は、恐怖しながら歩んで行く。

 誰かが罠を踏めば最低でも一人、最悪なら横陣そのものが皆殺しになるのだ。

 私は恥を忍んで地下二十階層を突破したと言う冒険者に攻略のコツを尋ねるための手紙をしたためた。

 返って来た物は手紙と羊の群れだった。

 手紙には「口を縛って声を出せない羊を先行させ、羊が罠にかかったなら罠を破壊するといい。一階層のモンスターの数は約一万体なので全てを処理しながら進めば兄弟達の遺体の回収は安全に行なえる。一つの階層の安全が確保されたなら、道に迷わないように石灰を撒いて道標を作るといい。それから、冒険者の知恵を借りたなどとは口が裂けても口にしない方が良い」と、書かれていた。

 確かにこれで罠に怯えずに進むことが出来る。

 この意見を具申した際にも「聖騎士に羊の後ろを歩けと言うのか!!」と、殴られたが、罠に怯えながら進む仲間達はこれに賛同してくれた。

 モンスターと戦い敗れて死ぬことはまだ許せる、が、罠にかかって死ぬのはあまりにも不名誉だ。

 私の具申と兄弟達の声が重なって、聖騎士団長が折れてくださった。

 一階層毎に全てのモンスターを駆逐しながら攻略していくという戦略も功を奏した。

 羊を生贄として罠を破壊し、一つのフロアの安全を確実に確保しながら、我々は確実にダンジョンを制覇していった。

 まずは二十一階層、ついで二十二階層、二十三階層と進みながら、我々は確実にダンジョンを制覇していった。

 仲間の犠牲の数も多かったが、我々は確実にダンジョンを制覇していったのだ。

 そしてかつてレーベン様に付き従った兄弟達の亡骸を、やっと地上に還してやることができたのだった。


「文通相手からの手紙ですか?」

 俺があの日、勇者レーベンの殺し方を教えてくれた地下二十階層の『彼』からの手紙を読んでいるとシャウラが声を掛けてきた。

「文通相手と言っても男だぞ? 妬いてるのか?」

「……私にはよく解らないのですが、セレスティアル姫は男だからこそ妬けるって仰っていました。スピカも同意見だそうです」

 一人だけ何も気付いていない子犬はそのままの可愛い子犬で居て欲しい。

 聖騎士団の戦い方は余りに稚拙で仲間の遺体の回収すら満足に行なえず、墓石の売れ行きが思いの他悪かったのだ。

 そこで、『彼』が手紙を送ってきたので多少のコツを教えやると売り上げが十倍に跳ね上がった。

 今迄、怯え怯えで行なってきた回収作業が堂々と行なえるようになった結果だ。

 羊の売れ行きも好調だ。

 彼も聖騎士団一の知恵者と称えられて無邪気に喜んでいる。

 新しいモンスターが現われた際にはその対処法まで聞いてくるので、丁寧に答えている。

 俺は恩には恩で報いる主義だ。

 『彼』には無敵の勇者を倒す際に世話になった。

 だが、深層のモンスター相手とのキルレシオは1:1ではすまない。

 明らかに聖騎士側の方の犠牲者数が多い。

 さらに地下へと階層が深まるにつれて考えたくも無いモンスターと書いて化物と呼ぶ生き物が待ちうけているだろう。

 残る階層を270階層として、それにモンスター居住者一万名を掛け算すれば約270万体だ。

 全世界に散らばる聖騎士団員数は三百万とも一千万とも言われるが、約270万体の深層モンスターを倒しきれるだろうか?

 今では聖騎士団で随一の知恵者として称えられる『彼』だが、『彼』を称えてくれる聖騎士の残機数が尽きるまで後何日だろう?

 幸運を祈る。


 ダンジョンの産物である金や銀に銅、ミスリル銀にオリハルコン、マジックアイテムに魔水晶こと手榴弾の数々が、立派な墓石と羊と食料品や酒などに変わって行く。

 羊の次は豚だ。豚の次は今、三馬鹿を叩いて作らせている魔水晶を核としたサンドゴーレムやクレイゴーレムだ。

 砂や土くれのゴーレムでも前を歩かせて罠を発見するには十分なのだ。

 モンスターを作る魔法をダンジョンが使えるなら、三賢人だって使えるに決まっている。

 今、攻略に当たっている勇者の聖具はそれぞれリーベン達に比べると1ランク落ちる装備だった。

 斬撃から炎の出る聖剣……剣から火が出たからなんだというのか?

 魔力を消費しない聖杖……MPの代わりなら魔水晶がある。

 必ず命中する聖弓……ただの矢傷など深層のモンスターにとって痛痒でもない。

 空を駆ける聖靴……ダンジョン内で空を飛べるからなんだと言うのだ? でも、ちょっと欲しい。

 あらゆる傷を癒す聖なる指輪、この指輪だけが一つだけ抜きん出ているところだろう。

 そしてダンジョン攻略が順調に進んだ結果、嬉しいニュースとして聖騎士三十万人の追加増員が決まったそうだ。

 聖騎士団の皆様方、我がボッタクリ商店へようこそ。

 墓石も墓所も只ではありませんのでお財布の中身には御注意を。

 それから……ダンジョンの地下では勇者が行方不明になるという不可思議な現象が御座いますので更にご注意を。


 ◆  ◆  ◆


 ダンジョンの外壁はその横からの外圧に耐えるためか、魔法による強い保護がかかっている。

 だが、ダンジョンの内壁や床は破砕可能だ。

 なので専用昇降口を作った。肌色を眼に入れないための地下通路だ。

 ハイオークのトンネル工事とオークロードのセメント工法がこんなところで役に立つとは。

 もちろん、『左官職人』の副業を手に入れさせられた。

 聖騎士達は馬鹿正直に石灰の後を歩いて行くので、そのルートさえ外れれば見つからずに移動できるのだ。

 出来るだけ見つからないように小部屋から小部屋へ、ルートを形成していった。

 『彼』からの手紙は一度王都を経由して、魔法学園へ、そしてその問題を確認した後、王都を経由して手紙は搬送される。

 エキスパートオピニオン(鑑定)と魔法学園の書庫の知識を併用して対策を考え、それを手紙にしたためる簡単な仕事だ。

 いつのまにか『聖騎士使い』の副業にも就いていた。そして、経験値も入っていた。

 魔物を使っても経験値が入るんだ、聖騎士を使ってもそりゃ入るだろうさ。

 一万が十万に、十万が三十万に、三十万が五十万に、そして百万の聖騎士が……。

 墓石の製作が間に合わない。食料も酒も不足する。どんどんダンジョン産の産物の相場は値下がりし、立派な墓石の相場は上昇していった。まさか、同量の金よりも石の方が高くなる日が来るとはな。

 ちなみにプロヴィデン王国はその墓石の費用の半額を負担している。

 俺が倍額の値段を付けて半額を負担していただいていることになっている。

 石工たちは金よりも休みをくれと言っていたが、休みたいなら墓石の下でいくらでも休むといい。

 匠の技は今日教えて明日出来るものではないため、彼等を酷使する他無いのだ。

 休みたいなら自分で作った墓石の下で眠れ。この異世界に労働基準法は、存在しない!!

 黒竜丸の血という怪しげな薬を混ぜた酒を振舞って、皆には頑張ってもらった。


 食料品や酒類まで独占していてはプロヴィデン王国の首が絞まるため、そのあたりは鼻の効く商人達に任せることにした。

 こうしてプロヴィデン王国の経済は再興を、ダンジョン特需という形で果たしたのだった。


 ◆  ◆  ◆


「随分と飲み込みましたわね」

 聖具を七つ、ダンジョンで喪失した教会は完全な物量作戦に出はじめた。

 だが、百万人近い死者数を出してようやく地下三十八階層。

 今更、地下三百階層まであるとも言い出せる状況ではない。

「うむ、いい加減、邪魔なのだがなぁ……」

 ダンジョン攻略の目処は最初からついていた。

 ただ、利用できる物を利用して二つの問題を同時に解決しようとした。

 経済活動の滞りこと大不況と、教会と言う目障りな存在の一掃だ。一つの国に二つの頭は要らない。

 どこかで見切りを付けて諦めるだろうと思っていたのだが、信仰とはそうはいかないものらしい。

 さらには聖騎士団特有の絆も重なって、ダンジョンはもはや憎むべき宿敵となっていた。

 他国の教会で信徒から吸い上げた金銭を、この国に落としてくれるのはありがたいのだが際限が無い。

「あるいは、本当に最後の一兵卒まで飲み込ませる気か?」

「あら、教会の信仰をご存知ありませんの? 兵卒どころか信者の一人まで飲み込ませる気ですわよ?」

 聖具を失ってから教会は本当になりふりを構っていない。

 本来は各小国に配備してその威圧により強権を支えてきた兵力すら引き抜きを始めている。

 世界最大の勢力が、世界最大のダンジョンの前に潰えようとしていた。

 セレスティアル姫もわりとなりふりを構わなくなってきた。

 膝枕といっても形は色々あり、今日の彼女の膝枕はアグレッシブスタイルだ。

 腿と腿の間に顔を埋め、頭頂部と額を使って股間を責める実にアグレッシブなスタイルだ。

「本当に、反応なさいませんのねぇ」

「本当に、一国の姫君か?」

 スリスリと俺の『ゲイ』ボルグを攻め立ててくるが、さすがは『ゲイ』ボルグ、一本芯の通った生き様を示していた。いや、一本芯の通ってない生き様か?

「本当にっ! これはっ! 乙女として! 屈辱ですわねっ!」

 スリスリがやがてガスッ! ガスッ! という頭突きに変わっていく。

 随分と地が出てきたな。良い傾向だが、痛い。

「セレスティアル姫、強ければ良いというものでもない。そこまでされると痛いだけだ」

「あら、そうでしたの。ごめんなさい。わたくしとしたことがはしたない真似を……」

 今、現状の姿そのものがはしたないのだが、そこは都合よく気にしないのだろう。

 しかし、小国に睨みを利かせていた軍隊まで引き上げさせるとなると……。

「戦争ですわね。教会が蓋となりタガとなっていた小国同士の。いずれは大国同士の戦争も考えなければならないでしょう」

 戦争となれば通常よりも多くの魔法が使用される。攻撃にも、防御にも。それは魔王を産みだす呼び水となる。

 この世界の剣士は純粋な剣技で戦っているわけではない。肉体強化の魔法を無自覚に発動し、その力を用いて戦っている。

 魔法を外向きに使えば魔法使い、魔法を内向きに使えば戦士、結局、何を使って戦おうと魔王は目覚める……。

「魔王は、魔法を使った際の反作用として発生するものだ。セレスティアル姫、この国が滅んでも次世代に伝わるように手配しておいてくれ」

「あら、サラリと怖いことを仰いますわね。三馬鹿も似たようなことを申し上げておりましたが……一度、魔法を使い始めれば、それを止めるなんて事は出来ませんわ」

「……そうだな」

 三賢人もそれに気付いた当初は頻繁にそれを外に向けて訴えかけたそうだ。

 だが、魔法の味を覚えてしまった人々は魔法の味を忘れられない。

 地球で例えるなら、戦車やミサイルを捨てて、剣と槍で戦争しましょうと口にするくらい不可能ごとだ。

 そして、三賢人も諦めた。彼等にも彼等なりの良心と、その限界があったようだ。

 それから色々とあって、彼等は人間の世界に見切りをつけた。

 自分達三人と愛弟子一号のスピカだけの世界に閉じこもったのだ。

 ……その愛弟子一号の扱いには少々疑問が残るがな。クローニングしてしまうほど愛していたんだろうと好意的に解釈しておこう。事実、魔法学園内での彼女達の扱いは悪くない。理事長室でフルスイングしてどれだけ物を壊そうが、スピカを怒るような顔は見せず、むしろ、喜んでいた。

「うむ、それから聖騎士団が引き上げ次第、魔王がこの国に発生する予定だ。300m級のただ生命を殺すことだけが目的の巨大モンスター達が大量に現われると思っておいてくれ」

「随分、サラリと、怖いことを仰いますわね」

「なに、予定だ予定。計画通りならば大量の魔王が現われようとこの国に被害は出ない」

「それも随分、サラリと、怖いことを仰いますわね。大量の巨大モンスターが発生しても何の恐れもなしとは、ナナシ様は怖いもの知らずですの?」

「コマンドーは恐れを知っている。その辺の無謀な若者と同じにしないでくれ。まぁ、恐れを乗り越えてこそのコマンドーだがな」

 そうだ、自分は恐れを忘れません!! そして乗り越えて見せます!! サー!!

「恐れを乗り越えてこそ……よく仰ってくださいました!! ここに異国から取り寄せた書物が御座いまして、そこには前立腺なる……あら? ナナシ様? ナナシ様~どうしてお逃げになるの?」

 コマンドーは恐れを知るしそれを乗り越える。

 だが臨機応変に転進を図るのだ!!

 アグレッシブすぎるぞセレスティアル姫よっ!!


 ◆  ◆  ◆


 雪解けの季節から半年。春が終わり、夏が終わり、飽きが来た。

 小国の前に大国が動き出した。魔王の真実を知っているために、だ。

 魔王の真実、巨大モンスターを倒せるだけの勇者を製造するために隣国の勇者を狙い始めたのだ。

 通常ならば教会が武力的を用いた仲裁に入るところが聖騎士団員五百八十万名という数をダンジョンに飲み込まれ、高価な墓石のために資金も底を尽き、暴力装置として機能しなくなったためだ。武力の無い教会などただの飾り、いや、各国にしては目障りな異物でしかなかった。国に二人の王は要らない。

 表向きは聖具を一切持たないプロヴィデン王国であることと三賢人の魔法学園と言う実にやっかいな爆弾を抱えるため、運良く動乱からは巻き込まれずに済んでいる。

 裏向きでは教会から掠め取った聖具七つがどこかにあるはずだと各国が暗躍しているが、我がロイヤルスイートホーム城を攻略できた勇者は未だ居ない。

 トラップの起動はON/OFFできるようになって居たのだが、なぜかそのスイッチにシャウラが近づこうとするため、表面のロイヤルスイートホーム城の罠は全て取り外された。その後は罠が盛りだくさんの地下、裏ロイヤルスイートホーム城の出入り口付近で不信な挙動を示すようになったのだが未だ発見には至ってないようだ。

 ……罠の探索能力だけなら俺よりも上なのではないだろうか?

 そして半年間は300m級のモンスターを倒すための武具作成に従事した。

 あの必滅兵器『エイナルプラッガー』も進化して『エイナルプラッガーMkⅡ・アグレッシブモード』になった。

 よりスマートに、よりアグレッシブに、進化してしまったのだ……。

 手段は選んでいられなかった。


 銃や大砲の開発にも取り組んでみたが、これは完全な無駄に終わった。

 まず、硝石鉱山が身近に無いため黒色火薬の大量生産が不可能だった。

 次に銃身の口径も内径も手作りのために一本一本の精度が整わず、弾頭が何処に飛んでいくか解らない状態だ。

 火薬自身、その配合、粒子の粗さ、薬莢へ詰める際の圧力や湿度等で発射力が均一にならない。

 不揃いの銃身x不揃いの銃弾x不揃いの火薬=何処に飛んでいくか解らない銃にしかならなかった。

 さらに敵に回すのは300m級の魔力に守られたモンスターだ。役に立たないことは解りきっていた。

 百万人で発射しても表面の毛をサラリと撫でておしまいだ。

 火縄銃で撃ち殺せる程度の敵ならば、そもそも銃など使うまでもない。

 結局、コマンドーは一人、あらたな業を背負って戦う他無いのか。


 気が付くと、文通相手の『彼』は、ダンジョンの闇に消えていた……。


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[気になる点] フルメタルな頭なら ワンニャンその場で銃殺だろ ゲイでもやった女は、特別扱いなの? 心臓男はそんな様を許すのかな?
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