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第二話 ちょっと揃った不揃いの勇者達


 勇者ローランと一千名の聖騎士の合同葬儀が行なわれた。

 出資者はもちろん教会、そして献花などの物資の取引先はもちろん俺。

 前回の勇者ローラン様はダンジョンの卑劣かつ邪悪な罠によってお亡くなりになった。

 今回はその遺志を聖剣と共に引き継いだ聖鎧の勇者リーラン様が戦陣に立つそうだ。

 どんな攻撃も通さない無敵の全身鎧。

 炎や水はもちろん、毒すら通さないというのだからまさに無敵。

 さらに手に携えるのは無敵の刃、聖剣ローラン。

 どんなものでも防ぐ鎧と、どんなものでも斬る剣があったならぶつけてみたくなるのが人情である。

 だが、聖具と聖具を争わせるなどという不遜な考えを口にした者は極寒の地へ左遷されたそうだ。

 でも正直、俺もぶつけてみたい。

 さて、第二回、聖騎士団によるダンジョン探索隊、どうなることやら?


「それはもちろん全滅でしょう?」

「セレスティアル姫、あっさりと結論を述べるな。無粋だぞ?」

「事実を事実として述べただけのことですわ。また、一千人分の墓石が売却できますわね」

「高価な墓石をあぁも沢山、よく買えるものだ。それだけ世界中から巻き上げた金があるのだろうが」

 グローバルカンパニー教会の財力は底知れない。

 底知れないので良い顧客だ。

 葬儀の費用自身は自分達が葬儀屋であるから格安であっても、墓石を国外から運ぶわけにも行かない。

 まさか、自らの墓石を背負って戦地に赴けなどと命令するわけにもいかないだろう?

 それに、石は単純に重たく輸送費が嵩むと言う短所もある。さらには超高額の関税で邪魔もした。

「あのブラックドラゴンに殺された我が国の騎士達……っっ!! でさえ、あのような高価な墓石は用意されてませんのに……複雑な気持ちですわ」

 また、策謀が自然に頭をよぎって激痛をセレスティアル姫にもたらした。

 実行の意思がなくとも考えてしまった時点で発動してしまうというのは、なかなかに辛い。

 人間、行動に起こす気は無くても犯罪計画を考えてしまうということはよくあることだ。

「まだ、許せない……か?」

 俺は求められるままに、頭を撫でて気を紛らわせる事しか出来ない。

 いや、契約書を破り捨てれば、呪いは解除できるのだが……しない。

「当たり前ですわ。わたくしを軽薄な女だと思わないでくださいまし。ナナシ様にはそんな尻の軽い女だとは思われたくはありません」

「うむ、解った。セレスティアル姫は尻の重い女なのだな」

「……その言い回しは、なんだかとても不愉快に感じるのですが?」

「気のせいだ」

 尻に敷かれると言う意味合いでは、とてもとても重そうな尻だとは思うがな。


 ◆  ◆  ◆


 さて、第二回となる丘の上、青空教室を開きたいと思う。

 受講者はワンコマンドー見習いとニャンコマンドー見習いの二匹だ。

 小高い丘から川を挟んだ3km向こうにハイオークの集落こと都市国家が存在した。

 いい加減、ギルドの依頼書に完全な『都市国家』を『集落』と書くのは止めて欲しいものだ。

 百匹から二百匹のハイオークが住む長閑な村落を想像して行ってみたなら、待っていたのは人口三万と言う数では笑い話にもなる。もう笑うしかないからな。乾いた笑いが零れるだけだ。

 オークの都市国家の上流にハイオークの都市国家は存在した。

 直径は約1000m、円周は約3000mの石造……大理石の壁だとっ!?

 磨き上げられて光沢すら見られる。高さ20m、厚みが2mの大理石の石壁。

 木の次はレンガだろうと予想していた俺の期待はこうして良い意味で裏切られた。

 相当な職人の技なのだろう。

 大理石の色合いの違いでその壁が一個の石で無いことは解るのだが、曲線の壁でありながら縦にも横にも継ぎ目が見当たらない。

 完全に匠の領域の作品だ。城攻めの際には別の意味で攻撃したくない芸術品である。

 都市の中央にはやはり城。それも石造りの巨大な城だ。

「なぁ、スピカ? なにげにプロヴィデン王国の文化水準よりも上じゃないか?」

「魔法学園よりは下ですよ~。王都や王城よりは立派ですけどぉ」

「豚に……豚に負けた……。豚に負けたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 なんだか酷くショックを受けているシャウラ。

 そういえば美術品や芸術品に関する審美眼を持って居るのだったな。

 この近くに良い石切り場でもあるのか石材は豊富なようで大半が石造りの家だ。

 川から灌漑用水を引き、都市国家の住人、三万の食を支える田園風景が広がっているのも同じだ。

 オークが兄で、ハイオークが弟だな。

 ……末の弟、オークロードの都市国家がどこまでの文明を持っているのか末恐ろしい。

 まさか空を飛んでいたりしないだろうな?


 さて、その匠の技に少々驚いてしまったが、敵性戦力の詳細を纏めなおそう。

 直径約1000m、円周約3000mの大理石の匠の壁、高さは20m、厚み2m、門の形状は鎖による釣り上げ式の二重門、内部には生活用水が敷かれ、同様に排水路も敷かれている。人口は三万。居住者はハイオーク。


『鑑定対象:ハイオーク

 豚に良く似た顔を持った亜人。

 成人男性の身長は2m60cm前後、成人女性の身長は2m30cm前後であり、それに相応しい骨格と筋力を誇る。

 一見肥満体に見えるが、皮下脂肪の下は筋肉の塊であり、人間の男性成人程度であれば拳で軽く殴り殺せる。

 また、その分厚い皮と皮下脂肪が天然の鎧となり、弓矢などの重量の軽い攻撃は効き目が薄い。

 繁殖力は旺盛だが、子供が生まれると成人するまで次の子を控える傾向がある。

 上位種にオークロードが存在し、それを中心とした集落を築くことがある』


 ……オークがちょっと大きくなっただけという説明文には納得がいかないが、実際そうなんだろう。

 大きくなった分、頭も良くなった、そういうことなんだろう。


「では、スピカにシャウラ、両名に出題する。あのハイオークの都市国家を観察し、壊滅させるプランを立案せよ。尚、先に申し付けておくが……一騎打ちは無しだ!!」

 既にシャウラが色んな意味でプルプルと涙目になっている。

「大丈夫。シャウラ……頑張れ♪」

 うむ、大丈夫だ!!

 俺は、お前ならきっと乗り越えられると信じている!!

 信じるだけならタダだからな!! どれだけでも信じよう!!

 ふむ……しかし、確かに堅牢だ。いや、堅牢すぎると言ったところか。

 石造りの街が相手では焼夷手榴弾の効果も薄い。

 だが、弱点のない物体など……ドラゴンの牙以外には無い。

 役に立たぬ、実に役に立たぬドラゴンだ!!

 本来なら奴のドラゴンブレスで丸焼きに出来る都市なのだが、今では奴も皇太子、軽々しく動かせる駒では無くなった。

 そしてなにより奴が口にする忠誠心には疑いの余地しかない。

 鱗も、牙も、尻尾も素材として提供しない忠誠心の何処が忠誠だというのだ!!

 人に例えれば「一月もすれば生えてくるから生爪を剥がせろ」この程度のことしか言っていないのだぞ?

 もはや奴を戦力として数えるのは止めた方が良いだろう。

 いや、もはや奴を仲間として数えることが危険だ。

 いつ裏切るやもしれん。何が絶対の忠誠だ!!


 さて、気を落ち着けて、俺は俺で考えるとしよう……堅牢である都市、その弱点を。


「では、シャウラ。都市壊滅のプランを聞こうか?」

「……わ、解りませんでしたっ!! 退却します……」

「うむ、30点だ。攻め落とせないならば素早く退却する。これも軍事的には重要な判断だ」

 偉いぞシャウラ。

 不可能なら不可能と言えるその姿勢。

 優しく頭を撫でまわしてやろう。ご褒美とまではいかないがな。

「次は、スピカだな。プランを聞こう?」

「まずは~深夜にナナシ様が忍び込み排水溝を全て塞ぎます。すると生活用水の水が溢れ出して街は水浸しです。今の季節の川の水は冷たいですから、凍えたハイオーク達を相手に巨大排水溝となる門を私たち三人で死守します」

「ふむ、そのプランでは、生活用水溝を防げば自然に少しずつ排水されないか?」

「それは、そうですねぇ。門の死守も三人では難しいですねぇ……ギルドから援軍を呼んでも良いですか?」

「構わないがその場合は点数は激減するぞ? ギルドの報酬はどんな仕事でも頭割りが原則だからな」

「では、援軍を呼びます。お金よりも命の方が大事です」

 『名よりも命を惜しめ』、『金よりも命を惜しめ』、軍曹殿の教えに従えば正しい答えであります。サー!!

 一歩一歩、スピカがコマンドーに近づきつつあることが嬉しい。ニャンコマンドーの誕生は近い。

 ただし、肉体は除くと言う点が実に惜しい。

「50点だ。報酬よりも命を惜しむその覚悟、見事だ。しかし、この三人の中に冒険者は俺一人、つまり、増援を九十九人呼べばその時点で百分の一に報酬は激減する。それでも受注するか?」

「ですねぇ……諦めて退却します」

 猫、ションボリ。

「はいっはいっ! なぜ同じ退却なのに、スピカの方が点数が高いのですか!?」

「まず、実行可能なプランを示した点。次に実行した場合、ギルドからの報酬が激減するとはいえ手に入る点。さらに言えば冒険者ギルドの面々に美味しい仕事を回して恩を売れる点。そして、今現在、我がボッタクリ商店が必要としている石材が入手可能となるからだ。聖騎士様の墓石用に高品質の石材は欠かせないからな。ギルドからの報酬が激減しても、そういった形で取り返せることまで踏み込めれば百点満点だったのだが、惜しかったな。……次に期待する」

 パァッと明るくなる猫、可愛い。

 そうだ、戦術単位ではなく戦略単位で考えたなら収支は大きくプラスに傾いたのだ。

 ちなみに、ギルドの報酬は冒険者の頭割りが原則である。報酬の分配で殺し合いに発展しないための原則だ。つまり、冒険者ではなくセレスティアル姫の近衛兵であるスピカとシャウラは俺の護衛であって頭割りの数には入っていない。

 単純に言おう。ギルドからの報酬は俺の総取りだ。

 セレスティアル姫を通して国から年俸を貰っている以上、どれだけ働いても働かなくても二匹のお財布事情は変わらないのだ。

 もちろん働かない場合には除籍免職が待っているのだがな。

 では、大理石の壁というこれだけの匠の技を見せられた以上、コマンドーもそれなりの匠の技を見せねば失礼に当たるだろう。

 よって、都市攻略プランCを実行する。


◆  ◆  ◆


 ヒヤリとしたお水のつめたさで目をさました。

 もしかして……オネショ? ぼく、もうオネショなんてしないよ?

 よかった、違った。ただ家の中に水が入ってきただけだった。

 え? なんで家の中に水が入ってきてるの?

「おとーさん、おとーさん、お水が来たよ。お水がおうちに入ってる!!」

 ぼくの大声に起きたおとーさんとおかーさんが、お水の中をザブザブと歩きながら、ぼくを抱きかかえてくれた。

 春の前のお水はとてもつめたい。

「いやね、床上浸水だなんて……急にどうしたのかしら?」

「大雨でも降ったのか? 排水溝が詰まりでもしたのか? でも、雨は降ってねぇしな。とりあえず二階に上がろう。ここじゃ寒くてたまらねぇ」

 おとーさんとおかーさんと一緒に階段を上って二階に昇った。

 部屋の中においてあったタオルで身体をふいて、おとーさんとおかーさんが僕を抱きしめてくれた。

 なんだか、こうやって抱っこされるのって久しぶりの感じ。

 あったかいなぁ……。

「雨は……降ってないなぁ? どうなってるんだ、この水は?」

「そのうち役所の誰かが何とかしてくれるわよ。それよりも、一階の荷物を二階に運ばない?」

「そうだな。無事な物だけでも運んで置こうか」

 僕がウトウトとしていると、おとーさんとおかーさんは、お水で物が汚れることを心配してたみたいだ。

「ぼくのオモチャも!!」

 いけない、忘れるところだった。

 ぼくの返事が面白かったのか、おとーさんが大笑い。おかーさんも大笑いした。

 まじめな話をしたのに、ちぇっ。

 そんな風に話しているあいだにも僕は眠たくなってきて、毛布のなかで目をとじた。

 まだまだ朝には遠いんだ。

 ぼくは眠たくて眠たくて……。

「くー、くー……くーくー……」

「寝たな。こんな状況でも眠れるなんてコイツは大物になるぞ」

「関係ないわよ。子供には辛い時間だもの。さ、私たちには食べ物とか、まだ濡れてないものを取りに戻りましょう?」

「そうだな。しかし、この水は何処から来たんだ?」

 ぼくは、まだ眠たくて……。


「おい!! 起きろ!! 大変なことになったぞ!!」

 おとーさんが、ぼくを揺さぶって起こした。

 なに? なにがあったの? おとーさん?

「水が二階まで上がってきてるんだ。今から父ちゃんと母ちゃんが手伝うから屋根に上るぞ」

「え? え? なんで?」

「良いからとにかくお前は昇れ。母ちゃんが先に待ってるから、手に捕まれ!!」

 おとーさんが二階の窓からぼくを持ち上げて、おかーさんがぼくの手を引っ張った。

 屋根のうえから見た街は、お水で一杯のお池になっていたんだ。

「おかーさん、街がお池になっちゃってるよ?」

「そうね、お池になってるわね。本当にどうしたのかしら……」

「ほら、食べ物とか毛布とか上げるぞ! 手伝え!!」

「あっ、はい、アナタ」

 おかーさんはまず最初に持ち上げられた毛布で僕を包んで、おとーさんとふたりで屋根に荷物を運んだ。

 そして最後におとーさんが屋根の上にのぼってきた。

「雨も降ってないのに、どうなってるんだ?」

「それよりも、このまま浸水が止まらないと……」

「や、役所の誰かが何とかしてくれるさ。大丈夫だ。大丈夫!!」

「そ、そうよね!! 大丈夫……よね?」

 おとーさんとおかーさんは何かを心配しているみたいだった。

 このまま、お水が増えても大丈夫だよ?

 ぼく泳げるもん。壁の階段まで泳げば良いんだよ。

 おとーさんとおかーさんは泳げないのかなぁ?

 三人で毛布に包まって、三人で食べ物を食べて、三人でその日は屋根の上で眠った。

 なんだか、久しぶりの感じ。


 ヒヤリとしたお水のつめたさで目をさました。

 オネショ!? ちがった、あのお池の水だ。

 おとーさんとおかーさんも目をさました。

「ここから……壁の階段まで、泳げるか?」

「無理よ! ……無理だわ!! こんな冷たい水の中を泳げるわけないじゃない!!」

 おかーさんは泣いていた。

 大丈夫だよ? ぼく、泳げるよ?

 おとーさんは、ぼくを背負って気合を入れていた。

「よし、行くぞ!!」

「えぇ……仕方が無いのね……解ったわ!!」

 ここから壁の階段まではすぐそこだ。

 泳げないなんてこと……つめたい!! お水がつめたいよ、おとーさん!!

 おとーさんとおかーさんは冷たいお水の中をがんばって泳いでいた。

 ボクを水につけない様にがんばって泳いでいたんだ。

 でも、階段のそばに行くと泳げなくなったんだ……。

 ハイオークの皆が、皆が、プカプカ浮いていて、おとーさんが泳ぐのを邪魔したんだ!!

 おとーさんはそれでも皆をおしのけて泳いだんだ。

 おかーさんは……わからない。

「おとーさん!! おかーさんが居ないよ!?」

「黙ってろ!!」

 おとーさんは怒ってるみたいだった。

 必死で泳いだ。

 必死で泳いで、おしのけて、階段に辿り着いた。

 やった!! 助かった!!

「ふむ、この冷たい水の中を泳いで来たとは素晴らしい生命力だ。敬意を表してトロフィーを頂こう」

 階段の上には人間の男の人がいた。

 その人は、ボクと同じくらいの大きさなのに、なぜか……とてもとても怖い人に見えた。

 怖い人がなにかを話してたけど人間の言葉だからわからなかった。

 おとーさんはガチガチと寒さに身体をふるわせながら、ボクと怖い人の前に立ちふさがった。

 でも、怖い人が階段を下りてくると……スパッとおとーさんの首を……首を……。

「おとーーーーーーーーーさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 スパッ。


 ◆  ◆  ◆


 説明しよう。都市攻略プランC。それはCold(寒さ)攻めだ。

 まず、我々は穴を掘った。始点は都市の上流、川の傍だ。

 都市の標高に対して15~6mほど高い位置だ。

 そこからトンネルを掘り始める。

 スピカがカスパールから穴掘りの魔法を教えて貰っていたらしく、手榴弾が珍しく魔水晶として役に立っていた。

 まずは斜めに地下30m、そして水平に3000m、そして直上に向かって15m。

 トンネルが崩落しないようにその場その場で土を焼き固めていった。

 ワンコは手製のネコ車で余分な土砂を運ぶ係を担った。

 あとはスピカが述べた作戦通りだ。

 まずは夜更けに俺が忍び込んで排水溝を詰まらせる。

 次にうかつな門番のハイオークにスニーク状態で忍び寄り、テイクバックからのチェイン! チェイン!! チェイン!!

 おもわず「キシャアアアアアアアアッ!!」と叫びそうになる本能を我慢した。……我慢した!!

 外側を見張っている壁の兵士達の首筋は、実に無防備なものだった。

 久しぶりのトロフィーGETだぜ!!

 門の巻上げ機の鎖を切り落とし、門を開けられなくしたなら準備完了だ。

 あとは川から水をトンネルに流し込む合図を送ると、水門が開けられてハイオーク都市新名所の15m噴水の完成だ。

 入水口が15m高ければ、排水口では15mの高さの噴水になる。

 物理法則は偉大だな。水位が15mになるまで噴水は止らない。

 巨大な排水口となる門を氷らせて漏水を押さえ、急ぎ合流したスピカとシャウラの二匹を金属ワイヤーを用いて壁上に引き上げた。

 あとは簡単だ。

 寒中水泳大会を開いてガチガチ震えるハイオークのトロフィーを刈り取るだけだ。

 摂氏4度の雪解け水の中を泳いできた無手のハイオークなど雑魚以外の何者でもない。

 筋肉がガチガチに固まっている、ただの木偶の坊だ。

 三人で階段を塞いで周った。

 主に役に立ったのはスピカだ。

 階段に対して水を撒き、氷らせ、水を撒き、氷らせ、一つ一つの階段を氷の塊で潰していった。

 登るべき足場が無ければ階段は階段ではなくなる。階段テトリス。猫、残酷。

 俺が同じように階段を塞がないのは……トロフィーのためだ!!

 最近、ダンジョン漬けでトロフィー成分が不足していたからな。

 寒中水泳を突破した猛者達から、歓迎の意味を込めてトロフィー成分を補充していたのだ。

 トロフィーを部屋に収集したりはしない。

 だけど狩りたい、この複雑な男心。解るでしょう?

 シャウラには2mを超える長い斧槍を持たせた。

 必死に泳いで辿り着いた階段、そこから突き落とされる絶望。ワンコは酷い奴だなぁ。

 相対しても確実に安全な距離を考えた結果、出た武器の選択が結論がこれだった。

 俺には理解不能の理論なのだが、その斧槍は触れると電気が走るマジックアイテムだ。

 金属製の武器や鎧で受け止めると電気が走る実に嫌らしい武器なので、ワンコに持たせた。

 水に濡れたハイオークも触れるだけで痺れて倒れ、再入水することだろう。

 そんなこんなを繰り返すうちに、残ったのは中央のハイオーク城の天守閣。

 大理石の溜め池に、ぷかりと浮かぶその天守閣にはこの都市の王、オークロード様がいらっしゃるのだろう。

 この匠の壁を作ったことに敬意を表して、その死に方は自身に選んでいただくことにした。

 餓死、水死、自殺、凍死、豊かなバリュエーションのどれかになることだろう。

 決して、手榴弾の無駄遣いを渋ったわけではないぞ?


 ◆  ◆  ◆


「だから、なんで七日しか経ってないんだよ? アンタ言ったよな? 半月毎だって」

「……仕事が早い事で怒られるとは心外だな。少々敵が弱すぎた、それだけのことだ」

 三万近いハイオークがプカプカと浮かぶ溜め池を壁の上から受付殿方のジェローム様と眺めていた。

 なんてシュールでロマンチックなシチュエーションなのかしら。

 ちょうど下流で後始末に精を出していたジェローム様をお姫様抱っこで拉致してのデート。

 わざわざ王都の冒険者ギルドまで戻らなくて済んだのは幸いだったわ。

「まったく、何をどうすればこんな惨状が出来上がるんだよ」

「それはだな」

「コマンドーの秘術だろ? もう、解ったよ。アンタに常識が通用しないってことは」

 やだ!? 理解されちゃった!! 

 阿吽の呼吸? ツーカーの仲なの? 私たちって!?

 きゃーーーーーーーーーーーっ!!

「うむ、その通りだ。この周囲に上質な石が取れる石切り場があるようだ。ハイオークの残党狩りと共に、その探索、船を使った石の輸送の手配まで頼むぞ。開拓民ももちろんな」

「はいよ。もう、冒険者ギルドの仕事じゃないってのに。完全に国の仕事じゃねぇか」

「まぁ、そう言うな。俺とジェロームの仲じゃないか」

 俺は、うんうんと互いの信義を確かめ合う。

「つまり……他人だな」

 ひどいっ!! ジェローム様ったらいけずっ!!


 ◆  ◆  ◆


~とある聖騎士の記録B~

 前回の失敗は勇者ローラン様の防御力が足りなかったために罠に潰されたことであった。

 そこで今回は勇者リーラン様が聖剣ローランを携えて我々聖騎士一千名の陣頭指揮に当たることになった。

 勇者リーラン様が神より賜りしは聖なる鎧。

 如何なる攻撃をも跳ね除ける無敵の全身鎧。

 そして、手に携えりしは如何なる防御をも切り裂きし無敵の剣。

 無敵の剣と無敵の鎧がぶつかりあったならどうなるのか?

 そういった言った論争があったが、それは神を試す行為であるとしてその疑問を抱いた者達は粛清された。

 神の剣が神の鎧に向けられることなどあってはならないことなのだ。

 そしてダンジョン地下二十一階層。

 半月の時をかけて未だ我々はこの未踏の地を百メートルほどしか探索できていない。

 勇者リーラン様は勇者ローラン様がお亡くなりになった吊り天井の罠を見て、涙を流された。

 同じ勇者として思うところがあったのだろう。

 ご兄弟のように、いや、それ以上の仲であったお二人だ。

 リーラン様は憤りを隠すことなく、道の中央を堂々と歩んで行く。

 途中、床の下から金属の槍が飛び出してきたが、そんなものがリーラン様の全身鎧を傷つけることなど無い。

 忌々しいその罠をリーラン様は聖剣で軽く切り裂いた。

「こんな程度か! このダンジョンは!!」

 その勇ましきリーラン様の姿に我々は歓喜で震えた。

 勇者リーラン様ならばダンジョンを攻略できるはずだ。

 このダンジョンの罠はリーラン様の聖鎧には通用しない。ならば必ず攻略できる!!

 そう確信した時、奴らが現われた。

 ファイアーエレメントとウォーターエレメントだ。

 リーラン様は臆することなく飛び込むと、その核となる部分を聖剣で切り裂いた。

 ファイアーエレメントは消え去り、魔水晶と呼ばれる水晶を落とした。

 次はウォーターエレメントだ。

 リーラン様は剣を構え、水の壁に守られたウォータエレメントに飛びかかった。

 壁は球体となり、勇者リーラン様を包み込むようにして広がった。

 そんな魔法攻撃が効くものか!!

 誰もがそう確信していたのだが、なにやら様子がおかしい。

 まるで勇者リーラン様が水のなかで溺れているかのように見える。

 勇者リーラン様が前に進もうとした分だけウォーターエレメントは後ろに下がった。

 その様子に我等は慌てた。

「火の魔法だ!! 水を蒸発させてリーラン様をお助けしろ!!」

 前衛を務めていたものが炎の弾や矢を一斉に投射する。

 そして、それは途中で軌道を歪め、ファイアーエレメントに吸い取られた。

 我々の行軍と戦闘の音に引き寄せられたのか、そこには新たなファイアーエレメントが存在したのだ。

「水の魔法だ!! ファイヤーエレメントを撃て!!」

 投射された水球や水の槍は勇者リーラン様を包む水の固まりに吸い込まれさらに水球を大きくしてしまった。

 あぁ、なんということだ!! 我々の攻撃がリーラン様を苦しめてしまうなんて!!


 そのあとのことはあまり語りたくない……。

 水の魔法はウォーターエレメントに吸い取られ、炎の魔法はファイヤーエレメントに吸い取られ……業火の大玉となり、そして、我々自身に返って来た。

 私は、臆病者であったために、前回の失敗からその後に起こる結末を知っていたがために、兄弟達を残して一人卑怯にも走って逃げてしまった。

 そして私はモンスター達の目を盗み、勇者リーラン様の水死した亡骸を背負い、聖剣ローランを持ち帰ったのだった。

 他の同胞達の亡骸も連れて帰りたかったのだが、私の無力な二本の手ではリーラン様お一人しか取り戻すことしか出来なかった。

 ただ、軍団長殿は、そんな私に赦しをお与えくださった。

 これは神の試練であるのだと仰った。

 その日以来、私は地下二十階層の出入り口に潜み、モンスターの目を盗んでは仲間の亡骸を回収する任務を自ら進んで背負ったのであった……。


 ◆  ◆  ◆


「随分と向こうは楽しいことになって居るようだな……」

「えぇ、無敵の鎧があっても息が出来なければ人は死んでしまうということに思い至らなかった様子ですわね」

 セレスティアル姫はコロコロと面白そうに笑った。……不愉快だった。

 自らの無能で死んだ勇者のことはまだ笑える。だが、それに巻き込まれた部下には憐憫を感じる複雑な感情だ。

 俺自身が呼び寄せておきながらそう考えるのも変な話なのだが、あまり気持ちの良い感情ではなかった。

「それで、次はどんな勇者様だったかな?」

「どんな魔法でも反射する聖なる盾の持ち主、勇者レーバン様です」

「ローラン、リーランの次がなぜレーバンなんだ? そこはレーランだろう?」

 まったく世界は不条理に満ちているな……。

 無敵攻撃の聖剣ローラン、無敵防御の聖鎧リーラン、そして魔法反射の聖盾レーバンか。

 最初から三つが揃っていたなら……無理な話か。

 勇者から聖具を奪えば、それはただの人だ。

 神から賜りしものを教会が力尽くで奪うわけにはいかない。それは神への冒涜だ。

 教会が力尽くでは、な……。

「では、そろそろ俺が働くときが来た訳だ」

「はい、よろしくお願いしますわ。ナナシ様」

 絶対無敵の勇者レーバン様……か。

 せめて性格が悪い奴だと良いなぁ。


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