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元凶なる話 敗北したコマンドー


 東の方から来ましたと自己紹介をした三人の男。

 一人は賢人バルタザール

 一人は賢人メルキオール

 一人は賢人カスパール。

 東方の三賢人、あるいは東方の三博士、あるいは相当の三馬鹿と呼ばれる男達の前で俺は醜い争いを鑑賞していた。

 スピカはミスリル銀製の杖ことバットを振り回し、シャウラは物珍しそうに美術品の珍品奇品を鑑賞していた。

 今の行動の中で一番の驚きは、あのワンワン=シャウラが美術品、芸術品に興味を持っていたというところだろう。

 思えばロイヤルスイートルームを建物ごと買取り、俺の牙城と成り果てたロイヤルスイートホーム要塞の飾りつけはシャウラが担当していた気がする。実用性も無い花瓶や、実用性の無いシャンデリア、実用性の無い絵画などを用意して来たので、それらに若干の手を加えたな。爆発する花瓶、落下するシャンデリア、絵画の裏から鋼鉄の槍が飛び出すように仕掛けなおしておいた。ON/OFFの切り替えは万全だ。

 さて、この俺がここまで現実逃避に走るほど混沌とした状況の原因は約一千年ほど前に遡る。


「だからさぁ! ボクは言ったよねぇ! 3000mは深すぎるってぇ!!」

「い~や~? ぜった~い、言ってな~い!!」

「うん、言ってなかったな! バルタザールも大賛成してた!!」

「そんなこと無いってぇ!! 大体、3000mにしようって言ったのカスパールだろぉ!?」

「そ~だね~! カスパールが言ったね~!! 悪いのはカスパールだね~!!」

「うん? 俺じゃないぞ? メルキオールだろ? 何でも長いものが好きだろ!? 語尾も長いだろ!!」

「あ~! そんなこと言っちゃうんだ~!? 人の口調を馬鹿にするな~って、親に教わらなかった~?」

「うん、教わった。すまん、メルキオール。俺が悪かった」

「い~んだよ~。許すよ~。だって僕達友達じゃないか~」

「うん、俺達は友達だ。だからバルタザールが3000mって決めたんだ」

「そ~だね~。そう言うことになるね~。バルタザールが悪い~!!」

「おかしい!! その理屈は絶対におかしいぃぃぃ!! ボクは3000mは深すぎるって言ったよぉ!!」

 相当の三馬鹿が終ることなき醜い言い争い、責任の押し付け合いを続けていた。

 一千年以上昔の話。物証も記録映像も無い今、結論が出ない水掛け論でしかない。

 スピカの風を切るバットスイングと共に、なにやら貴重で高価な歴史的遺物が破壊されたらしい。

 そのたびにシャウラが「きゃーっ!!」と似合わない声を上げて顔を真っ青にしていた。

 いいぞ!! スピカ!! どんどんやれ!!


 ちなみに揉めている3000mという単語はダンジョンの深さの話だ。

 この世界におけるダンジョンとは一種の生命体のようなものらしい。

 成熟して種が出来ると、地球で言うところの鳳仙花のように弾けて自身の種をバラ撒く。

 ただし、その弾け方が『大爆発』という形でなければ実に長閑な風景だっただろう。

 ダンジョンよ、少々、弾けすぎだ。


 ダンジョンの一階の高さはおよそ10m。

 現在、確認されている、いや、現在までに確認されていたダンジョンの最大の深さは100mだ。

 一階層の小さなダンジョンの爆発はTNT換算で1tになる。可愛いものだ。

 二階層の小さなダンジョンの爆発はTNT換算で2tになる。可愛いものだ。

 三階層の小さなダンジョンの爆発はTNT換算で4tになる。可愛い。まだ可愛い。

 四階層の中規模ダンジョンの爆発はTNT換算で8tだ!! 男らしい!!

 五階層の中規模ダンジョンの爆発はTNT換算で16tだ!! もっと男らしい!!

 1t、2t、4t、8t、16tとくればピンと来るんじゃないだろうか?

 あとは32t、64t、128t、256t、512tと想像が付くはずだ。

 もちろん正解だ。

 地下十階層のダンジョンの爆発はTNT換算にして512t。

 0.5Ktのちょっとした戦術核爆弾の爆発を引き起こす。

 ダンジョンの種、『ダンジョンシード』を撒き散らすと共に炎の弾丸も撒き散らすため、その危害半径は相当なものになる。

 ちょっとした小国が滅ぶくらいの、ちょっとした可愛い核爆弾だ。

 爆発の衝撃波よりも飛散した火の玉が手におえない。乾季と重なると文字通りの火の海だ。

 そして、1、2、4、8、16……と、倍々計算をしていると、ついついその先も考えたくなる、その見たくなるのも人情だ。

 100Mtの核爆発を見たいか? と、尋ねられたなら『見たい!!』に決まっている!!

 ただ、ちょっとばかりやりすぎてしまった地下3000m。地下三百階層のダンジョン攻略。

 これが今、プロヴィデン王国国立魔法学園の理事長室で相当の三馬鹿から受けようとしている依頼内容だった。


 ◆  ◆  ◆


 雪解けの頃、我が牙城ロイヤルスイートホーム要塞に一通の手紙が届いた。珍しいことだ。

 牙城ロイヤルスイートホーム要塞には悪霊などグロス単位でも及ばない悪意に満ちた罠の数々が仕掛けられている。

 手紙のあて先はスピカ宛。

 他人の手紙を開封するのは失礼なことなので、まずはシールドされた部屋の中、仕掛けを使ってプレスした。もしも爆発物や揮発性の毒が仕掛けていられたならコレで解除出来たはずだ。なに、いざとなればあの役立たずのブラックドラゴンこと黒竜丸の血液もある。たとえ炭素菌が相手でも魔法的な何かで治療できるはずだ。

 そしてヨレヨレとなりながら折り目正しい手紙をスピカに手渡した。

 封蝋は砕けているが内容は読んでない。俺はちゃんと誠実に伝えた。

 スピカはその手紙を一瞥した後、その内容を俺にも見せてくれた。優しいニャンコだ、

「サンケンジャ、キトク、スグ、カエレ」

 ちょうど薪の焚き付け用に紙が入り用だったのでスピカは手紙に火を着けた。

 すると手紙は一瞬でボッと大きく炎を発し、室内に不気味な三人の笑い声が響く。

「うぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぅ!!」

「あははははははははははははははははははははははは~!!」

「クックックックックックックックックックックックック!!」

 おもむろにスピカはミスリル銀で出来た杖の端をグリップして……フルスイングを始めた。若干、前髪が焦げていた。

 成人男性の頭部を狙った高さへのスイングであった。しかし、脇の絞まりが甘くてブオンと間延びした音を発てている。

 やはり、肉体労働は苦手か。

「スピカ? どうしたんだ? そして、もっと脇を絞めた方が良い。腰の回転が伝わり易くなってスイングが鋭くなるぞ」

 脇を絞めたことによってブオンと言う間の抜けた音が、フォン!と風を切る良い音に変わった。

 スピカは飲み込みが早いな。さすが猫、賢い。

「殺さねばっ!! ならない人がっ!! 出来ましたっ!!」

 なるほどな……さっきの嘲笑の主だな? よし、殺そう。

 スピカが殺ると言うのなら、主として俺も手を貸すべきだ。

 部下への嘲けりは上司への嘲りでもある。そう、それが貴族社会だ。

 正々堂々とスピカが正面から乗り込み、俺は正々堂々と背後から闇討ちする。

 卑怯? 常在日常の心がけが出来て居るなら闇討ちなど闇のなかにはならん!!


 『常在日常』、これは軍曹殿より口頭で賜った数少ない名言の一つでありました……。サー!!

『人間、生きて居る限り、どの地においても生死を懸けた戦場である。危険度の濃淡があるだけであり、戦場ではない地などこの世の何処にも無い!! あるとすればそれは死んだ後の棺の中だけだ!! 心に刻んでおけ!!』

「サー! イエス! サー! 刻んでおきます! サー!」

 ついやってしまった俺の思い出し敬礼にキョトンとした瞳を向けるスピカ。猫、可愛い。


 生きて居るかぎり世界には戦場しかない。つまり、日常とは戦場なのだ。

 常にその場を戦場だと認識し、敵意を撒き散らしていては疲れるだけだ。

 常にその場を日常だと認識し、リラックスしたまま敵兵を倒すのは楽だ。

 戦場であるからこそリラックスに務めなければならない。

 緊張しきった新兵は、その緊張の為に疲労を重ねて死んでしまう。

 日常と戦場の境界線などこの世には無いのだ。ならば戦場を日常と認識しても良いだろう?

「うむ、練習の邪魔をした。続けてくれ……」

「はい♪ 殺さなければ~はっ!! 冗談として~もっ!! ちょ~っと!! 殴らなけれ~ばっ!! いけない人~がっ!! 出来ましたの~でっ!! しばら~くっ!! 休暇~をっ!! い~た~だ~け~~~~~~~~ますかっ!?」

 徐々にヘッドスピードが上がってきているな。良い傾向だ。

 殺すのは冗談と言ったが、冗談で殺せそうだ。良い傾向だ。

 ミスリル銀は硬い。それはもう鋼鉄よりも硬い。ゴルフのアイアンよりずっと硬い。

 嘲りの主がどこの誰かは知らないが、死因はバールのようなものによる頭蓋骨陥没骨折および脳挫傷と決まったようだ。

「うむ、許す。そして俺にも手伝わせろ。スピカの敵は俺の敵でもある。コマンドーの秘術を使えばちょっと殴って半死半生どころか九死一生の状態にすることも可能だ。後遺症もなくな」

「え? ほんとにぃ? 良いんですかぁ? やったぁ♪」

 な~に、人間の骨の数は二百余本。その一本一本に折れない程度の軽いヒビを入れてまわるだけの秘術。

 完治するまでは夜も眠れぬ激痛と高熱に苛まれるだろうが、治りさえすれば元の身体よりも頑丈になるくらいだ。

 骨と根性と魂も同時に鍛えられる良い耐久訓練になることだろう。

「一つ振っては~バルタザールッ!! 二つ振っては~メルキオールッ!! 三つ振っては~カスパールッ!!」

 うむ、ただのスイングに加えて足の踏みこみも様になってきた。一本足か、良い打法だ。

 その三人が誰かは知らないが、スイングの速度から考えて頭蓋骨陥没は決定だ。良かったな。

 三名の新しい敵対勢力への対策に装備を整え始める俺。

 スイートルームでフルスイングの練習を重ねるスピカ。

 そこに買い物から帰って来たシャウラ。

「……私が買い物に出かけて居る間に、一体、何があったのですか?」

「簡単に説明しよう。ちょっと十分の九殺しにしなければならない相手が出来たんだ」

 俺の説明にスピカがコクコクと頷いてフルスイングを再開。

「さっぱり、解りません……」

 ワンワン=シャウラよ、その理解の遅さは戦場では致命的だぞ?


 ◆  ◆  ◆


 そしてスピカをダシにして呼び出されたのは国内随一の冒険者である俺であった。

 こんなことならスピカのみを送り出しておけば三馬鹿の死体が出来ただけで話は終ったのに。

 一本取られたわ。腹いせとしてあとで三人合せて六百本を折ってやろう。

 先ほどから貴重で高価で歴史的でどうでも良い実用性に欠けるものが破壊音を立て、その度にシャウラが乙女っぽい鳴き声で叫んで居るが、これらはただのバックミュージックだ。フルオーケストラよりも高価なバックミュージックだ。


 さて、依頼内容についての理解を深めるためダンジョンが製造される過程を説明しよう。

 まず『大爆発』によってダンジョンの元となる種が撒かれる。

 種の名は『ダンジョンシード』、そのままの名前だな。

 その地の地質と種の相性があっていればダンジョンの花が咲き、順調に成長すればちょっとした花火があがる。

 その地の地質と種の相性があっていなければダンジョンの花は咲かず、地面の中で朽ち果てる。

 通常のダンジョンの種は最小で地下10m、最大で地下100mまで潜り、ダンジョンと言う花を咲かせる。

 そのため自然界には地下100m以上の深度を持つダンジョンは存在しない。

 そこで三賢人は考えた。『じゃあ、最初から深い穴を掘って、そこに種を埋めてみよう!!』と。

「じゃあ良いよぉ!! 確認してみようじゃん!? 誰が悪いかぁ!!」

「いいよ~、確認してみよ~!! ハッキリさせようか~!!」

「うん、確認しよう!! 誰が一番悪いのか!! 俺はバルタザールだと思うね!!」

 言い争いにも飽きたのか、アカシックがなんとかの記録から当時の状況が魔法によって再現される。

 この異世界で映画を見る機会があるとは思わなかったな。


 ◆  ◆  ◆


 それはとある安宿の三人部屋から始まる物語だった。

 賢人でありながら、賢人であるからこそ拘らないのか、ボロボロの宿で三人は話していた。

「あのさぁ、自然のダンジョンってぇ、深くなるほど爆発が大きくなるよねぇ?」

「そうだね~、おおきくなるね~」

「うん。大体、二倍計算で大きくなるな」

 二人の賛同を得てバルタザールはニヤリと微笑んだ。

 『悪巧み』と顔に書いてある笑みだ。

「でもさぁ、地下十階層より深いダンジョンってぇ、自然には出来ないよねぇ?」

「そうだねぇ~、ないよね~、見たこと無いね~」

「うん、確かに、十階層より深いダンジョンは出来ない」

 二人の賛同を得てバルタザールは更に笑みを深くした。

 これは『計画通り』と顔に書いてある笑顔だ。

「だからさぁ、造ってみない!? 地下十階以上のダンジョン!!」

「それ、いいね~!! どれくらい深くしてみる~? 3で割れると良いな~!!」

「うん、いいな。三人だから3000m、地下三百階なら割り切れて良いんじゃないか?」

「三百階!! いいねぇ!! そうしよう!!」

「じゃあ~、一人あたり~、1000mだね~!! わくわくするね~!!」

 確認した結果、誰一人、何一つ反論をしていなかったようだ。

 彼等にとって三で割り切れる数は吉数だ。

 10個のお菓子の残り一つで争いあうこと数え切れず。

 丸いケーキを出されたときなど、均等に三分の一に切り分けるという受難を与えられること多数。

 そのため、地下三百階という数に思い至ってしまったらしい。

 そして三賢人達は頑張った。プロジェクトがXXXトリプルエックスするくらいに。

 質の良いダンジョン造りは質に良い土地を選ぶところから始まる。

 ダンジョンの深さはその地の地脈の力に比例すると彼等は既に知っていた。

 メルキオールがこの荒野の地を得意の探索魔法術で見つけだした。彼は物探しが得意だ。

 次はカスパール。紙一重とは言えども賢人。大が三つ付くほどの魔法使い。

 地下3000mの縦穴をいとも容易く造り出した。彼は土木工作が得意だった。

 最後はバルタザール。ダンジョンの爆発の風に乗った『ダンジョンシード』を空中での魔法キャッチ。

 この異世界基準でいえば人間業を通り越している。音速を超える弾丸を優しく受け止めた。

 そして三賢者は種を3000mの縦穴に優しく埋めて土を被せて待つこと数日。

 ダンジョンの花はなかなか咲かない。メルキオールが家庭菜園よろしく水遣りをしていた。

「なかなか咲かないねぇ」

「やっぱり~、3000mだからね~」

「うん、気長に待とうか」

 こうして彼等はその地に掘っ立て小屋を建てて、ダンジョンの花咲く日を待った。

 一日、一月、一年。寿命と言う概念から解き放たれた彼等の時間感覚は、常人のそれとは少し違う。

「なかなか咲かないねぇ」

「やっぱり~、3000mだからね~」

「うん、気長に待とうか。そんなことより俺、面白いこと考え付いたんだけど」

「え? なになにぃ?」

「おもしろそ~!! 聞きた~い!!」

 カスパールが述べた新しい魔法実験の内容に好奇心をくすぐられる二人。

 そして、案の定、記憶の片隅に追いやられるダンジョンの種。

 掘っ立て小屋に住んでいる理由すら忘れ、荒野の大地でアレコレと世界が二・三度滅んでもおかしくない実験をすること数年後。すでに自分達がなぜここに留まって居るのかを忘れた頃だ。当時から大が三つ付く魔法使いと魔法使いのなかでも崇敬の対象であった彼等の下に一人の魔法使いの少女が現われ、そして魔法の師事を乞い願った。愛弟子一号だ。

 彼等はその弟子を猫可愛がり、掘っ立て小屋を研究室に、研究室を堅牢堅固な魔法学園にまで作り変えた。

 すると押し寄せてくるのは新たな弟子志願者の群れ。

 こうして約一千年ほどの昔、プロヴィデン王国がこの土地に生まれる以前の時代にこの魔法学園は設立された。

 以来、彼等は弟子の面倒やら危険な魔法実験やらで忙しく時を過ごすこと千年……。


 突然、魔法学園の傍にダンジョンの花が咲いた。

「おぉ、千年ぶりだぁ、懐かしぃ!!」

「お~、千年ぶりだ~、懐かし~!!」

「うん、千年ぶりだね、懐かしい!!」

 こうして地下三百階層のダンジョンは千年の時を重ねてオギャアと泣き声をあげたのだった。

「たしかぁ、3000mだっけ?」

「たしか~、三百階層だよね~」

「うん、地下三百階層だから、理論上の爆発力は……2の299乗だな」

 頭の回転の早い馬鹿が2の299乗倍の爆発力について考えた。

「「「あははははははははははははははははははははは、わりとやばくない?」」」

 千年前に気付いておけ。


 ◆  ◆  ◆


「結局、誰一人、反対してなかったわけだな」

 プロジェクトXXXトリプルエックスの記録映像を見た結果、判明した。

 男として巨大爆発に憧れるその心情は解らないでもないから責めない。

 ただし、TNT換算で2の299乗tはない。

 俺達にも解りやすく十進数に表記しなおしてもらった。

 理論上の爆発はTNT換算で、1,018,517,988,167,243,043,134,222,844,204,689,080,525,734,196,832,968,125,318,070,224,677,190,649,881,668,353,091,698,688tに相当する。

 読めたけど読めなかった。不思議な現象だ。

 キロ、メガ、ギガ、テラ、ペタ……その次は何だ?

 とりあえず比較対象として地球上最大の核爆弾と呼ばれたツァーリボンバを例に挙げよう。

 TNT換算で50,000,000t。50メガtだ。

 とりあえず、このダンジョンが爆発することによって惑星が終ることだけは解った。

 きっと、この恒星系も、銀河系も終ることだろう……あるいは宇宙そのものも。

 うむ、これ以上無い豪勢な大心中だ。それに俺は死ぬことには慣れている。

 問題になることと言えば……死んだ後に、また自分は軍曹殿の下に引き戻されるのでしょうか? サー!!

 死んだ後の棺の中にも戦場が待ち受けているのは話が少々違うと思うのですが!? サー!!


 仕方が無い、スピカとシャウラ、あとはセレスティアル姫が若くして死ななくて済むように、とりあえず頑張ってみるとしよう。

 あ、冒険者ギルドの受付殿方ジェローム様のことを忘れてたわ。

 一生懸命頑張らなくっちゃ!! 私、ファイトォ♪

「それで何故、国に報告しない?」

 俺の最もな質問に三賢人は顔を見合わせて頷いた。

「怒られるのぉ、嫌だしぃ」

「そうだね~、怒られるの嫌だね~」

「うん、怒られるのは嫌だ」

 ……あぁ、こいつら、爆発後も生き残る気満々でいやがる。

 そして、怒られるくらいなら惑星の滅亡を望んでいやがる。

 スピカ、攻略を終えた暁には十分の十殺しにすることを許可しよう。

「つまり、国に怒られないために、地下三百階層のダンジョンを破壊して来いと言う訳だな?」

 俺の要約に三馬鹿が頷いた。

 仕方が無い、世界の危機のために立ち上がるか。

 もはや十八分の一でしかない副業の勇者ではあるが、本業のコマンドーもこういう場合には立ち上がるだろう。さらわれた可愛い娘はダンジョンの中には居ないが立ち上がるに違いない。


 ◆  ◆  ◆


ステータス表示(略式)

 名前:ナナシ

 職業:コマンドー

 副業:勇者 オゾマシキモノ 捕食者 剣士 弓使い 槍使い 魔法使い 薬剤師 ドラゴン使い 魔物使い 木こり 漁師 マタギ 斥候 暗殺者 傭兵 人買商人 悪徳商人 盗賊 馬泥棒 墓荒らし

 Lv:162 EXP:75/100

 HP:1/1 MP:100/100

 スキル:アナライズ エキスパートオピニオン スニーク サイレントムーブ テイクダウン サイレントキル チェインキル アンブッシュ サプライズアタック トラップ タクティクス ストラテジー ライフフォースセンサー ゴールデンフィンガー コンドルofカトゥ 殺気 竜言語 魔法 咆哮(畏怖) ゴールデンクラッシャー アナルファック

 称号:ドラゴンハートブレイカー グリムリーパー オゾマシキモノ 捕食者 這い寄る混沌 ウッドスレイヤー フィッシャーマン 挑戦者 鬼殺し 熊殺し 二刀流 大量虐殺者 魔物潰し 鬼畜外道 卑怯卑劣 女殺し 自己欺瞞 守銭奴 成金野郎 男の敵 女の敵 死者冒涜 違法漁業者 熊を孕ませし者 女装癖 ロリコン紳士 変態貴族 男色家


 俺と奴との戦いは続いていた。

 ステータスとの気合による勝負により、新しいコマンドーの秘術・ソート(整理整頓)を身に付けた。

 目にしたくない称号や副業を下に、カッコイイ響きのものを上に持ってくることが可能になったのだ。

 重要資料の整理整頓は軍事的も大事な仕事だ。

 木の姿に擬態したモンスター、トレントを一掃した際に『木こり』の副業と『ウッドスレイヤー』という称号を得た。

 海を荒らす巨大鮫を黒色火薬によるダイナマイト漁法で仕留めた際には『漁師』の副業と『違法漁業者』の称号を……この世界基準じゃダイナマイト漁法も適法の内だろう?

 そこで調べてみたところ、プロヴィデン王国にも漁業権という免許制度があり免許を取らずに漁業を行なったため称号が増えたのだ。

 ステータスの奴は隙あらば俺を貶めようと……この異世界において一番の敵はやはり貴様だな。


 ◆  ◆  ◆


 今!! 俺は!! パラダイスに居た!!

「ひゃっはー!! モンスターは消毒だぜぇー!!」

 俺は初めてのダンジョンの中、有頂天になっていた。

 有頂天を突破して突き破るほど、このアミューズメントパークをアミューズしていた。

 ダンジョンの中ではなぜか異種のモンスター達が一緒になって行動していた。

 俺の知る限り、異種のモンスターが出会えば食うか食われるかのアニマルランドの掟が優先される筈なのに、不思議と仲良く行動していた。

 複数の兵種を混ぜることで死角を減らそうというダンジョンの戦略だろうか?

 とりあえず入ってみた地下一階層。

 懐かしのゴブリンやコボルトなど混成部隊のトロフィーを切り落としたところ、消えてしまった。

 もう一度言おう……消えてしまったのだ!! トロフィーがっ!!

 ちゃんと、首を、刎ねたはずなのに、トロフィーが消えた……。

 俺が一瞬にしてやる気を無くし帰ろうと心に誓ったところ、消えたトロフィーの代わりにそのボールが落ちていた。

 なんとそのボールは……『手榴弾』だった!!

 投げる!! 割れる!! 爆発する!!

 接触信管という危険極まり無い手榴弾ではあったが爆発物の嫌いなコマンドーは、いや、男は居ない!! ここはパラダイスだっ!!


『鑑定対象:魔水晶

 古代魔法文明期に作られた魔力を貯蔵するための水晶球。

 水晶内の魔力を使用することによって自身のMPの代替物として使用することが可能となる。

 水晶球が破壊された場合、もっとも単純な魔力の放出として熱と運動エネルギー、爆発としてエネルギーは放出される。

 古代魔法文明期には自律型魔法機械などの燃料としても利用された。

 また、これは手榴弾ではない。繰り返すが、これは手榴弾ではない』


 うむ、確かに。安全ピンの付いていないこの接触信管の手榴弾を手榴弾と認めるのは抵抗があるのだろう。エキスパートオピニオン(鑑定)の気持ちも解らなくは無い。欠陥兵器を兵器とは認めたくは無いのだろうな……。

 いや? 接触信管なのだからグレネード弾だと言いたいのかもしれないな?

 エキスパートオピニオン(鑑定)よ、手榴弾はただの符丁だ、許せ。

 それはそれとして爆弾は楽しい!! 実に楽しい!! 本当に楽しい!!

 前世のお祭りの屋台に、鬼の口にボールを投げ入れると景品が貰えたりする遊戯があった。

 そして、モンスター達は揃って攻撃前に口を開ける性質がある。不思議だ。

 大口を開け、俺からの手榴弾の餌付けを待つのだから放り込んでやらなければ可哀想だ。

 シャウラもよく攻撃の前に大声をあげるが何のためだ? シャウラもモンスターなのか?

 まぁ、ワンコだ。ケダモノのサガとして口を開けて吠えようとしてしまうのだろう。

 しかし流石は古代魔法文明期の遺産。流石の規格統一品。

 野球のボールよりも若干小さめの大きさだが、手に握って投げつけるのには困らない。

 ただ、縫い目が無いためカーブやシュート、フォークなどの変化球は効果が薄かった。

 この点については要改善を求めたい。投擲の際のグリップは大事だ。


 1・モンスター「たべちゃうぞー♪ あーん♪」

 2・コマンドー「はい、あーん♪」

 3・モンスター「わ~い、これ爆発するほど美味死いね♪」

 4・念願の手榴弾を手に入れたぞ!!

 1に戻る。この繰り返しだが、爆弾は爆弾なだけで楽しいから構わない!!


 俺はモンスター達と戯れに戯れた。どうせ消え去るトロフィーだ。爆散させても惜しくは無い。

 ちなみに俺の球速は現時点でおよそ時速500kmになる。

 レベルが上がって今では160超え。通常時の十六倍の力を発揮できるのだが、速度はエネルギーの二乗に比例するために十六倍の力で投げられる速度は四倍速の時速500kmになってしまう。

 全力を出せばそれ以上の速度でも投げられるのだが、正確に、と付けるならこれが限界であった。


 ダンジョンの直径は約1000m、円周はπを掛けて約3000m、面積は約80万平方メートルだ。

 日本人に解りやすく説明すれば、24万坪。

 もっと身近なものに例えるなら、48万畳。

 もっと身遠なものに例えるなら、東京ドームで17個だ!!

 東京ドームは例えられてもよく解らないもののナンバーワンだ!!

 ダンジョンと言うからもっと狭い場所を想像していたのだが、思いのほか広い。

 思いのほか所ではなく広い。道も広ければ部屋も広い。嫌になるほど広すぎる。

 1フロアあたりのモンスター居住者の数は約一万名。

 ダンジョンから出て行くのは嫌だとゴネるモンスター居住者達とコマンドーの争い。

 パッシブスキル『ライフフォースセンサー』と手榴弾によって穏便な強制退去を願いつつ、死亡遊戯を楽しみつつのフロアの地上げを行なっていった。

 ゲームには付きもののモンスターのリスポーンは無かったため、上手に出た強制退去は順調にいっている。

 たまにはモンスター居住者相手に横手に、下手に出ることもある。

 それぞれオーバースロー、サイドスロー、アンダースローだ。


 そして本来、前衛を務めるべきワンワンは罠探知ワンコとして役に立っていた。

 シャウラの細首に首輪を取り付け、スピカにリードを任せた。

 ニャンニャンがワンワンを散歩させる可愛い姿だ。

「こ、こ、こ、こんな屈辱的な格好は嫌です!!」

 うん? いまさらか。

 あのスリットたっぷりのミニスカ服を体験して未だに羞恥心が残るワンワンの乙女力には驚きだ。

「あの~、私も~これはさすがにぃ~」

 スピカもこれはあまりにも酷い姿だと思ったのだろう。ダンジョンに入るまで、は。

 だが、シャウラは何かに導かれるように横道に入ろうとし、その度に「グェッ」と乙女らしくない声を上げる。

 これによりスピカもその扱いには納得したらしい。もちろん横道には罠が存在し、俺は手持ちのドラゴンピッケルを使ってこの罠を壁ごと破壊した。罠は壁の中に仕込まれている。ならば壁を壊せば罠が手に入ってボロ儲けだろう?

 この超高性能な工具のドラゴンピッケル。

 これは、俺と王都の鍛冶職人達の敗北の証しでもあった……。


『鑑定対象:ドラゴンピッケル(工具)

 ブラックドラゴンの牙のあまりの強度のために加工が出来ず生まれた職人達の敗北の証。

 ドラゴンの鋭い牙のピッケル部分と後部のミスリル銀製のハンマーで形成された妥協の産物』


 あのブラックドラゴンはどこまで俺を失望させれば気が済むんだ!!

 超の上に超が二つ三つ付くドラゴンの牙という超高級素材。

 ドラゴンの牙で作った剣は伝説に謳われるほどの切れ味を誇るそうだ。

 だが、豆腐で鋼鉄は加工できなかった。

 ミスリル銀のハンマーで加工しようと叩けばハンマーの方が壊れる。

 火で熱しようが、酸に漬けようが、何をしようが気にもとめない。

 ドラゴンの鱗もそうだった。

 一枚一枚が大きくて厚みがある上に加工が出来ないのだ。

 スケイルメイルにしようとすれば不恰好かつ重くて動き辛い。盾にしても不恰好で重い。

 もちろん他の部分には使えたものじゃない……。

 手に入れたはずの超々々々々高級素材は、無用の超々々々々高級素材だった。

 ダイヤモンドで削ろうとしたらダイヤモンドが削れるのだからな……。


 だが、鑑定結果が工具であろうとコマンドーは構わない。

 第一次世界大戦で最も敵を殺した兵器はスコップだ!!

 いまのところドラゴンピッケルで脳天を貫いて死なない敵は居ない!!

 脳天を貫かれて生きているとしたら、それは生き物ではない!!


 そして……ダンジョンの話に戻そう。

「ひゃっはー! モンスターは消毒だぜ!!」 地下一階層では一匹のモンスターから一つの手榴弾がドロップした。

「ひゃっはー! モンスターは消毒だぜ!!」 地下二階層では一匹のモンスターから二つの手榴弾がドロップした。

「ひゃっはー! モンスターは消毒だぜ!!」 地下三階層では一匹のモンスターから三つの手榴弾がドロップした

「ひゃっはー……モンスターは消毒だぜ……」 地下二十階層では一匹のモンスターから二十個の手榴弾がドロップした。

 ……こうして俺が、コマンドーが敗北した。

 自分は……自分は悔しいであります!! サー!!


 地価二十階層で手に入れた手榴弾は二十万個。

 他にもドロップされる異国の金貨や銀貨や銅貨。

 なんだか解らないが凄そうな魔法のアイテム達。

 罠を破壊する度に出現する罠の素材となった大量の部品達。

 では、ここに至るまでの戦果を一覧に纏めよう。


 接触手榴弾が約200万個。

 異国の金貨が約800万枚。

 異国の銀貨が約2500万枚。

 異国の銅貨が数えるのを止めた。

 魔法のアイテムがちょっとした山。

 罠に使われていた鋼鉄の矢が20万本。さに自動発射装置。

 罠に使われていた鋼鉄の槍が6000本。さらに自動発射装置。

 罠に使われていた毒ガスの原液が700リットル。容器ごと。

 罠に使われていた燃料油の軽油が4000リットル。容器ごと。

 罠に使われていた金属ワイヤーが5000メートル。罠の導体となる線だから罠の数だけ回収出来た。

 罠に使われていた吊り天井の鎖が3000メートル。巻き上げに使われるギア等の金属部品が数数え切れなく。

 そしてここは地下二十階層。つまり地下200m。

 俺はこの逆焦土作戦に敗北したのだ。モンスターには負けてない。物量に負けたのだ。

 まさか鹵獲品の物量に押しつぶされて敗北するとはな……。

 斬新過ぎる戦術だ……。覚えておこう。

 地下二十一階層では、今、二十一万個の手榴弾達が俺を運び上げろと声を上げている。

 コマンドーはワンマンアーミーだ。

 いまはワンニャンアーミーを連れて居るが、あまり荷運びの役には立っていない。

 まず、シャウラに手榴弾を背負わせる度胸は無い。シャウラの肉片を見る度胸は無い。

 スピカはただ200mの昇降運動のみで体力が尽きる虚弱体質だ。もっと鍛えろ。

 地上まではたったの200mだが、1フロアごとの水平移動も荷運びには含まれる。

 結局、ほとんどの荷を俺が一人で持ち上げることになった。

 モンスターと戦う時間が1とすると、荷運びの時間は100ほどだ。

 こうしてコマンドーは異世界の戦場において敗北の屈辱を覚えたのだった……。

 くそうっ、『守銭奴』の称号さえなければ……あぁ、でも手榴弾は見捨てられないなぁ。


 ◆  ◆  ◆


「と、言うのがこちらの戦況だ。そちらの状況はどうだ?」

 セレスティアル姫の寝室で膝枕をしながら尋ねた。

 怒られたくないから国には内緒にして欲しいだと?

 いやいや、この国で最も最悪な毒婦セレスティアル姫に伝えてやろう。

「聖剣が七本、聖鎧が五つ、聖杖が六本、聖……確認できただけで52の聖具と52の勇者が現われました。今はまだ各国が抱える勇者に経験をつませている状況ですが、この先はどうなることか……」

「戦争だろう?」

「ですわね。我が国の勇者こそ『真の』勇者であると、各国間で外交的な摩擦が始まっていますわ」

 魔王あらわれし時、勇者現われる。

 これはこの異世界での常識であるらしいが、勇者あらわれし時、魔王現われるとも言える。

 今はまだ、魔王のマの字も見えてはいないが勇者はダース単位で出現していた。

 様々なチート能力を聖具によって授かった勇者達で一杯だ。

 中にはチート? と、疑いたくなる聖具もあったのだが、道具は使い方次第だ。


 戦士は武器が使えれば戦士になれる。

 魔法使いは魔法が使えれば魔法使いなれる。

 勇者は神から賜りし聖具を使えれば勇者になれるそうだ。

 軍曹殿、自分は聖なるロケットランチャーを授からなかった為に勇者になりそこねたようです! サー!

「この国にも勇者が二人居たのですけどね……」

「何でも斬れる聖剣のローランに、どんな攻撃も防げる聖鎧のリーランだったか?」

「はい、あの二人さえ居れば……つっ!!」

 ブラックドラゴン『黒竜丸』への恨みを思い出し、そして害意ある策謀を自動的に考えてしまったのだろう。頭の回転が速いのも良し悪しだな。俺はセレスティアル姫の頭を撫でながら心底そう思った。

 あの三馬鹿を思い出しつつ。

「何でも斬れる剣を持っていても近づく前に丸焼きだ。何でも防げる聖鎧を着こんでも人間の攻撃はドラゴンに通用しない。遠くの海にでも捨てられてお終いだろう。無駄に二人を殺さなくて良かったじゃないか」

「そう……ですわね。ありがとうございます。落ち着きましたわ……」

 無能……いや、生まれた順序だけで王位を約束された姉への嫉妬。自らが淡い恋心を抱いていた初恋の騎士を殺害したブラックドラゴン。そしてその二人の婚姻関係の継続を支持しなければ魂の奥底から来る激痛に襲われる呪いに蝕まれたセレスティアル姫。呪いを掛けたのは俺。

 ……よくもまぁ、ここまで複雑な人間関係にもつれ込んだものだ。

 そして、その上で彼女は堂々と対価を要求してきた。

 失恋の痛みを癒して二人の仲を許せるその日が来るまでの鎮痛剤。擬似恋愛の当て馬役だ。

 有意義に女性を辱める趣味はあっても、無意味に女性を苦しめる趣味は無い俺は引き受けた。

 元々、彼女が働かなければ世界情勢が掴めないのだ。

 皇太子となった黒竜丸からの情報? 奴には最初から期待などしていない。

 カルチャーギャップで求愛活動と称し、城や城下街を破壊する桃色脳内ドラゴンだぞ?

 桃脳丸と名付けるべきだったと今でも後悔しているくらいだ。

 細かな人間社会の礼儀作法から常識に至るまで全てに疎く、その失態の度に遥か東方の地から参ったゆえという言い訳とセレスティアル姫のフォローで乗り切っている現状だ。

 奴に期待すべきことなどすでに欠片一つ無い。

 期待値はゼロではなく既にマイナスを示している。

「教会からの圧力で引き渡された勇者、か。大変だな……その後の扱いも考えて」

 この世界の宗教は一神教であり、分派は無い。

 神の威を借りた権勢を世界規模で誇っている教会は、その権勢と財力に任せて小国から勇者を奪い去っていった。

 普段から自分達こそが最も神に近く、それゆえに自分たち以外の『神から遠い者』へ教えを説いている身分。そんな彼等が自らの手で勇者を抱え込もうとすることは当然であり、抗う術の無い中小の国々は諸々の融通と引き換えに勇者を売り渡した。

 プロヴィデン王国もその一国だ。

「えぇ、大変ですわね……では、その恨み辛みも込めて教会勢力から滅んでいただくことにしましょう。国民を売り渡さざるを得なかった屈辱、売り渡された国民の悲痛の仇を晴らすといたしましょう」

「セレスティアル姫は相変わらず敵に回すと怖い女だな」

「ナナシ様ほどではありませんわ。……元々、そのお積りだったのでしょう?」

 ダンジョン地下二十一階層。

 口中に手榴弾を放り込むという特殊な技能と凶悪な即死罠を見抜く眼……あとは罠大好き探知ワンコを持っていた俺だからこそ攻略できたダンジョン。教会の勇者ここにありと喧伝したい彼等の目論見どおりに行くかどうかが楽しみだ。

 少しばかり便利な道具を持っただけの素人が、あの悪意に満ちたダンジョンの中で何処まで戦えるのか高見の見物と行こうじゃないか。

 大丈夫だ。石材の買占めと石工の囲い込み、そして立派な墓石の作成は着々と進ませている。

 花の種を蒔いた長閑で広大な霊園だって用意しておいてやったぞ?

 だから、安心して死んで来るといい聖騎士達よ。

 地下二十一階層のモンスターは、文字通りのモンスターだったぞ?

「あら、なんだか楽しそうな笑みを浮かべてらっしゃるのですね? なにか楽しいことでも?」

「うむ、人間の限界に挑戦しようと言う者達の姿を思い浮かべて、すこし、な」


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