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全ての元凶話 完全被甲弾式勇者基礎過程教練ブートキャンプ

現在、作者の霊圧が高まるまで星界に出かけております。

御用の方は発信音の後に、念波でお伝えください。

ぴーぽーぴーぽーぴーぽー。

 あの日、あの時、トラックに出会っていなければ……いや、今の俺ならば解る!!

 フラフラと路肩に寄ってきたトラックを避けられなったのは俺が未熟であった為だ!!

 敵が大きく強かった? 運転手が居眠りをしていた? 己の身が弱く耐えられなかった?

 ……それが何の『言い訳』になると思っているのだ?

 相手がどのような状態であろうと『己の身は己で守る』その最低限の心構えさえ出来ていなかった自分の未熟が憎いっ!!


 あの日、あの時、トラックに出会っていなければ……『軍曹殿』にお会いする光栄もなかったことでしょう!!

「サー! 自分は軍曹殿に出会えて光栄です! サー!」

「よ~し、その喜びの気持ちを表現してプッシュアップ連続100回だ!!」


 勇者キャンプの朝は早い、AM00:00時だ。

 勇者キャンプの夜は遅い、AM00:00時だ。

 ホットラックさえ無かったよ!! この訓練キャンプにはっ!!

 一瞬の睡眠時間さえ存在しない二十四時間稼動体制の素晴らしい訓練キャンプだったよ!!


「98! 99! 100!! サー! プッシュアップ連続100回を終了しました! サー!」

 俺は連続腕立て伏せ百回をこなし、そして、バッと起き上がり報告を終えた。

「よーし、今の気分はどうだ~?」

 し、死んでしまいそうなほど腕がプルプルしております! サー!

「サー! とても爽快な気分であります! サー!」

 でも、こう口にしなければいけないのです! サー!

「HAHAHAHA! 体を痛めつけて気分爽快とは稀にみる変態だなっ! 褒美として懸垂100回開始!! どうだ~? 嬉しいだろう?」

 あっはっはっはっは……それはそれはマゾの変態である自分にはご褒美過ぎて涙が出そうです! サー!

「サー! イエス! サー! 嬉しいです! サー!」

 部屋の壁の縁に指を掛け、酷使された両腕を残酷死にまで追い込みながら俺は懸垂を開始する。

 即座に開始しなければ、軍曹殿の銃殺と言う名のお優しい訓示が待っているからだ。

 何回死んでも痛いものは痛いし、極力、激痛にのた打ち回れるように撃ってくださる軍曹殿はとても優しいお方で御座います。サー!



 ここは、すでに死後(?)の世界。

 ならば、これ以上、死ぬことは許されない。

 ゆえに、死んで逃げることさえ許されない勇者訓練キャンプで、俺は始まりも終わりもないメビウスリング式勇者訓練を受けていた。

 ……あれは、もう十日? ほど、前になるのだろうか?

 俺は学校の帰り道、親友の河春とダベりながら道を無防備にも歩いていた。

 愚かにもッ!! 実に愚かにもッ!! 無防備にッ!!

 運転手に課せられた過酷な労働か、寝不足の為なのかは知らないが、前方からフラついた一台の大型トラックが!!

 今にして思えば、フラフラしていたことにしっかりと気が付いていた。

 気が付いていながら、適切な対応をとるべき姿勢をその愚かなる肉体や脳や魂はしていなかった。


 平和にボケていたっ!!


 結果としてうら若いマイボディ、その清らかな肉体を黒くて太くて丸いものに強引に押し広げられ、身体の内側へと受け入れさせられ、お腹の中という中をグチャグチャに掻き回されて、真っ赤な血の華を咲かせてしまうという恥辱を味わったのだ。

 何故!? 動けなかった!? あれは簡単に避けられた攻撃だろうっ!?

 あの日、あの時、トラックに……いや、それ以前に空手の一つでも習っておけば、完全なる廻し受けで大型トラックごときなんとかっ!?


 なりませんでした!!

 サー! 自分は敵性戦力の過小評価は行ないません! サー!


 ◆  ◆  ◆


「……あ~、数学の井上の禿の授業とか、眠くて受けてらんねぇよな」

「俺としては英語の光浦、あのババアの化粧臭さで寝てらんねぇことの方が辛いわ」

「ははは、わかるわかる。あれ、くっせ~よなぁ? 寝てるこっちの身にもなれっての」

「夢の中に光浦のババアが現われたら地獄だぜ? ん? あれ? なんかあのトラック、フラフラしてね?」


「あ、そうだな。なんかフラフラしてるな。……チッ! たかだか道路の一つもまっすぐ走らせらんねぇのかよ……」

 これが、前世における俺の最後に口にした言葉であった。

 この後に続く俺の絶叫は断末魔であり、「言葉」と表現するべきものではないだろう。

 そうして俺の視界は真っ暗に……。


 なったと思ったら、こんどは白くなった。

 ここは病院か何かだろうか?

「よ~し、目覚めたな。今の眠りがお前の最後の安眠だ。その幸せな眠りを、よ~く、記憶しておくんだぞ?」

 野太いオッサンの声がして、左右を見渡すと小汚い小屋のなかで、俺は木の床の上に寝そべって居たことが解った。

 白いと思ったのは剥き晒しの電球の光だった。

 え? なにこれ? ドッキリ? 誘拐? ウチに金なんてないんスけど?

「あ~、すんません。これ、なんスか?」

 とりあえず、現状確認。

 俺はトラックに轢かれた……様な気がしたが、夢だったようだ。

 で、目の前に居るのは筋肉質のオッサンが一人。

 意味不明すぎて逆にウケルわ。

「では、質問に対する説明を行なう。一度しか言わんから、耳をかっぽじいてよく聞くように。貴様にはこれから勇者としての基礎訓練を受けてもらう。小賢しい能力を与えて放り出す、その辺の連中とは違う俺の優しさに感謝しろ。そして、これから貴様が口を開くときには言葉の前と後ろに『サー!』を付けろ。これが最初の命令だ。解ったな!?」

 なんか、いかついオッサンがベラベラと好き勝手に喋ってる。

 なに言ってんだコイツ?

 このオッサン、アホじゃねぇの?


「えーと、なんだっけ? 勇者? マジで言っ……」


 ズガンと銃撃音が一つ。

 なんだか……股間が……熱い?

 長年連れ添った、俺の俺が、真っ赤に燃えて?

「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばぶぶだべぶろぶばぁっ!!」

 無くなった!?

 男の子の証明が無くなった!!

 でも有るっ!

 死に至る激痛が有る!!

 悠久と思われる僅かな時間、俺はデッドリーなダンスを板張りの床上でローリングして踊り続けた。

 しばらくすると、スーッと、痛みと表現することすら躊躇われる激痛が消え去り、俺の俺が俺に戻ってきた感覚があった。

 体感時間にすれば……わからない。一時間? 丸一日?

 でも、現実的な時間としては三十秒と言うところだろうか?

「言葉の、前と、後ろに、サーを、付けろ。これが最初の命令だ。解ったな?」

 俺の体は迅速に反応した。

 この反応をトラック相手に見せていればっ!!

 だが、既に後悔している瞬間すら無いっ!!

「サー! イエス! サー!」

 一瞬で起立し、見よう見まねの映画で覚えた敬礼姿で答えた。

 だが、軍曹殿の「チッ」と言う舌打ちの音。

 あと、二・三度は俺が理解するまで「俺の俺」をお奪うおつもりだったのでしょう。

「敬礼は要らん! それは勇者になった者だけがする栄誉ある行為だ! そしてお前はまだ勇者ではなく、ただの糞にたかったマゲッツに過ぎん! 貴様如きが敬礼をしては他の勇者に失礼だと心に刻んでおけっ! 解ったな!?」

 そうか、敬礼は不要なのか……。

 三角に曲げた手を戻し『気を付け』の姿勢に戻る。

 ふぅ、一安心……。


「…………?」


 ズガンと銃撃音が一つ。

「ぶべばぼぶるぼろすしゅばあらしゅあらしゃあああっっ!!」

 俺の俺が俺からさよならバイバイ永遠の彼方へOUTなされましたっ!!

 睾丸を蹴り上げられる痛みって骨折の三千倍らしいですが、俺から俺の俺がさよならバイバイする痛みは何倍ですかっ!?

 死後の世界のさらに川向こうから俺に向かって皮被りの俺が手を振ってらっしゃる!!

「あえあえあえあえあういあえあおぉぉぉっっっ!!」

 素敵な断末魔の叫びが自動的に喉から迸り続けた。

 こうして床をのた打ち回っていると、やがて、俺の俺が俺にリターンなされる感覚があって、痛みが消えました。

 そうして元に戻った俺の姿を見届けて、軍曹殿がお優しく問いかけてくださいました。

「他の、勇者に、失礼だと、心に、刻んでおけ。解ったな?」

「サー! イエッサー! サー! 心に刻みました! サー!」

 即時! 俺は直立不動の姿勢を保ち答える!

 さきほどの俺と俺のさよならは、返答が無かった怠惰に対する軍曹殿のお優しいお叱りであったようだ。

 こうして、一秒たりとも……いや、コンマ秒たりとも気の抜けない勇者養成ブートキャンプが始ったのであった。


 ◆  ◆  ◆


 そして、今は座学の時間だ。

 座学の時間はとても素晴らしい時間です。

 『空気』と言う名の椅子に座って身体を休められるのですから。

 もちろん、椅子を倒してしまうような不良生徒は軍曹殿からのお優しいお叱りをお受けするお素敵なお時間です。

「では、勇者としての基本的な戦闘方法を教える。それは、大きく分けて三つだ。索敵。分析。そして罠だ!」

 え? 勇者たるもの、聖剣とか、聖なる槍とか、光の聖なる大魔法とかではないのですか?

「ふむ、納得がいってないようだな。……では、実践してみよう!」

 あぁ、軍曹殿が実に嬉しそうな笑顔を浮かべております。

 あぁ、軍曹殿のそれは獲物を前にした獣の笑みで御座います。

 あぁ、軍曹殿の手の中には、とてもとても凶悪極まりない鋼の塊が見え……あとは真っ暗闇でした!!

 目がぁぁぁぁぁぁっ!! 目がぁぁぁぁぁぁっ!! 眼球がっ!! 物理的にぃぃぃぃっ!?

「ほ~ら、これで解っただろう? 敵が見えなければ、そもそも戦いにすらならないんだ。解ったか?」

 実体験させていただけるとはなんたる光栄!!

 軍曹殿の優しい教えのために、俺の眼球から情熱の真っ赤な涙が止りませんっ!!

 俺の生涯で最も熱く流れた血涙であることは確かでしょう! サー!

「サー! イエス! サー! 理解しました! サー!」

 体感時間は激痛と灼熱とが仲良くマイムマイムする十分間。

 実時間では三十秒ほどで戻ってくる眼球の光。

 こうして身体が傷ついて修復されるたびに肉体は最適化されるようで、最初は連続して三十回も出来なかった腕立て伏せが、今では連続で百回行なえるようになったのだった。

 『空気』の椅子も、転倒するたびに強靭に強化されている。

 実際に強化されるのは俺の足腰なのであるが。

 椅子の維持に努めすぎて座学を疎かにしていると、それもまた軍曹殿のお優しいお叱りによって毎度強化されるのだが、この場合、どこが強化されたのかは解らない。

 何度、さよならバイバイを繰り返しても、俺の俺は銃弾よりも強くはなれませんでした。

「では、続けよう。索敵方法だが、人の持つ索敵手段にはまず五感がある。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感だな。平衡感覚を含めれば六感、温度の感覚も含めれば七感だ。貴様の向かう異世界の種類によっては魔力的な感覚が存在したり、人間以外の他種の動物には他の感覚があったりするが、ここではまず貴様の持つその感覚を元に索敵というものの基本について教えていくとしよう」

 すでに、嫌な、予感しか、いたしません!! サー!!

「サー! 今、自分は、視覚を奪われる経験を一度致しました! サー!」

 俺の返答を軍曹殿はいたくお気に召された模様。

 HAHAHA!! と、御腹を抱えて笑っていらっしゃいます。

 これは? ……意外に好感触?

「一度で十分などと謙虚なことを言うな。十度でも百度でも千度でも、視覚を失っても戦えるように何度でも奪ってやる。聴覚も、嗅覚も、味覚も、触覚も、その全てもだ。五感も七感も、全てを失っても戦い抜くことの出来る勇者に育て上げることが俺の仕事だ!! 小賢しい能力を与えて放り出す連中とは違う俺の優しさに感謝しろ!!」

 あ、あ、あ、あ、あ……軍曹殿の優しさには涙が、血の涙が止りません……。


「…………?」


 ズガンと銃撃音が一つ。

 うぐだぶがあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 返答するの忘れてたぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 バイバイ!! 俺の俺ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!


 ◆  ◆  ◆


 軍曹殿との訓練の日々は、それはそれは素晴らしいものでした。

 鬼ごっこという実戦形式の索敵訓練。

 小屋の外には平原に山に荒野、森林から海辺まで、実に素晴らしいロケーションが用意されておりました。

 まず自分が逃げて、鬼より恐ろしい軍曹殿が追いかけてくるのです。

 そして、掴まるたびに、死んだ方が良いと思われる苦痛を与えていただけるのです。

 えぇ、全ての歯をペンチで抜き取られて、超スペシャルな知覚過敏を体験させていただきました。

 自分が軍曹殿に捕獲されると、今度は自分が鬼となって軍曹殿を追う番です。

 でも、姿の見えない軍曹殿は探せども探せども見つかりません。

 そして、なぜか索敵中である鬼の自分が軍曹殿に捕獲され、死んだ方が良いと思われる苦痛を与えていただけるのです。

 たかだか鬼ごときが軍曹殿に勝てるとでも?

 ははは、素晴らしいご冗談です。サー!


 自分の戦績があんまりの不出来なために、お優しい軍曹殿が何処からか用意した野生の虎との虎ごっこにも興じました。

 もちろんこちらは徒手空拳。

 もちろんあちらも徒手空拳。

 とっても公平な条件だと思って涙が出ました。

 俺にも口があり、虎にも口がありました。

 俺にも爪があり、虎にも爪がありました。

 完全にイーブンな状態であり、文句のつけようも御座いませんでした……。サー!


 虎ごっこの他にも熊ごっこ、多数の狼ごっこ、様々な野生動物と触れ合えるアニマルランドごっこ遊びを実体験しました。

 意外にも恐ろしいのは猿ごっこでしたね。

 人間と似たようなその容姿のため、その行動圏が俺と同じであり、安全を保証できる場所が一切ありませんでした。

 樹上では数多の猿に勝てるはずもなく。

 平原でも数多の猿に勝てるはずもなく。

 山岳でも数多の猿に勝てるはずもなく。

 複数の猿に手足を押さえつけられて、生きたままにハラワタを引きずり出される新感覚。

 このレイプ猿どもめっ!! 俺の身体の内側を汚すんじゃない!!

 最終的には枯れ木の多い森林に己を囮として誘い出し、森ごと焼き尽くしてやりました。

 さらば猿よ、君達の犠牲にされた俺の命の数を俺は忘れない。


 相手に見つからず、相手を見つける。

 相手の状況を知り、相手に状況を知らせない。

 相手のやりたいことをさせず、相手のやられたくないことをする。

 そのために必要なことは、相手からよく隠れて、相手をよく見て、そして、相手をよく分析することでした。

 この段階に至り、聖なる剣、聖なる槍、光の聖なる大魔法などどうでもよいものだと知りました。

 そんなものに手段を縛られるくらいなら、機会を見計らって建物ごと崩落させ圧殺してしまえば良いのだと知りました。


 虎ごっこの終わりは早いものでした。

 虎は猫科ですから夜目が利きます。

 なので、闇夜に松明の明かりが急に現れたなら逆に視界が奪われます。

 軍曹殿の訓練の成果によって、視覚などなくとも戦える俺にとっては子猫も同然の相手でした。


 熊ごっこは簡単でした。

 巣穴に篭ったので、枯れ木の束をワッセワッセと放り込み、火を点けて入り口を崩落させました。

 終わりです。冬場の一酸化炭素中毒は恐ろしいものなので気をつけましょう。


 狼ごっこには他の野生動物に少々、色取り取りの茸を仕込んだ上でプレゼントして差し上げました。

 苦しみ悶えて泡を吹いていた彼等に向かって慈悲の一撃を加えてまわりました。

 えぇ、狼の犠牲となった戦友である数多の俺への冥福の祈りを込めて。


 獅子ごっこ、河馬ごっこ、ゴリラごっこ、象ごっこ、軍隊蟻ごっこ、大雀蜂ごっこ、毒蛇ごっこ、大蛇ごっこ、鴉ごっこ、大鷲ごっこ、鰐ごっこ。鮫ごっこ。鯱ごっこ。

 陸海空。小から極大。一匹から黒い絨毯の極多数まで、数数え切れない野生のアニマル達との触れ合いを堪能させていただきました。

 ムツの修羅であるゴロウさんをお呼びすればお喜びになったのではないでしょうか? サー!


 さぁ、野生のアニマル軍団との争いを終えた今こそ軍曹殿とのリターンマッチであります! サー!

 自らが見つけようとすることは敵に見つかりに行く事であり、見つからないようにただ身を潜めることは敵を自由にさせること。

 この矛盾する命題をこなしながら自らの意志を押し通してこその勇者なのだ!!

 ……ん? 勇者? なの? これ?


 軍曹殿とのリターンマッチのキルレシオは0:幾十万というところでしょうか?

 はっはっは、まさか目の前から何気なく歩いてくる軍曹殿の姿を認識することが出来ず、己の首がコキリと快音鳴らすまで気が付かないなんて、もうそれはスニークと呼ばれる範囲を超えてらっしゃるのではないでしょうか? サー!

 えぇ、確実に視界の中には入っていたはずなのに認識できないという常識外なレベルのスニークからの快音キル。

 おそらく軍曹殿ならば魔王の城に正面から堂々と乗り込みコキリと快音を一つ鳴らして帰ってくることも可能なのでしょう。

 聖剣も魔法も、ほんとこれは要らないわ。サー!


 ◆  ◆  ◆


「その場にある全てのモノを自分の敵だと認識しろ! そして、その場にある全てのモノを自分の味方だと認識しろ!」

 久々の、軍曹殿からのありがたい口頭での訓示でありました。

 基本は口頭以外での教練および訓示でありました。

 勇者訓練キャンプの基礎過程を終えた俺は、ついに卒業の日を迎えたのです!


 索敵の実戦訓練の中には攻防に罠といったものの訓練も含まれておりました。

 主に、俺が被害者となる形で。

 首を切られると俺は死ぬ。

 太ももの動脈を切られると俺は死ぬ。

 背中から肝臓を刺されると俺は死ぬ。

 頭上からの巨石に頭を砕かれると俺は死ぬ。

 落とし穴に嵌まって息が出来ないと俺は死ぬ。

 手足を縛られて放って置かれると飢えて俺は死ぬ。

 隠れ家に残しておいた食料に毒が混ぜられているとのた打ち回って俺は死ぬ。

 とにもかくにも俺は簡単に死ぬ。

 とにもかくにも生き物は簡単に死ぬ。

 つまるところ、ものの滅ぼし方などというものは星の数ほどもあり、剣や魔法を手にすることでその手段を狭めてしまうのだと教わりました。

 軍曹殿は剣を扱えないわけではありませんでした。が、縛られませんでした。

 軍曹殿は槍を扱えないわけではありませんでした。が、縛られませんでした。

 軍曹殿は弓を扱えないわけではありませんでした。が、縛られませんでした。

 場に応じて持ち替え、あるいは剣を剣では無い形で使い、槍を槍ではない形で使いました。

 弓矢の矢がしなりを帯びたレイピアになるとは、戦場は千変万化です。

 そこで自分が真似て矢を剣として構えてみたところ、軍曹殿の手により突撃小銃で蜂の巣にされるとは、戦場は千変万化すぎます。

 そんな戦場の中で生き残ろうというのですから「勇者」もまた千変万化であることを求められるのです。

 ただ、超一流の手で斬られ、貫かれ、射抜かれるという幾万の実体験は、百万回の素振りよりも有為の経験として残りました。

 あの剣の閃きを、あの槍のうねりを、あの矢の鋭さを、ただ理想として追い求めれば良いだけなのですから。


 理想図がある。

 設計図がある。

 完成図がある。


 ならば自分にも出来て同然の道理。

 あとは自己による身体運用の研鑽あるのみだ。


「そして最後になるが、『勇者』は『英雄』ではない。名を惜しむな、命を惜しめ。命の恐怖を常に感じながら、それを乗り越えて勇気を武器にまで昇華させろ。恐怖を乗り越える勇気と、名誉のために恐怖を忘れる無謀を履き違えることのないように。では、これにて勇者訓練基礎過程を終了する。以上、敬礼!!」

 ぐ、軍曹殿の言葉が心に、そして目に染みました。

 俺の腕は見よう見まねの三角形を形作り、そして、敬礼の形を取りました。

 勇者にのみ許されるこの行為。

 自分は!! 感動しました!!

「サー! イエス! サー! 名を惜しみません、命を惜しみます!! サー!! 恐怖を乗り越えて勝利を目指します!! サー!!」


 軍曹殿! あなたのことは忘れません! あなたに襲わった死と苦痛の恐怖の数々を忘れません!! 心に刻まれた恐怖、忘れようがありません!! 魂に刻まれた恐怖、忘れようがありません!! ただ、戦場に出る前にPTSD<心的外傷ストレス>を患っているというのは大丈夫なのでしょうか!? サー!?


 こうして、俺は完全被甲弾式勇者基礎過程教練ブートキャンプを卒業したのだった……。


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