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わが家の居候さん  作者: 久我わかなり
第1章 「あの子は居候さん」
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第2話「憧れと居候さん(2)」

 



「………お…。…………な…お………奈穂!」



 


「ふぉあ!?」






 朝……だろうか。たぶん朝。


 聞き慣れた男の子の声で目が覚める。

 彼の名前は伏見陸(ふしみりく)。この家の長男であり、私の同級生であり、私の好きな人。寝ぼけ眼で目覚まし時計に目をやると、時刻は朝の10時だった。


 こんな時間までうっかり寝耽ってしまった私の名前は有沢(ありさわ)奈穂(なお)。訳あって陸の家に居候させてもらっている、少し妄想癖………もとい、想像力が豊かな高校2年生の女子高生だ。JKだ。


 なんだかんだで、居候生活が始まってからしばらくが経った。すっかり生活にも慣れ、陸の家族の人達とも、より親密になれた気がする。



 それよりも、だ。

 なぜ陸が、私のことを起こしにきているのだろう?






「なんでって…。お前忘れたのか?」




「忘れたってなにを?」




「……ったく。今日デート行きたいって言ったのお前だろうが。この前公開した映画見に行きたいって」




「…………デート?」




「お前がどうしてもどうしてもって言うから予定空けといたのに、言い出しっぺはすっかり寝坊してるし。付き合い始めて何回目だ?」




「付き…合う……?誰が?私が?陸と?」




「他に誰がいるんだよ」







 まさに驚天動地。

 寝ぼけた頭も一気に覚めてしまった。


 なんだろう、私はタイムスリップでもしたのだろうか。この場合タイムリープ?なんとなく記憶はあるようなないような、この家で過ごしたという記憶があっても、肝心な"中身"が綺麗さっぱり思い出せない。



 あたふたする私を見て、陸は溜息を吐いて大きなベッドに膝を乗せ、体を近づけてくる。






「………まったく、毎度毎度」




「えっ、あう……えっ………!?」






 真剣な眼差しで陸は身を乗り出して、男の子にしては小さい手のひらが右側の頬をつつむ。


 触れた部分がひんやりしていて、私の体が冷えているのか、陸の手が冷えているのかもわからないまま、少しずつ整った陸の顔が近づいていて。






「り、りりりりっ、りりりくさん!?ま、待────────!!」




「いいから。さっさと目ェ閉じろよ。……お前が寝坊する度にさせられてるけど、恥ずかしいもんは恥ずかしいんだ」






 陸の顔が、唇が、少しずつ、少しずつ迫り、目と鼻の先わずか3cm。互いの息がかかるような距離。

 もはや何を言えばいいのかさえもわからずに、とりあえず思い浮かんだ言葉を紡ぐ。






「恥ずかしいっ………って、なに…が………?」




「……決まってるだろ。おはようのキ─────」










 外で鳥が鳴いている。スズメだろうか?鳥の種類に詳しくないのでよくわからないが、チュンチュンとそれっぽい声が窓の外から聞こえる。



 慌ただしく開いた目の先には白い天井。身を起こして辺りを見回すと、昨日整理した荷物と、居候前任者が置いていったであろう壁に飾ってある、やけに目立つ富士山のペナント。



 先ほどまで目と鼻の先に居た少年は居ない。

 





「……………………………………………夢、」






 声に出して、現実を思い知る。


 陸と付き合っているという事実も、デートの約束も、おはようのアレも、すべては夢だったのだ。泣きたい。



 目覚まし時計を確認すると、午前8時。ここばかりはさっきのが夢でよかったと、少しだけ胸を撫で下ろす。


 居候生活からしばらく経っているわけもなく。今日が居候生活1日目。他人の家に泊まろうとも妄想癖だけは健在なことを知り……というか夢の続きが見れなかったことを悔やみ、頭を抱えてジタバタと悶え苦しむ。



 二度寝すれば続きを見られるかもしれないという欲望を放り投げ、溜息交じりに部屋の扉を開けたのだった。






 *********************







 階段を下りて居間に向かう。


 ゴールデンウィーク中で休みなのに何故こんな時間に起きたかと言うと、少しでも早くこの家に慣れるためである。なにせ今日は居候生活初日。少しでも早く家事やら何やらを覚えて、陸やみくちゃんの負担を軽くせねばと思ったからだ。

 


 しかしながら恥ずかしながら、私こと有沢奈穂は、生まれてこの方真面目に家事をしたことなどなかった。


 専業主婦だった母は、毎日家の中を新品のように綺麗にするくらい綺麗好きで、つくる料理はとてつもなく美味しく、気づいたら使った食器も洗われているし、部屋にほったらかしだった服が気づけば洗濯カゴの中に入っているなんてことも日常茶飯事。そんな感じで、家事という家事は全て母がこなしていた。



 私が「手伝うよ」と言って手伝ったことがあるのは洗濯物をたたむこととお皿洗いくらい。心配性なのかせっかちなのか、母は家事でモタついている私を見ては、気づけば私がやるはずだった家事の半分以上を終わらせてしまったりして。


 故に、家事をまともにやったことは一度もなく、できることは洗濯物をたたむこととお皿洗い。そしてつくれる料理は卵焼きと具なしのケチャップライス。それを組み合わせてオムライス。後は綺麗な野菜やらお肉やらを真っ黒な物質に錬成できるくらい。改めて顧みても、なんとも女子力の足りない女子である。将来が心配になってきた。



 閑話休題。



 そんな私が朝早くに家事ができるわけないだろう、とお思いだろう。しかしだ。今の時代、なんでも携帯電話ひとつで調べられる時代なのである。昨日のうちにこの家のWi-Fiのパスワードを教えてもらった私は、既に料理や洗濯のコツを検索し終えているのである。



 やり方に詰まったら再び検索すればいいし、花嫁修業だと思えば色々と楽しみに思えてくるので一石二鳥の一挙両得である。






「……えへへへへ……花嫁、かぁ……」






 大きな教会で白いドレスを纏って結婚式。いや、神社で白無垢も悪くない。そしてもちろん隣には……とかなんとか考えながら居間の扉を開ける。






「あっ、奈穂ちゃんおはよー。早いね?」






 そこに居たのは、中で何かがゴロゴロしてるダンボールを抱え、可愛らしいエプロンを纏った可愛らしいみくちゃんだった。






「みくちゃん、起きてる……部活は…?」




「今日は休み。先生が友達の結婚式に行くんだって。奈穂ちゃんはなんで早起き?寝付けなかった?」




「いやぁ、その、家事をしようと思ったんだけど……先を越されちゃったみたいで……」






 先を越されたというのも何とも奇妙な表現だと言ってから気づく。元々家主はあっちだろうに。






「んへへ、気持ちだけでいいよそんなの。奈穂ちゃんは居候さんでもまだお客さんって感じなんだから、ゆっくりしてて!」






 そんな慈愛に満ちたことを言ってくれるみくちゃん。笑顔が朝日のように眩しい。


 だが、これでは私の面目が立たないので。






「いやいやいや、私もこれからここで暮らすんだし、なんか手伝う……っていうか私がやるよ!………っていうか、それはなに?」




「あぁこれ?じいちゃんのとこから送られてきたジャガイモだよ。まぁ、もらい物のもらい物なんだけどね」






 ダンボールの中でゴロゴロとしていたのはジャガイモだった。なんとも北海道らしい贈り物が、これでもかというくらいダンボールに敷き詰められている。






「ジャガイモ…何かつくるの?」




「うん、煮っころがしにしようと思って」




「煮っ……ころ?」




「んじゃま、奈穂ちゃんが手伝ってくれるって言うなら、お言葉に甘えちゃいますかね」




 


 重そうに抱えていたダンボールを台所に持って行き、その中からいくつか手に取って言った。






「その前に、朝ごはんにしよ?」






 エプロンをひらりと舞わせて可憐に振り返るみくちゃん。



 こんな子が妹にいたら、と思っていた中学時代の私へ。

 今、私はとても幸せです。






 *********************






 伏見みくちゃん。



 私が中学3年の時に知り合った陸の妹で、年がふたつ離れており、今は中学3年生。


 陸とみくちゃんは兄妹共に端正な顔立ちをしているが、みくちゃんは陸とは似ても似つかないぱっちりと開いた綺麗な目。笑顔がよく似合う口元。そして、肩くらいまで伸びた髪をゴムでくくり、前髪も飾り気のないヘアピンで押さえつけている。本人曰く、「まとめてないと何か落ち着かない」だそうだ。



 彼女のイメージは、それはもうとにかく可愛らしいという言葉に尽きる。


 小動物のような人懐っこさに、あざとく感じさせない絶妙な仕草の数々。誰彼構わず仲良くなれる対人能力の高さに加え、見た目の可愛らしさも相まって、生徒会の中ではマスコット的存在だった。



 そんなみくちゃんは、実は人を引っ張るという能力に長けていて、今では所属している女子バスケ部のキャプテンをしながら、生徒会では議長を務めているようだ。私が生徒会に居た時も、みくちゃんと同じ1年生の生徒会メンバーを引っ張っていくような存在だった。


 しかしながら、一度パニックになると兄である陸に泣きついてしまう年相応の行動を見ると、そういえば去年までランドセルを背負っていたんだったなと微笑ましい気持ちになった。


 彼女を一言で表すとするなら、正に天真爛漫。無邪気で純粋な可愛さは、男女問わず色んな人を魅了した。






「(可愛いなぁ…………)」






 紺色のシンプルなエプロンの後ろ姿を眺めながら、物思いに耽る。


 中学の頃はなんだかんだでみくちゃんと仲良くしていて、彼女の可愛らしい面を見るたび、妹にしたいと常々思っていたほどだ。






「(…えへへぇ……可愛いなぁ………)」






 その後ろ姿を見ているだけでも眼福である。


 食卓テーブルに座りながらそんなことを考えていると、ぼやーっとした影が目の前を通り過ぎた。






「あれ?お兄ちゃん起きたんだ」






 ふと後ろを振り返ったみくちゃんが言う。


「ん」と気の抜けた返事をしながら冷蔵庫を開けているのは陸だった。もしかしたらだらしない顔を見られていたかもしれないと思いながら、おっかなびっくり挨拶をしてみる。






「お、おはよう」

 



「ん」




「あっ、もしかしてお兄ちゃん、緊張して寝つけなかったとか?」




「いや、普通に熟睡だったけど。なんか目が覚めた」






「ほんとかなぁ」と言いながらわざとらしい表情をするみくちゃん。冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出した陸は、ペットボトルの底でみくちゃんを軽く小突いて出入り口へと向かった。






「寝るのー?」




「朝飯はいらん」

 





 会話が成立しているんだかしていないんだか。兄妹特有のコミュニケーションを交わす。



 



「お、おやすみっ」




「んー」






 こっちも負けじと会話が成り立ってるんだか成り立ってないんだかわからない言葉を交わし、陸はリビングを出て行った。






「そんじゃま、朝ごはんにしよっか」






 目玉焼きにベーコンにホカホカの白いご飯。加えてさっきダンボールの中で転がっていたジャガイモが、十字に切られた頂点から湯気を立てながらバターで艶やかに光っている。所謂ジャガバターになって食卓に並ぶ。


  テーブルに料理を並び終えたみくちゃんは食卓に掛け。丁寧に手を合わせて「いただきます」と言った。続けて私も「いただきます」と手を合わせ、互いにシンプルながら豪勢な朝ごはんにありつく。



 味の是非など、言うまでもない。



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