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わが家の居候さん  作者: 久我わかなり
第1章 「あの子は居候さん」
3/130

第1話ー2

 



「………………………」




「…………………………………」






 有沢が家に来てからどれだけの時間が経っただろう。時計を確認してみると、ほんの10分程度しか経ってないようだった。

 あのまま追い返すのは簡単だった。しかし、彼女の重苦しい表情と、何か言いたそうな顔を見ると、どうもそんな気にはなれなかったのだ。



 それになにより、有沢奈穂という少女は、意味のないことをするヤツではない。

 少なくとも、中学で見知った彼女は、そうゆう人物ではなかったはずだ。






「………………………あの、」







 寒そうだった彼女を見かねて出したホットココアに手をつけないまま、有沢は重い口をゆっくりと開けて言った。






「……………………その、………えっと……………久し、ぶり…」




「………それはさっき聞いた」




「えへ、そう…だよね……うん、ごめん…」




 


 まるで調子の悪いラジオのように、歯切れの悪い言葉を言い残して、彼女はまた静かになってしまった。

 

 思わずため息が出てしまいそうになる沈黙の中、不調のラジオが意を決したのか、小さく音を絞り出す。






「お願いが、あるの」






 ………………


 …………


 ……






 元々我が家は、ホームステイの受け入れ先…つまりホストとして家を提供していた。……と言っても、外資系の会社に勤める父が、仕事の縁で知り合った外国の人のお子さんを預かって宿を貸すといったもので、真面目なホームステイという感じではなかったようだが。それでもって、俺やみくが生まれて以降は、ホストとしての活動はほぼなくなっていた。


 そして、最後の留学生が出て行ったのが、俺が中学3年生になる頃。みくが小学校を卒業するのと同時に、留学生だった青年はこの家を去っていき、それ以来ホストとしての活動はしていない。

 さして隠すようなことでもなかったし、ホームステイをしていた青年も人当たりが良かったために、ホームステイ先として家を提供しているということは同級生によく話していて、家に遊びにくる者もそれなりに居た。



 そう、同級生によく話していたのだ。



 有沢奈穂。

 もちろん同級生だった彼女にもホームステイのことは、話の成り行きではあるが話していた。しかし、世間話程度に話したことだった為に、大して気にも留めていないのだろうと思っていた。

 まさかそれが仇になるなど、その頃の自分は思ってもみなかったろう。2年前の自分を説教したい次第である。




 閑話休題。




 彼女の"お願い"を聞いて、当たり前のことを当たり前に告げる。






「無理に決まってんだろ」




「……………………どうしても、ダメ?」






 彼女の頼みはいたってシンプルなものだった。

「少しの間、この家に泊めてほしい」と。

 





「……ホストファミリーとしてやってたのは何年も前だ。それに、最後の人だって親父の知り合いの息子だから請け負っただけで、今はそうゆうことはしてない。俺もみくもそれなりの年になってるしな。だから、いくら同級生でも泊めるのは無理。というか、聞く前にわかるだろ、そんなこと」




「……でも、」




「お前がどうゆう理由でここに来たかは知らない。家出だろうが、親との喧嘩だろうが知ったこっちゃない。無理なもんは無理だ、諦めろ」




「…………………」




「というか、なんでウチに来たんだ?長い間は無理にしても、2〜3日程度なら女友達の家にでも泊めてもらえばいいだろ」




「……………2日とか3日とかじゃ、ダメなんだもん」




「……あん?」




「……………………あのね、」




「たっだいまーーーーーー!!」






 有沢がその続きを言う前に、玄関から快活な声が響く。






「ん?あれ、誰かお客さん?お母さん?の靴じゃないよねこれ────────」






 居間に入ってきた妹が、有沢の姿を確認した後、まさしく鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。






「…………奈穂ちゃん?」




「……えと、お邪魔してます、みくちゃん。」




「奈穂ちゃーーーーーん!!」






 ぐぁばっ!っと、勢いよく有沢に抱きついて、ソファに倒れこむみく。


 絶対めんどくさいことになるな、と思いながら、静かに頭を抱えた。






 *********************






「なんでさ!別にいいじゃんお泊りくらい!」




「お前はよくても俺がよくないんだよ!少しはこっちのことも考えろ!!」






 帰ってきたみくは、当然のように有沢の味方を始めた。




「つか、なんでお前帰ってくるの早いわけ。まだ10時半くらいなんだけど」




 みくが朝に部活に行った後、帰ってくるのはだいたい昼前がほとんどである。






「なんかねー、先生が用事あったらしくて早めに練習終わっちゃった。ていうか、なんで奈穂ちゃん泊めたらダメなわけ!?ちゃんとした理由を言いなよ!理由を!」






  同い年の男女がひとつ屋根の下でモラルが云々みたいな理由は確かにある。しかし、それ以上に明確な理由がたったひとつ。






「めんどくさい。」




「っかー!またそれ!すぐめんどくさいって言う!そんなのちゃんとした理由になんないから却下ですぅー!」




「ちゃんとしてるだろ!めんどくさいのは誰だって嫌だろうが!!」




「ていうかそもそもお兄ちゃんに決定権なんてないじゃん!この家の家主はお父さんだし!お父さんの命令は絶対!」






  ぐむっと。言葉に詰まってしまう。

 みくが帰ってくる前に、口八丁手八丁を尽くしてなんとか有沢を帰してやろうと思っていたのだが、みくが帰ってきてしまってはそうゆうわけにはいかない。

 みくが同性であり、中学の頃に世話になった有沢に懐くのはわかりきっていた。それどころか、親父が帰ってきたら ()()()()()()()()()()のは確定しているようなものだ。


 なんとかして面倒事は避けたいが、頑固なみくが相手となるとそうゆうわけにもいかないだろう。というか、ここでみくと口論を続けて喧嘩に発展すれば、間違いなく余計めんどくさいことになる。



 ゆっくりと息を吐き、みくとのプチ喧嘩を見て慌てたような顔をしている有沢に向けて告げる。



 

 


「……………………………………じゃあ、とりあえずはウチに居ていい」




「え……?いいの………?」

 



「とりあえずは、だ。頭が冷えたら自分の家に帰れよ。それと、親父に話を通したいなら、夜まで待ってろ。親父が帰ってくるの、たぶん21時くらいだから」




「う、うん………わかった」




「…………………みく。俺は出かけてくるから、そいつの事頼むぞ」




「そのまま奈穂ちゃんが帰るまで帰ってこないのはなしだよ?」




「わかってる」





 

 溜息を吐きながら居間を後にする。

 扉を開けて出て行こうとした瞬間、奈穂がささやかに呼び止めてきた。





「あの、陸、」




「なんだ」




「………ありがとう」






 その言葉に返事はせずに、階段を上がり、部屋に入った。


 なんてことのない日々、なんてことのない平和、そこに小さなヒビを穿つ、そんな出来事が舞い降りたゴールデンウィーク初日。


 思わぬ面倒を抱えてしまい、そのままゴールデンウィークが華麗に過ぎ去ってしまいそうな、そんな予感がしたのだった。






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