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第四話 「少女の痛み」

今回の方がよっぽどグロいです。しかも、更にシリアスが続きます。


 ガサ、ガサガサ……。


 まだ日が昇らぬ頃、森では様々な動物が動き出す。犬、いのしし、ウサギ、そして、俺。

 動物たちが多くの人間たちより早くから一日を全うするのにはそれなりの理由がある。それは、一部の人間だってそうである。その一部の人間に含まれる俺も、理由があってこんな朝早くから起きている。

 その理由が、


「……寒い……」


 というものである。

 俺は昨日、人生初の大号泣をした後、見事にぐっすり寝てしまったのだ。それも、体の色んな所に穴が開いた状態で。


「……寒くて寝てらんねぇ……」


 原因は分かっている。逆アイアンメイデン状態で、止血もせずになるもんだから、血液が圧倒的に足りてないのだ。むしろ、良く朝を迎えられたものだ。自分のタフさが怖い。


「……どうにか血を補給しないと……」


 大きな街では輸血という方法で補給可能だが、この街にそんなことができる施設は存在しない。あっても、かなり遠くだろう。そもそも、街に戻るために血が必要なのであって、そのためには街に行かなければいけないというこの矛盾。


「……この辺の野草って何が食べられたんだっけ?」


 仕方なく、周りからできるだけ体力を使わない範囲で探せる栄養補給物質を探す。

 一応、この街に来る前に、この地方で非常時に何を食べて生き残ることができるのかを旅人に教わっている。実物も見せてもらっていたのだが、正直もう記憶から消えかけている。

 思い出されるのは、害のあるものだけだった。まぁ、いざとなれば拙い魔力を代用するしかないだろう。そんなことが可能なのかは分からないが、不可能ではないだろう。と思いたい。

 再度、周りを見渡す。すると、視界の隅に草むらの向こうから動く物体を捉えた。一瞬だけ見えた、毛に覆われた長い耳はウサギのものに違いない。


 ヒュッ、ドス!


 死の淵に片足を放り出している俺は、生存本能が勝手に働き、近くの木の枝を折って投げて草の向こうのウサギを一撃で仕留める。


「よ、し……と、とと」


 ただ枝を折って投げただけなのに、かなりの眩暈がする。いよいよ危なそうだ。


「……仕留めたのはいいけど、俺の健康状態で食すことができるのか?」


 飢餓を感じるほどではないが、場合によってはやめたほうがいいのかもしれない。数日間まともなものを口にしていなかった者が、きちんとした食事を急に食べると危険なのを知ってはいるが、死にかけの貧血患者にもそれが適用されるかどうかの知識は生憎と持ち合わせていない。ので、残っている体力を振り絞って肢体に近寄る。


「そういえば火も無い。……いや、魔力でどうにかなる。……となるとナイフのような解体する道具が必要になるな。あ、でも、ウサギくらいなら枝とか指使えばどうにかなる……のか?」


 片膝をついてしゃがむ、というより、四つん這いに近い状態になり調理方法を考える。さすがに、この状況で調味料をどうするかなんて考える余裕は、さすがに俺にもなかった。……焼き加減については考えたが。

 服のポケットや、目に見える範囲で使えるものがないかを探したが見当たらない。気が進まないが、最終手段に出る。


「……ま、これも自然の摂理ってことで」


 そう呟きながら、一応手を合わせてから『調理』に入る。

 まず、手始めに血抜きから。

 首に刺さったままだった枝を抜き、そこに左右両方の親指を差し込んで、穴をできるだけ大きくさせて逆さまにする。


 ミチミチ、バシャシャッ!


 すると、新鮮な血が一気に流れ出る。あたりに濃厚な血の匂いが漂い、あることを思い出す。


「あ、そういえばクマの存在を忘れてたな。……まぁ、今更だな」


 血抜きをしながら、肉食(正確には雑食)の存在を思い出し、血の匂いに誘われてここにきてしまうかもしれないとも思ったが、血抜きを終えてしまった。完全に後の祭りである。

 カキスは特にそのことを気にせず、『調理』を続ける。

 今度は解体。

 先程広げた穴の周囲に枝を刺していく。

 何本かおりながらも、どうにか毛皮と肉の部分を少しだけ剥離することに成功する。そのまま、包丁でも入れるかのように枝を差し込んでいき、完全に毛皮と肉を分離させる。

 途中、何度も眩暈を起こしたが、『調理』を始めた段階ですでに地面に寝転がりンがら作業していたので、倒れることは無い。

 毛皮のほうは何に使うかわからないので、脇に除けておく。

 ようやく、肉の解体に取り掛かる。


「完全に専門外なんだがなぁ……」


 カキスは幼い頃から人殺しをさせられてきたが、食用の肉を解体したことはほとんど無い。

 とりあえず、食べられないであろう頭と、食べるつもりの胴体を分けるため、更に穴を、肉を引き千切るように押し広げていく。


「俺の今の状況を見たら、なかなかにサイコパスに映るんだろうな……」


 すごく嫌そうに口では言っているが、表情は全く微動だにしていない。いつも通りである。カキスにとって、周囲の評価なんて心の底からどうでも良いことなのだ。

 穴を一周させたら、胴体から首を捩じ切る。


 ブチブチ!ゴキッ。


「やっぱ、元から調理用として売られてる肉とは、感じが違うな」


 捩じ切った頭を残したまま作業できなくもないが、なんとなく視線に耐えられないので埋めておく。

 首なしとなった胴体は、店で売っているような食肉と全く違い、真っ赤に染まりあがっていて、食欲をそそられない。が、食欲がそそられないだけであって、俺にとって口にできないというわけではない。

 とりあえず、背中の肉を削ぎ落としてみる。


「……うーん、特に病原菌持ちの肉ってわけでもなさそうだな」


 食肉の解体は無いが、人間の死体の解剖をさせられたことのあるカキスは、過去の病気を患っていた死体の時と比べる。


「とりあえず、焼くか。でないと、血で染まりすぎて判断しずらい」


 ぽたぽたと滴り落ちる血液のせいで、どこが異常部位なのかも判らない。たぶん大丈夫だと思うが、それでも確認は入念にすべきだ。

 近くの石やらを集めて即席のやぐらを作る体力がもったいないと、正常な判断ができなくなり始めて、森火事覚悟でそこら辺の落ち葉を集める。

 集め終わると、魔力で火種をつける。マッチレベルの火を起こすのに、数分を費やしたのは貧血のせいだけではない。俺の魔力を扱う技術が拙いからだろう。

 今日は大活躍な枝に肉片を突き刺し、火の回りにいくつか並べる。

 しばらく、火の暖かさと肉の焼けるいい匂いに心を和ませているとき、ふと故郷である大和を思い出した。正確には、大和のとある民謡を思い出した。


「……うさぎ、……やめよう。あれは別にウサギ肉の感想を歌った歌ではないんだし」


 危うく口ずさみかけたが、なんだか歌の意味を湾曲しているようで気が引けたので、自重する。

 そして、いい具合に焼けたウサギ肉を確認する。


「外見に問題なし。中も、問題なし、だな。よし、いただきま~す」


 はぐ!もぐもぐ……。


「……うん、普通。口に入れた感じも異常を感じない」


 数秒咀嚼をした後、飲み込む。胃がびっくりして吐き出さないように腹に力を入れ続けて数秒。体が拒絶反応を示さないのを確認すると、ほっと全身を弛緩させる。

 一緒に焼いていた、問題なければ食事として食べるつもりだった物も冷めない内に、今度はちゃんと食事のつもりで、齧り付く。


「うめぇ……」


 一度火が付いた食欲を抑えることはせず、一心不乱にウサギ肉を食す。


「ふぅ……後は……」


 全身で食べられる場所を食べつくした。最後に残ったのは内臓。

 魚の内臓は基本苦くて好みが分かれる。栄養さえあれば泥水だって啜ることが可能なカキスにとっては味など些細なことである。とはいえ、さすがにまともなものを食べた後に好んで食べたいかと聞かれれば全力でノーだ。


「……ウサギのレバーを食べるのは俺が初めてなんじゃなかろうか?」


 少なくとも、歳少年なのは間違いないだろう。もしそうだとしても全く嬉しくもないが。

 火を通し、意を決してそれを口にする。


「…………………」


 結論から言えば、俺の好みの味ではなかった。そもそも、レバーが苦手な俺にとっては二度と食べたくないような部類の味だった。

 今回は非常事態、今回は非常事態……、と心の中で何度も唱えながら肝臓を噛み締める。

 せめて、流し込めるようなものでもあれば良かったのだが、水すらないこの状況ではひたすらに耐えて飲み込むしかなかった。

 もう止血をせずに一夜を明かすまいと心に誓ったカキスだった。


               ○        ○         ○


「さて、いい加減教会に帰るとするか」


 ウサギ肉を完全に食し後片付けを済ませ、毛皮で腕をつる。

 実は、右手の骨にひびが入っていそうなのだ。おそらくは、クマの一撃を受けた時の衝撃で。クマに飛ばされてからここまで滑ってくるまでに、ひびが入るような衝撃を受けた覚えはない。となれば犯人はクマで間違いない。

 ひびが入っているかもしれないと気付いたのは、食事と後始末を済ませてから少々休憩していた時だ。元から痛みはあったものの、全身が痛みを訴えていたので気にしなかった。

 カキスは昨夜、確かに痛みについて”理解”した。だが、それは心の痛みについての方が割合を占めている。なので、いまだに機能さえすれば肉体的な痛みを蔑にするのはあまり変わっていない。数年間そう過ごしていたものがそう簡単に変わるはずがないのだ。

 そんな心情の変化を実は自分でも察しているカキスは、次の目的であった教会を目指す。目的としたのは単純に、そこであれば多少は休めるだろうと思ってのことだった。

 まだ体調はすぐれないが、それでも精一杯昨日のクマの一撃をどの方向から、どう飛ばされたのかを思い出す。


「……たぶん、こっち、か?」


 自分が飛ばされて滑ってきた方とは逆の、ある意味では、前方の方向に進む。すり鉢状になっていた地形を苦労して登りきると、俺の身長よりも長い枝を杖代わりにしてできる限り直進する。

 さっきまで、同じような景色が少しずつ見覚えのある景色に変わっていくのを気力にしながら、歩み続ける。もちろん、途中で休憩を挟みながら。

 道中、片目を失ったクマが数十メートル先を、誰かを探すように歩いていた時は、さすがに死の覚悟を決めたりもしたが、


「やっと、抜け出せた……」


 時間にしたら、教会を目指して歩き始めてから二十分程度しか経っていないのだが、カキスにとっては何時間にも及ぶマラソンをしていたような感じだ。

 後は宿舎で泥のように眠るだけ……、と思っていたが、気が抜けたせいか、力が入らず前のめりになっていく。


(ここまできて、地面とキスかよ……)


 別に誰かに感動的なキスをして欲しいわけではないが、いくらなんでもこれは納得できない。できないが、それに抵抗するだけの力がない。

 もうどうにでもなれ、という投げやりな気持ちとともに、地面にマウストゥアースする。

 ……はずだった。


「カキス!?」


 ずいぶんと近くで声が聞こえる。ここはそんなに人が近い場所だっただろうか?

 誰かの腕が倒れかけた俺の身体を支えてくれる。地面とのキスを防いでくれて、本当にありがたい。もしかしたらこの人物とキスする展開なのかもしれない。

 もはや、意識を失いかけている状況で、思考が更に正常でなくなりながらも、支えてくれた人物を確認する。


「あんた、どこに行って……、ていうか、何この冷たい身体!?しかも血まみれじゃない!?」


 支えてくれたのは、ミリアだった。


(せめて、一言……!)


 気を失う前に、伝えなければ。


「…………………ウサギのレバーは、マジで不味い……ガク」


 …………………………。


「……え、ちょ、それだけ?この状況でそんな情報要らないんだけど!?こ、こら、これが最期の言葉だとかにするつもりじゃないでしょうね!?穏やかな顔で気を失わないでよ!?ちょっと、カキス!カキスぅぅーー!!」


 それだけを言いきると、まるで満足したかのような顔で気を失う。

 その表情は、もう思い残すことは何一つない、穏やかな逝き顔だった。


(ちょっとした遊びのつもりがマジになりすぎたかも……)


 起きた後のことを考えると結構怖かったカキスであった。


              ○         ○        ○


「…………ゆり、……」


 夢を見ている。昨日にも見た。

 俺はほとんど夢を見ることがない。なので、二日連続というのは非常にまれである。

 睡眠中は脳が記憶を整理していると聞いたことがある。その際、見てしまうのが夢なのだと。

 つまり俺は、昨日に続き二日連続でユリに関する記憶の整理をしているということになる。夢を見ている最中にここまで分析できる時点で本当に夢を見ているのか怪しいところだが。


「……どうだって、いいか……」


 真っ白な空間で目の間にゆりがいる。穏やかに微笑んでいる。後ろで手を組んで微かに首を傾けて、嬉しそうに俺を見てくれている。俺ら以外になにもない、俺とゆりだけの空間。


「……お前は、ほとんどそんな感じ、だったな……」


 泣き虫で、甘えん坊で、すぐに拗ねて、一度怒ったら機嫌を直すのが大変で、俺にはない喜怒哀楽を見せてくれるゆり。感情を見せてくれるゆり。

 それ以外の時は、いつも俺を見て微笑んでいた。


「……そんなに、友達がいることが、楽しいのか……?」


 俺の穏やか問いかけに、しっかりと頷くゆり。


「……そっか……」


 急に辺りの白さが増し、気が付いたらゆりの膝の上で寝ていた。現実ではやられたことのない、むしろ俺がゆりにしていたことのある、膝枕だ。


「……あれ、さっきまで……」


 すぐ上にあるゆりの顔に少し動揺する。さっきまでと立ち位置が違う。俺がゆりを微笑ましく見守る方だったのに……、まぁ、どうでもいいか。

 ゆりは相変わらず、母性のこもった優しい瞳で俺を見ている。頭まで撫でている。


「……頭を撫でるのは、俺の方なのに……」


 でも、なんだか心が安らぐ気がする。穏やかな時間。ずっと続けばいい。

 そう思った瞬間、横から感じたくない気配を感じた。

 ゆりの表情が一気に険しくなる。まるで、我が子を狙う猛獣を威嚇する母親のような。

 緩慢な動作で横を向く。

 ――何故俺の動きは緩慢なんだ?

 そこに立っていたのはある一人の老人だった。

 ――何故貴様がここにいる?

 老人がこちらに手を向ける。すると、俺の身体は持ち上がり、ゆりのもとから離されていく。

 ――なんで、こんなに俺の身体が小さい?

 ゆりは必死に俺へと手を伸ばしている。俺も、手を伸ばした。



 だが、

 ――だが、

 ――――――――――赤ん坊である俺の腕では届かない―――――――――




「……ゆり!!」

「きゃっ!?」


 手を伸ばしたら、ゆりではなく、ミリアがいた。反射的に手が届いた時点で胸に抱き寄せたせいで、ミリアは俺の胸に抱かれている。


(今のは、夢……なのか?)


 記憶の整理。つまり俺は、あれに近いことを体験している可能性がある。それも、赤ん坊の頃に。


「…………あ、の、……カキス?」


 くぐもった声が俺の思考を打ち切る。同時に、夢の内容も霧散する。


「あ、あぁ、悪い。……変な夢を見てしまったんだ」


 解放したミリアの顔はなぜか真っ赤で、かわいらしく女の子座りをして顔を俯けている。


「……び、びっくりしたぁ…………」

「何か言ったか?」

「ううん、何も!?」


 ぶんぶんと顔を振るミリアに首を傾げる。


(変な奴?)


「……ていうか、あんた!なんで昨日帰ってこなかったのよ!それも、今日の朝早くに傷だらけで森の中から出てきて!……し、死んじゃったのかと思ったじゃない!!」


 後半は、涙が滲み出していたせいで、滑舌が著しく低下したので脳内補足をする。


「俺もさすがに死んだと思ったよ。生身でクマの相手はするもんじゃないな」


 昨日のことを振り返り、またレバーのことを思い出して苦い顔をする。


「生身で、クマ?」


 すっとミリアの目が細められ、しまった!と思った時には時既に遅し。


「ねぇ、カキスは昨日確かに『マスター』の所に行くって、言ってたわよねぇ?」


 ひくひくと口元を引くつかせる俺ら。

 ミリアは怒りで、俺は危機感で。


「それが、なぁあんで『クマ』と繋がるのかしらぁ……!?」


 ミリアの背後に般若が見える気がする。

 もうここまできたら、気のせいだと言っても誤魔化せないだろう。となれば、事実を言って誤魔化すことにしよう。


「落ち着け、ミリア。これじゃあまるで、朝帰りをした夫に浮気を疑ってる奥さんみたいな状況だぞ?

「だ、誰があんたの奥さんで夜居なくて寂しがってなんていないわよ!!」

「本当に落ち着け。俺はそこまで言ってない。……というか、そんなに寂しかったなら今からたっぷり構ってやるから」


 このままごり押しで誤魔化せそうだ。


「そ、そんなんじゃないって言ってるでしょ!て、手をわきわきさせながら近寄らないでよぉ!?」


 割と本気で逃げられた。ちょっとショック。別にいいもん!こっちには隠れM系幼馴染がいるから!!

 どこか遠くで、ゆりが「ち、違うよぅ!?」と叫んだような気がする。

 膝枕を解かれ、ぼす、とベッドに頭が落下する。ミリアはそのままドア付近まで逃げていく。……そんなにあの夜のことが忘れられないのだろうか?ゆりだったらもっと際どいことをしてたのに。


「な、何か食べ物を持ってくるけど、逃げるんじゃないわよ!?」


 どうやら食事を持ってきてくれるようだ。顔を真っ赤にするほど恥ずかしがることじゃないと思うんだが……女心ってよく分からん?

 単に、奥さんという単語と、たっぷり構うという言葉の意味を想像してちょっと期待しかけたせいなのだが、カキスは気づいていない。

 なお、本人の名誉?のために言っておくが、ミリアは別にMではない。カキスのせいによって一時的にそっちの扉を開け放たれただけだ。ただ今、ガムテープで補強中。まぁ、その気になれば、カキスはチェーンソーを持ち出すので、ガムテープなど障害になりやしないのだが。

 ミリアは逃げるようにしてドアを開き部屋を出る、直前で止まる。

 カキスが訝し気にその後ろ姿を見ていると、ミリアは真剣な表情でカキスに問うた。


「……ゆり、って誰?」

「ん?故郷の幼馴染だけど?」

「そう……、あんなに必死になるほど大切な子なんでしょ?」


 あんなに、とはさっきのことだろう。


「そうだな。ゆりがいなければ、俺は今ここにいない」


 ゆりが教えてくれたことのすべてが、俺を保たせてくれている。いずれ、すべてを経験できたとき、俺は俺個人として生きていけるんだろうと、自信を持って言える。

 俺は、胸を強く握る。


「なんでそんな子を残して家を出て行ったの?」

「それは……」


 ゆりのこととは関係なく家を出て世界を回るつもりだった俺は、ゆりを連れて行ってもよかったのかもしれない。

 危険な旅になるから連れてこなかった。そんなことはいい訳でしかない。本当は、本当は……。


「……やっぱり、大切でもなんでもないの?面倒になったり嫌になったら捨てちゃうものなの?そんな簡単に捨てられるなんて、……私にはできない。ミリカを捨てることなんてできない。絶対に」


 ミリカのドアノブを握る手は白くなるほど握られている。絶対に手を離さないと。


「……少し待ってて」


 それだけを言い、最後に微かにしか聞き取れない呟き、もしかしたら俺に聞かせるつもりはなかったのかもしれない、を残して肩ごしに一瞬目を向ける。


「……あぁ」


 俺にはその目が、答えを探して見つからなくて泣きそうな子どもの、目だった。


 ギィ、バタン。


 ドアが閉まり、ベッドに倒れこむ。


「……そうか、ミリアには親の記憶があるのか」


 理由を探しているんだ。いや、もしかしたら自分の存在価値が揺らいでいるのかもしれない。だから、自分がいなくても皆ができるようになるのが耐えられないのだ。手伝ってもらうことができないのだ。

 自分の存在が否定されるようで。


「……まだまだみたいだな、俺は。ゆりのように、誰かの為に泣けないみたいだ」


 昨日の涙が嘘のように、何一つ滲み出さない。乾ききった眼だった。


(これじゃあ、駄目なんだ)


 誰かの為に泣けるようにならないと。

 俺は腹筋を使って上体を上げる。そこで初めてここが誰の部屋かを把握する。

 ここはミリアの部屋のようだ。


「……まぁ、だからなんだって感じだけど」


 この発言をもしミリアが聞いていた場合どんな反応を示しただろうか?カキスはなかなかに失礼なことを言っているを自覚していない。

 腕を組んでどうすればいいかを思案する。

 俺にできること。それを見つけるために。

 まず、ミリアは自分の存在の意味を探している。自分は大切な存在なのだと思われたい。捨ててほしくない。そんな思いをミリカに感じさせたくない。


「……捨てた親側に、何か込み入った事情でもあればいいんだがそううまくはないだろうな」


 ミリアのあの様子からして、相当ひどいことを言われながら捨てられたに違いない。本の物語のように両親とのハッピーエンドが待ち受けているとは考え難い。

 となれば、ミリカの存在がどう作用するか。


「……そもそも、どうすればミリアを救ったことになるんだ?」


 そこが分からないから、答えが出ないんだろう。

 ゆりの言葉を思い出しながらも考えるが、時間切れのようだ。


 コンコン。


「カキス、持ってきたわよ」

「……あぁ」

「……何悩んでるの?」


 腕を組んで思案顔をしている俺を見て、怪訝そうな顔で厳しい一言。


「なんでもない。いただきます」

「はい、召し上がれ」


 パンとスープを受け取り、遅めの昼食を摂る。


「うん、うまい」


 ミリアの料理に舌鼓を打ちながら、体の隅々に栄養をいきわたらせる。


「そう、良かった」


 ミリアは自分の子を見るような目で俺の食事を眺めている。


「で、昨日どこで何をしていたかの話の続きなんだけど」


 よく顔を見ると、目が笑っておらず、青筋が立っていた。

 俺は天井を仰ぎ、


(……どう誤魔化そう)


 頭の隅にさっきのことを除けて、言い訳を考える俺には、一生誰かの為に涙を流すことなんてできないのかもしれないなぁ、と他人事のように思うのであった。


               ○        ○       ○


「カキス、少しいいですか?」

「珍しいな、シスター。あんたから俺に話なんて」


 シスターは俺に関して特に何も口を出さない。そりゃあ、目の前で何かすれば注意ぐらいはするが、こうやって話す時間を設けるのは珍しい。


「ええ、あなたが悩んでいるようですから」


 シスターの鋭すぎる一言に、軽口が出る隙間すら埋められる。

 思わず俺は、シスターから目を逸らしてしまった。別に何一つ悪いことをしていないのに。


(なんだか、母親に相談するのを恥ずかしがっている子どもみたいだな)


「そんなに分かりやすい表情してたか?」


 なんとか出せたのはその程度の言葉だった。


「えぇ、とっても。私には、家族の助けになりたいと願う、心優しい少年の顔でした。ふふ、いつも他人のことなんて興味のなさそうな顔をしているあなたの方が珍しかったから」

「……場所を移そう。聖堂でいいかな?」

「えぇ、そうしましょう」


 もはや俺は、抵抗をあきらめることにした。どうせ、シスターには敵いそうにないから。

 聖堂に入ると、俺は適当な居場所に座る。シスターは一番前へ。


「……それで、何を迷っていたのかしら?」

「ミリアのことだ」


 時間がないわけではないが、面倒なので直球で本題に入る。

 そして、俺は今日のミリアの部屋でのことをシスターに話した。


「……そうですか。ミリアが……」


 シスターは自分が全くそんなことに気付かずにいたことを悔しそうにしている。


「それで、どうすればミリアが救われるのかを考えているんだ。でも、何を達成すればミリアを救えるのか全く分からないんだ」


 あれからずっと、ゆりから教わったことの中から役に立つものがないかを探しているが、明確な答えは出てこない。

 俺はただ、天井を見上げて手を強く握りしめるしかない。


「それなら簡単ですよ」

「え?」


 あまりにもあっさりシスターが答えるもんで、呆けた声が出てしまった。


「ですが、それはカキスがカキス自身でわからなければ、ミリアの心には届かないでしょう」

「じゃあ、シスターが代わりにミリアの悩みを解決できるんじゃないのか?」


 俺がそう言うと、シスターは微笑みを浮かべながら首を横に振る。


「いいえ、あなたがしなければいけないんです」


 シスターの目からは、確信のようなものを感じる。何を確信しているのかわからない。


「どうして?」

「あなたが、気付いたからです。あなたがその痛みを感じ取ったからです」

「痛みを感じ取った?でも、俺は涙を流すどころか目ヤニがあるくらいだぞ?」


 目をこすると、涙が乾いた物体が落ちる。そういえば、今日の朝からずっと目の開閉に違和感を感じると思ったらこのせいか。


「こら、人が真面目に話しているのに」

「いや、だって……。でも、俺が痛みを感じたってどうしてわかるんだ?」


 シスターは苦笑しながら俺をたしなめる。うまい反論が思いつかなかったので、再度言われたことを考える。


「痛みを感じたからと言って、涙を流すとは限りません。胸が切なくなることだってあるでしょう?」


 それには覚えがあった。今まで体験したことのなかった感覚だった。

 だが、それはゆりのことに関してである。俺はミリアのことで胸が切なくなったことは無いはずだ。

 俺が混乱している間も、シスターは話を続ける。


「あなたはミリアに対してある面で痛みを感じたはずです」


 俺が、ミリアに対して感じた痛み。


「それがどれに対してだったのかわかったとき、あなたは答えが見えるはずです」

「俺が、ミリアに感じた痛みは……、そう、か」


 ミリアとの会話を思い出す。その時に、俺の数少ない感情で一番強く胸に影響を与えた言葉は……!


「ありがとう、シスター。とりあえず、答えは見えたよ。後は、方法だ」

「頑張りなさい、カキス。ふふ、あんなに急いで。まだ答えが見つかっただけだと自分でも言っていたのに。……カキス、あなたに神のご加護がありますように」


 シスターは、ミリアの母親としてだけでなくカキスの母親としても、神に祈りを捧げた。

 家族が、幸せに暮らせる日々がまた来ますように、と。

 誰か、現実のクロノスラ○ザーのありかを教えてください。そこが魔剣○団本部で、アゴが待ち受けようと取りに行きます。キリ○ェーー!!

 どうも、今日も脳内の割合の一割にD○C要素があるかきすです。

 SEやりたいけど、P○4から用意しないと……。


 今回の話は、結構カキスの少年らしさのような物が出ててたなぁ~と思いました。それでいて、カキスの中でゆりという存在がどれだけ大きい存在なのかが少しでも伝わればな、と思ってます。


 今回、結構重要な場面がありました。六年間の空白ではカキスの過去を描いていきますが、ゆりと出会う前のカキスの話は、本編と二年目ぐらいでしか大々的に取り上げません。その本編も、まだまだ取り上げるまでかなり先の話なんですけどね。

 今回は、カキスは生まれてからすぐ何があったのか?その原因となった人物が誰なのか?が薄らと出しました。

 プロットと全く違う展開になるのはもう、作者は慣れました。もし皆さんが小説を書く場合、そうならないことをお勧めします。後で帳尻合わせをしなければいけないのが、もう今の段階で察することができるからです。


 しばらくは本編ではなく、空白の六年間の更新がメインになると思います。筆が乗っている内にできる限り話を進めないと……!


 それではまた次回。

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