第三話 「痛み」
投稿し終えたと思って活動報告を書いたのに、投稿してなくて本当にすみませんでした。
今回はグロいところが少しあります。
……まぁ、たいしたことないですけどね。
「さぁてと……」
出来るだけゆっくりと草むらを移動する。
ガサガサ……
「おい、今の音……」
「野性動物だろ。そんなことにより、お前は案内に集中しろ」
数十メートル先にいる野郎ばかりの集団から、付かず離れずの距離を保つ。
(今のところは大丈夫そうだな……)
子どもの俺の身長では伏せる必要はないが、一応腹這いになり身を隠す。
何故俺が野性動物に紛れるような事をしながら、ムサイオッサン達の後を追っているのか?
それは少々時を遡り……。
△ △ △
「それじゃあ、ちょっと出てくるから。たぶん夕飯は必要はないと思う」
昼を食べ終え、掃除を誰よりも早く終わらせた俺は、ミリアに一声かける。
これからマスターの処へ向かうことはすでに言ってあるので、
「じゃあ、夜食を作って待ってるから」
程度の会話だけして教会を出て、歩くこと十分。酒場が見えたところで、見覚えのあるブーツが目に入った。
「あれは……」
この前の廃坑について聞きに来た男だった。今回は男だけでなく、数人の男たちもいる。
大体は細めの体つきだが、一人だけがたいがかなり良い。ブーツの男がペコペコ頭を下げているのを見るに、おそらくアイツがあの集団のリーダーなのだろう。
男たちは俺に気づくこともなく横を通り過ぎていく。俺も、できるだけ頭を不自然にならない程度に下げて、顔を見られないようにする。通り過ぎる時に、「あの森らしいっすよ」という声が聞こえた。
(あの森……?)
男たちが完全に通り過ぎてからその方向を見ると、教会の裏にある森の方向だった。
「……ほっとくわけにもいかないか」
進路変更。酒場でマスターに今日のお礼を改めて言っておこうかと思ったが、目の前のことの方が優先度が高そうだ。
俺は男たちの真後ろをつけるのではなく、先回り気味に回って森を目指し……。
▽ ▽ ▽
で、今に至る。
とりあえず、今のところは教会から少しずつ離れて行っているが、それでもまだ安心できない。奴らは目的地である廃坑の位置を正確に把握していないだけで、この辺りになければ教会の方に向かうことになる可能性もある。
時々、あたりを警戒している動作や森をなれた様子で歩く様子から、なんとなくだが奴らがどんなことを生業としているかが分かる。おそらく……。
「おい、あれじゃねぇか?」
一人が何かを発見したらしく全員の動きが止まる。思考中だった俺は危うく音を立てるところだった。
「……ぽいな。よし、入るぞ」
数人の男たちが地面にななめに空いた、半径が二人分くらいありそうな穴に入っていく。
(まずいな。一本道だとさすがに隠れ続けるのには限度があるな……)
街や森には障害物があったり、直線以外の道があったが、坑道の中となるとそうはいかない。音が響きやすいせいで足音がばれたり、引き返されたときに隠れる場所を確保するのも容易ではない。
別の入り口を探すか、今日はここまでにして追うのを諦めるか。どちらにせよ、一旦あいつらから目を離すことには変わりないのでできれば正面突破と行きたい。
(どうにか尾行を続行できな……)
ガサガサ!
「!?」
ババッ!
急に薄暗くなったのと真横から大きな音がするのを聞いたと同時に体をねじるように回転させながら音がした方とは逆に飛ぶ。
ズシャアン!
さっきまで伏せていた地面が勢いよく捲れあげられ、砂利が身を汚す。木の幹に腕を回して、くるんと一回りして足から着地する。
(クマか……!)
二メートルをゆうに超す毛に覆われた生物はクマそのものだった。
爪が掠ったのは服だけだったのは運が良かった。おそらくこのクマの体重は450キロぐらいだろうが、掠っただけでも致命傷になりかねない。
(あそこまで接近を許すとは、思考に傾きすぎたか!)
大和にいたときにクマを殺したことがあるにはあるが、それは武器を持っていたからだ。元々尾行する気もなかった連中を追っている最中に武器など持っているはずがない。
(逃げれないことはなさそうだが……)
クマの走る速度は時速50キロ以上。直線勝負なら勝ち目はないが、ここは道などない森の中。木の上を伝って逃げることはたやすい。
だが、俺はあることを忘れていた。
「な、何だ!?」
「ちぃっ!」
そう、つい先程まで尾行をしていた男たちのことだ。あれだけ派手に音を立てれば気づかれないはずがない。
計六人の男たちが俺とクマを視認する。
「おい、クマだ!!」
「銃は!?」
「あるわけないだろ!!」
向こうも向こうで予想外の事態に大騒ぎをしている。だが、一人の男は違ったようだ。
「落ち着け、お前ら。クマの注意は俺たちではなくあのガキだ。こちらに興味が移る前に逃げればいいんだよ」
いうが早いか、冷静だった男はクマの方を何度も振り返りながら全力で走り出す。あわてて周りの男たちもそれについて走る。
「逃げ足の速い……って、そっちに逃がすかよ!」
状況の悪い状況で躊躇いなく闘争を選び、なかなかの速度で逃げる男に素直に感心していたが、その方向を見て焦る。
男たちが逃げた方向には教会がある。子どもである俺を容赦なく囮として逃げ出すような奴がいる野郎どもが教会を見つけたら何をしでかすかわからない。
男たちを追うように走り出した俺に、クマは丸太のような腕を振るう。のを確認すると同時にクマの懐に飛び込む!
ブオン!
「グルゥ!」
「ふっ!」
脇を通り抜けようとしていた俺に対して腕を伸ばしたクマは、懐に入った俺の動きについてこれず、簡単に潜り込めた。クマはなんとか腕を引き寄せるようにして引き裂こうとするが、倒れこむような勢いでそれを躱す。
そのままスライディングの要領で股を抜き、後ろを振り向くことなく全力で走る!
ガサ、バサバサ!
大人でも逃げ切れない速度を、子供の俺が逃げ切れるはずもなく、すぐにクマが追いつく。と、同時に前方に男たちの最後尾が見える。
(行けるか……!?)
「流連流鏡花水月の型、其の一『影身』!」
グルァア!というクマの声と腕を引き離すように、地面を一瞬で三回蹴る。できたてほやほやの残像が一瞬で切り裂かれるが、俺自身は掠りもせずすむ。
そして、最後尾の男の足に飛び掛かり、強引に引き倒す。
ドタン!
「うぐっ!」
急に足を取られた男は顎から地面にぶつかるが、俺は前転をして勢いを殺さずに走り続ける。
「ひっ!た、助けてく……!うぎゃー!!」
グシャボキッ!
後ろを確認したわけではないが、クマは男には目にもくれずに俺を追っているようだ。肉のつぶれる音と骨が砕ける音がそれを教えてくれる。おそらく、生きてはいないだろう。
まったく時間稼ぎにもならなかったが、目標を一人消せたので気にしないことにする。
(あの男、あの巨体で随分と逃げ足が速い!)
最初に逃げ出した男の姿がいまだに見えない。教会まではまだ距離があるが、俺がクマから長時間逃げ続けることができないのを考慮すると、距離の問題ではなく、俺の体力の問題になる。
「グガァウ!」
「ふっ!」
できるだけ体力を温存するために影身をせず、木を盾にするようにして逃げ続ける。
「ひぃ!くるなぁ!」
酒場に廃坑の場所を聞きに来た男が木の根に引っかかり転ぶ。だが、やはりクマは俺にしか興味がないのか、一切目もくれずにこちらを追ってきやがる!
(面倒な……!)
人間相手であれば、そこら辺にある枝でいくらでも永遠に動きを止めることが可能だが、熱い毛皮のせいで永遠どころか一瞬すらも動きを止めようがない。
「こ、これでもくらえ!」
前を走っていた男が腰のポーチから何かを取り出すと、地面に捨てるように投げる。
(爆竹か……!余計なことを!)
確かにクマに爆竹を用いることがあるが、それは確実ではない。戸惑いで人を襲うことの多い熊相手にそんなことをしても無駄に刺激するだけだったり、あまり効果がないことだってある。
むしろ、そんなことをしたら……。
バ、ババン!ババババババン!
「う、うわ!?」
はじけた火薬の衝撃で飛ばされた砂利や枝が周りに飛び散るだけで、逃走している俺たちにとっては邪魔にしかならない。
いち早く危険を察知したクマは急ブレーキをして爆竹の被害を回避する。
(好機!)
「『影身』!」
数メートル先にある木の幹に影身で飛び、また影身で前の木へ飛ぶ。
ピシッ。
飛んできた小石が破れて穴が開いていた脇腹を掠り傷を負うが、クマのを食らうより何倍もいい。この程度、どうということはない。
「見えた!」
ついに先頭を走る男と、それになんとか食らいついている二人を視界に収める。
(まずは冷静に!)
頭の中のスイッチを切り替える。屋敷にいた頃、ゆりと出会う前の殺人人形の時の方に。
世界の色が変わる。正確には、色が薄くなる。緑豊かな森の木々、今日は雲一つない青空、自らの脇腹を伝う赤い血。その全てが薄くなり、灰色と黒だけの世界に変わる。
同時に、自らの心も何か留め金を外した様な気分になる。それはおそらく、”感情”という留め金。
(……影身二回分の距離か)
正確に男との距離を測り、今まで直線で追ってきていたのを、少し斜めに進路を変える。と、その後ろをクマが飛び掛かる。気配だけでそれを察知した俺は影身で飛んで避け、宙に浮くクマの背中に着地する。着地といっても、水面に着地するのと一緒で、一瞬しか足場として機能しない。だが、その一瞬の足場があれば、影身ができる。
「……『影身』」
今まで一番力を込めて蹴り、先程進路を少しずらしたことによって、向こう一直線に障害物はない。そこを影身で飛びぬける。そして、先頭の男の頭上を通り越し前方に着地する。
「……!!?」
まさか、子どもの俺がクマから逃げ延び、自分に追いつくと思っていなかったであろう。慌ててひざを曲げながらブレーキをかける。
「……遅い」
本来であれば、男に追いつくためにスイッチを切り替えたのだが、体自然と動いてしまう。
必死にブレーキをかけているが、止まりきれずに地面を滑る男の首へ鋭い枝を投げる。
カッ!
だが、それが男の首に刺さることはなく、後ろの木の幹に当たり、硬質な音がする。。男は地面を滑ることに抵抗することをやめ、踵を滑らせて木の枝を躱したのだ。
「ガキが……!」
男は滑らせた踵をそのまま俺の腹にスライディングしようとする。俺はそれを身をひるがえして避ける。
男はすぐに立ち上がり、憤怒に燃えた瞳で俺を睨む。まるで闘牛のようだ。
「……俺に構うのはいいが、一つ忘れているんじゃないか?」
内面では少しずつスイッチを切りながら、後ろを指す。
「ちっ!!」
男は腰のナイフを引き抜き、追いついてきたクマに向ける。
(なんとか、間に合ったか……)
表情には一切出さずに、内心では安堵の息をつく。なんだかんだで教会まであと少しのところだった。
「くそガキ、てめぇはここでこのクマと一緒にぶっ殺す。大人を舐めるなよ?」
「はっ、誰があんたみたいなムサイおっさんを舐めるかってんだよ。見ただけでわかるほど塩味効かせすぎだぜ?」
汗ダラダラな男と、興奮によって息の荒いクマ、うっすらと汗をかき始めた俺の三つ巴ができる。
この中で一番不利なのは、俺だ。俺はこれ以上教会に近づけさせないように立ち回り、なおかつ自分の身を守らなければいけない。それに比べたら、男は俺をおとりにして逃げればいい。また、クマはその身体能力の差でいくらでも俺たちを蹂躙できる。
(一番良いのは両方から逃げること。それができなければせめてどちらか片方を殺すしかないな)
常識で考えると、とても子どもが考えることではないが、そのことをカキスは自覚していない。屋敷に、ゆりと一緒にいたときであれば、こんな考えが出なかったかもしれないが、今はそのストッパーはいない。
(先手はもらうかね……!)
誰よりも不利な俺が、少しでも有利になるため誰よりも先に動き出す。
「くっ……!」
「グルッ……!?」
俺は二人に背を向けるようにして全力で走り出す。当然、子どもの足では大人から逃げ出すことはできない。
すぐに男が俺の後ろ首にナイフを突き立てようと距離を詰める。首を傾けて躱し、一本背負いの要領で空ぶった腕を背負い、男を木の幹に投げつける。
「がっ……!」
ドッ!
本当ならここでナイフを奪い、少しでも状況を有利にしようと思っていたが、男は叩きつけられてもナイフを離さなかった。いや、俺の体格の問題で威力が出なかったか。
(それならそれで!)
バッ、と後ろのクマの振り下ろしを横に跳んで避け、再び走り出す。
「邪魔だぁ!」
ザシュッ!
「グオオウ!」
男は自分が襲われていると錯覚し、クマの目をナイフで切りつける。更には、クマが目を切られた痛みでひるんでいる間に、俺の足元に爆竹を投げてくる。
ババン!
連結されていた数は少なかったが、体格の小さい俺は飛んでも回避しきれず、ほぼ全身で受ける。
「ぐぅ……!」
飛び散った破片の一つが脇腹の傷をかすめ、さらに傷を深くする。その痛みに一瞬動きが止まってしまった。
「もらったぁああ!!」
その隙を逃すはずもなく、男は上段からナイフを振り下ろす!
(あま、い……!?)
と、見せかけて俺の腹に向けての突きに直前で軌道を変える!?
(フェイント!?この状況でもか……!)
ナイフの刀身の短さを利用して無刀取りをしようと思っていた俺の腕は、上段に伸ばされたままで防御に間に合わない。
(一か八か!)
「流連流激天脚の型、其の一『雷心槍』!」
雷の魔力を爪先に集め、男の心臓に蹴りこむ!
バチン!
ガスッ!
「くっ……!」
なんとか成功し、首を捩じってナイフを避ける。
魔力を使う流技は安定して効果が望めない。今回だって、全身の動きを止めようとしたのに、少しひるんだだけだった。それでも、この状況では十分だったが。
転がって距離を開け、睨みあう。
が、それも長くは続かず、片目のクマが間に割って入る。今は、目を傷つけた男の方に標的を向けている。
ここでまた逃げ出しても堂々巡りになる可能性がある。そう思い、俺も男を狙う。
クマの陰から石を投げ、それを避けたところにクマの腕が襲いかかる、はずだった。
「邪魔だぁ!!」
男は鬱陶しそうに俺が投げた石をナイフで弾き、クマの最後の眼球を狙い、ナイフを振るう。
「させるか!」
石が弾かれることも想定していた俺は、そこら辺の少し大きめな枝でナイフを受ける。そこへ、すかさずクマの一撃が男の脇腹を襲う。
男は枝に食い込んで抜けないナイフを一瞬の判断で捨て、俺の腕を乱暴に引き寄せてクマの攻撃に対する盾にしようとする。
だが、それは俺にとってこのうえなく最高の状況だった。
「流連流流水の型、其の三『散華牢』!」
俺は引き寄せる力に抵抗するどころか、それを上回りかねない力で男に腕を伸ばす。腕を引きながら身を低くしようとしていた男は、自らの力と俺の力のせいで後ろに体重がいく。しりもちをつくのを回避しようと無意識に踏ん張ろうとした男の力を無理やり”流し”、男の足を通って地面に伝える。
「!?」
その結果、体勢整えるはずだった力は、立ち上がる力となり、男の意思とは反ししゃがむ筈の体が、地面からの反作用でむしろ体を持ち上げる。
俺は、散華牢によって勢いがなくなり、無防備な状態の体をどうにか男の腕で隠す。直撃するよりましだろう。
クマは自分の目の前で起きた状況を理解していないが、両方の獲物を一気に捕らえることができることだけは理解した。
そして、男は自分の意思とは全く違う行動を起こした体に愕然とし、無防備な男の肩をクマの剛腕が直撃し、男の腕に隠れた俺は来る衝撃に備え、眼を、閉じた。
ゴシャッ!!
○ ○ ○
「……………」
「……どうしたの、ミリカ?」
ふいに、森の方に視線を向けた妹の表情は酷く不安そうな顔だった。耐え切れず声をかける。
「お姉ちゃんだって……」
それは私もだった。
なんでかわからないけど、森の方で何か嫌な予感がしたのだ。そのとき、ある少年の顔とともに。
「……ちゃんと帰ってきなさいよ、カキス……」
ミリアはただ、訳の分からぬ不安に、少年の無事を祈ることしかできなかった。
○ ○ ○
ズシャーッ!バキバキ、ドサッ!
「がはっ!……ぐ、ぅ…………」
一瞬、滑り落ちていた地面から放り出され、背中から着地する。衝撃で、肺から空気が勢いよく排出される。すぐには立ち上がれず、背中を丸めることもできないまま痛みに呻く。
一分以上滑り落ちていたせいで、体の色んな所に枝が突き刺さっている。一応、致命傷にならないように気を付けながら滑っていたものの、あまりにも数が多すぎて避けることはできなかった。
「…………ぅ、生き、てる……?」
痛みが生きていることを、余計なぐらいに教えてくれる。本当に余計なぐらい。
体中に刺さっている枝より、クマの一撃の方がよっぽど痛みを訴えてくる。少しでも枝を抜こうと試みるが、体がうまく動かない。
「……しばらくはこのまま、か……、ぅ………」
今俺の体の向きは、赤く染まりだしている空を見上げているのだが、背中に刺さっている枝を下敷きにしている。とても痛い。が、動けるようになるまでしばらくはこの状態で耐えるしかない。
「………………クマって、あんなに腕力があるとは知らなかった、な……」
背中から着地した衝撃で肺が痛むせいで、息を吐くことにすら痛みを感じながらクマの一撃を思い出す。
俺は、できる限り男の腕に身を隠した。いくら、俺が子どもで男の腕が太かろうと、前身は隠せない。それでも、ある程度衝撃を吸収してくれるだろうと見越していた。
だが、そんなことは全くなかった。クマはその男の腕を砕いたのだ。
別に、腕がバラバラになった、というわけではなく、骨が粉々になり、筋肉はミンチのようになってしまったのだ。
一瞬でミンチと化した腕は、少しも勢いを殺してくれず、流技を使わなければ即死だっただろう。
今後、武器がなければ敵わない動物相手は絶対に逃走しようと心に決める。
「……ま、今後があれば、だけどな……」
ようやく、腕くらいは動かせるようになったので、浅く刺さった枝を抜いていく。浅く刺さった枝は、そこまで抜くのに躊躇いはない。所詮、ただの枝。毒が塗られた凶器ではないのだ。刺さっていても、特に気にならない程度の痛みしか発しない。
だが、少々深く刺さった枝は違う。
子どもの俺の体にとって、枝先五センチでも十分深い。幸い、腕や足ばかりで、そのレベルまで突き刺さっている枝は胴体に刺さっている本数は二、三本だ。
ズリュ……
「ぐっ……!」
腕と足に刺さっていた枝を特に問題なく抜いていく。そのたび、刺さっている時以上の鈍痛がカキスを襲っているが、カキスにとって痛みなど問題ではない。死んだり気絶さえしなければ。
ゆりと出会う前のカキスは、幼いながらも痛みという感覚を自らの意思で”切る”ことができた。それは今でも可能だ。
ゆりはそのことを初めて目の当たりにしたとき、ひどく泣いた。それはもう、類を見ないほどの大号泣だった。
自分の一つ上の年齢の少年が、痛みを感じないことに疑問を一切持っていないからだ。それが異常だと気付かず、そんなことを強要されているのに反抗しないからだ。
ゆりは幼いながらに理解した。カキスは、生きていない。痛みで泣くことも、痛みを感じることすらしないのは、”人間として”生きていないと。
だから、ゆりは泣いた。痛みを理解することを許されず、泣くことができない少年の代わりに。
以来、少しずつゆりはカキスに痛みというのがなんなのかを教えていった。
幼いゆりにとって、痛みというのは体が『生きたい!』と叫んでいることだと教えた。
痛みには肉体的な痛みだけではないと教えた。
肉体の痛みは忘れても、心の痛みは忘れてはいけないと教えた。
「幼いゆりの、「痛み」というものについての価値観だ。ある意味、幼い子どもの妄言に過ぎない」。当時のカキスにとっては、その程度でしかなかった。
だが、いつしかゆりの言っていることを、カキスの心からそう思えるようになった。
いつしか、カキスは痛みを感じるようになっていった。
いつしか、心の痛みを感じるようになった。
いつしか、カキスは人間味を取り戻していった。
今のカキスにとって、痛みは問題ではない。痛みを感じない己の神経の方が問題なのだ。”生きる”ことを捨ててまで生きようとする神経の方が。
ズリュ……。
「ぐ、うぅ……!俺は、まだ、死んでない……!」
歯を食いしばり、最後の枝を抜く。抜いたときに出た血に勢いはなかった。
荒い息をつきながら空を見上げる。もうとっくに星が瞬き、月が見下ろしている。
早く止血をしなければ、そう思いながらも夜空を見上げ続ける。少しずつ体から体温が消えていくのを感じながらも、目を離せない。
出血のせいで動けないのではない。ましてや、痛みのせいで動けないのではない。いや、それもあるのかもしれないが、そうじゃない。
「そっか……、俺は心の痛みのせいで動けないのか……」
視界が、滲んだ。
星はぼやけ、こめかみを伝い耳に湿り気を感じた。目頭も熱くなり、鼻水が垂れそうになり啜る。
泣いて、いるのだ。
ゆりに痛みについて教えてもらい、理解し、それでも泣かなかった俺が。
「ゆり……」
ゆりの様に、大粒の涙を豪雨の様に流していない。だが、確実に泣いている。
胸に、心に鈍痛を感じた俺は無意識に手を胸に当てる。ギュウっと、強く握りしめる。
「ごめんな、ゆり。俺が守るべきなのに、守れなくて傷を負わせて。あんな、大けがを負わせて……」
気が付けば、体の痛みをかき消すぐらいに胸の痛みが大きくなる。
「俺が、傷つけたも同然だ。なのに、俺は……謝りもせず、逃げ出すように……」
気が付けば、滲むような涙は、大粒の涙になっていた。
「俺が、もっと、早く、……うう、ごめん、ごめん……!ゆり……!」
俺は、人生で初めて、泣いた。痛みを教えてくれた、泣くことを教えてくれた人のために。
やがて、俺は出血で気を失った。
……ゆりの胸に抱き着いて大泣きする俺を、優しく頭を撫でてくれるゆりの夢を見ながら。
最近、友人からドSでゲスな奴だと正式に思わってくれ始めました、かきすです。
俺はまだ、ロリを愛でる変態紳士という面を持っているんだぜ……。あ、ちょ、警察はやめて!僕はまだ何もしてませんから!!ただ、「ヒロイン全員がロリのギャルゲーないかな……」て独り言をつぶやいただけですから!(注;実話)
……上の話は、私が一人でゲームの棚を見ながら言った一言です。誰にも聞かれてませんのでご安心を。
上記の文は、投降したと思った時に書いた物を何とか記憶から復元できましたが、後は覚えていません。本当にすみませんでした。
なんかとっても重要なことを書いた気はするんですが……。
あ、そうだ、第二話からかなり間が開いた話をしました。
本編の更新と合わせると、そこまで間が開いているわけではないんですけど、六年間の空白だけで見たら二週間ぐらいあけてしまいました。
とりあえず、第四話は本編のエピローグの後になると思います。
本編第二章の原本が全く進んでないので、しばらくはこっちを更新できると思います。
次回は冒頭がけっこうグロイ、かもしれません。作者的にはそこまでではないんですけど、人によりますから、一応。
それではまた次回。