昼過:ちいさな苗木も、いつかは大きく
葉子目線~
「あ、……ごめんなさい」
「おや、起こしてしまいましたねぇ~葉子君」
肩に何かをかけられる気配でふっと目が覚めたの。見ればそこには私のカーデガン、背後にいたのはカトさん。
「いいえ、ありがとう」
本当にタカさんと一緒の年なのかって思うほど若い人。私よりもとても若く見えるのだけど、知り合った時には既に同じ年くらいに見えてたし。それからずっと変わらないから本当にそういう不思議な人だってわかるわ。
うちの人は強面で年は上に感じる人だったけれど、笑顔がとてもかわいかったと思うの。あの人も『長生きの家系』だから、ずっと添い遂げていたなら私の方がシワシワになって先に死んでしまうのだったでしょう。でも、彼の方が先に逝ってしまったの。人生なんてわからないわね。
それでも後悔なんてしてないの、あの人に会えて幸せ。だから今も、幸せ。
「疲れたんじゃないのぉ。もう少し休むと良いよ~?」
昨日くらいから体調を崩していたから、皆心配してくれているのよ。
「大丈夫よ。大丈夫……そうね、なら、カトさん。甘い物好きでしょう。疲れも取れるから、三時のおやつに付き合って?」
間延びした言葉づかいだったけど、放っておくと無理にでも寝室に追いやられそうだったから、私が焼いたチョコケーキを進呈して。紅茶を入れて側に置くの。
嬉しそうに食べるその姿。あの人もこのケーキが好きだったのよ、息子の高馬も大好きで。二人揃って豪快に食べていた。カトさんみたいにけして上品にではなかったけれど。どんな食べ方でも自分が作ってくれた物を嬉しそうに食べてくれるのは、こっちも心が温かくなるわね。
あの人にとって、カトさんは特別な友達だった。タカさんも特別だったけれど、『力』を持つ親友は彼だけだったから。時折彼らだけの言葉や目線を交わしていたのを知っていて、ちょっと羨ましいと思ったのは一度や二度じゃなかったの。
あの人が亡くなって。タカさんの息子である刀流さんが亡くなった、それに絡んでいるなんて当時は知らなかったけれど、うろなから足が遠のいたのはわかっていたわ。
タカさん荒れてたものね……だから近寄れなくなったんだってただ漠然と思っていたの。
「ねぇ、葉子君」
「なぁに?」
「ねぇ葉子君、たまに思うんだぁ。本当は僕、ココに居ないのじゃないかって」
「あら、そんな事を。じゃぁそのケーキが甘いのも嘘なのかしら?」
少し落ち込んでいるように感じたけれど、至極当たり前の事を聞いてみるの。もし居ないなら甘いなんて感じないって事。苦しいのも辛いのも生きているからこそ。
暫く考えて、次の瞬間にはいつもの表情に戻って、
「ううん、甘くて美味しいよぉ。諭さなきゃいけないのは僕の仕事なのに手間かけちゃったねぇ。ごめんね。そう言えば葉子君……イイ事あったぁ?」
「え……そうね。ちょっと不意打ちで騙されたような感じだったけど。『あの子』ったら。私も意地になっていたのかも知れないけれど、参るわね。ともかく高馬、良い人に出会えたんだなっては思ったわ。それにね、今とってもいい夢を見たの」
ひらひらと蝶が舞って、小さな苗木の一つにふわりと舞い降りる。
外の花壇には小さなさくらんぼの苗が三つ植えてあるの。昨年の十二月、三つの苗に祈りを込めて。皆、元気で大きくなりますようにと。同じさくらんぼだけど、品種は違う方がいずれ実が付きやすいと聞いてそれぞれバラバラなのだけど。
「あの花壇の木が大きくなって、たくさん花咲く夢を見たの。今はまだ小さいけれどきっとあんなに咲いたなら、たくさん、たくさん、さくらんぼが収穫できそうだったわ」
なった実を、皆が美味しそうに食べてくれるのを思って、その花を見上げてる夢。
話を聞いているカトさんの目の色が光って見えて、
「本当に、たくさんですねぇ」
そう呟くの。私の夢の断片でも見えているのかもしれないわね。
「さくらんぼ、たくさん採れたら、パイかタルトを作って下さいねぇ。投げ槍君はどっちが好きなのかなぁ」
「どっちでも口に入れば良い人よ。うちの人もそうだったけど。でもその時には、『あの子』に仕切ってもらって、私は他の仕事と食べる側に回らせてもらおうかしら」
「楽しみですねぇ~」
「そうね」
ケーキの最後の一欠片を口にして、笑い合う。
「イイもん食ってるじゃねぇかぁ~」
「あーー葉子姐さん、俺のは?」
「神父さまだけズルーい」
「え、こんな時間に? 戻って来るなら連絡してくださいよ」
急に工務店の面々がドカドカ入って来るの。私が面喰っていると、カトさんはわかっていたのかニッコリ笑うだけ。
「いや、ちょっくら仕事が早く終わって。次の現場が四時入りなんで休憩でもとなぁ~お茶とかは俺達でやらぁな。座ってな、葉子さんは、よ」
「それじゃ休憩にならないでしょ。はいはい、ケーキはまだあるから」
私は皆を食堂に追いやって、いつものように席を立って、台所を陣取るの。
「じゃ、ごちそうさま。葉子君ありがとう」
そう言って部屋から出て行ったのだけど、カトさんはすぐに顔を覗かせて、
「そのさくらんぼの花は誰とみてたのかなぁ? 手まで握って……」
明るい色の瞳、たぶん見えてるのね……恥ずかしいって表情が出てしまったのに、嬉しそうにしないで欲しいのだけど。クスクスと、笑い声を残したまま、すうっと廊下へ消えたところでまた人の気配。
「やっぱり運ぼうか?」
「もう、いいですから。大丈夫です。私は元気ですから。それより貴方こそちゃんと言われた通り薬を飲んで下さいね。あの苗の花が咲くまで、イヤもっと先まで、まだまだ元気でいなくちゃね」
「おうよ」
苗に止まっていた蝶がふらりと青空に浮かんで行く。それはいつかこの庭で舞い散る花弁のように美しく輝いて揺らめいていたのよ。
次は18時~♪