シグナル
※お題「信号機」「#深夜の真剣文字書き60分一本勝負」で書きました。
日が暮れると病室の窓から信号機のランプが見える。続いて汽笛と車輪の音が響いてきた。列車の窓が明るく光っている。たくさんの人が揺られているのだろうか。人影までは確かめられなかった。
ランプの灯りが上下する度に列車が走り抜けていく。以前は、よく踏切に阻まれながら列車を眺めた。あの時は、何とも思わなかったが、今は到底できない経験である。
日に一度、病院の庭を散歩するだけでも疲弊し、息が切れた。怠け癖よと彼女は、ぼくを詰る。しかし、本当に思うように動けなかった。
「弱虫! さあ歩いて、ここまで!」
できない。信号機のランプが眩しかった。点滅する光は追いきれず、幾重にも広がって増殖していく。
「面会時間は終了です」
看護師の声に可奈子は顔を上げた。携帯用のLEDライトの電源を切る。
「熱心ですね。いったい何をされてるんですか?」
可奈子は問われ、決まり悪そうに口を開いた。
「モールス信号です」
看護師は訝しげに首を傾げる。
「弟は、船舶技師なんです。ほんのたまにですけど反応があるものですから」
可奈子の弟、藤田登は昏睡状態にあった。
「……そうですか」
原因は、列車の衝突事故によるものである。
「私は諦めていません。根気良くやろうって決めてるんです。弟は、何をやるのも手が遅くて、鈍くさい子でした。たぶん今もボーっとしてるんですよ」
看護師は、沈んだ顔をしていたことに気付き、慌てて頭を下げた。
「すみません!」
「気にしないでください。弟がご面倒をおかけしていると思いますが、よろしくお願いします」
可奈子は看護師に礼をし、病室を出る。
「覚悟しなさい。明日は『走れメロス』の朗読だからね」
リノリウムの床をハイヒールの踵が叩いていた。