安息市での出来事
そして安息市の日がやってきました。
「うわ~……賑やかだ……」
桐羽は自分が敷いた三メートル四方の絨毯の上で胡座をかきつつ、辺りを見渡して溜め息をつきました。
とにかく人が多いのです。
フリーマーケットと似たような感じかなと思っていたのですが、この人入りはそれ以上かもしれません。
何せ肉と肉が鬩ぎ合って押しくらまんじゅうの押しのけ合い状態なのですから。
これはもうフリーマーケットというよりも夏のオタク祭りもしくは冬のオタク祭りといった様相です。
桐羽は持ってきた武器を絨毯の上に並べていきます。
「お兄ちゃん。値札付けはこっちでやってあげる~」
「おう、頼むわ」
「じゃああたしは護衛だな」
「護衛って……」
正宗に較べて物騒なことを言い出す芽久琉でした。
「なんで安息市に護衛?」
桐羽が首を傾げます。
「いや、なんとなく?」
「何となくって……」
「武器精霊が宿る代物っていうのは言わば伝説級、つまり間違ってもこんな場所で売りに出されるモノじゃないんだろ? だったら競売形式にしたところでトラブルの一つや二つはあるんじゃないのか?」
「あ……」
今更ながらその可能性に気付いた桐羽は気まずそうに頭を掻きました。
つまりはそういうことです。
創る武器全てに武器精霊を宿らせることが出来る能力付与鍛冶師であるということは、つまりその能力を狙ってくる人間もまた存在するということです。
最悪の場合、桐羽を拉致監禁してひたすら武器を作らせる輩まで出てくるかもしれません。
異世界にやってきて薄れてきた警戒心ですが、改めて気を引き締めることになりそうです。
そもそも桐羽が異世界にやってきたのは地球世界で桐羽の鍛冶能力を狙う組織から逃げ出す為でもあったのです。
「うわぁ。調子に乗りすぎたか? 異世界に来てまで組織だって狙われるのとかマジで勘弁して欲しいんだけど」
「まあ考えが足りなかったのは確かだな。でも大丈夫だろ。狙われることになったとしてもこっちの世界なら余裕だ」
芽久琉がちっぱい胸を拳で軽く叩きながら請け負ってくれます。
「そうか?」
「もちろん。だってあっちだと盗聴器やら発信器やら衛星監視やらがあったんだぞ。あと長距離狙撃手段もな。それに較べたらちょっと魔法が使えるだけの未開拓世界での護衛なんてちょろいちょろい」
「なるほど……」
そう言われてみればその通りでした。
魔法という厄介な手段がありますが、基本的にこの異世界は文明が未発達です。
仮に狙われることになったとしても芽久琉と正宗の戦闘能力があれば十分に切り抜けられます。
「あたしを差し置いてキリに手を出す奴がいたらこいつで脳天ぶちぬいてやるからなっ!」
そう言って二挺拳銃ハートレスを構えます。
「危ないからしまえよ」
「大丈夫大丈夫。こっちの奴らにはこれが何かなんて分かりゃしねーよ」
堂々とハートレスを構えているにもかかわらず、周りの反応は静かなものです。
というか微笑ましい反応になっています。
子供が玩具で遊んでいるとでも思っているのでしょう。
実際のところ、芽久琉の実力を知らない人間にはただの子供に見えているのですから無理もありません。
幼女が玩具で遊んでいる微笑ましい光景なのです。
現実は幼女が拳銃を構えて遊んでいる光景なのですが。
そしてさっそく安息市が始まりました。
桐羽の展示している武器達にはさっそく値段が書き込まれていきます。
「すげえっ! 武器精霊が宿ってる!」
「でも素材は普通だよなっ!?」
「これ全部精霊付っ!?」
「どうなってるんだ一体!」
「どうでもいいから手に入れるぞ!」
「やばい! 金が足りない!」
などなど盛り上がりまくりです。
「こいつはボロ儲けかな?」
桐羽がにんまりと口元を吊り上げます。
もともと材料費はほとんどかかっていないのですからボロ儲けですね。
自前で用意したり正宗や芽久琉が調達してきてくれたりしたので、設備に要した燃料代以外はほとんどタダです。
「今日はセシアにご馳走頼んでおかないとな」
「そうだね~」
正宗と芽久琉が桐羽によりかかりながらその様子を眺めています。
「やばい。紙に書き込む場所がなくなってきたぞ」
書き込み値段が多すぎて空白部分が無くなっていきました。
裏まで真っ黒です。
「仕方ないな~。じゃあ二枚目を付ける?」
「そうしてくれ」
正宗がいそいそと二枚目を付けていきます。
「終了時間は何時かな?」
すると豪華な服を着たおじさんが声をかけてきました。
庶民が賑わう安息市には似つかわしくない雰囲気のおじさんです。
「正午の予定だな。まあ全部売れてしまいそうだけど」
桐羽は正直に答えました。
不穏な雰囲気を感じるので芽久琉もハートレスを持ったまま桐羽の横に立ちます。
正宗も懐に手を入れてくないを握っているあたり、どうも怪しい感じです。
「ふむ。なるほど。つまり正午前に全ての値段を書き換えてしまえば私がこれらを手に入れることが出来るのだな?」
おじさんはそう言います。
金にものを言わせて全てを手に入れるつもりのようです。
「まあそういうことになるけど、あんまりそういうことはしてほしくないな」
「何故だ? より高く買ってもらえるならば文句を言う必要もないだろう? 売りに出している以上まさか売り渋るということはしないだろう」
「そりゃしないけどな。だけどこの武器に興味を持った人たちがワクワクしながら値段を書いていったんだ。それぞれの武器にそれぞれの期待が込められている。それを考慮せずにひとまとめに独占しようっていうやり方が気に入らない」
「君が気に入るかどうかは問題ではないな。私は客で君は売り手だ。金を払えば売る義務がある」
「……それもそうか」
桐羽はあっさりと引き下がります。
ここで揉め事を起こしても仕方がないと考えたのかもしれません。
それ以上にキレかけている芽久琉と正宗をこれ以上爆発させないようにしなければとも思っています。
芽久琉などは今にもハートレスの引き金を引いてしまいそうな顔をしています。
恐らくおじさんはどこかの貴族でしょう。
ならば殺すのは不味いです。
せっかく異世界の拠点を手に入れたのに早々お尋ね者になることは避けたいのです。
どうどう、と芽久琉の尻を撫でながら宥めます。
「………………」
尻を撫でられた芽久琉は面白くなさそうに引き金から指を離しました。
……尻を撫でられて宥められる幼女というのも問題があるような気がしますけどね。
正宗の方は理性でこらえているようで、桐羽の意図を理解してからは懐から手を出してくれました。
それにほっとする桐羽です。
そして正午直前におじさんが全ての値段を上書きして買い取ってしまいました。
それを知った他の人間は不満を爆発させかけています。
しかし値札を全て回収していた桐羽はおじさんが武器を馬車に乗せているのを眺めながら、わざわざ聞こえるように口にしました。
「明確な期限を設けないでいいのなら、個別注文を受け付けるよ。ただし、値段は最後から二番目に書いてくれたものを定価とするけどね」
おじさんが書き換える前の、本来手に入れるはずだった人が書き込んだ値段です。
桐羽としても買い占められるのは面白くなかったので少し意趣返しをしてやろうと思ったのです。
「なっ!?」
おじさんはぎょっとして振り返りました。
「予約するぞ!」
「お、俺もだ!」
「僕もいいかな?」
ぞろぞろと人が集まってきました。
みんなおじさんの卑怯じみた買い占めに不満たらたらだったようです。
そこで桐羽の救済措置なのですから食い付かない訳がありませんね。
「はいはい。じゃあこの紙に希望の武器と予算を書いてくれ。支払いは完成したものと引き換えで構わない。途中でキャンセルになったとしても文句はない。またこういう場で売り出せばいいだけだからな。とりあえず興味を持った奴の注文はどんどん受け付けるぞ。ただし、製作期限は僕次第ということで納得して貰いたい。〆切りに追われるのは嫌いなんだ」
鍛冶師としては噴飯ものの台詞ですが、しかしそこは実力で黙らせます。
現状は世界でただ一人、一般的な材料から武器精霊を宿らせることのできる能力付与鍛冶師です。
むしろこちらが頭を下げてお願いする立場だということを誰もが理解しているようです。
「お兄ちゃんモテモテだね~」
正宗がからかうように言います。
「男にモテても嬉しくない」
注文用紙をさばきながら桐羽はむくれました。
どうせならぼいん美女の注文を受けたいな~、などと考えています。
「あら、結構可愛らしい顔をしているわね。武器の注文だけじゃなくて今度食事でもいかが?」
考えていたら本当にぼいん美女が声をかけてきてくれました。
「喜ん……げふうっ!」
喜んで是非とも何なら今夜にでも!! と返事を使用としていた桐羽の後頭部に強烈なパンチがヒットしました。
犯人はもちろん幼女ツインズです。
殴ったのは芽久琉で、間に立ちはだかったのは正宗です。
「すみません~。お兄ちゃんには先約があるのでそういうお誘いは遠慮してもらえますか~?」
にこにこと返答しているが、正宗から発せられる威圧感を感じ取れないほど美女も鈍くはありません。
この美女も冒険者として戦いの世界に生きている以上、相手の強さをある程度感じ取ることが出来ます。
自分よりも遥かに小さいこの幼女が、自分よりも遥かに大きな力を持っていることを本能的に感じ取りました。
「……なるほど。そういう趣味なのね」
やや残念そうにしたあと、ほんの僅かな失望と軽蔑を含んだ眼差しを向けた美女は注文だけを済ませて立ち去っていきました。
「ちがっ……! むぐむぐーっ!」
とんでもない誤解をされたと理解した桐羽は慌てて弁解を試みますが、もちろんそこは幼女ツインズに口を塞がれることで阻止されました。
「なにすんじゃーっ!」
桐羽が幼女ツインズを引き剥がして叫びます。
「浮気禁止!」
「もし浮気したら乱入するからね~」
「今すげえこと言ったぞ!!」
二人とも乱入するとしたらよん●ですね。
恐ろしいことになりそうです。
その前に幼女ツインズが浮気相手を気絶させてそのまま自分たちで食べてしまうかもしれません。
この幼女ツインズが存在する限り桐羽は誰かとベッドインすることが出来ませんね。
いっそのことこの幼女ツインズと一線を越えてしまうというのも一つの解決方法なのかもしれません。
「はあ……」
逃がした魚はとても大きいと実感した桐羽は盛大な溜め息をつきながら、山のような注文書を処理していきました。
ざっと百件ほどの注文がありました。
最低でも百本は作らなければなりません。
まずは材料の計算と製作スケジュールを組む必要があります。
これだけの本数だと同じものは一度に創ってしまった方が効率がよさそうです。
整理が完了すると、店じまいをすべく絨毯などの片付けを始めます。
持ってきた売り物は全て無くなってしまったので、帰りの荷物はとても軽くなっていました。
「……どういうつもりだ、若造」
そして片付けが完了すると、先ほどまで大人しく見ていたおじさんが怒り心頭の表情で桐羽を睨みつけていました。
「どういうつもりって、何が?」
桐羽は白々しい態度で応じます。
おじさんが怒っている理由は明白ですが、桐羽も怒っているので下手に出るつもりはまったくありません。
両脇に最強の護衛を控えさせている現状なら尚更ですね。
「どうして私の買った値段よりも安く注文を受けたりしている? 挑発のつもりか?」
「挑発も何も、先にマナー違反したのはあんたの方だろう?」
「………………」
「僕はまだこの世界では駆け出しの鍛冶師だからな。武器精霊が宿った武器の本当の価値なんて知らないし、正直なところそこまでの興味もない。ただ、僕の創った武器を見込んで惚れ込んで、そして相棒として使ってくれる人たちがいればそれで十分なんだ。それは金に換えられるものじゃないからな」
それが桐羽の鍛冶師としての矜持でもあります。
芽久琉も正宗も桐羽の創った武器を己の分身として大切に使っていますし、何よりも頼りにしています。
「さて、帰るぞ二人とも」
「ああ」
「了解だよお兄ちゃん~」
桐羽達はおじさんを無視して帰ります。
「ふん。後悔しても知らんぞ」
おじさんは捨て台詞のように言います。
「下手な脅しだな。言っておくが危害を加えようとしても無駄だぞ。こいつらはそんじょそこらの冒険者よりもよっぽど強い。いくら雑兵を集めたところでこいつらを突破しないことにはどうにもならない」
桐羽の護衛に徹している正宗はそれほど名前を知られていませんが、外部で活動している芽久琉の名前はサイハテの街でもかなり有名になっています。
曰く、最強幼女。
「ちっ!」
おじさんは忌々しげに舌打ちしたあと戻っていきました。
むさいおじさんが視界から外れたことで桐羽はようやく表情を緩めます。
「あー、やっと帰ってくれた。うざいよな、ああいう手合い」
「あっちでもよくいたじゃん」
芽久琉が言います。
「まあ、いたけどさ。せめて美女だったら喜んで協力するのに」
「何か言った~?」
「いたたたた! 言ってない言ってないっ!」
お尻をつねってくるのは正宗です。
幼女のヤキモチは直接的な暴力で表現されます。
「じゃあ帰るか」
「そうだな」
「セシアのご飯が待っている~」
今度こそ桐羽達は店じまいをして家に帰りました。
その際、とても目立っていたのは言うまでもありません。
武器精霊が宿る武具を作り上げる鍛冶師。
そして最強幼女二人組。
この三人組が一緒に歩いているのですから目立たない筈がありません。
注目を集めながら、それでも気にすることなく桐羽たちは家路につきます。




