マイホーム・スウィートホーム・愛の巣?
それから宿の部屋と桐羽のマンションをゲートで繋いでから、アイテムを移動させます。
「半分はギルドに売るってことでいいんだよな?」
芽久琉がアイテム整理をしながら桐羽に確認します。
「もちろん。手元にお金があると色々出来ることが増えるからな」
「既に四百万ぐらいあるじゃんか~」
「そりゃああるけど。でもマイホームをゲットするにはちょっと心許ないだろ」
「「マイホーム!?」」
その単語に激しく反応する幼女ツインズです。
マイホーム。
つまり我が家。
そこに住まうのは桐羽と芽久琉と正宗。
つまり三人のスウィートホーム!
幼女ツインズの中でめくるめく妄想ワールドが広がってしまいます。
以下より芽久琉と正宗の妄想ワールドなり。
『ただいま~』
『おかえりなさい、あなた♪』
『お風呂にする? 食事にする? それともわ・た・し~?』
がばあっ!
『あ、駄目だぞそんなにがっついちゃ♪』
以上、妄想終了。
「えへへへへ~……」
「うん。悪くないな……じゅるり」
なんだかヤバい方向にトリップしかけている幼女ツインズです。
「あー……どんな妄想をしているのか大体予想がつくけど、僕は鍛冶師だから家に引き籠もりだぞ。お帰りなさいなんていうシーンは滅多に有り得ないからな」
「う~!」
「そういえば!」
「お兄ちゃんってばニートだったんだ~!」
「ニート言うな! ちゃんと稼ぎはあったんだ!」
幼女の妄想をぶち壊すとはロリコンの風上にも置けない男ですね。
「マイホーム兼工房ってところだな。だから購入物件はかなり割高になると予想される。だから金はいくらあってもありすぎるってことはないだろう」
「まあそもそもが異世界移住計画だったし、マイホーム購入ってことに異論はないけど。もちろんそこにはあたしの部屋もあるんだろうな?」
なかったらハートレスで全身穴あきにしてやるとでも言いたげな眼光です。
「あるに決まってるだろ。芽久琉と正宗の部屋はちゃんとある」
「やったね~。わたし達のマイホームだ~」
夢が膨らみます。
マイホーム購入の夢はどこまでも膨らんでゆくのです。
幼女ツインズ妄想第二弾……
『たっだいま~』
『帰ったぞ!』
『おかえりマイハニーズ。風呂は沸いてるぞ。食事も出来てる。どっちにする?』
『もちろんお兄ちゃん~』
『キリに決まってんだろ!』
がばあっ!
ツインズ妄想終了……
「うん。こっちも悪くないな」
「だね~」
「いやいや。脳内妄想盛り上がってるところ悪いけど僕は家事全般そこまで得意ってわけじゃないしそこまで尽くす理由もないから。あとマイハニーズとか絶対言わないから」
「………………」
「………………」
夢を壊されて涙する幼女ツインズでした。
勝手な脳内妄想とはいえ、やはりちょっとは期待していたということでしょうか。
どちらにしても身勝手な話ですが。
そんなやりとりを経て、アイテム厳選をしてからギルドに行きました。
「これらの買い取りをお願いします」
どどんっ!
と受付カウンターの上に積み上げられた素材アイテムの山、山、山!
混沌荒野に徘徊しているモンスターから採取できるほとんどの素材アイテムがダース単位で揃っているのですからビックリ仰天ものですね。
「か、かしこまりました……」
受付のお姉さんは口元を引き攣らせながら了承してくれました。
つるぺた同盟の登録手続きをしてくれたあのお姉さんです。
ギルド内はざわついています。
これだけ大漁に素材アイテムを持ち込んできた無名の冒険者達に興味津々のようです。
混沌荒野のモンスターはとても手強く、短期間でこれだけの量を手に入れるには相当な実力が必要になります。
阿るにしても利用するにしても、とにかく相手の情報を集めなければ話になりません。
「あと、混沌荒野に生えていた植物アイテムとか鉱石アイテムとかも持ってきたからそっちもよろしく」
どどん!
と更に積み上げられていくアイテム達。
もう好きにしてくれと受付お姉さんは頭を抱えてしまいました。
もちろんこれは歓迎すべき事態のはずですが、あまりの非常識っぷりに折り合いを付けることを諦めてしまったようです。
機械的にアイテムを数えながら、相場を調べて計算していきます。
計算していくうちにとんでもない金額になってしまい、再び顔を引きつらせるのでした。
ぽちぽちぽちぽち……ちーん!
みたいな効果音が欲しいところですが、とにかく計算が完了したようです。
「合計でヴィクトルス金貨五千三百枚となります」
「うわあ……」
金貨の山を積み上げられて今度は桐羽が顔を引きつらせました。
頭の中ではじゅうおくろくせんまん……と計算結果が出てしまいました。
予め用意していた袋に金貨を詰め込んで、それを更にアタッシュケースに仕舞い込んでから鍵をかけました。
この辺りの金銭感覚もようやくまともになってきたようです。
手持ちのリュックサックに放り込んでいた初日からは随分と成長しています。
「いくらかレヴァン銀貨に両替しますか?」
「いや。手持ちの小銭はまだあるから遠慮しておきます。それよりもちょっと聞きたいことがあるんですが」
「はい、なんでしょう?」
「僕たちそろそろ本格的に拠点を持ちたいと思っているんですよ」
「拠点、ですか?」
「ええ。家を購入しようと思いまして。幸いお金には困っていませんから予算は多少高くても構いません。そこそこの広さがあって、出来れば庭が付いている場所がいいですね。どこか心当たりはありませんか?」
「庭ですか……」
サイハテの街で広い庭を持つのは貴族と大規模な商人のみで、一般人にはそこまでの贅沢は望めません。
しかしこの短期間で金貨五千三百枚を稼いできた彼らならそんな富裕層の仲間入りをするのもたやすいように思えました。
それに手持ちの五千三百枚だけでも十分な庭付き一戸建てを購入する事が可能です。
「以前、セキバの貴族様が住んでいた屋敷があります。今は売りに出されていますね。ギルドを通して購入者を探しているところです」
「庭は?」
「あります。ただ……」
「ただ?」
「屋敷も広いのですが、庭も屋敷並みに広いんですよ。土地代を考えるとちょっとお勧めしづらいですね。かなりの高額物件になります」
「どうして庭が広いのか分かりますか?」
「ええと、私たちにはいまいち理解できないのですがセキバの伝統である『庭園』を造りたかったそうです。確かにあそこまで広く手入れされていると庭園と言っても過言ではありませんが。それにしても土地の無駄遣いにもほどがありますよ。あの土地を分けてもらえればもう一軒ぐらい集合住宅や宿泊所が建てられましたのに」
「なるほど。庭園ですか」
桐羽は興味をそそられたようです。
「購入金額はどれぐらいになりますか?」
「現地確認をしてからの方がいいと思いますけど」
「まあそれはそうなんですが。一応興味があるので」
「ヴィクトルス金貨五千枚です」
「………………」
本日の稼ぎがほとんど消えてしまう金額でした。
十億円のマイホーム。
なかなか高い買い物になりそうです。
もちろん購入すると決めたわけではありませんが。
とにかく案内してもらう事にしました。
受付のお姉さんにそのまま案内してもらった場所は、サイハテの街中心部にある商業区画の端っこでした。
そしてそのお屋敷を目にした桐羽たちの第一印象というか第一反応は……
「うわあ」
「うへえ」
「あう~」
という、それぞれの一言でした。
中世風の街並みであるサイハテでは浮きまくっている日本家屋。
瓦屋根とか障子とか、すごく違和感があります。
「セキバの国の伝統建築らしく、どうしてもこのようにすると言い張りまして」
「なるほど……懐かしいような複雑なような……確かに僕達との相性はよさそうだ」
「? もしかしてつるぺた同盟の皆さんはセキバの国出身なのですか?」
「違います。しかし故郷の雰囲気に近いことは確かですね。気に入りました」
「まあ悪くないよな」
「忍者屋敷に改装したいかも~」
一部物騒な発言が混じっていますが。
罠とか仕掛けられたらたまりませんね。
仕掛け扉は面白そうですが。
掛け軸の裏側などの細工はむしろ大歓迎みたいな。
屋敷の中をざっと見て回り、縁側から見られる見事な庭園も気に入りました。
「購入決定、かな?」
稼ぎのほとんどが消えてしまいますが、それを差し引いたとしてもここに住むことができるのは魅力的です。
他の街に行くという選択肢もありますが、桐羽はなんとなくこの街が気に入ってしまったのです。
他の街には旅行気分で足を運べばいいとして、とりあえずの拠点はここでいいと考えます。
「では購入決定ということで」
「承りました。では一度ギルドに戻りましょう。書類手続きが色々ありますから」
受付のお姉さんはどこかほっとしたように答えてくれました。
お勧めできないと言いつつも、実際のところこのお屋敷はその特殊さゆえに買い手がつかなくて困っていたのです。
維持費もそれなりにかかりますし、一日でも早く売れて欲しかったというのは紛れもない本音だったのです。
しかし金額が金額なのでなかなか手を出せる人間がいなかったのもまた事実です。
そこに現れた救世主こそがロリコン……ではなくつるぺた同盟の皆様。
ギルド一同彼らに感謝状を贈りたい気分でした。
ギルドに戻って書類手続きを済ませ、さらに現金にこにこ一括払いという素晴らしいやりとりを経て、桐羽たちはようやく念願のマイホームを手に入れました。
ようやくというには時間の経過が足りない気もしますし、念願というには切実さが足りない気もしますが、そこは雰囲気っぽいものに流されるとしましょう。
「マイホーム!」
まずは桐羽が拳を振り上げ、
「スウィートホーム!」
芽久琉が微妙な言い回しで続け、
「わたし達の愛の巣だね~」
正宗がとどめを刺してくれました。
最年少幼女が一番問題発言をしているこの事実こそがつるぺた同盟の真骨頂と言えるでしょう。
表看板の表札には『つるぺた同盟』と書かれています。
もちろん異世界語ですが。
いやいや表札にそれはどうよと幼女ツインズも突っ込んでしまいましたが、しかし『水無月』と書くのもなんだか微妙だったので最終的に妥協することになりました。
妥協する部分が違うと誰か突っ込んであげてください。
こうして異世界にマイホームを手に入れたつるぺた同盟は、ようやく落ち着くことが出来ました。
異世界移住計画としては間違いなく一歩前進したと言えるでしょう。
言えるはずなのですが……
「ふざけんなーっ!!」
「お兄ちゃんってば最低ーっ!!」
何故か幼女ツインズの怒りに触れてしまったようです。
「待て待て待てー! 僕が一体何をしたーっ!?」
いきなり怒られて訳が分からないまま混乱する桐羽です。
広い屋敷なので一人一部屋は余裕で与えられています。
それでも部屋は余っているので趣味の部屋にしたり客間にしたりと、それぞれ自由に使う事が出来ます。
こんな贅沢な環境で一体何が不満なのでしょう?
「なんで寝室が別なんだよ!?」
「お兄ちゃんはわたしたちと一緒に寝ないと駄目なの~!」
「えええええぇぇぇぇぇ?」
部屋が別々なら当然の如く寝室も別だろうという常識的采配を、幼女ツインズはあっさりぽんと覆してくれました。
「と・に・か・く! 寝室は別に作ろう! あたし達三人一緒に寝られる大きなベッド……いや、畳部屋にベッドはちょっとそぐわないから大きな布団でも用意しよう!」
「賛成! 正真正銘愛の巣ルームだね~!」
「ええええええぇぇぇぇぇぇぇ?」
あれよあれよと寝室共用化が決まってしまった桐羽はめまぐるしい展開についていけずに唸ってしまうだけでした。
これで毎日幼女と一緒に寝られるというのに、何故か複雑な表情になっています。
ロリコン失格ですね。
桐羽が幼女に手を出せるほど踏み越えられる日がいつかやってくることを祈りつつ、つるぺた同盟の新生活が始まるのでした。




