図書館は静かに利用しましょう
幼女温泉……ではなく、露天風呂から上がった桐羽たちは、その後メイドさんの手作り朝食を美味しくいただいてから今後の行動方針を話し合いました。
「と言ってもなぁ。まずはこの世界を知る事が重要だろう。幸い金には困っていないし、そこまで不便な場所でもないから当分あっちに戻る必要もない。こっちに馴染む為にもな」
「あたしはそれでもいいけど、このメイドINNはキリにとってもあたしたちにとっても不健全な気がする。宿屋だけは換えてもらいたいと提案するね」
「なんだと!? 僕に死ねと言うのか!?」
「メイドがいなくなった位で死ぬわけねえだろっ!」
「精神的に死ぬ!」
「お兄ちゃん~。あんまり聞き分けがないとBL小説の朗読を情緒たっぷりに耳元でやっちゃうぞ~」
「やめてーっ! 耳が腐るーっ!」
というか八歳児がBL小説とか口にしないでください。
「まずは図書館だな。幸い、書くことは難しいけど読むことは出来るし。図書館に行ってこの世界に関する資料を漁ってみよう」
「んじゃまずは図書館の場所を調べないとな」
「あはは~。ゼロから始める異世界生活、だね~」
まさにその通りでした。
メイドさんに図書館の位置を教えてもらってから、三人はそこへと向かいました。
ちなみに宿の変更手続きはしていません。
すでに七日分のお金を払ってしまっているのでもったいないと言い張りました。一括払いの場合、全額返金はされず、何割か差し引かれて戻ってくるのです。
それでもむくれる幼女ツインズに、一つのベッドで眠ってるんだからそれぐらい我慢しやがれと言い聞かせました。
「「それならよし!」」
と、あっさりと意見を曲げる方も問題がある気がしますが、うまくいっているので良しとしましょう。
図書館に到着した三人は、それぞれで調べ物を開始しました。
桐羽は主に世界の地理やあり方について。
芽久琉は武器や職業について。
正宗は魔法について。
それぞれが興味のある分野から調べていくことにしました。
まずはこの世界について。
この世界は『レイアーズ』という名前だそうです。
異世界レイアーズですね。
地球と大きく違うところは、当然のごとく魔法が使える事。
そして神様が実在して、人間の生活に深いかかわりを持っている事。
この二つは地球の常識を大きく覆してしまいます。
魔法というのなら桐羽の『能力付与』や芽久琉の『人間離れした戦闘能力』、正宗の『忍術』も同じようなものだと言えます。
大きな違いはこれらの『魔法』能力が一般人に『普通の在り方』として認識されているかいないかということでしょう。
そして神様の存在です。
神様というのは人の生活に深く関わっており、世界のいたる場所に神域と呼ばれる場所があり、そこを詣でることにより簡単に神様と会う事が出来るそうです。
「こうなると神様っていうよりも異種族って感じだな~。いや、むしろ神様が貴族みたいな存在なのか? 偉い人っていう意味で」
などなど、色々と考えさせられてしまいます。
貴族と神様、平民と戦士。
立場や種族によって態度を変えなければならないのか。
この辺りの対応を間違えると異世界移住計画が破綻してしまうので真面目に考えざるを得ません。
「ええと、なになに? 王族と貴族は別に存在して、そのほかに商人も大きな力を持っている、と。つまり神様は別格なわけか。まあ当然だな」
神様は神族と呼ばれているそうです。
神様に仕える存在の事を神属と言います。
読み方が同じなので口頭で聞くと紛らわしいですね。
次は地理について。
今いる場所、『サイハテ』の街は、ドリュアード大陸の南端に位置するミッシル王国に属しているようです。
ミッシル王国は気候が安定していて、それなりに高い農業生産能力を有しています。国そのものはかなり豊かと言えるでしょう。
「あれ? でも地図を見るとミッシル王国の向こうにも大地が広がってるな」
大陸の南端に位置すると説明では明記されていますが、地図で確認すると南よりも若干中央よりになっています。
南端の位置には『混沌荒野』と記されています。
「荒野……? 荒れ果てた大地で人が住めないってことか?」
混沌荒野について今度は調べ始めます。
「ええと、あったあった。この項目だ」
混沌荒野の項目を見つけました。
混沌荒野は人の住める土地ではないと言われています。
土地そのものはそこまで荒れ果てている訳ではないのですが、そこに住まう生物が人間の生存を許さないのです。
バジリスク、ゴルゴン、フレアドラゴン、リザードマンなど、凶悪な魔物が数多く住まう場所なのです。
開拓が進めば国がもっと豊かになるので、ミッシル王国は討伐隊を何度か派遣したことがあるようです。しかし二キロも進まないうちに全滅させられてしまいました。
そんな全滅と脱走を何度も繰り返すうちに、混沌荒野は不可侵地帯として認識されるようになりました。
今では腕に覚えのある冒険者が腕試しに行くか、魔物の素材アイテムを集めるために行く冒険者がいるかのどちらかです。
混沌荒野の全容を知る人間は存在せず、その名の通り、混沌の荒野と呼ばれているのです。
「うわぁ。あいつらが知ったら腕試しとか言って突入しそうな場所だなぁ」
腕試し上等、最強コンビの幼女ツインズ。
お金を稼ぐにしても世界を知るにしても、経験値を稼ぐにしてもぴったりの場所になってしまいました。
それからこの街についての情報や、大陸の情報についての書物を読みあさります。
モンスターや戦闘についての書物は幼女ツインズにお任せです。
専門分野でもないことを学んでも仕方がありません。
もちろんサポートとしてその特性を知っておくことは必要かもしれませんが、桐羽は戦う者ではなく創る者です。そのあたりの役割分担はきちんとしておくべきだと判断します。
半日ほど図書館に居座った桐羽達は、のんべんたらりと読書を続けます。
幼女ツインズの様子を見にいこうと席を立ち上がった桐羽ですが、離れた席でひそひそと盛り上がっている芽久琉と正宗を見て首を傾げてしまいました。
「何やってるんだあいつら」
ほんのり頬を染めながら盛り上がっている二人に気付かれないように背後から近づきます。
「………………」
読んでいる本の内容は、
『サイハテ式百手法』
「すごいねぇ。四十八手の倍以上だよ~」
「これを極めればキリを墜とすことも可能かな?」
「でも百個も覚えられるかな~」
「一つ一つ地道にやっていけばいいんじゃねえか? 実践込みで」
「実践って、お兄ちゃんで~?」
「当然だろ」
と、とんでもないトークを続ける幼女ツインズに桐羽が取った行動は、
「はいそこまで」
ゴゴン!
というダブル拳骨でした。
「いて!」
「あいた~!」
二人とも頭を押さえます。
とても痛そうです。
幼女相手でも容赦がありません。
「図書館でなんつーもん読んでるんだ!!」
異世界勉強はどうしたと怒鳴りたくなります。
もちろん図書館なので静かな怒鳴り声ですが。
幼女二人がエロ教本を読んでいればそれぐらいはしたくなります。
「戦闘関連のモンスター勉強は大丈夫なのかよ?」
エロ教本を没収しながら桐羽が睨みつけます。
これで大丈夫でなかったらもう一発拳骨が飛ぶことでしょう。
「そっちは全部覚えたよ~」
「急所から素材アイテムの採取部位までばっちりだ」
「そっか。そりゃ優秀なことで」
「だから暇な時間を使ってお兄ちゃんをロリエロ天国に導くべく社会勉強をしていたんだよ~」
「そんなことはしなくていい」
時間が余るとロクなことをしない幼女でした。
「だってそうしないとあたし達が育つまで手を出してこないだろ、キリは」
芽久琉が不満そうに言います。
「当たり前だ! 幼女に手を出したら正真正銘の変態じゃねえか!」
「発言だけに注目すれば十分に変態だと思うけど~?」
「右に同じ。つーか手遅れなんだからさっさと覚悟決めて踏み越えちまえ。あたしたちはいつでも覚悟できてる」
「いやいやいや! そこは踏み越えちゃいけない最終ラインだろ! つーか人を境界線上でギリギリ立っているボーダー人種みたく言ってんじゃねえよ!」
「え~?」
「え?」
理解できない人種に出会った時のようなきょとんとした顔で首をかしげる幼女ツインズです。
今の言葉は理解不能という意味ですが、それこそ桐羽にとってショックなリアクションだったようで、
「え? じゃねえよ! 人を手遅れみたいに扱ってんじゃねえ!」
泣きそうな声で反論してしまいました。
というか涙目になってします。
「いや、手遅れだろ」
「左に同じ。間違いなく手遅れだね。ガンで例えるなら脳転移の末期だね~」
「嫌なたとえ方をするなあ!」
しかも脳転移って、冒されているのは身体ではなくオツムだという意味合いも含まれています。
幼女ツインズ、実に的確なツッコミを入れてくれますね。
チームつるぺた同盟の将来はきっと安泰です。
「どっちみちお前らに手を出すつもりは当分ねえよ。というか浮気とかいろいろ言われる筋合いもねえし。そもそも仮にお前らと恋人同士になったとしても二股状態じゃないか。それでいいのかよ?」
「めぐちゃんならいいよ~」
「同じく正宗なら許す」
「なんでこんな時だけ絶妙に息を合わせる!?」
「だってわたしめぐちゃんのこともお兄ちゃんと同じぐらい好きだし~」
「仲間相手にいがみ合ってもいいこと無いしな。パンが一つしかないときは仲良く分け合うのが正しい選択だろ?」
「僕はパンと同列か……」
浮気は駄目でも二股はオッケーらしいです。
幼女ツインズはとても仲がいいということにしておきましょう。
「まあ情報収集はひと段落ついたということで、今後の行動計画も立てたいし、宿に戻ろうぜ」
「ちょっと待って。この本借りていくから~」
正宗がもっているのは『サイハテ式百手法』です。
エロ教本です。
借りていく満々の幼女です。
「却下」
もちろん正宗はその本を奪い取りました。
どこにあったのかは分からないのでその辺にあるワゴンの上に載せておきます。
「そもそもこんな十八禁バリバリな本を幼女が借りられるわけないだろうが」
都条例とか持ち出してほしいぐらいのレベルですね。
しかし都条例滅びろと非難する人種の方がはるかに多いだろうと予想できそうです。
「お兄ちゃんったら今までの常識にとらわれ過ぎ。ここは異世界なんだよ。幼女がエロ本を読んでいい世界なんだよ~」
「む。言われてみれば。っていうかお前らあっちでもネット通販でばっちりエロ本読んでたじゃねえかよ」
「それは違う。読んでいたのはBLエロ本だ」
「最悪だなっ!」
知りたくなかった事実です。
十八禁BLエロ本で盛り上がる幼女ツインズ。
想像しただけでおぞましすぎます。
「大体、BLなんかのどこがいいんだ?」
「そこは女子にしか分からない世界かもね~」
「いや、世の中には腐男子も存在するし、そうとも限らないんじゃないか」
「あ、そういえばこの前オタク系の書店で『腐男子フェア』やってたね~」
「やってたやってた。かなり一般化してるよな、腐男子」
「嫌な事実を聞いた!」
そんなものを一般化させないでくださいと切実に叫びたい気分でした。
「BLなんて滅んでしまえ。そんなものを一般化させるぐらいならロリエロを一般化された方がまだマシだ」
「問題発言だね~」
「あたしたちの事とやかく言う資格はねえな」
「なんだとう!」
「まあまあ、どっちも変態ってことで妥協しようよ~」
「「嫌な妥協だ!」」
この後、ロリかBLかで盛り上がりかけて、静かにすることを忘れた桐羽たちは、図書館の職員に怒られて退館することになりました。
公共の場で騒いで注意される人はたくさんいそうですが、公共の場でエロトークで騒いで注意されたのは恐らくこの三人だけではないでしょうか。
都条例は定めた人ごと地獄に堕ちろと考えた人、集合!




