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幼女温泉よりも美女温泉

 芽久琉よりも正宗よりも早起きした桐羽は、二人を腕からそっとどけながらベッドから起き上がりました。

子供はよく眠るので、二人はまだ起きる気配がありません。

「そ~っとそ~っと……」

 二人に見つからないように部屋を出て行きます。

 もちろん逃げ出すわけではありません。

 この宿屋にある温泉を堪能しようと思ったのです。

 朝五時から入浴可能で、もうすぐ五時になります。

「何よりも混浴なのが素晴らしい」

 タオルと着替えを以てれっつらごーです。

 温泉に入りたいのか混浴を堪能したいのか、一体どちらなのでしょう……って訊くまでもありませんよねそんなコト。

 でもお姉さんが入っているとは限りませんよ~。

「温泉温泉うっれしっいなぁ~♪」

 歌い出しながら温泉へ向かいます。

「おはようございます、ご主人様」

 そしてすれ違うメイド従業員達からはそんな言葉をかけてもらえます。

 ご主人様……素晴らしい響きです。

 この宿屋ではお客様は神様ではなくご主人様というのがスタンダードのようです。

「おはようございます~」

 ご機嫌に挨拶をしてから温泉へたどり着きます。

「あれ? 入口が別れてる?」

 男性と女性で入口が別れているようです。

 混浴ではないのでしょうか?

「?」

 はてと首を傾げていると、通りがかりのメイドさんが教えてくれました。

「中はちゃんと混浴ですよ。脱衣所だけが別々になっています」

「ああなるほど」

 温泉で裸を見られるのが平気な女性は意外と多いですが、着替えシーンを見られるのは嫌がる女性もまた多いようです。

 そう考えれば当然の配慮と言えるでしょう。

「では早速~」

 桐羽は男性用の脱衣所に入ってから素早く服を脱ぎます。腰にタオルを巻いて大事なさくらんぼ……ではなく息子を隠してからいざ露天風呂へ。

 かぽーん……

 という効果音が似合いそうな湯けむりの中、桐羽はじっと目を凝らします。

「……いない」

 誰かいないか、具体的には美女が入っていないかどうかを確認したのですが、やはり早朝の露天風呂一番乗りは桐羽一人のようでした。

「むー。仕方がない。ここで美女の到来を待つとするか」

 入ってくるのがむさいおっさんかもしれないという可能性は敢えて考えないようにしています。

 美少年が入ってきたりするかもしれませんが、男は全面的にのーさんきゅーです。

 まずは肩まで浸かり、じんわりとお湯の熱を堪能します。

 日本人なので温泉が大好きです。

 日本人でなくとも大好きな人は多いと思いますが、日本人だから温泉が大好きなのだと敢えて言わせていただきます。

「あ~……極楽極楽……」

 テンプレートな温泉台詞を口にしてから、今度は少し高さを変えて下半身だけお湯に浸かります。

 肩までずっと浸かっているとのぼせてしまいます。

 のぼせた頭では万が一美女が入浴してきたときに集中的にガン見することができなくなり、大変にもったいないことをしてしまう羽目になります。

 ……いや、その辺りはどうでもいいのですが。

 とにかく少しでも長く温泉に浸かるには、暖まって、冷まして、の繰り返しが基本です。これが出来れば一 時間は浸かっていられます。

 肌がふやけるぐらい粘ることが出来ます。

 粘っていればいつかは美女が入ってくると期待することが出来ます。

『期待せよ、いつか始まるお前の温泉物語に』的な期待感で満ち溢れさせています。


「……来ない」

 美女が来ません。

 三十分間粘ってみましたが、一向に美女が入ってくる気配がありません。

 とても悲しい気持ちになりました。

「これじゃああいつらを置いたまま早起きした意味がないじゃないかぁぁぁぁぁ……」

 期待が大きかっただけに悲しみも大きいのです。

 朝から美女と裸のお付き合い、的な展開は夢の彼方に消えてしまいそうです。

「切ない……」

 じんわりと涙を滲ませていると、入り口の戸がからりと開きました。

 どうやら誰かが入ってきたようです。

「おっ!」

 桐羽は精神的に視力強化を行いながら入ってくる人影を凝視します。

「………………」

 髪の長い、身体の線が綺麗な人でした。

「ごくり……」

 湯煙ではっきりとは分かりませんが、足のラインがもの凄く美しく見えます。

 うなじにかかる銀髪が素晴らしい色香を放っています。

「おはようございます」

「………………」

 声は福●潤を連想させる素晴らしいものでした。

 ですが……

「おーとーこーかーよー……」

 地の底から響くような呪いを帯びた、忌々しさの滲み出た声でした。

「……そこまでガッカリされても困るんですけど」

「ああ、すみません。それにしてもほっそりとした身体をしていますね」

「ええ。筋肉がつきにくい身体なんです」

「そうですか……」

 髪が長かったり足のラインがキレイだったりうなじが色っぽかったりと色々と紛らわしい男でした。

 というか男の裸体にドキドキしかけた自分を殺してやりたい気分です。

 女の子は好きですが男の子はのーさんきゅーです。

「失礼。お隣よろしいですか?」

「出来ればあんまり近づかないで欲しいですね」

「これはまた嫌われましたね」

「男に近づかれても嬉しくないんで」

「それもそうですね。俺は朝風呂仲間と会話を楽しみたかっただけなんですけど」

「会話なら少し離れた位置からもできるでしょ?」

「ごもっとも」

 銀髪の青年は桐羽の要望通り、銀髪の青年は桐羽から少し距離を取って浸かりました。

「はぁ……」

 そして桐羽は盛大な溜め息をつきます。

「どうかしましたか?」

「いえいえ~、何でもないですよ~。折角早起きして美女が入ってこないかな~って期待満々でのぼせそうになってでも粘っているのに、入ってきたのが紛らわしい銀髪の男だったからってちょっとしか落ち込んでないですにょ~」

「にょ~って……」

 かなり落ち込んでしまっているようです。

 男・水無月桐羽、夢破れたり、みたいな。

「大体、この宿屋に女性客なんてほとんど泊まっていませんよ」

「なにぃっ!?」

「混浴なんて建前で、ここも実質的には男風呂なんですから」

「なんとっ!?」

 恐々諤々、あまりにも絶望的な説明に思わず叫んでしまう桐羽でした。

「そんな……あんまりだ……。夢破れたなんてもんじゃない……期待だけさせておいてこの有様なんて裏切られた……騙された……」

「いやそんなこの世の終わりみたいに四つん這いで落ち込まれても……というかお尻こっちに向けないでください」

 男の裸、特にお尻なんて見たくもないのは銀髪の青年も同じようで、がっくりとうなだれながら偶然にもお尻を向けてきた桐羽にドン引きしてしまいます。

 もしもこれがBL趣味の攻めキャラだったら桐羽の貞操が大ピンチです。

「ああ、すみません。取り乱してしまいました……」

「取り乱しすぎな気もしますけどね……」

 ちょっぴり変態を見るような視線になっていますが、今更なのでスルーしましょう。

「そもそもこの宿屋のサービスを考えてみてくださいよ。どう考えても男性向きでしょう?」

 メイドサービスのことを言っているのでしょう。

 確かにアレは男性向けです。

「いらっしゃいませご主人様、ね。アレで喜ぶ女は確かに少ないだろうなぁ」

「少なくはないですが、特殊な趣味の持ち主なので俺達の希望には叶いませんよ」

「百合ちゃんですか……」

 もったいない、とほんのり涙を流す桐羽でした。

「ですからここに泊まっているのは大半がメイドマニアの男性陣ですよ。女性陣はよりマニアックですけどね」

「あははは……」

 メイドマニアと百合っ子ちゃんしか泊まっていないという絶望的な事実に渇いた笑いを零してしまいます。

「じゃああなたもメイドマニアですか?」

 何となくの興味本位から訊いてみます。

「当然じゃないですか! メイドは素晴らしい! ご主人様と呼ばれることはこの上ない快感ですよね! このサイハテに来たら必ずここに宿泊します! そしてご主人様気分を堪能します! もちろんメイドサービスもフルコースで受けます!」

「う……うらやましい……」

 桐羽としてもフルコースで受けたかったメイドサービスですが、幼女ラリアットによって断念せざるを得ませんでした。

 桐羽大好き幼女ツインズは、浮気にはとても厳しいのです。

 でも可愛らしい幼女ツインズにらぶらぶされているのですから落ち込む権利なんてありません。というか与えませんよそんな権利。爆発してください。

「ですからこの露天風呂は純粋にお風呂を堪能するためにあるらしいですよ」

「なるほどね~」

 納得です。そしてがっかりです。

 仮に美女が入ってきたとしても彼女たちは百合っ子ちゃんなのです。エロフラグが立つ可能性はゼロぽっきりです。

「そうとなれば長居は無用かな。僕もそろそろのぼせてきたし、上がることにしますよ」

「そうですか。もう少しお話ししたかったんですけどね」

「別に外でも出来るでしょう?」

「それもそうだ。名前を教えて貰っていいですか? 俺はアレクセイ。アレクセイ・ミリアディナと言います」

「……どこぞの征●王を連想させる名前だなぁ」

「はい?」

「いや何でもないデス。こっちの話デス。僕は水無月桐羽……っと、こっち風に言うならキリハ・ミナヅキですね」

「キリハですか。こっち風にということはどこか遠い場所から来たのですか?」

「そりゃもうすんごく遠い場所から」

 まさか異世界とは言えず、言葉を濁すことにしました。

「じゃあまた外で会うことがありましたら」

「ええ。声をかけさせて貰いますよ」

 そう言って出口へと向かおうとしたのですが……

「「幼女ダブルぱーんちっ!」」

「ぐはあっ!?」

 女性脱衣所から出てきた二人の幼女のダブルぱんちによって再び露天風呂の中へと戻されるのでした。

 正確には吹っ飛ばされるのでした。

 ざっぱーん!

「がぼぼぼぼぼ……」

 沈みながら手首だけを外に出して震えている桐羽を見て、アレクセイが心配そうに声をかけます。

「ええと、大丈夫ですか~?」

「だ、大丈夫に見えているなら貴方の目は節穴でせう……」

 むくりと起き上がったときには全裸の幼女が両サイドに陣取っていました。

「まったく、駄目だよおにいちゃん~。わたし達を置いて露天風呂を楽しむなんて~」

「そうだぞ。まあ浮気はしていなかったみだいだから許してやるけどな」

「……つーかここはほとんど男しか泊まってないみたいだし。メイドさん以外とはらぶらぶしようがないし。あと浮気じゃないから」

「ええと、お二人とも恋人さんですか? 随分と歳の離れた……もとい可愛らしい恋人サンデスネ……」

 変態を見る目からロリコンを見る目に変わってしまっていますが、動揺も大きいようで、発言の後半が一部棒読みです。

「まだ恋人じゃない」

「まあ一線を越えていないからまだ恋人とは言い難いな」

「越えてたまるか。幼女とファイト一発やったら僕は正真正銘の変態じゃないか!」

「お兄ちゃんが構わないならわたしはがんばるけど~」

「頑張らなくていいから!」

 幼女二人をべったりと侍らせておいて恋人ではないと言い張りますが、幼女ツインズの方はしっかりと恋人気分、もしくは将来恋人になります気分のようでした。

「というかあんたは誰だよ? もしかしてキリの奴、そっちの趣味もあったのか!?」

「どっちの趣味だ! おぞましいこと言ってんじゃないっ!」

「俺もご免蒙りたいですね。メイドには萌えますが男には萌えません」

「ということだ」

 メイドマニアなアレクセイの紹介を簡単に済ませると、二人は納得したように頷いてくれました。

「なるほど。つまりあんたはただの女性じゃなくてメイド服を着た女性にしか興奮しない人種なんだな」

「……否定はできないけどその理解もちょっとなぁ」

 間違った認識ではないのですが、それはそれで新たな変態レッテルを張られそうで複雑な気分になるのでした。

「もしくは~、ご主人様って言われないと興奮できない趣味の人とか~?」

「……それも否定できないけどさぁ」

 幼女ツインズに着々と変態レッテルを貼り付けられていく可哀想なアレクセイさんです。

 アレクセイも幼女の裸に興奮することなく、桐羽も膝に座られたりしながらも平然としながら会話は進んでいくのでした。

「……ちっ」

「なんだよ?」

 桐羽の膝にちょこんと腰かけている芽久琉が忌々しげに舌打ちをしました。

「このシチュエーションで全然息子が元気にならねっーって悔しいじゃんか」

「……待て。この状況で元気になったら僕の性癖がヤバイから」

 何を言ってやがりますかこの幼女、と芽久琉の頬をぐにぐにと引っ張ります。

「めぐちゃんは~、『なんか尻に硬いモノが当たってるんだけどなぁ』とか言いたかったんだよねぇ~」

「その通り!」

「ぺったん胸を張って言うことじゃねえ! そういうのはせめてあと十年経ってから言いやがれ!」

「五年たてばそこそこ育つよ~?」

「む、それはそれで捨てがたし。いや、でも芽久琉はともかくとして正宗は五年後といっても十三歳だろ? そこまで育ってないんじゃないか?」

「ほんのりふっくら青い果実~」

「む。それはそれでそそるものが……」

「そしてめぐちゃんはたわわに実った二つのスイカ~?」

「いや、それはさすがに育ち過ぎ。あんまり巨乳過ぎてもちょっと引くし」

「じゃあメロン~?」

「リンゴぐらいがちょうどいいんじゃね?」

「だってさ~」

「なるほど。目指すはリンゴか」

「………………」

 などなど、耳を塞ぎたくなるような会話を続けています。

「まあ二人とも将来が楽しみなことは確かだ。頑張って成長してくれたまえ」

 とても偉そうです。

 素直に幼女に萌えていればいいものを、素直じゃないにもほどがあります。

 幼女ファンは一発ぐらい殴ってもいいと思います。

「ちっ。仕方ねーから成長するまでは待ってやるよ」

「がんばるね~。それまでは太もも撫でさせてあげる~」

 ツンデレとゆる変態という素晴らしくバランスのいい幼女ツインズに挟まれた桐羽は、鉄の自制心を発揮するまでもなく二人の頭をなでなでするのでした。

「……この人たちに較べたら俺のメイド萌えなんて可愛いモノじゃないか? 変態なんて言われる筋合いはこれっぽっちもないと思うんだが」

 そんな地獄絵図のような天国絵図を横目に、本気で首をかしげてしまうアレクセイなのでした。


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