招待状
深夜に開かれる奇妙な晩餐。晩餐の参加者は、この世に存在する事の無い人間。いわゆる、『死者』である。晩餐は明け方まで、続いて行く。
この奇妙な晩餐を、人々は『死者の晩餐』と言う。しかし、この晩餐の様子を知る者は、誰一人としていない。もっとも、『この世に存在する者の中』での話であるが。
そして死者達は、共に晩餐が出来る仲間を探し、人々に招待状を送り続ける――……
四角い白縁の窓から、朝日は容赦無く私の部屋を照りつける。光は、鏡台の上に仰向けで置かれている、黒い手鏡に反射し、天井に丸い模様を描いていた。
鏡台の隣にある、ベッドに横たわっている私は、そんな光の眩しさに目を細めながら、体を起こす。
相変わらず、ショートヘアーの私の髪には、頑固な寝グセがいていた。
最早、直す気にもなれない私は、小さくため息をつき、立ち上がる。床の冷たさが、素足を通して私に伝わってきた。 私はこの冷たさが、たまらなく好きである。寝ぼけた私に、刺激を与え、すっきりとした気分にさせてくれるからだ。そんなことを思いながら、私は家族の待つリビングへと、足を運んで行った。
「おはよう、菜々美」
降りていくと、母親が、私に語りかけてくれる。私はいつものように『おはよう』と笑顔で返した。いつもと変わらない日常に、私は幸せを感じる。そのため自然と、顔には笑みが浮かんできた。
リビングにあるテーブルには、いつものように目玉焼きと、トーストが乗っている。オレンジ色のカーテンは、まだ開けられておらず、カーテンの隙間から光が漏れていた。
そのため、今この部屋は、電気で照らされている。きっと、朝日が眩しかったのだろう。
「今日も、学校でしょ? もう高2なんだから、そろそろ勉強も頑張りなさいよ?」
母は、大きくため息をつき、前回のテストで、赤点をとってきた私に強く言う。私は苦笑いをして、その場を誤魔化した。
「全く……それより、あんたに手紙が来てたわよ? 誰からかしら?」
そう言って、母は、真っ白い封筒に『横山 菜々美様』とだけ書かれている手紙を私に渡した。シンプルすぎるこの手紙には、住所も、切手も、何も書かれていない。ただ、私の名前だけが、記入されていたのだ。
「何? これ」
「ラブレターだったりしてね」
眉を顰める私に、母はからかう様に、こんな言葉を吐いた。
私は、『そんな訳ないでしょ?』と、母を怒鳴りつけながらも、内心、少しは期待していたのか、胸が高鳴る。少しの不安と、興味の中、私は白い封筒の封を開けた。
『横山菜々美様、今週の火曜日に開催される、晩餐会に参加しては頂けないでしょうか? 場所は、ブリネットです。では、お待ちしております。晩餐会にお越し下さる際は、必ず、お帽子を被って来てください。帽子が無い場合は、あなたが危険にさらされます』
「何……これ」
私は、手紙を睨みつけながら、母親に問う。
「完璧なイタズラね。童話じゃあるまいし」
母は飽きれた様にため息をつき、ラブレターでなかったのが、相当ショックだったのか、暗い雰囲気を感じさせながら、キッチンへと足を運んだ。
「童話? それより、お父さんはどうしたの?」
私は、キッチンに届くよう、大声で母親に喋り掛ける。
「昔、母さんが小さかった頃『死者の晩餐』って絵本があったの。その話と似てたのよ。それとお父さんは、昨日から出張よ」
母もまた、大声で返答してくれた。
私は小さく『なんだ』と呟き、寝グセを直すため、洗面所へと向かい、手紙をゴミ箱の中へと押し込んだ。