モラハラ王子の口を塞ぐのは、愛ではなく土魔法(結石)です
「……また、この景色ね」
華やかなシャンデリアの光、鼻をつく香水の匂い。視界が揺れた瞬間、私は確信しました。これで十一回目のループ。私はどう足掻いても「卒業パーティでの婚約破棄」と、そこからの実家没落、そして処刑という破滅ルートから逃げ出せずにいます。
目の前では、金髪をなびかせた第一王子エドワード様が、平民出身の成り上がり貴族令嬢アリスの肩を抱き寄せながら、私を蔑むような目で見下ろしています。
「エルゼ、よく聞け。君の傲慢さは、私の慈悲の限界を超えた。今ここで、――」
ああ、始まった。この後、彼は「婚約破棄」を宣言します。
私はこれまでのループの中で、必死に彼を説得したり、逆に身を引こうとしたりしたのですが、婚約破棄を止めることはできず、最後には処刑されてしまいました。そして、死に戻り。ループの起点はこの婚約破棄の場面です。
どんなに言葉で訴えてもどうしようもないなら、実力行使しかないと腕力に訴えたこともあります。彼に対して、得意の石魔法で石礫をぶっ放したこともあります。ですが、さすがは王宮の衛兵。私のような素人とは戦闘経験が違いすぎます。あっという間に鎮圧され、またしても処刑台送りとなったのでした。
もう何も思いつかずに、私はぼーっと周囲を見渡してました。何気に、この場面で冷静に周囲を見渡したのは初めてかもしれません。
……あ、あの衛兵、ちょっと前世のお父さんに似てるかも。疲れ切って目の下に深い隈ができてる感じが。
その時、脳裏に前世の「とある記憶」が鮮烈に浮かびました。
それは、私が小学生の時の記憶。玄関先で「殺してくれ!」と、のたうち回り、救急車で運ばれていった父の姿。
……そうだ。お父さんを絶望と苦痛の淵に叩き落としたのは、あの、のたうち回るほどの激痛……。
「……君との婚約を破……」
エドワード様の高らかな宣言の途中。
「『生成』。……えい」
私は優雅に扇を広げ、その影でこっそりと指を動かし、土魔法で極々小さな石を生成します。
狙いは彼の体内、ピンポイントであの細い管。尿管。
石の生成が完了した瞬間、エドワードの顔が劇的に変化しました。
陶器のように白く透き通った肌が、一気に土気色を通り越してどす黒い紫へと変わります。
「ぎ、ぎぎッ……!? あ、が……っ!?」
「あら殿下、どうなさいましたの? お顔がまるでお腐りかけのトマトのようですわよ?」
「が、は……っ!」
彼は腰を折るようにしてその場に崩れ落ちました。婚約破棄を宣言するはずの口からは、言葉にならない悲鳴だけが漏れています。会場はパニックになり、婚約破棄の宣言は物理的に中断されました。
そう、この卒業式での婚約破棄イベントを突破した瞬間でした。
【尿管結石】によって。
◇
当面の破滅の危機を免れた私ですが、エドワード様がいつまた婚約破棄を言い出すのか分かりません。そこで私は、エドワード様の行動を監視し、彼が「私を害する行動」に出ようとした瞬間、即座に神罰(結石)を下すことに決めました。
ここからの私の魔法は、音ゲーのような精度を極めていきました。
まずは、アリスとの関係断絶から。
ある日の夕暮れ、王宮の陰で二人が密会しているのを見つけました。
「アリス、私の真実の愛は君……」
(生成:微小)
「……あぶっ……!? ぐ、ぐわあああ!」
エドワード様は、愛を囁こうとした瞬間に脇腹を襲った衝撃に、アリスを突き飛ばして悶絶しました。
翌日。
「アリス、昨日はすまなかった。……き、君を愛して……っ」
(生成:微小・連打)
「あががががが! 痛い、痛い! なんでだ! アリス、お前、呪術でも使っているのか!?」
彼はアリスに近づくだけで痛むと勘違いし始め、最後の方はアリスが視界に入るだけで悲鳴を上げて逃げ出すようになりました。
これを前世では、パブロフの犬と呼ぶのでしたっけ?
アリスとの仲を裂いた後は、いよいよ本丸、彼の性格矯正です。
彼の傲慢な口が、私に対して開かれるたび、私は慈愛に満ちた微笑みと共に土魔法を発動させました。そのテンポ感は、まさに職人技でした。
ある日の午後、庭園にて。
「エルゼ、今日のドレスは地味だな。私の好みに合わせろと……」
(生成:小)
「あぶっ……!? ぐ、ぐわあああ! 腹が、脇腹が千切れるッ!!」
「あら、ドレスがお気に召しませんでしたか? でも、そんなに大声を出すと、もっとお腹に響きますわよ?」
「許、許して……っ」
またある日の執務室にて。
「いいかエルゼ、君の価値を決めるのは私だ。君は私に従って……」
(生成:中、ギザギザ付き)
「ひいッ……!? ごふッ、がはッ! な、なんで!? なんで私が何か言うと痛くなるんだ!?」
「それは、殿下の心が日頃の行いによって汚れているからではありませんか? ほら、背筋を伸ばして。痛みに負けては王族の名が泣きますわ」
「お、鬼だ……君は鬼だ……ッ!」
こうして、数え切れないほどの「石」をその身に宿したエドワード様は、ついに真理に到達しました。
『エルゼに対して傲慢な言葉を吐こうとすると、この世の終わりみたいな激痛が走る』
彼が私に対して何か言おうと口を開けた瞬間、脳が「痛み」の記憶を呼び起こし、脊髄反射で自分の手で自分の口を塞ぐ。そしてガタガタと震え出し、最後には私にペコペコと頭を下げる。
周囲の貴族たちは「殿下がエルゼ様を前にして、言葉を失うほど愛しておられる」と勘違いしているようですが、放っておきましょう。
◇
そして数ヶ月後、公式の社交パーティーの場。
エドワード様は今日、恐怖で震えながらも、強靭な精神力で(鎮痛剤ガブ飲み)、私に引導を渡すつもりでした。
「エ、エルゼ・ド・グランツ! 私は今日……今日こそ、この公衆の前で、貴様との婚約を……は、破、は……ッ!」
彼の瞳には、恐怖と使命感が入り混じっています。
ああら、まだやる気なんですのね。鎮痛剤で感覚を麻痺させてまで。さすが王族。その根性だけは認めて差し上げますわ。
でも、薬で麻痺するのは感覚だけ。魔法で生成された「石」は、物理的にそこにあるのです。
(殿下、その精神力に敬意を表して、特別に、とっておきを差し上げますわ)
私は両手を胸の前で組み、聖女のような祈りを捧げました。
イメージするのは、前世の父を救急車送りにした、あのシュウ酸カルシウムの結晶。表面が金平糖のように凶悪なギザギザで、大きさは過去最大。それを彼の、一番細くてデリケートな場所に、正確に顕現させます。
「――――――――ッッッ!!!」
彼は声すら出せませんでした。ただ、目を見開き、全身から噴水のような脂汗を流しながら、スローモーションで床に膝をつきました。鎮痛剤など、この「石の王」の前では無力でした。
「殿下!?」「誰か、医者だ! 殿下が死に掛けておられるぞ!」
騒然とする会場の中で、私は優雅にカーテシーを捧げました。
◇
数ヶ月後。
王宮のテラスには、震える手で私に最高級の紅茶を淹れる王子の姿がありました。
「エ、エルゼ、今日の茶葉は君の好きなアールグレイだよ……温度は、温度はこれで大丈夫かな……? もし不快だったらすぐに淹れ直すし、い、いや、自害するから言ってくれ……!」
「あら、合格点ですわ。そんなに震えていては、せっかくの香りが逃げてしまいますわよ?」
私が微笑むと、彼は「ひっ!」と情けない声を漏らして直立不動になりました。
かつての傲慢な面影はどこへやら。最大規模の結石を生成したあの日以降、世界で一番謙虚で、世界で一番腰の低い理想の婚約者様になりました。
ええ、これでいいんです。
やっぱり、言葉よりも「痛み」の方が、人は誠実に育つものですわね。
私はお気に入りの「内臓百科辞典」をパタンと閉じ、心地よい午後の光を浴びながら、温かい紅茶を啜りました。




