表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

第五話:秀才と武人、沈まぬ太陽

 ヒカルとレヴィアが出会った日から2年後——竜の国、王都アグニカの大演習場。


 午後の陽光が砂塵を金色に染める中、騎士団の訓練生たちが隊列を組んで駆けている。17歳になったフレアは壇上から鋭い目でその動きを追っていた。2年前に騎士叙任を受け、今や副団長の職を預かる身。鍛え抜かれた体躯と厳しい眼差しが、若き武人としての風格を漂わせている。


「第三小隊、踏み込みが浅い! 敵は待ってはくれんぞ!」


 フレアの叱咤が響く。訓練生たちが慌てて姿勢を正した——その時。


「お言葉ですが、副団長」


 涼やかな声が、背後から降ってきた。


 演習場の日陰に折り畳み式の机を持ち込み、書類の山に囲まれた少女が座っている。艶のある黒髪を顎の線で切り揃えたショートボブ。紺と白の戦略院の制服を隙なく着こなし、銀縁の眼鏡の奥の碧眼は冷静そのもの。


 一見すれば20歳を超えた大人の女性にも見えたが、フレアと視線を合わせる際にほんの一瞬だけ顎を上げる仕草に、まだ16歳の輪郭が覗いていた。軍師候補生シエル。次女アクア王女の家庭教師にして、王立戦略院の最年少研究員。


「踏み込みの深さを矯正したところで、根本的な問題は解決しません」

「……何の用だ、シエル。訓練中だ」

「ええ、だからこそ、よ」


 シエルは書類の1枚をフレアに差し出した。数字と図表がびっしり並んでいる。


「過去3年間の人間側の軍事技術推移です。魔導兵器の射程は年平均1.4倍で伸長、対竜結界の精度は2年前の3倍。5年以内に、我が騎士団の近接戦闘優位は無効化されます」

「数字の羅列で戦場は語れないぞ」


 フレアは書類を一瞥し、突き返した。


「そもそも実戦で剣を振るったこともない者が、訓練方針に口を出すな」

「……机上の空論ではなく、数学的事実です」


 シエルは立ち上がった。フレアより頭一つ低い。それでも一歩も引かず、真っ直ぐに見上げる。


「筋肉で国は守れません、副団長。必要なのは戦略の転換です」

「……黙れ」


 フレアの声が低く硬くなった。訓練生たちが動きを止め、息を呑む。


「貴様の分析が正しいかどうかは俺が判断する。だが、訓練の場で騎士の士気を削ぐ真似は許さん。言いたいことがあるなら正式な会議で述べろ」

「正式な会議では、古参の将軍方が居眠りをなさるので。あなたならわかってくださると思ったのですが……」


 フレアの額に青筋が浮いた。シエルは涼しい顔で眼鏡を押し上げ、書類を鞄に仕舞う。


「データは置いていきます。お時間のある時に。——では、アクア様の講義がありますので」


 一礼して去るシエルの背を、フレアは苛立たしげに睨んでいた。だが——その手は、残された書類を無意識に拾い上げていた。





 同じ頃。王都から遠く離れた北方の辺境、霧に沈む古城の地下。


「……ここね」


 17歳のヴァルキリアは、苔むした石壁に指先を這わせながら呟いた。闇色の長髪が薄暗い通路に溶け込み、蒼白い肌だけが仄かに浮かんでいる。闇の竜族の血を引くその瞳は、光のない場所でこそ最もよく見えた。


「気をつけなさい。ここから先は王弟派の残置結界が生きている」


 背後から落ち着いた声。24歳のミラ——ヴァルキリアの実姉にして、王家直属の諜報部隊の長。妹と同じ蒼白い肌と黒髪を持つが、幾分柔らかな目元が、歴戦の諜報員にしては穏やかな印象を与えている。


「分かっているわ、姉様」


 ヴァルキリアは右手に闇の魔力を凝縮させ、壁の紋章を読み取った。


「やはり——教団の紋章と王弟派の暗号が重なっている。国境の軍事演習は偽装。本当の目的は、この密輸ルートの確保ね」

「何を運んでいるの?」

「わからないのよ。それが問題なの」


 ヴァルキリアは目を閉じ、この場に染み付いた残留思念を読み取った。闇の魔導でしか触れられない、情報の深淵。


 そこに——異質な影が見えた。


 巨大な2つの輪郭。一つは眩い光を放ち、もう一つは全てを呑み込む闇を纏っている。「光の竜」と「闇の竜」——竜族の始祖伝説に語られる、世界の均衡を司る二柱の力。


 だが、その輪郭は歪んでいた。荘厳さはなく、継ぎ接ぎだらけの——誰かが無理やり再現しようとした、粗悪な模造品。


「姉様」


 ヴァルキリアの声が震えた。


「誰かが始祖竜の力を人工的に再現しようとしている。竜族と人間の技術を融合させて」


 ミラの目が細くなった。


「王弟派だけの仕業ではないわね。教団と帝国が噛んでいる。——かなり深い階層で」


 姉妹は顔を見合わせた。古城の地下を、冷たい風が吹き抜けていく。


 王宮の華やかさの裏で、腐敗は着実に根を張っていた。






 その夜。離宮の私室で、12歳のレヴィアは寝台に横たわっていた。


 右腕の紅い布に左手を重ね、目を閉じる。毎夜の習慣。ヒカルの鼓動を確かめる、彼女だけの祈りの時間。


 とくん、とくん。規則正しく、力強い脈動。レヴィアはそっと息をつき、唇の端に笑みを浮かべた。


「……教団の最年少分隊長。大したものだわ、ヒカル」


 誇らしさが胸に灯る。我が見込んだ男だもの、当然だわ——。


 だが、その笑みはゆっくりと翳った。分隊長。ドラゴンスレイヤー教団の分隊長。竜を狩る刃を率いる者。ヒカルが強くなるほど、彼の剣は自分の同胞を脅かす。


 レヴィアは布を握る手に力を込めた。


「……関係ないわ。ヒカルは、我のヒカルなのだから」


 呟いた瞬間——布の脈動が変わった。


 とくん——とく、とくとくとくとく。


 規則正しかったリズムが乱れ、急激に熱を帯びていく。まるでヒカルが何かに怯えているか、あるいは何かと必死に戦っているような——。


 レヴィアは跳ね起きた。布を胸に押し当て、意識を集中させる。


 布が伝える情報は断片的だ。映像も音声もない。ただ、鼓動と熱と、そこに滲む微かな感情の残響だけ。


 恐怖ではない。怒りでもない。これは——悲しみだ。深い悲しみ。何かを失おうとしている者の。


 レヴィアは窓辺に駆け寄った。夜空に星が瞬いている。結界の向こう、遠い人間界のどこかで、ヒカルが泣いている。


「……待っていなさい」


 黄金の瞳が、夜闇の中で燃え上がった。


「我は必ず——貴方のそばに行くわ」


 紅い布は、まだ激しく脈打っている。


ぜひご感想をお寄せください。

また評価とブックマークもしていただけると嬉しいです!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜の姫たちと世界を変える戦いへ!
《音楽xSFxファンタジー戦記》【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン ~最強の力は絆の中に。人類に裏切られた天才軍師の俺は、六竜姫の激情を調律し和音を奏でて覇道を往く~(代表作)
《ダークファンタジー戦記》【交響詩】竜の姫と絆のユニゾン外伝~断罪のプレリュード :黄金の残光と偽りの誓約〜
(あらすじ)
元・天才軍師候補のヒカルは、仇敵カインの謀略と人類の憎悪により「裏切り者」の濡れ衣を着せられ、処刑寸前にまで追い込まれる。人間社会に絶望した彼の前に炎の竜姫レヴィアが降臨し、救われた彼は、六人の竜姫(六龍姫)の感情をリアルタイムで把握する「絆の共感者」の異能に目覚めさせられる。
ヒカルの義務は、レヴィアの激情的な愛や、アクアの理性的な愛といった、制御不能な竜姫たちの愛の感情を音楽の和音(ユニゾン)として調律し、軍団の戦闘力へと変えること 。彼は裏切りのトラウマを抱えながら、まず古王軍(闇の竜族)との絶望的な劣勢を覆す内戦に勝利し、六龍盟約軍を完成させ、竜の世界の新たな王になることを誓うのだった。

その他の作品もぜひ!

《冒険者ギルドのお仕事ファンタジー》鉄の受付嬢リリアンのプロの流儀 ~冒険は、窓口から始まります~
《純SFハイファンタジー》星を穿つ槍と、黄金のオムライス――放浪の戦術師とポンコツ戦闘メイド――
メゾン・ド・バレット~戦う乙女と秘密の護衛生活~
軌道エレベーターの管理人たち〜地上コンシェルジュは、宇宙(そら)の英雄に恋をする
スローライフを目指したい鈍感勇者のラブコメは、天《災》賢者の意のままに!!〜システィナ様の暴走ラブコメ劇場〜
桃太郎伝 ~追放された元神は、きびだんごの絆で鬼を討子、愛しき仲間たちと世界を救う~
異世界グルメ革命! ~魔力ゼロの聖女が、通販チートでB級グルメを振る舞ったら、王宮も民もメロメロになりました~(週間ランクイン)
時間貸し『ダンジョン』経営奮闘記
【ライトミステリー?】没落お嬢様の路地裏探偵事務所~「お嬢様、危険です!」過保護なメイドと学者と妖精に囲まれて、共感力と絆で紡ぐ、ほのぼの事件簿
ニャンてこった!異世界転生した元猫の私が世界を救う最強魔法使いに?
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ