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第十二話:土の城壁、エレクトの殉教(前編)

 東方領、土の迷宮城塞。


 伝令の魔導通信は途切れ途切れだった。


「——王都アグニカ、陥落。国王陛下、崩御。王弟殿下が新王を宣言——」


 通信が途絶えた。指揮所の魔導石が割れ、沈黙が落ちる。


 石造りの卓の前に立つエレクトは、しばらく動かなかった。


 22歳の王女。短く切り揃えた茶色の髪、日焼けした肌、母ガイアリスから受け継いだ琥珀の瞳。王家の姫の中ではゼニス王子と肩を並べる最強格であり、東方領の守護を任されてから2年、この城塞を鉄壁に鍛え上げてきた女だ。


 父が、死んだ。


 その事実を飲み込むのに、3回の呼吸が必要だった。4回目で拳を握り、5回目で目を閉じた。


 意識を研ぎ澄ませる。王族の血に流れる感知能力を、限界まで広げた。


 ——ゼニス兄様の気配が、ない。


 南方に向けた感覚の糸が、何も掴まずに戻ってくる。あの圧倒的な風の魔力が消えている。


 ——ミラ姉様も。


 王都の方角。闇の気配が歪んでいる。ヴァルキリアのものらしき闇は残っているが、ミラ姉様の繊細な防御の波動が見つからない。


 エレクトは奥歯を噛みしめた。2人とも、逝ったのだ。


 だが——別の気配は、ある。小さく、頼りなく、けれど確かに脈打っている命の灯。レヴィア。アクア。ルーナ。セフィラ。ちっこいのたちは、生きている。


 エレクトは目を開けた。


「……ガイア」


 指揮所の壁際に立っていた巨躯の青年が一歩前に出た。


 ガイア。24歳。エレクトの幼馴染にして近衛。短く刈り込んだ茶髪と、すでに貫禄のある無精髭。エレクトと共にこの城塞を守ってきた男だ。


「城塞の全防壁を戦時配置に切り替えろ。迷宮路の罠もすべて起動。——来るぞ」

「しょ、承知いたしました。一体何が起きているのでしょうか!?」

「わからぬ。だが、ゼニス兄様が殺された。ミラ姉様も。——次はあたしだ。あの叔父は分かってる。あたしを放っておいたら、いずれ最大の脅威になる」


 指揮所の隅で、12歳のテラが椅子に座っていた。父王崩御の通信を、この少女も聞いていた。栗色の髪——母ガイアリスと同じ色——が俯いた顔を隠している。小さな肩が微かに震えていたが、声は出さなかった。母を喪った夜から、テラは泣き方を忘れたかのように静かだった。


 エレクトがテラの前にしゃがみ込んだ。


「テラ」

「……聞こえてた。ゼニス兄様も、ミラ姉様も」

「ああ。——なら分かるな。ここも安全じゃなくなる」


 テラが顔を上げた。目は赤かったが、涙は流れていなかった。


「姉様は、戦うの?」

「当たり前だろ」


 エレクトは不敵に笑った。


「あんたの姉ちゃんは世界一強いんだ。ゼニス兄様と同格ってのは伊達じゃないよ」



 ◇◆◇◆◇


 伝令から4時間後。斥候の報告が飛び込んだ。


「東方街道に王弟軍の旗! 半竜人化した竜騎兵を主力とした大部隊——推定800! 六征竜の旗印を確認!」


 エレクトは腕を組み、ガイアに向かって笑った。


「800か。——だが、考えてみな」


 ガイアが振り返る。


「王弟の本命はゼニス兄様とミラ姉様だった。あの2人を確実に殺すために、南方の陽動と王宮深部の罠を仕掛けた。あたしへの討伐隊は保険だよ。800は多く見えるが、六征竜を2人回してきたのはゼニス兄様を仕留めた余剰戦力の転用。つまり——あたし単体への作戦としては詰めが甘い」


 ガイアが目を見開いた。「勝機がある、と?」


「勝つのは無理だ。だが時間を稼ぐだけなら——あいつらはあたし一人を想定した布陣を組んでいない。迷宮路で200を削り、城門で足止めすれば、テラを逃がす時間は作れる」


 エレクトは卓の地図を一瞥し、決断した。


「ガイア。お前はテラを連れて地下聖域へ行け。最深部に母様が遺した土の結界がある。あそこなら数日は持つ」


 ガイアの目が見開かれた。


「エレクト様——」

「あたしは最終城門で止める。一人で」

「一人でなど——」

「ガイア。何度も言わせるな」


 粗野な口調が消え、母に似た穏やかな響きが滲んだ。


「あんたにしか頼めない。テラを、頼む。あの子が大人になるまで、あの子の盾でいてくれ」


 ガイアの拳が震えた。唇を噛み、血が滲む。22年の付き合いだ。この女がこの声を出す時、もう覆らないと知っている。


「……必ず。お守りします」

「命に代えなくていい。生きて守れ。——死んだら誰がテラを守るんだよ」


 エレクトはテラの前に立った。


「テラ。ガイアと一緒に行きな」

「……姉様は」

「後片付けしてくるよ。すぐ追いつく」


 嘘だった。2人とも分かっていた。


 テラの手が姉の裾を握りしめた。エレクトはその指をそっと外した。一本ずつ、丁寧に。最後の一本を外す時、エレクトの指先がほんの一瞬だけ震えた。それを見ていたのはガイアだけだった。


 エレクトはテラの頭をぽんと叩いた。いつもの乱暴な撫で方。でも今日だけは、手のひらが少しだけ長く留まった。


「——行け」


 ガイアがテラの手を取り、地下への通路に踏み出した。テラは振り返らなかった。振り返ったら、動けなくなると分かっていたから。


 エレクトは妹の栗色の髪が闇に溶けて見えなくなるまで見送った。それから大きく息を吐き、目尻を手の甲で一度だけ拭った。


「——さて。あたし一人の城塞戦だ」





 最終城門。高さ10メートルの石壁。迷宮路の罠が200を削り、残る600が地鳴りを立てて迫ってくる。


 エレクトは門の前に一人で立った。


 門の向こう、竜騎兵の先頭に石の重鎧を纏った巨影——アイアン・ウォール。ゼニスを討ったばかりの六征竜。そしてその背後の霧の中に水色の長髪——ミスト・マキナ。2人とも転戦してきていた。


「ゼニス兄様の仇が2人揃いで来るとはね。——あたしのことも相当警戒してるじゃないか」


 門が破られた。半竜人化した竜騎兵が雪崩れ込む。


 エレクトが踏み込んだ。拳が地面を叩き、衝撃波が通路を駆け抜ける。先頭の10騎がまとめて吹き飛び、石畳が隆起して壁になり後続を遮断した。


「土の属性の真価、見せてやるよ!」


 22歳の王女が、城塞そのものになった。拳の一振りで地形を変え、足の踏み込みで石壁を生み出す。ゼニスと肩を並べる戦闘力は伊達ではなかった。


 だが、数の暴力は残酷だ。倒しても途切れない竜騎兵たち。ミスト・マキナの水流が足場を崩し、アイアン・ウォールの石槌がエレクトの壁を一撃で粉砕していく。



 魔力の底が見え始めたのがわかる。

 エレクトは足を止めた。深く息を吸い、大地そのものから土の魔力を全身に吸い上げる。


 禁術。母ガイアリスが語ってくれた、土属性の最終奥義。「生ける城壁」。自らの肉体をマナの核とし、身体を石に変えて永久の壁となる。一度発動すれば——二度と人には戻れない。


 テラの顔が浮かんだ。レヴィア、アクア、ルーナ、セフィラの気配が、まだ遠くで脈打っている。


 ——あの子たちが生きてる。それが分かるから、壁になれる。


「悪いな、テラ。ただいまって言えなくて」


 拳を地面に突き立てた。


 土のマナが足元から全身へ広がり始めた。肌が灰色に変わり、重厚な石へと変質していく。骨が石に置き換わる激痛。筋肉が岩に固まる灼熱。エレクトは叫ばなかった。


 魔導槍が数十本同時に放たれ——弾かれた。


 アイアン・ウォールの石槌がエレクトの胴体に叩きつけられ——エレクトは、立っていた。


 石化が胸に達した。心臓が石に変わる前に、最後の魔力を声に変えた。


 これが最期の念話だ。


「——ちっこいの達。聞こえるかい」


 地下水路の闇の中、レヴィアの頭に声が響いた。粗野で、不敵で、けれどどこか優しい姉の声。


「ゼニス兄様とミラ姉様はもういない。あたしも、もうすぐだ」


 声が揺れなかった。痛みに耐えているはずなのに、いつもと同じ調子だった。


「——だけど、あんたたちは生きてる。ちゃんと感じてるよ。レヴィア。アクア。ルーナ。セフィラ。4人とも、ちゃんと生きてる」


 ノイズが混じり始めた。石化が喉に迫っている。


「それが分かるから——安心して壁になれる」


 レヴィアの目から涙が溢れた。


「生き延びな。急がなくていい。だけどいつか必ず——取り戻しな」


 声がかすれた。最後の一言だけが、不思議なほど澄んでいた。


「姉ちゃんはここで、ずっと見てるから」


 念話が途絶えた。





 石化が唇を塞ぎ、琥珀の瞳が石に変わった。


 城門の通路に、巨大な石像が立っていた。両腕を広げ、通路を完全に塞ぐ姿。その顔には——不敵な笑みが刻まれていた。


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