7話 ハリーの探索観ようぜ
「2体目ゴブリンのお出ましだぞ」
「頑張ってフロア2に進んでほしいね、じゃないと僕のチョコがゼルに取られちゃう」
「だから、それは元々俺のだ」
〈賭けなんて不謹慎だ〉
〈家の前にスライムがいる助けて〉
〈ハリー危ない!〉
――――
ゴブリンがハリーに飛びかかった。
ハリーが攻撃を躱す。先ほどよりも落ち着いて対処できている。
横薙ぎの一閃を紙一重で外し、踏み込みの勢いを殺さずに回り込む。視界の端で、緑色の腕の軌道を正確に捉えることができていた。さっきまでのように、ただ反射で動いているわけではない。呼吸を整え、相手の足運びを見る余裕がある。
『遅い』
短く吐き捨て、体重を乗せて、握った石を叩き込む。
鈍い衝撃。
ゴブリンの体勢が崩れる。
追撃。躊躇しない。膝を入れ、もう一歩踏み出す。一撃、二撃。
ゴブリンは地面を転がり、やがて光の粒となり、一粒の光る石を残して消えた
【ゴブリンを倒しました】
ウィンドウが淡く瞬く。配信のコメントが嵐のように流れていく。
⦅2体目撃破!!!!⦆
⦅やばいやばいやばい⦆
⦅すげえええ⦆
⦅その石何⦆
⦅おめでとう!!⦆
ハリーは大きく息を吐いた。胸が焼けるように熱い。だが、恐怖で手が震えることはもうない。
――俺はこんな世界になっても生き残れる。
そう確信した。
――――
「おー、上出来上出来。いいじゃん」
ゼルがぱちぱちと手を打ち鳴らす。
画面の中でハリーは遭遇する魔物を次々と倒しつつ、ダンジョンの奥へ奥へと進んでいく。
――――
ハリーは立ち止まって木の幹に手をつき、ゆっくりと顔を上げた。額に浮かぶ汗が頬を伝う。腕は震え、脚も限界に近い。それでも、目だけは死んでいなかった。
握った拳には血が滲んでいる。戦いの途中で石はどこかにいってしまった。自らの拳で、ここまで来た。
地面には、倒したゴブリンの残骸。溶け崩れたスライムの跡。やがて光となって消えた。ここまで来る間に、確実に前へ進んできた証。
視界にウィンドウが浮かぶ。
【レベルアップ 3 → 4】
全身に熱が走る。
【HP最大値】133 → 149
【STR】12 → 13
【DEX】14 → 15
【VIT】11 → 12
【スキル獲得 打撃Lv1】
拳を握る。
動きがわかる。どう打てば威力が乗るか、身体が理解している。
『……やってやる』
その呟きは、自分を鼓舞するためのものだった。
――――
「お、レベル4になったな」
ミロはコーラを揺らしながら頷く。
「称号補正で成長が少し早い。悪くない個体だよ」
空中ウィンドウのコメント欄は凄まじい速度で流れていた。
〈うおおおレベル4!〉
〈最初の探索者つよ〉
〈解説助かるかも〉
――――
草木の奥に、蔦に覆われた重い扉があった。
空気が違う。ハリーはそれを感じていた。
『おそらく……ボス、だな』
喉が鳴る。
恐怖はある。だが、退く理由はない。
世界で最初にダンジョンへ踏み込んだ人間。
その事実が、彼を前へ押す。
『行くか』
扉を押す。軋む音。
広い空間。
そして、中央に立つ、ひときわ大きな影。
――――
【ゴブリンリーダー】
HP:130
STR:17
DEX:18
AGI:18
スキル:短剣術Lv2
ゼルとミロの前にウィンドウが浮かんだ。ゼルが眉を上げる。
「STA17。力負けてるぞ、これ」
「Lv2の短剣術も持ってるし、レベル4で正面突破は厳しい。被弾前提になるね」
「フロア1のボスにしては強くしすぎたか?」
ミロはハリーのステータスと見比べながら、冷静に分析する。その言葉にコメント欄がざわつく。
〈無理ゲーか〉
〈ハリー逃げろ!〉
〈いけるいける!〉
――――
ハリーは拳を構えた。
『来い』
瞬間、ゴブリンリーダーが短剣を振りかぶる。
それは今までハリーが戦ってきたどの魔物よりも速かった。
次の瞬間、衝撃。
HP96 → 63
ハリーの身体がよろめく。
『……速い……!』
振り向いたときには二撃目。
HP63 → 41
地面を蹴り、体勢を保つ。
――――
ゼルが前のめりになる。
「おいおいおい」
ミロが呟く。
「視認できてない。この人間のAGIが高くても、視界が追いついてないんだね」
――――
ハリーは歯を食いしばる。
一歩、踏み込む。
打撃Lv1。拳が唸る。
鈍い衝撃。ゴブリンリーダーが一歩下がった。
《当たった!》
《いける!》
だがリーダーは余裕を崩さない。
短剣が閃く。
咄嗟にハリーは左に飛んだ。
⦅躱したぞ!!⦆
だがリーダーは刃を返し、続けての一撃がハリーを襲う。
HP41 → 19
ハリーの呼吸が乱れる。脇腹から血が流れ、視界が揺れる。
『まだだ……!』
全身の力を振り絞り、拳を叩き込む。
――――
【ゴブリンリーダー HP98 →63】
ゼルが笑う。
「やるじゃん」
ミロは首を振る。
「でもまだ差は大きいよ。人間のHPは残り19しかない」
――――
ゴブリンリーダーが少し距離を取り、そして一直線に踏み込む。
避けられない。短剣がハリーの胸を掠めた。
HP19 → 2
コメント欄が悲鳴で埋まる。
⦅うわぁぁぁ!!⦆
⦅まってysばい⦆
《終わった》
《HP2!?》
《無理無理無理》
ハリーはかろうじて立っている。奇跡のように。
リーダーがとどめを刺しに来る。
突進。
衝撃。
HP2 → 0
ハリーの世界が白く弾ける。
⦅え⦆
⦅0⦆
⦅え⦆
⦅まって⦆
終わったかと思われた、そのとき。
【スキル獲得 根性Lv1】
【致死ダメージをHP1で耐えました】
HP1
――――
ゼルが立ち上がる。
「おおおお!!」
ミロの目が丸くなる。
「発現型スキル……」
――――
コメントが爆発する。
《耐えたあああ》
《主人公かよ!!》
《いけるぞ!!》
ハリーは血と汗にまみれながら笑う。
『……まだ、負けてない……!!』
だがHPは1。
次くらったら終わる。
ゴブリンリーダーが慎重に近づく。
今度は確実に。
――――
ゼルが呟く。
「ワンチャンあるか?」
ミロはふっと笑って、静かに答える。
「さあね」
――――
ハリーは血だらけの顔でニッと笑って、拳を上げる。
震えている。それでも下げない。
『来いよ』
掠れた、静かな声。
リーダーが踏み込む。
速い。
ハリーも拳を振る。
短剣が振り下ろされる。
ハリーの拳がリーダーの身体を捉え……




