6話 予想外のアップデート
優先観測対象登録。
そのログが静かに確定した後。
展望ラウンジでは、ゼルがピザの耳をかじっていた。
「いやー、初日から当たり引いたな」
「7名。人数的にも悪くないね」
ミロがウィンドウを並べ替える。
地上ではまだ混乱が続いている。
だが、パニックは徐々に適応する方向へ変わりつつあった。
戦う者。
逃げる者。
隠れる者。
ステータスを理解し始める者。
〈助けろって言ってんだろ〉
〈英雄ってマジ?〉
〈選ばれたのか?〉
「俺たちのおもちゃになっただけだぞ」
ゼルがポテチを摘む。
「おもちゃとか言わないの」
その時――
『おつー!』
高い声がゼルとミロの頭の中に響いた。
「なんだよ、今ひと仕事終わってのんびりしてるとこなんだけど」
〈?〉
〈誰と喋ってる〉
〈え、何〉
〈聞こえないんだが〉
〈バグ?〉
「ゼル、一応上司だよ」
『一応って何よ、あんたの方が失礼じゃないのよ』
〈は???〉
〈会話してる?〉
〈音声乗ってないぞ〉
〈こえーよ〉
ゼルが面倒そうに頭を掻く。
『まあいいわ。あのね』
ミロが一瞬だけ姿勢を正す。
『ガイアちゃんが早くダンジョン配信観たいって言ってるの。わかるわよね?』
ゼルの目が見開かれる。
「えー、まじか!」
〈何が?〉
〈説明しろ〉
〈会話聞かせろ〉
「俺ガイアちゃんさんと気ぃ合うかも」
「軽いね」
ミロが淡々と返す。
「混乱を減らすために、初期段階では配信機能は制限予定だったんだけど」
『すぐやってね! よろー』
「は?」
〈は?って何〉
〈誰なんだよ〉
〈怖い怖い怖い〉
ノイズが消え、圧が抜ける。
ゼルとミロが同時にため息を吐いた。
「……理不尽」
「上位存在だからね」
「こんなクソ上司いるのかよ」
〈だから誰と喋ってたんだよ〉
〈上司ってもしかして魔王とか?〉
〈説明してよ〉
〈聞こえないのやめろ〉
ミロが空中に新たなウィンドウを展開する。
【追加機能:未解放】
ゼルが横目で見る。
「三日後予定だったよな」
「うん。社会崩壊率を下げるため」
「でも上司命令」
「……やるしかないね」
ゼルが立ち上がり、指を鳴らす。
世界規模システムに干渉。
【ダンジョン探索中 自動配信機能 解放】
【任意配信モード 解放】
地上。
全人類のステータス画面に新項目が追加される。
【配信機能が開放されました】
世界がざわめく。
〈は???〉
〈配信?〉
〈命かかってんだぞ〉
〈やるやついるのか?〉
ゼルが視聴者に向かって笑う。
「ってことで、ダンジョン配信機能解放したぞー。お前ら楽しめよ」
〈楽しめるか〉
〈でも観たい〉
〈リアルダンジョン配信じゃん〉
〈もうやってるやついる?〉
〈スパチャ機能ある?〉
「いまのとこスパチャはない」
「でも視聴数は記録されるよ」
「ランキングとか作るか?」
「いずれね」
ミロが新規通知を確認する。
「あ」
「なに」
「もう配信開始してる個体いる」
「は?」
「ダンジョン突入済み。自動配信オン」
ゼルが飛び起きる。
「まじ!? 早すぎだろ!」
ウィンドウ拡大。
暗い地下階段。
荒い呼吸。
だが足は止まらない。
【US-88211437 配信中】
「AGI型の個体だね」
「行動力たけーな」
さらに通知。
【CN-99114421 任意配信開始】
「うわ、もう増えてる」
ゼルが身を乗り出す。
「このUSのやつ観よーぜ」
コメントが加速する。
〈始まった〉
〈マジで実況だ〉
〈これもし死んだらどうなるんだ〉
【US-88211437】
名前表示が確定する。
【ハリー・ウォーカー】
ゼルが目を細める。
「ほう」
ステータス展開。
――――
【名前】ハリー・ウォーカー
【種族】人間
【レベル】1
【HP】103
【MP】24
【STR】11
【DEX】13
【VIT】10
【INT】9
【AGI】19
【LUK】8
【スキル】なし
【称号】最初の探索者
――――
「称号持ちだね。効果は“獲得経験値10%増”」
ミロが分析する。
「世界で最初にダンジョンへ侵入した個体みたいだよ」
ゼルが吹き出す。
「フットワーク軽すぎだろ」
〈誰〉
〈もう入ってんのかよ〉
〈頭おかしい〉
〈速い〉
画面の中。
ハリーが息を整えながら笑う。
『……マジかよ』
震えている。
だが目は死んでいない。
『これ……マジでゲームじゃねぇのか』
ダンジョンの中は緑が溢れ、風が草木を揺らしながら通り抜けていく。
コメントが爆発する。
《聞こえてるぞ》
《戻れ》
《死ぬぞ》
「うん、ちゃんとアメリカのダンジョンは広域型フィールドダンジョンになってるね」
「たりめーだろ。俺はちゃんと設計したぞ」
ハリーは表示されたステータスを確認する。
『AGI……が一番高いな』
足を軽く踏み出す。
――速い。
身体が自分の想定より前に出る。
『……は?』
「適応が速いね」
「初めてにしちゃ身体制御うまいな」
ゼルが前のめりになる。
草むらの奥。
影が揺れる。小柄な緑の影。ゴブリン。
『……来た』
ハリーが一瞬だけ息を止める。
ゴブリンが飛びかかる。
だが。
ハリーの身体は反射的に横へ流れる。
――残像。
爪が空を切る。風圧が髪を揺らした。
『うわっ……速っ』
「回避成功したな」
「AGI特化は初動が強いんだよね」
ゼルがニヤニヤする。
ハリーが近くの大きめの石を掴んだ。
背後へ回り込む。
躊躇い、0.5秒。
手の中の石を振り下ろす。鈍い音がした。
ゴブリンが怒って手足をめちゃくちゃに振り回し、ハリーの頬に赤い血が流れる。
『うおおおおお』
ハリーはがむしゃらに石を二度、三度と連続して振り下ろした。
ゴブリンが崩れ落ちる。やがて体の端からキラキラと光が舞い、風に流されて消えていく。後には一粒の光る石。
静寂。
『……やった?』
ステータスが光る。
【ゴブリンを倒しました】
【レベルアップ 1→2】
経験値バーが通常よりわずかに多く伸びる。
「うん、ちゃんと10%ボーナス反映されてるね」
「最初の探索者、地味に良いよな」
ハリーは荒い息を吐き、壁に手をつく。
『やば……マジで倒した』
ハリーの配信のコメント欄は完全に熱狂状態。
《うおおおお》
《初キルおめでとおおおおおお》
《伝説始まった》
《死ぬなよ》
ゼルが笑う。
「盛り上がってきたな」
「視聴数、急増中だよ」
ミロが淡々と告げる。
ハリーは拳を握る。
『……いけるかもしれねぇ』
恐怖は消えていない。
だが、興奮が上回り始めている。
それを、上空から二人が眺める。
「こうやって一人目が出ると」
「模倣が始まるんだよな」
通知が鳴る。
【配信開始個体 新着9件】
「ほらな」
「ガイアちゃんさんも喜びそう」
ゼルがソファに沈みながら笑う。
画面の中で、ハリーが奥へ進む。
暗闇の先。
さらに深い場所。
未知。危険。可能性。
「こいつ、どこまで行くと思う?」
「初日でフロア2に到達できたら上出来」
「賭ける?」
「いいよ、じゃあ僕は“フロア2に到達する”にこのチョコ賭けるね」
「それ俺が創ったやつ!」
「ちっ、だめか」
地球ではまだ悲鳴が響いている。
だが同時に。
世界初のダンジョン配信者――ハリーが、新しい時代の象徴になろうとしていた。
ハリーが次のゴブリンに遭遇した。
ゼルがニヤッと笑って呟く。
「面白くなってきたな」
ミロが小さく頷いた。
「うん。本番はここからだよね」




