4話 面白そうな個体みーっけ
世界が割れた直後。
地上では、悲鳴とサイレンと混乱が渦巻いている。
――その全てを、上空、成層圏より遥か高みで、俯瞰している存在がいた。
「ふぃー、とりあえずひと仕事終わったな」
ゼルは虚空に仰向けになり、腕をぶらぶらさせた。
その足元では、青い星がゆっくりと回っている。
「ステータス実装、ダンジョン配置、モンスター初期解放。想定誤差0.28%」
ミロが淡々と報告する。
「優秀優秀」
「君もね」
しばし、二人は無言で地球を眺めた。
都市部の一角で、最初のゴブリンが倒れる。
別の場所で、人が逃げ遅れる。
感情波形が、まるで星雲のように揺れていた。
「問題ないな。んじゃ、休憩すっか」
「うん。僕たちの空間、適当に創ろうか」
「だなー」
ゼルが指を鳴らす。
虚空が四角く切り取られる。
そこに床が敷かれ、壁が生え、天井が閉じる。
「……なんか、殺風景だな」
「ゼルのセンスだからね」
「うるせ」
ミロが軽く手を振る。
木目調のフローリング。
巨大なソファ。
ガラス張りの壁。
その向こうには、地球全景。
「展望ラウンジ風にしといた」
「おー、いいじゃん」
ゼルがさらに指を弾く。
テーブルの上にピザ。
コーラ。
ポテトチップス。
チョコ。
見覚えのある地球ブランドのロゴ。
「地球文化取り入れてくスタイル」
「経費で落ちるの?」
「創造だからタダ」
「便利だね」
二人はソファに沈み込む。
「毎回思うけど、創造って雑にやると芸術になるよな」
「君はだいたい雑なんだよ」
「否定できん」
「よいしょ」
ゼルがピザを一切れ持ち上げながら言う。
「せっかくだしさ、配信する?」
「言うと思った」
ミロは軽く息を吐き、空中に魔法陣を描く。
ステータス表示と同系統のUI。
全人類の視界に干渉可能な設計。
だが今回は双方向。
観測と発信を同時に行う“窓”。
光の粒子が組み上がり、フレームが確定する。
【全人類観測・発信システム 構築完了】
無数のウィンドウが展開。
泣く者。
戦う者。
呆然とする者。
「阿鼻叫喚だな」
「地球の人類、感情豊かだよね」
「そこがいいんだろ」
ゼルが笑う。
「僕らの配信名どうする?」
ミロが尋ねると、ゼルが真顔になる。
「“超絶魔人ゼル&ミロ様の華麗なるダンジョン運営日誌”」
「却下」
「“ルクシオン公式”」
「堅くない?」
「……じゃあお前考えろよ」
ミロがため息をつき、数秒考える。
「“ダンジョンの裏側”」
「……地味じゃね?」
「分かりやすさ優先」
「まあいいか」
配信、開始。
全人類の視界の端に、半透明の窓が開く。
そこに、ソファに座る二人の青年。
ゼルが手を振る。
『どーもどーも、さっきぶり』
一瞬の沈黙。
そして――
コメントが爆発する。
〈は????〉
〈コメントできる〉
〈また出た〉
〈助けろ〉
〈説明しろ〉
〈ピザ食ってんじゃねえ〉
〈ふざけんな〉
「いやー、反応いいね。元気元気」
「パニック指数、想定より高めだね」
「エンタメ的には上々」
「ゼル」
「はい」
ゼルは一度咳払いをする。
「始まったなー“ダンジョンの裏側”」
〈裏側って何〉
〈お前らのせいだろ〉
〈ダンジョン消せ〉
「消さねーよ、俺らも仕事だもん」
「正直だね」
〈ふざけんな〉
〈ゴブリンいるんだが!?〉
〈助けろ〉
〈ステータスどう使うの〉
〈なんで配信してんだ〉
〈お前らが原因だろ〉
〈LUKって何?〉
〈これ夢だよな?〉
「んー、今はちょうどダンジョン初日でバタついてるな」
「補足。現在の死亡率は0.0002%。想定範囲内だね」
「ミロお前それ今言う?」
「今日はさー、軽く人類観察回な」
〈やめろ〉
〈実況すんな〉
〈神様助けて〉
「それ俺らじゃない。俺らは魔人な、魔人」
ゼルが笑いながらウィンドウをスワイプする。
「適当にステータスでも覗いてみるかー」
【個体番号:IN-00492191】
【STR】6
【DEX】7
【VIT】5
【INT】8
【AGI】6
【LUK】4
「地味ー。子供かも」
次。
【個体番号:US-88211437】
【STR】18
【VIT】15
「お、戦闘型。軍人か?」
「でも突出ではないね」
次。
ゼルの指が止まる。
「ん?」
【個体番号:JP-01234567】
【STR】9
【DEX】11
【VIT】10
【INT】10
【AGI】12
【LUK】27
【スキル】なし
【称号】なし
「おい」
ゼルが前のめりになる。
「LUKたっかい個体いるわ、ミロ見てー!」
「お、ほんとだね」
ミロが画面を拡大する。
「面白そうな子だね」
〈LUKって平均何だよ〉
〈当たり枠?〉
〈運ゲーかよ〉
「運はね、地味に効くんだよ」
映像には、六畳一間で固まっている男がひとり。
その瞬間。
公園からゴブリンが投げた石が、偶然にも窓のサッシに当たって逸れる。
ゴブリンが一瞬だけ上を見上げるが、
別の悲鳴に反応して視線を逸らす。
男は気づかない。
だが確率は、ほんのわずかに歪んでいる。
「まだ自覚なし」
「こういうのが一番面白い」
ゼルがにやりと笑う。
「他の高ステータス個体も抽出してみる?」
「そーしよーぜ!抽出抽出ー」
世界規模スキャン。
七つのウィンドウが並ぶ。
【イーサン・クロス】
STR 29 / VIT 24
【イリーナ・モロゾワ】
INT 32
【李 偉】
AGI 30
【エライザ・スターリング】
MP 54
【九条 理央】
DEX 31
【コナー・ウォルシュ】
VIT 33
そして――
【佐藤 悠太】
LUK 27
まだ動いてはいない。
「面白そーじゃん!」
ゼルが指を鳴らす。
【優先観測対象:7名 登録】
〈選ばれし者?〉
〈英雄枠か〉
〈助けろよ〉
「助けないぞー?」
「僕らは観測者だからね」
地球ではまだ混乱が続く。
だが上空では、ピザの二枚目が創造され、良い匂いが漂っている。
ゼルが笑う。
『裏側配信、始まり始まりー』
そして物語は、本格的に動き出す。




