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第弐話 妙ちくりん姫こと妙蓮

 「さようでございます。七十二候、内、花部門。小暑()の三十三番目の蓮の花姫(かき)蓮花姫(はすはなひめ)。我が名は妙蓮(みょうれん)にございます。ご記憶のお留めくださり、有難く存じます」


 妙蓮は真っすぐに精霊帝の目を見つつそう応ずると、左足を深く引いて閉じられたままの扇を胸の前で掲げるようにして軽く視線を下げ、お辞儀をした。これが精霊界での最上級の『礼』なのだという。


 さて、誰もが奇異な者を見るような眼差しを向けるこの『妙ちくりん姫』という渾名を持つという花姫(かき)とは……一体どのような姫君なのだろうか? 


 先ずは声からいってみよう。高くも低くもない中間的な感じで、張りがあってよく通り、それでいてどこか艶のあるちょっと不思議な声色だ。微笑む朱の唇は大きくはないがやや肉厚でぽってりとしている。鼻はどちらかと言えば高い方で目鼻立ちはよく整っている。けれども、周りの姫たちの髪色が漆黒や紺、紅や緑等など……明度と彩度が高く鮮やかな色合いの髪色を持つ美姫ばかりなせいか、その艶やかな『鳩羽色』の髪はいやに浮いて見えた。ここ精霊界でも非常に珍しい髪色のようだ。


 しかし、特筆すべきは髪の色よりも瞳の方でなかろうか。丸みを帯びた大きな瞳は心持ち目尻が上がっており、どことなく勝気な印象を与える。鳩羽色の長い睫毛に囲まれた双眸は海の色を彷彿とさせる。一見すると青い瞳か、と素通りしそうになるが、次の瞬間は殆どの者が「あれ?」と二度見してしまうのだ。それは不思議な青色だった。そう、まるで陽の光線が幾筋も届く深海の一部分を氷の中に閉じ込めたかのような……ちょうど、脆玉石(ぜぎょくせき)、つまり宝石のユークレースに酷似していた。


 さてさて、ここで妙蓮本人のお言葉を拝借してみよう。



 「どこにいるか判別出来ないほど平凡だ」等、皆様はよく陰口を叩かれているようですが、それはただ単に周りが派手な()()にございましょう。よって、見方を変えたら精霊界唯一の髪色として逆に目立つ、とも言えるのではないでしょうか? 尚、言い方を変えれば、控えめで落ち着いた『地味な美人』となりましょう。大体において、精霊界も神界も()()()で飛びぬけた美形ばかりなのだから、たまには()()()()()がいても良いのではないでしょうか!? 


 との事だ。


 もう既に、読者様も薄っすらと察していらっしゃるだろう。何故彼女が『妙ちくりん姫』と呼ばれるのかを。


 ここ精霊界、その上位に存在する神界もそうであるが、()()と呼ばれる価値観の一つに【謙譲の美徳】というものがある。だから妙蓮のように誰かから何かを言われたとしてもそこは表立って反論したり、ましてや己の事を誇示したりするのは「野暮な事この上無し」とされていた。


 彼女は更にこう続ける。


「謙譲の美徳、それは人間界でもとある東洋の国でありましたね。私に言わせれば、陰口叩く方も果たして美徳と言えるでしょうか? それも、完全に影に徹底しているのではなく、本人に聞こえるように小声で言うなんて。それこそ()()というのではないでしょうか?」


 辺りに気まずい空気が漂うのは容易に想像がつく。


 読者様もお気づきの通り、精霊界で言うところの花姫(かき)と花の七十二候を司る花の姫を意味する。妙蓮は少暑の位三番目、蓮花朝開(はすのはなあさひらく)、即ち蓮の花を司る姫なのだ。通常、精霊界で生まれた者はそこで生涯を終える。但し、例外はあって。例えばかの精霊帝の義姉が四季を司る神の妻に抜擢、つまり精霊界から神界に大出世という事はごく稀にあるにはある。これもまた滅多に無い例だが、精霊界であまりに素行が悪いと人間界へ堕とされて徳の修行をやり直しさせられる事も、無くはない。更に、あまりに素行が悪すぎると後述するが冥界に堕とされたりする事もある。極めて異例の事だが。


 妙蓮は、人間界であまりにも不遇で若くして哀れな最期を迎えてまった為、気の毒に思った生死を司る仙女が死と再生を司る神に嘆願し、特別に精霊界に転生してきたらしい。ちょうど、当時の蓮花姫が愛でたく大地の精霊の一人との結婚が決まった為、後継者を花の精霊から相応しい者を選別する儀式を整えている最中だった。よって彼女がその地位に納まった、という経緯だ。何でも、泥の中から美しく清浄な花を咲かせる蓮華は、妙蓮の心根に完全に一致する、との事で神界で満場一致となったらしい。


 前世の全てを記憶したまま転生する運びとなった妙蓮は、


「せっかく人間よりも時の流れも寿命も気が遠くなるほど長い精霊界に生まれ変われたのだから、言いたい事は我慢しないで言うし、好きなようにする! 耐えても結果は期待したようになるとは限らないのだから。だからもう、我慢なんかしない!! 誰かに利用されるのも真っ平」


 そう決意したそうだ。


 そのような事から、当然不協和音の種となった妙蓮を周囲が不快……とまでは行かずとも、奇異な目で見てしまうのは仕方ないのかもしれない。


 あ! そうそう、説明が前後してしまって申し訳ない。こちらの世界観に触れておくと、人間で言うところの地獄と言われる場所は無間地獄、畜生道、餓鬼界と呼ばれる世界があり、そこをまとめて冥界と呼ばれている。その上に妖魔幽鬼界……俗に言う悪霊やら妖魔がいる時空があり、その上に人間界、その上に精霊界、最上が神界、という構造になっている。余談だが、所謂『かくり世』と言われる場所はここでは精霊界と神界の間に存在する。また、冥界、精霊界や神界の中でも階級や属性によって住む場所や時空が分かれていたりするのだが、物語が進むにつれて必要な時に触れていくとしよう。


 話を精霊帝の婚活事情へと戻そう。



 「では、約束通り妙蓮、そなたを私の唯一無二の最愛の妻として娶ろう!」



精霊帝はまさに蕩けるような笑みを妙蓮に向けるのだった。その甘やかな笑みに、妙蓮の卵色の肌が薄紅に染まる。はにかんだ笑みで応じた妙蓮。精霊帝はゆるりと立ち上がり、右手を妙蓮へと真っすぐに伸ばす。「傍に来い」というその合図に従い、妙蓮が一歩を踏み出したその時、


 「お待ち下さい! 納得行きませんわ!」


鈴を転がしたような美しい声が響き渡る。


「発言の許しも得ずに申し訳ございません、ですがあまりの出来事に緊急性感じた故お許しを」


 と続ける。紅牡丹の冠から、その声の主は穀雨()十八番、牡丹姫だろうと思われる。


 「私も納得行きません。妙蓮姉様なんかより私、立秋()三十九番睡蓮姫(すいれんひめ)の方が相応しいと思います!」


 更に、砂糖菓子のように甘くて可愛らしい声が続く。


 精霊帝のお后選びは一筋縄では行かなそうだ。けれども、妙蓮はまるで「望むところだ!」とでも言うように不敵な笑みを浮かべ、瞳をらんらんと輝かせていた。



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