第壱話 精霊帝の婚活事情
初めてその世界のその場所に足を踏み入れた者は、水琴窟のような声で鳴く色とりどりの輝き放ちつ蒼穹を飛び交う鳳凰に驚く事だろう。彼らは正真正銘息づいており、全て宝玉で出来ているのだから。更に甘い花の香、見渡す限り咲き誇る唐傘大の牡丹。その色は白と紅、取り分け空色の牡丹に惹き付けられる事は請け合いだ。耳をくすぐる心地よい風、妖精たちの楽しそうな笑い声が響き、近くを流れるであろう川のせせらぎが心を和ませる。その川は牡丹の花々で埋めつくされている為見えないが、不思議と何の不安も無い。金色と銀色の蝶に誘われて歩みを進めると、牡丹たちはその二匹の蝶に頷くようにして道を開けて行く。その大地は翡翠に覆われていたようだ。やがて、金剛石を中心にありとあらゆる宝玉で造られた豪華な建物が現れる。人間界で言うところの寝殿造に似た建物だ。
その日その時、ここ、人間界と天界の間に位置するここ精霊界では精霊の中で最高の美貌と聖なる力を持つ精霊帝の生誕祭が盛大に行われていた。この流れの中の一環で、お妃選びが行われる手筈が整えられており、美貌や才能に自身のある精霊乙女たちが「我こそは!」と、舞を披露していた。乙女たちが身にまとう羽衣は、まるで風に舞う色とりどりの花のようで見る者を楽しませている。余談だがその衣装の見た目は、人間界で言うところの奈良から平安時代初期に有位者女性が身につけていた朝服に似ているだろうか。どうやら宴の正装のようだ。
そのような中、とうのご本人である精霊帝は退屈そうにそれを眺めていた。緩かに波打つ白金色の髪が、この上なく端麗な顔により華やぎを添えている。暁の光で作られた衣装の輝きも、彼の美貌には霞んでしまう。その衣装の作りは、人間界で言われている「青色袍」に似ていた。
その彼はやおら何か閃いた様子で、長く繊細な白金色の睫毛に縁取られた矢車菊色の桃花眼を輝かせ後、声高々にこう宣言した。その声色もまた、聞く者全てを魅了する琵琶のよう……
「我の妃となりたいと言うなら、我が義姉上よりも容姿及び人柄、才能が同等もしくはそれらを凌駕すると思う者は名乗り出よ。その者を妻としよう、未来永劫唯一の伴侶としてここに宣言する!」
突如、場は水を打ったように静まり返る。今まで我こそはと自慢の舞を披露していた美姫たちは舞を止め、一斉に俯くと困惑したように口をつぐんだ。
それもその筈。この精霊帝の義姉と言う存在は、精霊帝の実母の再婚相手の娘であり、かつ人間界、精霊界の花々を統べる仙女で、その類まれなる美貌と才能から四季を司る神に見初められたとい彼女は精霊界は疎か神界でも異例の存在として君臨し続けているのだ。畏れ多過ぎて名乗りでる者など皆無である事は誰の目にも明らかだった。
賢明な読者様なら既にお察しの事だろう。そう、精霊帝自身、誰の事も娶るつもりは毛頭も無く、角が立たずに拒絶する為の方便の理屈だったのだ。
実は……この精霊帝と義姉とやらは元々は秘かに想い合っていた、という噂が水面下で静かに流れていたのだ。何故なら、この精霊帝のお后選びは今回で二十五回目の運びとなり、これまでどのような美姫が秋波を送っても彼の興味を惹く事はなかったからだ。その理由付けとして、その噂が妙にしっくりきた訳である。尤も、誰も実際に精霊帝と義姉の密やかな逢引きを目撃した者はおらず、その噂の真偽の程は不明ではあるのだが。
故に、この場にいる誰もがその意図を汲み取った。沈黙を保ったまま精霊帝がこの場をお開きにする指示を待つその時!
「この妙蓮、是非とも陛下の未来永劫唯一の妻になりとうございまする!!」
突如、場違いな程に勇ましくよく通る声が響いた。途端に場が騒めく。けれどもその声の主が勢いよく立ち上がったのを見るなり皆、精霊帝は即拒否の上断罪されるだろうと感じた。同時に乙女たちは一斉に、鳳凰で作られた扇を優雅に開き口元を扇で隠した。嘲笑を隠す為に。
その不調和な発言の主は、通称『妙ちくりん姫』と揶揄される変わり者だった。
しかし、予想に反してどういう訳か精霊帝の興味を惹いた様子でその形の良い唇を綻ばせているではないか。
「妙蓮とな? そなた、七十二候の……確か『小暑』位の三十三番目の花姫、蓮花姫だったな?」
あろう事か、愉快そうに破顔しているではないか! 青玉を思わせる矢車菊色の相貌は、優し気に細められ妙蓮と名乗る花姫ただ一人に向けられていた。




