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ほくと  作者: 柳瀬圭
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札幌は、一番うつくしい街だと思う。

東京都心のサラリーマンをしていると、自身の勤めるところも、訪問するところも、ガラス張りの高層ビルがひしめくところにある。

そこから、飛行機や列車に乗って、札幌駅に着き、札幌の街を歩くと、重厚な建物の並びと、広く真っ直ぐな道に心を奪われる。わけもなく、胸が熱くなり、視界がわずかに滲む。


今日はまだ10月だというのに、南口の駅前広場を抜ける間に風雨は次第に吹雪に変わり、折り畳み傘を持つ手が痛んだ。風に直接触れる耳も、濡れてぐずぐずになったスニーカーを運ぶ足も、厳しい寒さに音を上げている。

仕事で泊まるときはいつも駅前なのに、今回はオフの油断で大通西8丁目のホテルにしてしまったから、20分ほど歩かなければならない。「こんなに寒くなければ」とこぼしながら、道庁の赤れんがを薄目で拝んで、水たまりをじゃぶじゃぶ踏みつつ、大通公園までの道を急いだ。



札幌に来たのは、ひとに会うためだった。

先月まで携わっていたプロジェクトで、やりとりをしていたそのひとは、相手組織のチームリーダーであり、柔軟さと鋭さを併せ持って、僕とその上司を苦しめたり、安心させたりするひとだった。僕は若輩で、本来なら彼女とやりとりをする立場にないものの、上司の代わりに会議をまわさなければならない局面で、何度か彼女の厳しさとしなやかさに対峙することがあった。でも、その程度であったから、僕の異動を知ったその人から、

「こちらにいらっしゃることがあれば、是非飲みましょう」

というメールが来たときは、僕と酒席をともにしよう、と思ってもらえたことに驚いた。これまで、気安く話したことすらない。話題を紡げる自信もない。ただ、「ちょっとこの誘いは乗りたいぞ」という好奇心だけで、「来月札幌に行くので、そのときなど……」と返事をし、OKの連絡を待って札幌旅行の予定を組んだ。


北海道には、仕事で何度か来ている。仕事となると、時間短縮のためにパッと飛行機で飛んできて、電車と車で移動して、また飛んで帰って……と慌ただしい。今回は夜の会食のためだけに組んだ旅行だから、凝った行程表を組む必要はない。折角だからと、奮発して東京から函館北斗までは新幹線のグランクラスを予約した。はやぶさ5号は8時18分に東京駅を出発した。グランクラスアテンダントは、直ぐに僕にアルコールを選ばせ、リフレッシュメントを持ってきた。この車両では、朝だろうとアルコールを嗜むのが自然なようだ。白、赤と旅行サイズのワインボトルを空にしながら、これから会う人のことを考えた。


彼女は、相手組織のなかでも異質な雰囲気をまとっていた。彼女が口を開くと、場の空気がかわる。東京と札幌の両組織が言葉を交わすWeb会議は、誰もカメラをオンにしなかったから、頻繁に気まずい沈黙が流れた。そんななか、彼女が話し始めると、その語りで一気に会議は色づき、これまでと違ったリズムで流れ出す。必ずしも、僕らと彼女側の利害は一致しないから、相手を流す力のあるそのひとは、強敵と言ってしまえば強敵であった。「このひとは、違うな」という感覚は、畏れでもある。そのプロジェクトに着任したてのとき、僕はなるべく上司の後ろに隠れ、彼女との直接の会話を避けた。1年ほど経つと、互いの思想や組織の考えが見えてきて、怖じつつも、直接の会話ができるようになった。

丁度その頃、僕は「自分自身、どのような社会人であるべきか」に悩んでいた。僕の組織は、定期的な異動があり、「色々なことができる」ことを売りにしていた一方、異動の采配は組織が握っており、「これがやりたい」と何かを志して勉強したとしても、それがほとんど活かされない環境であった。それは、詳しくないことでも堂々と語れるタイプの社会人にはよかったのかもしれないが、僕にはその器用さがなく、口を開くたびに、ボロが出ないかと怯えるのが情けなかった。一方で、彼女の組織は専門家集団で、彼女自身最前線の人間であったから、僕の目には、その姿がより澄んで見えた。やはり、自分自身もっと堂々振る舞えるようになりたい、そのために勉強をし直したい、との思いが強まって、当時関わっていた全てのプロジェクトのキリの良いタイミングを狙い、休職、転職……の調整をつけ、今、有給休暇を消化するに至っている。


新幹線は、青函トンネルを讃えるアナウンスのあと地下に潜り、地上に戻って、新函館北斗で4時間ぶりに僕を降ろした。新函館北斗から、3時間半特急北斗にガタガタ揺られ、ようやく札幌に着いたと思ったら、生憎の悪天候である。アルコールでぼんやりしていた頭と身体は、一気に締め上げられた。こんなに濡れては、風邪もひきかねない。それでも、吹雪にかすむ札幌の街はうつくしかった。



ホテルに着いて、靴にドライヤーを突っ込んで乾かしたり、容姿を整えたり、近くのコンビニで手袋やポケットティッシュを買い足したりしている間に、気づけば約束まであと1時間、という時刻になっていた。ここから、店のあるすすきのまでは近い。少し風も弱まった。ホテルで借りた傘を広げて、ゆっくりと向かうことにした。

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