合い言葉の時は流れて
Ms. Kに捧ぐ。
「あんたにしか、頼めないから…。」
生涯独身の伯母・圭子の納骨を終えた。妹である母が先に逝ってしまったので、姪で唯一独身の私は、伯母亡き後のことを託されていた。七回忌が終わるまで、伯母の墓守をすること。そして、伯母の言う通りに墓石に刻銘すること。名前は決して刻まないで。そして…。
「分かる人にだけ分かればいいから…。お願いね。」
「あなたが、坂浦圭子さんですね?」
恐らく、圭子より若い。でも、恰幅の良い男性。いきなりの訪問に戸惑う。
「不躾にすみません。押川修一の弟、明彦です。」
「あぁ…、修一さんの…。」
「失礼は承知で、前置き抜きでお話します。坂浦さん、兄と別れてください。」
「はい?」
「これは、両親の意向でもあるんです。兄は実家の医院を継ぐ人です。開業医の妻になる人は、然るべき人でないと。…ご理解下さい。」
「然るべき人って…。」
「両親の“ご健在”な方、ということです。勿論、タダでとは言いません。」
と、明彦は厚みのある封筒を差し出した。
「片親だからって…、馬鹿にしないで下さいっ!」
圭子はその封筒を明彦に投げつけ、追い返した。
狭い玄関に崩れるように座り込んで、ただただ…声をあげずに、静かに泣いた。
「お父さんは…、ただ早くに亡くなっただけじゃない…。それの何が悪いの…。」
母によれば、修一という人は、この件で医院を継がずに他県の総合病院に行き、二度と戻って来なかったそうだ。納骨を終えた墓石を前にして、一途に独り身を通した伯母を、変な話だが褒めてあげたいと思った。
出来たばかりの霊園は寂しい。伯母の墓の左隣は、何も刻まれていない墓石のみ。まずは場所だけ確保、ということか。右隣はまだ誰もいない。孤高の才女だった伯母にふさわしい花を、墓前に供えた。伯母の愛した、深紅のバラ。
時は過ぎて。いまだ独身の私は、ひとり伯母の墓参り。深紅のバラを持って。さて帰ろう、としたその時。
“左隣の墓石って…?”
そこには“Tecum vivere amem”の刻銘。伯母の墓石には“, tecum obeam libens.”
“え…、まさか?”
墓石の刻銘は、誰かに向かっての“合い言葉”だったのだろうか…。
「分かる人に、届いたのね。おばちゃん。」
“あなたと共に生きたい、あなたと共に喜んで死にたい” -by Horace-.
了
手直しして、再度の挑戦です。ホラティウスの『詩集(Odes)』より引用致しました。
お読み頂き、有難うございました。




