第六話 この世界について
▪ ロゼックの部屋
葵が発掘されてから三日が経った。
ギルドでの測定以来、彼女の正体を知る者はロゼックとラストの二人だけ。
今、葵はロゼックの住む古いアパートの二階に身を寄せていた。
狭い部屋だが整理は行き届いている。
壁には地図と遺跡のスケッチ、そして錆びた歯車の標本。
窓の外では、遠くの工房から蒸気の音が聞こえる。
「部屋、狭いけど我慢しろよ。ベッドは一つしかないが、俺は床で寝る。」
「問題ない。眠る必要は……あまり感じない。」
「……あまり、ってなんだよ。」
ロゼックは呆れたように笑い、椅子に腰を下ろした。
葵は部屋の隅に置かれた古い機械時計をじっと見つめている。
▪ 世界の説明
「ロゼック。」
「ん?」
「この世界について、教えてくれ。」
ロゼックは煙草に火を点け、しばらく黙っていた。
葵が初めて自分から質問したのだ。
「……そうだな。お前が本当に“外の人間”なら、知らねぇのも当然か。」
彼は立ち上がり、壁の地図を指差した。
それは複数の国と海を描いた古い紙――だが地形のほとんどは灰色で塗りつぶされている。
「まず、ここは《イシュトリア王国》。
魔導技術と蒸気工学で成り立ってる国だ。
魔力を扱える奴は“魔導士”、扱えねぇ奴は労働階級。
俺は探索者――魔導士でも貴族でもねぇ、遺跡を掘って食ってる連中だ。」
「魔力が社会階層を分けているのか。」
「そういうこった。
魔力は生まれつき決まる。血筋で強さも変わる。
だから貴族は“魔力の濃い血”を守るために近親婚も多い。」
「遺伝的特性……まるで旧時代の“超能力研究”みたいだな。」
葵の目がわずかに光る。
「他には?」
「国の外は荒野だ。
戦争の跡、崩れた都市、魔物の巣。
昔は《連合都市圏》って呼ばれる文明があったらしいが、
千年前の“大崩壊”で全部消えた。
……あんたが見つかった《アーク・ドーム》は、その時代の遺構だ。」
「千年前……。」
葵は低く呟く。
その声には、データでは処理できない“実感”の揺らぎがあった。
▪ 魔導文明
ロゼックは机の上に置かれた魔導灯を指で弾いた。
青い光が柔らかく灯る。
「魔導機構ってのは、こうやって魔力を流して動かす。
エネルギーは“魔晶石”って鉱石から抽出される。
街の灯も、飛空艇も、全部この仕組みだ。」
「なるほど。
つまり、魔力は物理的エネルギーと情報の両方を兼ねる媒体……」
「おい、難しく言うな。
とにかく、“魔力がなきゃ何も動かねぇ”ってこった。」
葵は頷き、机の上の魔導灯を興味深そうに観察する。
指先でそっと触れると、灯の光が一瞬だけ明滅した。
「……魔導回路の構造が、旧時代の量子制御基盤に似てる。」
「なに?」
「いや、独り言。」
▪ 一夜の静寂
夜。
ロゼックはソファに毛布をかけ、横になっていた。
隣のベッドでは葵が静かに座っている。
「寝ねぇのか?」
「眠る行為の必要性が理解できない。」
「はは、理屈っぽい女だな。」
ロゼックは笑いながら天井を見上げた。
葵は窓の外の灯を眺めたまま、静かに口を開く。
「……ロゼック。」
「ん?」
「この世界、ずいぶん長く続いてるように見えるけど……
“魔法”が存在するのに、なぜ科学が発展していない?」
ロゼックは少し考え、呟く。
「便利すぎるんだよ、魔法ってやつは。
問題を考える前に“唱えれば済む”。
だから学ぶより信じる方が早い。
……人間の頭が、止まっちまったんだ。」
葵は静かに頷いた。
それは彼女の中に眠る“旧時代の記憶”――
文明の終焉を思い出させる言葉だった。
▪ ロゼックの独白
……この女は、ただの遺物じゃない。
過去の残骸でも、未来の亡霊でもない。
理屈の奥で、まだ人間を信じてる。
たぶん、
この世界を変えるのは、魔導士でも貴族でもない。
“理”を信じる人間だ。
俺はその夜、
久しぶりに夢を見た。
*
葵はギルドから借りた魔導書を机の上に広げた。
分厚い羊皮紙に、びっしりと魔導構文が書き連ねてある。
彼女は指先で一行をなぞり、眉を寄せた。
「……これはひどい。」
「どうした?」
「構文の意味を理解せずに暗記してる。
しかも同じ命令を無駄に繰り返してる。
まるで、初学者がコピペでコードを書いたみたいだ。」
ページの隅には、“第七系統火術式”と書かれている。
葵はわずかに呟く。
「Ignis.Execute();……クラス呼び出し構文そのまま。
でも、エラーハンドリングもメモリ制御もない。
――この時代の魔法理論、未熟にもほどがある。」
ロゼックは呆れたように肩をすくめた。
「難しいこと言うなよ。こっちは“動けばいい”で生きてんだ。」
葵は本を閉じ、静かに言った。
「千年経っているのに、構文体系は学生レベル。
クラス(魔法陣)の中身もブラックボックス化していて、
誰もそのアルゴリズムを理解していない。
……これは、学問じゃない。模倣だ。」
▪ 葵の推察
「じゃあ、お前から見て、この世界はどう見える?」
ロゼックの問いに、葵はしばらく沈黙したあと答えた。
「魔導文明は、かつて“旧時代”の科学技術が形を変えたものだと思う。」
「は?」
「千年前の崩壊で、科学は滅んだ。
けど、“現象を操作する仕組み”だけは残った。
それが魔法として再構築された。
人々は“便利なもの”として使い続け、理論は失われた。
――だから、今の魔導理論は“忘れられた技術の残響”。」
ロゼックは黙って聞いていた。
葵の声には静かな怒りがあった。
「この千年で、文明は発展したんじゃない。
ただ、滅び方を変えただけ。」
部屋の窓の外で、蒸気車の音が遠く響く。
その音は、かつて人類が築き、そして壊した機械文明の亡霊のように聞こえた。
▪ 一夜の静寂
夜。
ロゼックはソファに寝転び、葵は机の前に座っていた。
彼女は黙々と魔導書の構文を分解し、
ノートに数式のようなアルゴリズムを書き込んでいく。
ロゼックがぼそりと呟く。
「……なあ、そんなもんに意味あるのか?」
「ある。
“動かすこと”しか考えない文明は、また同じ滅び方をする。」
彼女の言葉は静かだが、確固たる信念があった。
▪ ロゼックの独白
……千年前に滅びたはずの文明が、
また同じ道を歩んでる。
それを最初に気づいたのが、皮肉にも“古代人”だなんてな。
だが――もし彼女が言う通り、
魔法が“再構築された科学”なら、
葵はその“根源”をもう一度見つけようとしている。
この街の歯車の音が、
ゆっくりと、まるで何かが再起動するように響いていた。
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