第十四話 帰還、評価アルゴリズム
午後のイシュトリアは、いつもより煙が多かった。
蒸気塔から立ち上る白い霧が街全体を包み、
真鍮と油の匂いが混じり合って鼻をつく。
ロゼックと葵は《ハンターズギルド》の重い扉を押し開けた。
中は喧噪と熱気の渦。
受付カウンターの前には、任務帰りの探索者たちが列をなし、
背中から伸びるパイプや銅製ボイラーが蒸気を吐いていた。
壁には依頼書がずらりと貼られ、
「魔獣討伐」「遺物回収」「輸送護衛」――どれも命懸けの仕事ばかりだ。
▪ 遺物の提出
「任務報告。《第七圧力炉跡》から遺物を回収。」
ロゼックが金属製のケースをカウンターに置いた。
ギルドの受付係――黒衣をまとった壮年の男が顔を上げる。
「ほう、《第七圧力炉》ねぇ。……また危ねぇ場所へ行ったな。」
男はケースを開け、内部の黒い金属板を取り出す。
焼け焦げた表面に、かすかな光を放つ文字列。
今の時代の魔導構文にはない――**“コード”**の刻印だった。
「これは……古代層の構文板か。珍しい。」
「動作は停止済みだ。分析には魔力封印を掛けてある。」
「上出来だ。……お前ら、本気でランク上げ狙ってるな。」
▪ ランクシステム
受付の後ろには、ギルドのランク表が掲げられていた。
FからSまで、七段階。
遺物の価値、依頼の難度、成果、信頼度――
全てをポイント換算してランクが決まる。
ロゼックは現在、Cランク探索者。
葵は、仮登録のFランク新人。
「遺物一件でCクラス相当。葵、お前の分は半分だから……銀貨八十枚。」
男が金属製のケースに硬貨を落とす。
小さな音が心地よく響いた。
葵は硬貨を一つ手に取り、じっと見つめる。
「……金属片が、価値を持つのね。」
「そりゃそうだろ。これで飯も装備も買える。
それに、ランクが上がれば依頼報酬も倍になる。」
「合理的ね。人間社会の“評価アルゴリズム”ってところか。」
「そう言われると嫌な響きだな……。」
▪ ギルドのざわめき
背後の酒場では、他の探索者たちが騒いでいた。
「また南の遺跡が落ちた」「帝都から新しい査察官が来る」――
蒸気と酒の匂いの中で、笑い声と怒鳴り声が交じり合う。
その中の一人が、葵を見て声を上げた。
「おいロゼック、その嬢ちゃん、新入りか? ずいぶん整ってんな。」
「お前のタイプじゃねぇよ。口説いたら死ぬぞ。」
「ははっ、冗談だ冗談!」
軽口が飛び交う中、葵は表情を変えなかった。
ただ静かに周囲を観察していた。
銅管から噴き出す蒸気。
腕に刻まれた魔導符。
義手に仕込まれた圧力弁――。
その全てを、解析の対象として見ていた。
[ANALYSIS MODULE: ACTIVE]
[COMPOSITE STRUCTURE: COPPER 64%, MANA SEAL 12%, CARBONIZED FIBER 24%]
「……この世界の技術体系、思ったよりも進んでる。」
小さく呟いた声は、誰にも聞こえなかった。
▪ ギルドマスターとの会話
作業を終えた葵とロゼックのもとに、
ギルドの奥から一人の男が現れた。
白髪混じりの大柄な男――ギルドマスター・グレン。
片目には黒い義眼が埋め込まれ、
そのレンズが葵をまっすぐ見据えていた。
「お前が噂の新人か。“魔力ゼロの探索者”ってやつ。」
「……そう呼ばれてるの?」
「ああ。魔導測定で“ゼロ”を叩き出した奴なんて、前代未聞だ。」
グレンは笑いながら、報告書を受け取る。
「だが実績は本物だ。《第七圧力炉跡》から遺物を持ち帰ったのは十年ぶりだ。」
「次の依頼、受けてもいい?」
「お前らならBランク昇格も視野だ。だが焦るな。――今はまだ、“この世界”を知れ。」
その言葉に、葵はわずかに目を細めた。
まるで、記憶の奥に“別の世界”があることを思い出すように。
▪ 帰路 ― 蒸気の街にて
ギルドを出ると、外は夕焼けだった。
赤い光が蒸気の雲に溶け、街全体が橙に染まっている。
葵は歩きながら、手の中の銀貨を見つめていた。
蒸気の反射で、硬貨の表面が淡く光る。
「ロゼック。」
「ん?」
「人間は、“価値”を作るのが上手だな。」
「どういう意味だ?」
「ただの金属片を、努力の証に変える。
……それって、魔法よりすごいと思う。」
ロゼックは少し笑って、肩をすくめた。
「だったら、俺たちも稼がなきゃな。
次は遺物だけじゃなく――“生きて帰る”報酬を貰うんだ。」
夕陽の中で、葵の銀髪が金色に染まった。
蒸気の街に響く足音は、どこか確かなリズムを刻んでいた。




