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白茶

作者: 佐藤なの

独りで、砂浜にある大木に座って、静かな海を見ていた。

自分の目には海が、波が儚いものに見えるのだ。波は、「寄せては返す」と表現するように、こちらに来てはすぐ戻って行ってしまう。砂浜に少し文字を書いたとしても、その波がスッと消していってしまう。象徴とまではいかないけれど、見ていて飽きないものの一つだ。海を見るのも好きだし、海を見に来ている人たちを見るのも好きだ。砂浜付近を散歩している人、家族連れで遊びに来ている人、恋人と手をつなぎながら海を眺めている人。各々の楽しみ方が出来る、そんな海が好き、そんなことを話す相手は、元よりいないのだが。


「────────────!」


びっくりして、少し声が出てしまった気がする。海を眺めていた自分の眼前に、肩に付くか付かないかくらいの黒髪の少女が現れた。世ではこの髪型を「ボブ」と表現したりすると聞いたことがあるが、おそらくそれか、それに近い髪型だ。パッと見、10代~20代前半くらいに見えるが、まぁ歳は気にしないでおこう。なんて思考を巡らせているうちに、彼女からの声掛けに応えられていないことに気が付き、完全にOFFモードだったスイッチをONにして、急いで反応しようとした、その時だった。


「海、好きなの?いつもそこに座って海見てるよね?何時間も」


はて、どうして喋ったこともない少女に、自分の趣味がバレているんだ?というか、時間なんて一度も気にしたことがなかったけれど、何時間も海を見ているのか、自分は。この少女のおかげで、自分のある程度の異常さに気付いたのだが、問題はそこではない。この少女が自分に話しかけてきた目的についてだ。そりゃ、何時間も一人で海を眺めている人がいたら異常者だと思うのは当然のことだが、そんな奴に自分から近づこうとする方も異常者に近いだろう。自分だったらしない。「どうして?」と問いたかったが、自分が行動するより先に彼女の方から話してきた。どうして。


「良さを教えてほしいの、海の。みんな、聞いても「綺麗だから」とか、「砂浜で遊べるから」とか、そんなのばっかり。私には海の綺麗さが分かああいの。あなたは、どうしえ海が好きなの?」


ぼーっと話を聞いていたが、この少女はどうしてこんなにも海の良さを知りたいんだろうか。海が嫌いならそれでいい。嫌いなものは、無理矢理好きになる必要なんてないんだから。逆も然りだが。ただ、嫌いだからこそ、好きだという人の心理を知りたいものなのだろうか。自分には到底理解し得ない考えだが、この考え方で少女が行動しているのだとしたら、明らかに海が好きそうな自分に声を掛けるのも納得だ。ただし、自分の理由を少女に話して、深掘りされてしまったらどうしよう。そこまで語れるような熱量は持ち合わせていないし、でも、少女は回答を欲しがっている。上手い回答をしようと色々と考えたが、どうもそれは難しいように感じたから、一番手っ取り早いジェスチャーで伝えることにした。そう、波の。


「……波?」


分かってくれた。


「波が、好きなの?」


コクン、と頷く。

なんで自分は、こんなにも緊張しているのだろうか。


「……そんなこと言ったの、あなたが初めてよ」


今にも泣きそうな顔で見つめられている。波のジェスチャーが上手くいったことにほっとしていたこともあって、どうして彼女が泣きそうになっているのかが分からず、あたふたしてしまった。たまたまズボンのポケットに入っていたタオルハンカチを差し出す。自分には、これくらいしかすることが出来ないからだ。


「……私の、ちょっとした小話。聞いてくれる?」


突然放たれた彼女の言葉にびっくりしたが、大きく頷いて見せた。


「私、多分貴方や他の人と、見えている世界が違うの」


唖然とした。エピソードの話し始めにしては、随分とパンチが強い。でも、自分は何も反応せず、静かに彼女の話を聞くことにした。


「私の家、すぐそこでさ。家の窓ちょっおおおいたら海が見えるんだけど、ここの海、いつもたくさんの人がいるでしょう?ずっと、分ああああったの。みんな、何が良くて海に近づくんだろうって、おかしいって思ってた。でも、おあいいのは私だっあ」


実は、少女が何を言いたいのかがイマイチ分かっていなかったのだが、ようやく理解することが出来た。「見え方が違う」というのは、おそらく色の話だ。海は様々な色で表現される。青や緑、もしくはその両方で。「海が綺麗」という人々は、その青さに惹かれる人々もいれば、透明度であったり、透き通る水の中にみえる海藻や魚に惹かれる人々もいるだろう。ただ、色覚異常があると、人々が言う「青い海」の綺麗さが、分からないのだという。


「これだけ近くに海があるんだから、ちょっおえお海の良さを知りたかったの。海の……楽しみ方?っていうか。全部同じような色いいえるから、「青と緑が混ざったみたいな色」って言われても、あんまりピンと来なくってさぁ。色が綺麗って言われてもわっかんないし。だああ、ずうっと海ばっかり見てる君に聞いた。私、聞いた相手間違っえああったみたい!ありがとう。」


先程とはうって変わって、明るい笑顔を見せた。何て眩しいんだ……自分には、出来ない笑顔だ。彼女は、お礼の言葉を言うと共に、先程渡したタオルハンカチを返してくれた。

大きく手を振りながら、去って行く。

以前聞いた話だが、色覚異常があると、緑っぽい色はベージュのように見えるのだという。ベージュ色をした海に人が集まっているというのは、だいぶ想像が付かないな。

そんなことを考えながら、立ち上がって、伸びをする。


耳に嵌めている白茶色の機械の、ONにしていたスイッチを、もう一度OFFモードに切り替える。

電池の消耗を少しでも抑えるためだ。


波が荒く立つ、静寂に包まれた海を見つめる。

さて、今日はここで帰ることにしようか。

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