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芯界  作者: カレーアイス
第五章 歪な二人
60/60

赤子ネッシー

 足元に広がるは海。

 腰の両側に普通の刀、後ろに二本の短刀、背には長刀。

 六本の刀から、俺は長刀を一本だけ取り出して両手で構え、残った刀をすべて浮かせた。


「星の構え」


 昔は飴の次くらいには使っていたから、練度はかなり高い。

 ブランクはあるが、大丈夫だろう。

 頼れる仲間がいるから。


「ミュージックスタート」


 隣で氷海の世界を築いたラミリが、音楽を流し始めた。

 今日の曲はくるみ割り人間。

 波の様な音楽に合わせてラミリが舞う。

 少しずつ加速していくのを見届けてから、相手の方に目をやった。


 幼い方はカラフルなカーペットに、落書きのような絵や、積み木などが散乱している、幼稚園の一部屋の様な空間。

 何もないのが返って不穏だが、まだ何の動きもないので、能力は一切わからない。


 探検家の方は、事前情報の通り、黒い湖が広がる世界。

 その中央にいる、巨大なネッシーの頭の上に、冒険家と幼児が乗っていた。

 

「行け、ネッシー」

「ネエェ」


 最初に動いたのは、ネッシー。

 ラミリを放置すると不味いのが分かっているからか、彼女に猪突猛進に突撃する。

 氷塊をいとも容易く粉砕して接近し、その大きな口を開け――


「ネエェ!」

「フッ!」


 ネッシーがラミリに喰らい付いた瞬間、その頭は、真っ二つに裂けた。


「なッ!?」


 相手から驚愕の声が漏れる。

 それもそのハズ、ラミリはスピード強化の能力であり、攻撃に関しては手数頼りだった。

 それが、いきなり巨大生物を一刀両断したのだ。


「やっぱ、相性いいな」


 その秘密は、俺の芯界にある。

 ジュズの刃物強化。

 その判定は結構ガバガバで……スケートのエッジも刃物と判定した。

 これにより、ラミリは圧倒的なスピードと攻撃力を得た、バケモノになったのだ。


 しかし、それだけで勝てるほど、この大会は甘くない。



「追撃しま――」


ザバーン


 追撃を加えようとしたラミリが、すっ転んだ。

 派手に氷海に落ち、寒そうに犬掻きをして呼吸を繋ぐ。

 その隙に、ネッシー使いは自分の芯界に戻り、体勢を整えた。


「大丈夫か?」


 合流しようと近くまで来ていたので、手を貸して海から引き上げた。


「ありがとうございます」

「ラミリが転ぶところなんて、初めてみ――」


 その時、俺もバランスを崩して、氷海に膝をついた。

 おかしい。いつもと体の感覚が全然違う。

 これが、幼児の方の能力か?


 その時、俺を見たラミリは、大きく目を見開いた。


「ラギナ君……いつもより小さくなっていませんか?」

「へ?」


 言われてみると、いつもより目線が低い気がする。

 まさかと思い至り、水面に映る自分の顔を見ると……幼い顔が、そこにはあった。


「コンプレックスを人に押し付けるタイプか」


 幼児の方の能力。「時間経過で芯界内の生物を若返らせるルールを課す」と言ったところか。

 そのスピードは、体感で一分につき一年。

 もちろん、幼児になれば、戦うどころの話ではない。


「早めに決着をつけましょう」


 幸い、ネッシーはもう倒した。

 後は、本体を倒していけば――


「ネエエエエエエエエエエエエエエ!」


 その時、ラミリによって顔が真っ二つに裂けたネッシーが、ヤマタノオロチのように、首を二つに分割させた。

 傷は無くなり、新たに生まれた二つの頭が再び咆哮を上げる。


「ッ――」


 事態を把握したラミリが、再度加速する。

 俺より歳が高い分、まだ影響は少なく、海面を泳いで逃げたネッシーを追う。

 その距離はすぐに縮まり、ラミリは足を振り上げた。


「ムーンアッシュ」


 絶対切断のエッジが、ネッシーの背を刻む寸前、


「潜伏!」

「ネエェ」


 水面を這っていたネッシーが水中に潜航し、ラミリの攻撃は空振りに終わった。


「ッ!」

「俺が行く!」


 ラミリの後に付いていた俺は、躊躇なく飛び込み、追おうとしたが、ネッシーの姿は消えていた。

 一メートル先も定かではない、黒く濁った湖。

 首長竜がどこにいるのか、誰にも分からない。


 ある程度潜ってみるも、息が続かず、水面に顔を出した。


「プハッ!」

「どうでした?」

「無理だ。視界が悪すぎる」


 若返りの影響で、肺活量も落ちている。

 湖中での戦いは不可能だ。


 その時、水面が揺れた。


「こっちーだよー」

「ッ!」


 俺たちから十分離れたところに、ネッシーが顔を出していた。

 即座に動き出し、ラミリが攻撃を仕掛けたが、また水中に潜って躱される。


「こっちこっち」


 ネッシーが水面から顔を出し、挑発する。

 ラミリが俊足で駆けつけるも、また逃げられてしまった。


「すみません、また取り逃がしました」

「不味いぞ……」


 若返りによって速度が落ちているせいで、一向に追いつく気配が無い。

 若返りによるタイムリミットの設定と、神出鬼没のネッシーによる、時間稼ぎ。

 気づけば、俺は六歳、ラミリは九歳程度まで縮んでいた。


「……ジリ貧ですね」

「ああ」


 何の制約か知らないが、ネッシーは定期的に水上に姿を現さなければならないようだ。

 そのおかげで詰みにはなっていないが、王手は掛かっている状態。

 次がラストチャンスだ。

 これを逃すと、俺は三、四歳程度の体になり、まともに動けなくなる。


「策がある。ラミリ、俺を背負ってくれ」

「わかりました」


 同意を得て、俺はラミリの小さな背中にしがみついた。


「奴の近くまで連れて行ってくれ。接近できれば、道を切り開ける」

「……何をするのか分かりませんが、信じましょう。その言葉を」


 俺を乗せたまま、音楽に乗って、ゆったりと加速していく。

 身体が小さいのが幸いして、負担は少ないようだ。


ザバーン


 その時、水上にネッシーが姿を現した。


「出た!」

「行きます!」


 スピードスケートのようにスタートを切り、最短最速でネッシーの元を目指す。

 ここに来て、今日の最高速度が出ていた。


「ナイス!」


 その背中にいる俺は、風圧に気圧されながらも、しっかり足でしがみつき、刀を持つ手に力を入れる。


「ッ、もう潜って!」

「ネエエエ!」


 相手選手二人を乗せたネッシーが、身を翻して湖に潜行する。

 ラミリは口の中で舌打ちし、さらに速度を上げたが、間に合わず。

 墨の様な水の中に逃げられてしまった。

 それでも、進み続ける。


「届け、届け!」

「ありがとう、十分だ」


 俺は力を込めた長刀を振り上げ、飛び上がった。


(ゴウ)の構え……海断ち・覇刀(ハトウ)!」


ザンッ!


 振り下ろされた刀は――湖を、割った。


「なっ!?」

「ネエェ!」


 水を失ったネッシーが、湖底に落ちた。

 どうにか水の中に逃げ込もうと藻掻くが、大きな図体が災いして機動力が足りない。

 そして、割れた水の壁を、ラミリが滑って駆け降りていく。


「決着をつけましょう」

「ネエエエエエ!」


 二つの頭を持ったネッシーが、ラミリに喰らいつこうとするも、彼女は簡単に躱し、その首を切断した。

 そのまま、背にいる相手の本体へ。


「ハア!」


 同じく幼児になっている相手の選手に向かって、痛烈なキックを繰り出した、瞬間。スーツの女性がその間に割り込み、攻撃を腕でガードした。


「審判さん?」

「その身体では手加減が難しいと判断しました。試合終了、チームシュヴァリィの勝利です」




 こうして、俺達は準決勝に駒を進めた。


 補足。

 ネッシーが何度も水上に上がったのは、相手の本体の呼吸が持たないから。

 相手の方も若化しているので、頻繁に息継ぎをする必要がある。


 ネッシーも若くなっているけれど、ネッシーは百歳以上なので、十数年程度ではほぼ影響がない。

 ちなみに、デメトルーラーは若化しなかった。

 ギミックブレイカーだな、あいつ。

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