睡眠は二日に一時間
それから数日後。
今日は、世界大会予選の最終戦だ。
これまでの戦績は、九戦九勝。
相当運が悪くなければ、もう突破できている。
「とはいえ、天の巡りが悪いこともあるし、予選の戦績は公開される。一敗した世界大会の代表なんて、頼りないでしょう?」
「つまり、今日も絶対勝とう、と」
「頑張ろう!」
「イエー!」
イースとラミリのテンションが高い。
最初の頃は緊張していたみたいだけど、慣れてきたようだ。
「オーダーはいつもと同じよ。私が先鋒、次鋒にラギナ君とイース君、大将にラミリさん」
「異議なし」
イースはまだペアがいなければ不安定だし、ラミリの姿はできるだけ見せたくない。
そうなると、自動的にこの編成になる。
「じゃあ、行ってくるわ」
「ああ」
「頑張って!」
先鋒のシュヴァリィが、控室を出て試合会場に向かった。
アメを食べながら、部屋に備え付けられたモニターを見て、試合観戦の準備をする。
「いつも思うけど、どうやって試合の様子を撮ってるんだろう?」
「知らないのか? 透明なドローンを複数台入れてるんだ」
「ドローン?」
「……機械の虫みたいな奴だよ」
イースの質問に答えている間に、選手が入場した。
片方は当然シュヴァリィ。
そして、もう片方は……とてもゴツかった。
ガタイが良く、筋肉ムキムキという言葉が似合う、レスラーのような少女。
「大丈夫かな、シュヴァリィ」
「いや、筋肉は試合と関係――あるか」
「そういうことじゃなくて」
「始まるZE」
審判が勢いよく手を振り降ろし、選手が芯界を宣言する。
「始め!」
「Firester Dragavolc」
「Gualouc」
俺たちから見て、左側が火山の世界になった。
シュヴァリィのドラゴンが飛び出し、瞬時に陣形を組む。
だが、見慣れた俺からすると、その動きはやや精彩を欠いているように見えた。
そして、右側。相手の芯界は――中央に大きな岩がある、砂漠。
その様子を見て、俺の頭が一番に思い浮かべたのは、オーストラリアにある世界一大きな岩、エアーズロック。
雄大な光景に、ちょっと感動していると、その岩が動き出し……人型の巨大岩石、ゴーレムになった。
相手の本体は、岩の内部に隠れているのか、姿が見えない。
「ボス系、岩のゴーレム。……火がほぼ効かない分、割と不利だな」
「頑張れ、シュヴァリィ」
固唾を飲んで見守る中、先に動いたのは、シュヴァリィ。
対ボス型の基本通り、部隊を幾つかに分け、ゴーレムを取り囲む形で散開した。
そこから、遠距離からのブレスで陽動。隙を見て、岩の割れ目に打撃を繰り返す。
見たところ、ゴーレムはかなり硬そうだが、動きはとても遅い。
いつものシュヴァリィなら、華麗にドラゴンで掻きまわし、パーフェクトゲームで終わらせてもおかしくないのだが――
「あっ!」
ダァン!
シュヴァリィの指示ミスによって、一部隊がノロい腕の振り降ろしに捕まり、死んだ。
彼女は俺よりずっと器用に軍団を指揮するので、百体のドラゴンを十の部隊に分けている。
なので、一部隊がやられてもまだ余裕はあるのだが――どうにも、らしくない。
そうしているうちに、また一部隊が落とされた。
「どうしたんだ、シュヴァリィは」
「……過労だよ」
「HA!? そんなミスをするヤツじゃねーだRO!」
……事件の調査に精を出していることは知っていたが、過労で体調を崩すほどとは。
そういえば、最近彼女が寝ているのを見ていない気がする。
「シュヴァリィの、最近の睡眠時間は?」
「……三十分」
「「ハァ!?」」
「正確には、二日に一時間だよ」
ショートスリーパーの体質なのか、元から一日に四時間程度しか寝ないせいで、気づかなかった。
どうして言わなかったのかと、イースを問い詰めようとしたが、彼女の顔を見てやめた。
シュヴァリィのことだから、念入りに口止めしていたのだろう。
試合では、もうドラゴンが数えられる程度にしか残っておらず……何より、芯界が掠れて消えかけていた。
意識が薄れている証拠だ。
「それまで!」
危険だと判断した、審判さんのストップが掛かかる。
初めて、チームシュヴァリィが敗北した瞬間だった。
「ッ!」
控室から飛び出し、会場に向かって走った。
一瞬で辿り着き、崩れ落ちるシュヴァリィを受け止める。
「ラギナ君……ごめんなさい」
「ごめんじゃねえよ、このバカ」
珍しく塩らしいシュヴァリィに、こちらも珍しく声を荒げた。
驚いたのか、閉じかけていた目が開く。
「今、何に対して謝ったんだ?」
「当然、負けたことに対して」
「俺は、倒れるまで無理をしたことに怒ってるんだ!」
「……」
「体調管理もできない奴が、王になれると思うなよ」
「ごめん、なさい」
「……もういい、寝てろ」
シュヴァリィは、俺の腕の中で眠ってしまった。
「シュヴァリィ!」
「大丈夫KA!?」
遅れて、イースとラミリもやってきた。
就寝したシュヴァリィを見せて、状況を説明する。
「……辛い時に説教しちまった。後で謝らないと」
「仕方ねーよ、このアホにHA」
「ラミリ、任せてもいいか?」
「オーケー」
シュヴァリィを抱えたラミリは、ローラースケートで控室に戻っていった。
……あ、体調回復にアメをあげるのを忘れてた。
試合が終わったらあげよう。
「えっと、そちらの二人が次の試合の出場者ということでいいですか?」
「あ、はい」
審判さんの質問に、イースが答えた。
照合を終え、オーダー通りの順番であることが確認される。
その時、相手の姿が見えた。
俺の正面に立った方が、小学生くらいの背丈に、麦わら帽子を被った、野原を走っていそうな少女。
その手には雑草――が握られており、彼女は無表情にそれを口に入れた。
「きっと俺が知らない野菜なんだ」と自分を納得させ、イースの正面に立つ人に注意を移した。
信じがたいが、変わっている度でいうと、こっちの方が高い。
なにせ、足を使わずに、手で。
逆立ちの状態で歩いているのだから。
(草食に逆立ちって、キャラが濃いなぁ)
俺の勘だと、キャラが濃いほど強くなる傾向にある。
気を引き締めて掛かろう。
そこまで考えた時、審判の人が前に出て、俺達の間に立った。
「準備はよろしいでしょうか」
「「「「はい」」」」
「では、開始」
「Dream of bandy!」
「Demetrular!」
「Graserct howing!」
「Don’t like footurn!」
(……芯界の宣言で話を切れるの楽でいいなぁ)