ベディヘロペア・バルトニック
次の日、俺は父から彼女の仕事部屋に呼び出された。
コンコンとノックし、返事は無いが、どうせ面倒臭がってるだけなので、中に入る。
部屋では、一応伯爵のムラザーが、机に突っ伏しながら書類を処理していた。
「なに? 仕事場に呼び出すなんて、珍しい」
「昨日言っただろー。攫われても自分で対処できるように、強くなってもらうって」
「そこまでは言われてない」
その時、窓から差し込む光が遮られ、どこからかプロペラの音がしてきた。
何事かと外を覗こうとすると――
パリーン
窓を蹴破って金色の何かかが入って来た。
なんかこの屋敷の窓よく割れるな。
「窓を割るな、ベディ。請求するぞ」
「待って! それだけは勘弁!」
入って来た金の塊は、一人の女性だった。
高身長に金の装束、全ての指に金の指輪、そして、金の麦わら帽子。
盗賊かと見間違えるような風貌だった。
「コイツはベディヘロペア、私の後輩だ。コイツから戦いのイロハを学べ」
「先輩、知っているだろうが、私のギャラは高いぞ」
「時給万、その他成果報酬」
「喜んで請け負おう! さあ来い少年」
「ねえこの人なんかヤバい感じがするんだけどおおおおおおお!」
問答無用で首根っこを掴まれ、窓から連れ出された。
◎◎◎
行先は、ただのうちの屋敷の庭だった。
ベディヘロペアと言われた女性は、そこに俺を降ろし、高慢な態度で言い放った。
「改めて自己紹介といこう。私はベディヘロペア・バルトニック。長いからベディでいいぞ。一応この国の第七騎士団の副長だ」
「……僕はラギナ・アークエスです。よろしくおねがいします」
ペコリと頭を下げて、気合を入れるため、新しいアメを取り出した。
「アメ、いります?」
「いらん」
少しがっかりしながらアメを口に入れる。
「さて、まずはお前の現状把握としよう。もう芯界は出せるのか?」
「いえ、まだです」
芯界は人のあり方、性質。不安定な幼少期には無く、五、六歳くらいに生成される。
前世までの分も考えたら、そろそろ使えてもいい頃ではあるのだが……。
「じゃあ、芯界を出すところから始めるか。目をつぶって、胸に手を当ててみろ」
「はい!」
自分もついに芯界を出せるのかと、胸を高鳴らせながら、言われた通り両手を胸に置き、目をつぶった。
「心臓の鼓動を感じるか?」
「はい」
「なら、その胸の奥。中心の方へ意識を向けろ」
頭の中に心臓を思い描きながら、その内へ、内へと意識を向けていく。
すると――中心に小さな球があった。
「ありました……芯界!」
自分とベディさんを、小さな玉に引き込み、世界を革変する。
が――
「ダメみたいです」
できたのは、ただ真っ白なだけの不気味な世界。
地平線上には何もなく、ただ白く殺風景な景色だけが広がっている。
「ここまでは行けるんですけど、自分の色がのっていないというか……何もないんです」
「なるほど? ……こんなフェーズあったっけ」
「おい」
ベディさんは顔にはてなマークを浮かべ、首をかしげる。
何でこの人、俺の師匠役になったんだろう。
「お前の母が面倒くさがったからだ」
「唐突に心を読まないで下さい。あと、あの人父です」
「まあ、これでも騎士団副団長で、色々教える立場だ。この症状なら、なんとかできる」
ベディさんは麦わら帽をかぶり直し、上から言い放つ。
「芯界が発現しないのは、お前の存在基底がハッキリしないからだ! 何も考えずフワフワ生きてるからだ!」
「そんなに言います!?」
「考えろ、お前は何のために生きているか!」
そこまで言うと、ベディさんはそっぽを向いて金の指輪を弄り始めた。
これ以上言うことは無い、ということか。
「ハァ」
ベディさんに聞こえるように溜息をついて、一旦芯界から出た。
そのまま、庭に座り込んで、思考に耽る。
自分の生き方。
何が好きか、何がしたいか、何をするべきか。
折角二度目の生を得たのだから、前回できなかったことをやりたい。
前世での悔いは、何かあっただろうか。
……前世のことを思い出そうとすると、酷い頭痛がしてくるので、よく思い出せないが――友達が、仲間が欲しかった気がする。
記憶の断片から、前世はバイト三昧で人とあまり関わってこなかった。
その悔いが、今でも心のどこかに残ってる。
「ッ!」
その時、自分が何かと繋がった感じがした。
今なら、出来る!
「行きます!」
胸に手を当て、世界を開く。
「芯界……Dream of bandy!」
天変地異。
平和な庭は消え、高貴な城の広間のような空間が出来上がった。
形は正十二角柱で、至る所にカラフルなステンドグラスが飾られている。
「これが、俺の、芯界?」
「できたか」
暇そうにしていたベディさんが立ち上がり、コンコンと足を鳴らしたり、壁を叩いてみたりして、空間の特性を把握しようとする。
その内、何かに気付いたのか、壁の破片を口に入れた。
「これはまた、ずいぶんと趣味に走った世界だな」
「そうですね」
俺も壁の破片を口にし、現状を把握した。
この壁、アメでできている。
おそらく、床も、ステンドグラスも。
そして、試しに手のひらを床に向け、ゆっくりと上に上げると、床から粘体のアメがせり上がって来た。
アメを生成し、操る芯界。
「……まあ、戦えないことはないだろう。水を操る強者もいるしな」
「はい」
試しに、出たアメを刀の形にして固定する。
形が歪な上に、軽すぎて使いにくそうだが、練習すればいい武器になりそうだ。
その様子を見て、ベディさんは何かに納得したように頷き……胸に手を当てる。
「この能力なら、鍛えるのは瞬発力からだな。Goldarseap」
広間の半分が消え、黄金の海が誕生した。
空は黄昏。そして、その中央に浮かぶ一隻の巨大黄金戦艦。
ベディさんはその甲板に、腕を組んで立っていた。
「そちらこそ趣味が分かりやすい」
「うるさい。防御が遅いと死ぬぞ」
ドォン!
轟音が響き、アメの床が割れる。
煙が上がる跡を見ると、戦艦から撃たれたゴールデンボールが刺さっていた。
威力からして……当たれば、死ぬ。
「うわッ!」
「ガンガン行くぞ!」
ドンッ、ドンッ、ドォン!
連続して戦艦の大砲から煙が上がり、砲弾の群れが迫る。
「ッ!?」
何とか床からアメを生成して、操り、壁を作る。
しかし、その壁は一瞬で粉砕され、俺は吹き飛ばされた。
「死ぬ! 死ぬ!」
「押してくぞ」
「ッ!」
俺の世界が、アメの建造物が、黄金の海によって浸食される。
ゆっくりと、俺の空間が狭くなっていく。
「これは……」
「芯界の押し合いだ。これも平行して鍛えてくぞ」
芯界が衝突すると、世界は真っ二つに別かれる。
その境界は不定であり、操作し押すことで、自分の芯界を広げ、相手の芯界を狭めることができる。
芯界は面積が大きいほど出力が上がり、小さいほど出力は下がる。
実際、芯界が狭まった結果、アメの操作が難しくなった。
境界の近くの方が、押す力が入りやすく……最後まで押し切られ、芯界が消えると、持ち主は死ぬ。
「クッ!」
ベディさんは手加減してくれているので、押し返すこともできるが、アメの操作と同時にするのは難しい。
「無理無理無理!」
「どーん!」
さらに、別角度から砲弾。
見ると、子機が戦艦から離れて砲撃していた。
射角が広がり、対応力が足りなくなる。
「ま、初めてにしてはよく耐えた方だ。主砲用意!」
今までは沈黙を決め込んでいた、戦艦の中央にある、一際大きな大砲が火を吹いた。
アメの壁を作ったが、足りない。
威力を殺しきれず、床に着弾し、俺はふっとばされて、気を失った。
「初日だからな。今日はコレをあと三回でいいぞ」
「はーい(絶望)」
芯界についてまとめ
・自分が有利になる空間
・二つ以上がぶつかると、綺麗に分かれる
・ぶつかっている時「押す」ことで、自分の芯界を広げることがきる
・押す力は、芯界の分かれ目に近いほど強くなる
・芯界が広いほど、出力が上がる