芯界
転生してから六年。
俺、ラギナはアークエス伯爵家で普通に育てられていた。
男だから追放!とかじゃなくてよかった……。
髪は母のを引き継いで白色になっていたが、それ以外の顔立ちや背格好は、前世とあまり変わりがない気がする。
前世の記憶は所々穴があるうえ、かなり朧気だが。
そして今、俺は父の書庫で歴史の本を読んでいた。
言葉は通じるのに、文字は理解できなかったので、かなり難儀したが、本や家族との会話を通して、ようやくこの世界のことが分かってきた。
アメを咥えながら、これまでに分かったことをまとめる。
まず、この世界において、人間は技術のオーバーフローで滅びかけたことがあるらしい。
簡単に言うと、今から約二千年前に大国が核兵器を撃ち合って、人類は残り数千人程度まで死滅し、大地は汚染されて、星の95%は住まうことのできない不作の地なってしまった。
このままでは人類が絶滅してしまうと考えた技術者は、残った最高の科学技術を利用して、女同士で子供を作れるシステムを構築したのだ。
戦争で男が減っていたこともあって、女性だけで子孫を残せるこのシステムは画期的だった。
こうして人類はなんとか絶滅を逃れたのだが、これには一つ欠陥があった。
女同士からでは、女しか生まれてこなかったのだ。
男と女の親からだと、どちらの性別の子供も生まれるが、女同士だと確実に女が誕生する。
必然的に男の数は減っていき、今から千年前には男の遺伝子は途絶えてしまったらしい。
なので、人間以外の動物には普通に雄雌があるが、人間は女性しかおらず、性別の概念を知っているのはもう学者くらいだ。
そして、俺が男に生まれてきた理由は……分からん。
俺の魂が男だったんだろ(適当)。
また、人類は同じことを繰り返さないようにするため、技術に厳しい規制を課した。
国際的に技術を見張る特別警察があり、基準に沿わないと判断されると、研究所は爆破される。
なので、町並みはファンタジーの中世ヨーロッパみたいなのだが、町の外では普通に車が走っていたり、遺伝子組み換え技術があったりと、かなり歪な技術体系をしている。
ひと昔以上前の遺物から、地球では見れないオーバーテクノロジーまであり、それらにはいつも驚かされる。
読み終えた歴史書を閉じて、本棚に戻した。
次に、この世界のファンタジー要素についての本を手に取る。
変わったことに(?)、この世界には魔法が無いらしい。
その代わりに……
パリンッ!
その時、突然部屋の窓が割れた。
見ると、黒ずくめの盗賊が三人、窓からこの書庫に侵入している。
先頭の盗賊が刃物を俺に向け。
「お前、ラギナ・アークエスか?」
「……そうです」
「なら、来い」
両手を上げながら、ゆっくりと盗賊の方に近づいていく。
チート能力でドカン! とかできたら楽なのだが、俺にそんなものはない。
大人しく盗賊に捕まって、連れ去られそうになった、その時、
「あー、面倒だから、そういうの止めてもらっていいか」
「ッ!?」
部屋の入口に父……ムラザー・アークエスが立っていた。
気だるげに背筋を曲げているが、その目は殺る気に満ち溢れている。
「クッ!」
「遅え。芯界……Warbed lazeye!」
盗賊は俺を抱えたまま窓から飛び逃げようとしたが、その前に――世界が変遷し、塗り替えられ、取り込まれる。
昏い。
天の太陽は消え、僅かな常夜灯のみが照る。
床は硬い石からフカフカの綿になり、空間に多数の澱みが発生した。
自分が小人かのような錯覚を覚える、巨大な寝室。
これが、ムラザー・アークエスの世界。
盗賊達が、俺を捕まえたまま周囲を警戒していると、闇の中から、彼女が現れた。
「この空間は、私の支配下だ。大人しく投降しろ」
「動くな、こいつがどうなってもいいのか」
俺を捕まえていた奴が、首筋にナイフを当てた。
しかし、ムラザーは動じることなく、こちらをジッと見つめ……いきなり、俺の見る景色が一変した。
腕が、温かい。
「あい、お帰り」
「……ただいま?」
俺はムラザーの腕の中に転移していた。
「大人しとけ。まだ少しかかる」
「はーい」
ムラザーは俺を抱えたまま、盗賊との戦闘を開始した。
丁度いいので、このまま解説しようと思う。
この世界の人間には、存在基底というものがある。
『生きる理由』とか『その人のあり方』とか、様々な解釈があるが、とにかくその人を表す存在の底となるものだ。
そして、その存在基底によって作られる小さな世界。それが芯界である。
たとえば、このムラザー・アークエスの芯界は、彼女の怠惰な性格を表しており、空間の起点は巨大なベッド。
そして、『動きたくない』という強い意志から、視界内のものを自由にワープさせられる。
自分以外の生物を転移させるには少しラグがあるが、自分や無生物は自由自在だ。
ダッ
ムラザーが、いきなり後ろに向かって走り出したかと思うと、一瞬で賊の背後に転移し、後頭部に膝蹴りをかました。
そのまま一回転し、同じ奴に踵落としを叩き込む。
抱えられてる身としては、怖いので止めて欲しい。
「Blark pondee」
「Sonadave」
その時、残りの盗賊が世界を開いた。
巨大ベッドが浸食され、新たに世界が二つ追加される。
「闇の沼と、巨大コウモリか、盗賊らしい」
ベッド、闇沼、洞窟が敵対し、拒絶する。
自在に動く闇と、巨大な一つ目コウモリが迫る、が――
「はい、お終い」
「「グェッ!」」
二人ともムラザーの目の前に強制転移させられ、腹に一撃食らって撃沈した。
芯界が無くなり、元の書斎に戻った。
ムラザーは俺を降ろし、意識を失った盗賊達を抱える。
いつも通り、地下の牢獄にでも突っ込むのだろう。
「これで何回目だ、攫われそうになったの」
「多分十回くらいだと思う」
余程人間の男が珍しいのか、この手の賊はたまに来る。
バリエーションも豊かで、前回は怪しい研究機関、前々回は男を崇める宗教だった。
「いつも私が駆け付けられるとも限らないし、面倒だし……。一人で撃退できるようになってもらおう」
「え?」
不穏な言葉を残して、父は転移した。
ちなみに、遺伝子学的に、マジで女同士からだと女しか生まれてこない。
むしろそこからインスピレーションを得てたりする。
芯界:分かりにくい場合は領域展開を、それも分からない人はUBWを想像しておいて下さい。
UBWは義務教育だからね。
まあ「自分に有利な空間を作り出す」くらいの認識でOKです。
ラギナがムラザーを「父」と呼称するのは、産んだ方の親を「母」、産んでない方の親を「父」と呼ぶ文化があるからです。
ムラザーから生まれたラギナの姉は、ムラザーが「母」となります。