カオスと火山
ナイフが、私の胸を貫いていた。
案外痛みは少ない。
ジワリジワリと、痛みが増していく。
「……どういうつもり?」
「そういう指令ですので」
「ッ!」
刺さったナイフを動かさないよう、最大限の注意をしながら、後ろ蹴りでディーシュを突き飛ばした。
壁に激突した彼女と対峙し、背に刺さったナイフを慎重に抜く。
「確実に気絶する部分を刺したハズですが……さすが、ドラゴンの因子を引くと言われるだけはありますね」
「映画の悪役よろしく、自分の悪行を解説する気はない?」
「……私はもとよりこういう役だった、というだけの話です」
立ち上がって、ゆっくりと迫るディーシュに対し、血が垂れ出る胸を抑えながら、ジリジリと下がる。
「聡明なあなたなら、いつかこうなるのではないかと、派閥の古株は懸念していたのですよ。そこで、いざという時に、引導を渡すために派遣されたのが、私です」
「一応、この後のご予定を聞いても?」
「アナタは東側の刺客に殺されたことにして、新たな戦争の火種にでもなってもらいましょう」
「……どこかで聞いたような死因ね」
「ああ、そういえばアナタの父親も同じ手で殺されてましたね」
「自白ありがとう、Firester Dragavolc!」
「Chabrisorb」
周囲が火山に変化。
巣からドラゴンが飛び出し、私の周りに集う。
しかし……いつもより数が少ない。
出血と激痛で、意識が霞むせいで、存在基底がすり減っている。
「困りますね。死亡タイミングは、精密に操作しなければなりませんのに……私が殺すことになってしまいます」
「私に勝てると思ってるの?」
「思ってますよ」
ディーシュの芯界は、災害の後の町のような、荒廃した瓦礫の山を作り出す。
その瓦礫を操って攻撃するのが、いつもの戦法だ。
しかし……今日は様子が違う。
空には暗雲が立ち込め、暴風が吹き荒れる。
「……本当の性能を隠してたのね」
「暗殺対象に自分の能力を明かすバカがいますか」
「道理ね。両翼、ファイア」
存在基底が低下しているせいで、押し合いには勝てないので、速攻で終わらせるしかない。
陣形の両翼のドラゴンが、ディーシュに向かって火を吹いた。
重なり合って、中々の威力になる、が――
「吸収」
「ッ――」
ディーシュは手に竜巻のような風を纏い……炎が、風に取り込まれる。
巨大な、瓦礫と炎が混じり合う風の手が、災禍の世界に誕生した。
「これが私の真の能力。取り込んで、武器にする」
「……私に相性が良さそうな能力ね」
「刺客は確実に殺れる者に任命するでしょう?」
「チッ。腕、頭!」
「ヴヴ!」
炎のブレスは効果が薄いと見て、幾つかの部隊を突撃させる。
しかし、手の風によって大気が乱されているようで、上手く飛べていない。
そこに、巻き上げられた瓦礫が飛び交い、完璧な防空網を敷いている。
散開させたドラゴン達は、全て撃ち落とされてしまった。
いつもなら、一旦防御に回って、火山を噴火させに行く所だが……あの風は溶岩も取り込むだろう。
十八番が使えないのは辛い。
「チッ、足も行きなさい」
「ヴァウ!」
ダッダッダ!
足が強いドラゴンを地上に付け、走らせる。
これなら、風に影響を受けず、瓦礫もほぼ関係なく、接近することができる。
「さすがに的確な手を打ってきますね。ですが――」
ほとんどのドラゴンは風の手に圧し潰され、最接近できたドラゴンは容易く蹴り飛ばされた。
(……かなり身体能力が上がってる。風の手といい、自己強化系ね。ドラゴンは風に取り込まれてないし、生命体……いや、一定以上の質量は取り込めないって感じかしら?)
不味い、本格的に打てる手が無くなってきた。
とりあえず、やられた分を復活させてから……
「……?」
死んだドラゴンが、復活しない。
いつもなら、そろそろ最初に死んだ分のドラゴンが、巣穴から飛び出してきても、いい頃なのに。
そこまで出力が低下しているのか、それとも――
「存在基底が変質して、ドラゴンが復活できなくなったようですね」
「ッ――」
ドラゴンが復活するのは、私の『戦争で国民を犠牲にしてもいい』という深層心理からだった。
復活は『死んでも代わりがいる』という要素か。
(我ながら物騒なものね)
ズキッ
胸の穴が痛み、芯界が解除されそうになる。
出血量といい、現在の芯界割合といい、もう時間が無い。
次が、ラストアタックか。
「全軍で突撃するわ。来なさい」
『ヴウ!』
全てのドラゴンを地上に降ろし、四足歩行にさせる。
「密集突撃陣形!」
「バカですか? そんなの風の手で一蹴ですよ」
「突撃ッ!」
ドドドドドド!
残った、四十匹ほどのドラゴンで、ディーシュの元へ一直線に突っ込んでいく。
瓦礫と火を羽で防ぎ、手足をしっかりと瓦礫の山に突っ込んで、風に飛ばされないようにしながら、最速で彼女の元へ突っ走る。
「ッ! 猪口才な!」
さらに瓦礫を巻き上げ、攻撃の手を強めるが、前列のドラゴンを犠牲にして進み続ける。
残り三十、二十五、二十。
「チッ、瓦礫瓦礫!」
事前に巻き上げていた瓦礫が降り注ぎ、急速にドラゴンの数が減っていく。
「十、四、一!」
最後に残った二つ尾のドラゴンが、その尾を使って瓦礫を叩き落し、ディーシュに迫る。
あと、一歩。
「ヴァア!」
「惜しかったですね。解放」
圧縮された炎が、二本尾のドラゴンを焼き払う。
ドラゴンの高い炎耐性でも、圧縮された炎は耐えきれず……爪一つ分だけ届かず、倒れ込んだ。
「あーあ、殺しちゃいました。どうやって処理しましょう」
二本尾ドラゴンに近づいて、翼に隠れた私の死体を見ようとし――今。
「ッ!」
キンッ
ナイフで切り込んだ、が――パワーが足りない。
決死の攻撃は、左腕に大きく切れ込みを入れた。
しかし、それだけ。
「チッ」
「暴風に紛れて一団を抜け出し、刺されたナイフで、一撃を入れた、と。さすが、」
二、三。
さらにナイフを振るい、突くが、簡単に避けられ、踵落としを食らった。
そのまま、地面に倒れ伏し、頭をディーシュが踏みつける。
「グッ!」
「よくも私の腕を……決めました。アナタはここで殺すことにします。死体さえ出さなければ、向こうの国に誘拐されたことにできるでしょう」
「……」
「じゃあ、死ね!」
暴風の手を、振り下ろそうとした、その時。
ガッ!
急に、頭を踏んでいた足が離れた。
顔を上げると、ディーシュが瓦礫の山に突っ伏してる。
そして、それを為したのは――
「大丈夫か!?」
「……遅いわ」
肩に小さなドラゴンを乗せた、ラギナだった。