思想と戦争
この世界では、産んでない方の親を『父』と呼ぶ文化があります。
学園に入ってから数日。
授業に全然付いていけず、危機感を感じており、今日は参考書を買いに来ていた。
(「まだ行ける!」と思って、後回しにするべきじゃなかった……)
「どれがいいんだろ」
「初心者にお勧めなのは、コレとコレね。基礎について詳しくかいてあるわ」
傍らで本を取ったのは、同じ授業を受けていたシュヴァリィだった。
撒けたと思ったのだが、追跡されてたらしい。
おまけに、シュヴァリィに付いてきたディーシュさんもいる。
「……どうしているの?」
「勧誘のため」
「宗教勧誘よりしつこいな、お前」
文句を言いつつも、勧められた本は分かりやすそうなので、素直に買うことにした。
「本を買うってことは、専属騎士になるってことでいい?」
「どういう図式?」
勧められた本と、お気に入り小説の続きを購入。
シュヴァリィは、アメについての本を買っていた。
「興味を持ってくれたのか!?」
「いいえ。あなたに勝つために、アメの特性を知っておきたいだけよ」
「……まあ、入りは人それぞれだから。アメについて知りたい時は、何でも聞いてくれ」
アメの対策をしただけでは、絶対に俺には勝てないが……教えなくていっか。
彼女のことだから、どうせアメの対策はするだろうし。
「これからどうするの?」
「どうするって、帰るつもりだけど」
「……少し込み入った話があるのよ。カフェにでも行かない? 話を聞いた後にアナタが騎士になるのを断ったら……もう二度と勧誘はしないわ」
「……オーケー。行こう」
「シュヴァリィ様」
「二人で話したいの。ディーシュは来ないでちょうだい」
「……はい」
そう言って、シュヴァリィは俺に付いてくるように促し、歩いていった。
俺には、その後ろ姿がどうにも寂しく見えた。
学園の外に出て、行きつけらしいカフェに着いた。
他人に聞かれたくない話をする場所だからか、他の客はおらず、店員すら無しで、無人の自販機のようなものが動いている。
「私はアイスコーヒーにするつもりだけど、アナタは?」
「同じので」
砂糖だけ手に取って、先に奥の方の二人席に座っておく。
遅れて、アイスコーヒーを両手に持ったシュヴァリィが対面に座った。
「どうぞ」
「ありがとう」
砂糖をドバドバ入れ、口に含んでみたがあんまり美味しくない。
イースが入れた方が美味しい。
けど、シュヴァリィには言わないほうがいいかなぁ。
「不味いわね」
「言ったあ!」
「会話に集中できるよう、不味くなってるのよ」
「……もしかして、この店に人が寄り付かないのって、シンプルに不味いから?」
「そうだけど。何だと思ってたの?」
「上級国民が秘密の会話をするために、入店客を絞ってるとか」
「そんなの、普通は邸宅でするのよ。私は、城ではどこに耳があるか分からないから、こういう店を使ってるけど」
「なるほど」
口直しにアメを咥え、シュヴァリィにもアメをあげてから、対話を開始した。
「まず、どうして俺にそんなに執着ているのか、聞いておきたいんだけど」
「アナタ、まだ本気を出してないでしょ」
「どうしてそう思う?」
「勘」
「……本気は出してる。まだ手札が残ってるだけだ」
その真偽を疑うように、俺を睨むが、俺も強い意思で睨み返す。
これ以上俺の実力を否定しても、シュヴァリィは納得しないだろう。
「よし、じゃあ話を聞こうか」
「そうね。まあ、大した話じゃないわ。私が王になろうとする理由について」
澄ました顔でアイスコーヒーを口に運んだが、不味いせいか、口に含む程度で机に戻した。
確かに、会話を促進する効果がありそうだ。
「まず、私は母が現王女のシュリア・ドゥリター・カーグンで、父の方が元第一騎士団団長の、ヴァリア・ユートロンなの」
「元?」
「殉職したわ。十年前の戦争で」
十年前……第六次パスト教戦争か。
この星は大地のほとんどが先代文明によって汚染されており、生物が生存できるのは特異点のように孤立した、一つの地域しかない。
その地形は、丁度前世のヨーロッパみたいな感じになっており、ドゥリター王国は北西に浮かぶ孤島、イギリスに位置する。
また、この世界にも宗教は存在しており、以前はパスト教一色だったが、百年前に内部対立で分裂し、西のニスト教と東のヒスト教に別れた。
前世で言うドイツから西側がヒスト、フランスから東側がヒストであり、その国教では日夜抗争が絶えない。
そして、ドゥリター王国は西側諸国と同盟を結んでいるので、時折戦線に援軍を送っているのだ。
第七騎士団でも、年に一度、戦線に赴いて戦闘支援するゴミイベントがあり……多くの仲間がそこで散った。
「第六次が発生した原因は知ってる?」
「……うちの国の、第一騎士団団長が、暗殺されたことだ」
「ここまで言ったらもう分かるわよね。私の父がその殺された団長よ」
……気まずくなり、机に置かれたアイスコーヒーに手を伸ばし――不味いことを思い出して手を引いた。
代わりに新しいアメを二つ取り出して、一気に咥える。
シュヴァリィはそれを気にせず話を続けた。
「父は優しい人だったわ。彼女のドラゴンに乗せてもらって、大空を自由に飛び回るのが好きだった」
「……」
「そんな私の父を奪った東諸国を、私は許さない」
「……つまり、お前が王になりたい理由は――」
「自らの手で、東諸国をぶっ潰すため」
シュヴァリィは、一気に不味いアイスコーヒーを口に流し込み、乱暴に机に置いた。
「力を貸して、ラギナ・アークエス。アナタも奴等に恨みがあるでしょう?」
異様な迫力と共に、俺に手を差し出した。
少し考えてから、同じく不味いアイスコーヒーを一気に口に流し込み……差し出された手に、アメを置いた。
「残念だが、逆効果だ。お前の騎士に、仲間になる目は、完全に無くなった」
「……どういうこと?」
「俺は戦争が大嫌いだ」
立ち上がって歩いていこうとしたが、出口側にいたシュヴァリィに阻まれる。
「待ちなさい。話はまだ終わっていないわ」
「出て行こうとした訳じゃない。おかわりを取りに行くだけだ」
お金を入れて、アイスコーヒー二つ手に取り、座りなおす。
片方を机に置き、滑らせてシュヴァリィに渡した。
「奢りだ」
「さっきは私が出したけどね」
俺はアイスコーヒーを飲んだが、シュヴァリィはその様子を睨み、一方的に話を始めた。
「戦争が嫌いって、どういうこと? アナタ軍学科でしょう」
「軍の勉強をしてるからといって、戦争が好きとは限らないだろ。軍の仕事は戦争だけじゃない、災害時の救助や害獣の討伐もある」
「……さすが、そっちの事情には詳しいわね」
「飲めよ。熱くなり過ぎだ」
一瞬手元のアイスコーヒーを見下ろしたが、それだけ。
飲もうとはしない。
「……見習いとはいえ、元騎士団なら、戦線に行ったことがあるでしょう。身近な者が死んだことは?」
「……ある」
「その仇を取ろうとは思わないの?」
「……思うこともある。けど、しない」
「どうして!」
珍しく語気を荒げるシュヴァリィに、答える。
「俺の仲間を殺したのは、個人じゃない。『戦争』だ」
「ッ……」
「戦争が無ければ、死ぬことはなかった。お前の父も、抗争が無ければ暗殺されてない」
「……」
「それに、戦争は殺し、殺されるものだ。例えば、父を殺した暗殺者が、お前の父に家族を殺されていたとしても、同じことが言えるか?」
「言える……言ってやる!」
「無理だろ、お前には」
「父が、誰かの仇だとしても――」
口が空回り、声が出ていない。
そういうヤツだよ、シュヴァリィは。
アイスコーヒーを全部飲み、今度こそ帰るために立ち上がった。
「最後に……お前は、戦争で自分と同じように、大切な人を失う者が生まれることを、許容できるのか?」
「……」
「正義は常に変化する。俺の師匠の言葉だ」
シュヴァリィは、何も言わず、目を伏せるだけだった。
昨日のが長かった上に、今日のも長い上に難しいので、一話だけです。