遊戯
あくる日、目覚ましの音で俺は目を覚ました。
いつもは、軍での経験もあり、良い感じの時間に自動で起きれるのだが、昨日は新しい環境で上手く寝付けなかったせいで、上手く起きれなかった。
「ふぁああ」
霞む目を擦りながら、隣のベッドを見てみると、イースはもういなかった。
結構早く起きたつもりだったのだが、イースの方が早い様だ。
身体を伸ばしてから……良い匂いがするリビングに起きていく。
「おはよう」
「おはよう、ラギナ。丁度ご飯できたところだよ」
リビングに行くと、イースがエプロンを着用して、朝ごはんを作ってくれていた。
トーストと目玉焼きという、ごく一般的なものだが「朝起きると朝ごはんがある」というのは、労力以上に嬉しいものがある。
「ありがとう。頂くよ」
自分の席に座り、イースが作ってくれたトーストを食べる。
「おいしい」
「それは良かった。昨日は迷惑かけちゃったからね……」
「あー……」
昨日の事件を思い出し、気まずい空気が流れる。
「風呂は分けるようにしよう。うん」
「……そうだね」
言葉が少なくなったまま、朝ごはんを終えた。
「じゃあ俺、九時から講義あるから」
「いってらっしゃい」
……新妻みたいだと思ったが、口には出さなかった。
◎◎◎
初めての講義。
イースはコースが違うので、教室の端に一人で座る。
(ずっと一人は寂しいから、コース内でも友達が欲しいな)
いや、よく考えると、同じコースでも友達がいた。
「ここ、いいかしら?」
「どうぞ。誰も来る予定ないし」
俺の隣に、シュヴァリィが優雅に座った。
その隣に、シュヴァリィに付いてきたディーシュも座る。
相変わらず俺を目の敵にしているようで、露骨に睨まれたが、笑顔で返した。
「ん」
シュヴァリィが、俺に向かって手を差し出した。
「え?」
「アメ、よこしなさい」
「ああ、どうぞ。ディーシュもいる?」
「要りません。というか、呼び捨てにしないで下さい」
「これは失礼」
ディーシュさんは公爵のクレイヴ家だったか。
うちの家と確執があるとかではないのだが、貴族意識が強いと聞いたことがある……気がする。
貴族の情報を思い出していると、アメを咥えたシュヴァリィが顔を覗き込んできた。
「それで、騎士の件は考えてくれた?」
王族の専属騎士。
ドゥリター王国には、各王族に一人、専属の騎士を付けられる決まりがある。
まあ、一度捕まるとほぼ逃げられない、この世界の戦闘システムだと、よくあることだ。
要は、最後の盾。最終防衛ライン。
そして、その任命権は王族本人に委ねられている。
シュヴァリィは何故か俺を過大評価しているようだが、自分の実力は分かっている。
師匠のような、本当の強者のことも。
俺はただ、同年代よりちょっと戦闘経験が多いだけ。特別才能があるとか……ではない。
「他をあたってくれ。うちの家は第二王女派閥じゃないだろ」
「アナタが派閥に入れば、アークエス家も付いてきてお得ってことでしょ?」
「……せめて実家の返答を待たせてくれ」
まあ、連絡してないけど。
シュヴァリィはそれを見透かしたように俺の目を見てから、フっと笑って、教室の前の方を向いた。
それにつられて、俺も教壇の方を見ると……ちょうど先生が上がったところだった。
第一印象は、変な人。
顔の半分を、おたふくのお面で隠しており、その下の表情は一切変化しない。
代わりに、お面が表情豊かに変化する。
おたふくが口を開いた。
『どうも、軍事研究家のヒルトレイヴ・ミリットです。よろしくお願いします。今日は始めてなので、レクリエーションといきましょう』
取り出したのは、白黒が交互に配置された方眼が描かれた盤。
そして、様々な形の、白黒の駒。
『チェス。遊戯だと一蹴するものではありませんよ。その人の考え方が出ますから。二人一組になってください』
チラっとシュヴァリィを見ると、「逃がさない」という笑顔だった。
それを察してか、ディーシュさんが立って別の席に移動する。
まあ、他に相手もいないし……望むところだ。
「やろうか。シュヴァリィ」
「受けて立つわ」
「ちなみに、ご経験は?」
「王城では必須科目よ。そういうアナタは?」
「将棋しかやったことない」
「しょうぎ?」
「まあ、駒の動きも覚束ない初心者だ」
「幾つか落としてあげましょうか?」
「いや、最初は普通にやろう」
配られた駒を、対面のシュヴァリィの見よう見まねで並べていく。
「先手は譲ってあげるわ」
「では」
適当なポーンを一つ前へ。
シュヴァリィは少し動揺を見せてから、ポーンを一つ動かす。
これは……俺の初心者過ぎる手に戸惑ってるな。
このまま、予想外の手を打ち続ければ、ワンチャン――
「チェックメイト」
「参りました」
まあ、無いですよね。
訳が分からないうちに、あれよあれよと盤面は進んで行き、気付いたら負けていた。
「……?」
「流石に相手にならないわね。ポーンとキングだけでも勝てそうよ」
「ごめん?」
『じゃあ、私とやりますか?』
いつの間にか、背後にヒルトレイヴ先生が立っていた。
俺の背後を取るとは。中々やるな、この先生。
「やりましょうか」
『やった! ほらどいて!』
「えぇ……」
俺が座っていた席に先生が座り、駒を並べ直す。
もう俺のことは意に介さず、達人の読み合いを始めていた。
ヒルトレイヴ先生のひょっとこの面が、赤い天狗に変化している。
『先手は譲ってあげますよ』
「では。参ります」
カッ、カッ、カッ、カッ
定石でもあるのか、双方間を置かずに駒を動かしていく。
カッ
『ほう』
先に手を止めたのは、ヒルトレイヴ先生。
だが、これはシュヴァリィが上手、という意味ではなく、定石と違う手を打った、という意味だ。
……それくらいは将棋をしてれば分かる。
『なるほど。では』
カッ
「……」
カッ
一つ一つ、考えて手を打って行く。
よく分からないが、凄い戦いが起こっていることは分かる。
『やりますね。ですが……捨て駒が多くありませんか?』
カッ
ヒルトレイヴ先生が、駒を一つ取った。
「犠牲無くして勝利はありません」
カッ
シュヴァリィが、駒を取った駒を取り返す。
カッカッカッ
読みが加速し、二人の駒を動かすスピードが段々早くなる。
動かしながら、天狗の面の口が動いた。
『攻撃一辺倒ですね』
「攻撃は最大の防御だという格言もありますので」
『でも、そんなことをしていると……』
カッ
「足元を救われますよ」
面の天狗が、ひょっとこに戻る。
盤面を見ると……シュヴァリィのキングが、敵の駒に囲まれていた。
『チェックメイト』
「参りました」
パチパチ パチパチパチパチ!
凄まじい勝負の結末に、思わず拍手をすると、辺りから拍手の大合唱が聞こえてきた。
いつの間にか、教室のみんながこの戦いに見入ってたのだ。
「凄かったね」
「シュヴァリィ様が盤面を支配していたと思いきや、先生が一瞬でその隙に切り込んで、崩してしまいましたわ」
「美しいチェスでした」
……最初から見ていたのに、周りより理解できてない。
『っと、遊び過ぎてしまいましたね。今日はここまで。これからも、時々チェスはする予定なので、負けた人は練習しておいて下さい』
「はい……」
便宜上「チェス」と表記してますが、厳密には現実のチェスとは違う……かも?
なので、ルールにガバがあっても、それは異世界の差異です。
今日は二話とも長かったので、明日は一話更新になるかもしれません。