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<10月1日  “朝日”>

「……」

 押領司は目ざめと同時に無言の圧力を浴びる。

「や、やぁ」

 できるかぎり自然に挨拶をしてみた。が、相手は何も言わない。

 学校には行かねばならぬ時間だというのに、押領司はベッドの上に居る。

 総合病院というのはなかなか快適で、本来は四人一部屋の場所を、白いカーテンで区切って隣にいる”相手”と二人で一つの部屋にしてくれるくらいには気が利いている。

 いや、この場合は針の筵にな気がする、と押領司はひきつった笑みを浮かべ、隣のベッドから睨みつける茂庭・麗子に左手を上げた。

「……動かないほうがいいと思いますが」

「た、確かにそうだね。うん、お互いに……」

 まったく、と茂庭は押領司に溜息を向ける。

 茂庭はステラと共に保護されたが、ネットワーク上にバックアップのあるステラと違い、彼女の肉体や精神を完全に保護できてはいなかった。

 結果として、一定のナノマシンの注入が行われ、脳の内部にナノマシンの瘤ができ、脳を圧迫し始めていた。

 継続的な投与が行われれば、脳内出血の後に死亡となるが、病院への移送が早かったことが幸いし、一日いた集中治療室から、今朝の午前6時に一般病棟へ移っていた。

 どこかの――政府高官のおせっかいにより、押領司の隣になったことは、今、動かない右手を振り上げてでも殴りつけたい衝動を押領司の心には持たせていた。

 茂庭の事を嫌っている訳でもない。

 茂庭の気持ちを知らない訳でもない。

 むしろ、口酸っぱく麻生姉妹からは――特に姉からは目を三角形にされて――念押しをされているのだから、逃れられない、という事も分かっている。

 今、茂庭がどのような気持ちかを邪推することはできても、本質を見抜けていない事はすぐに理解できる。

 もう十月だ。

 だというのに、うだる様な暑さの中で『元気よく』鳴くセミの音が風に乗ってやってくる。

 窓は開いていると、少し秋の香りを感じた。夏の終わりである事は、この朝の香りだけで十分にわかる。

 しかし、もう十月だ。

 後期の授業も開始されとうに一か月。中間試験まで残り半分もないところで、押領司、茂庭共に最低一か月の入院が言い渡されている。

 神経の接続を行う作業に必要な措置であったし、特に脳に障害が残る可能性のあった茂庭にとっては重要な事だろう。

 押領司にとっても同じで、右手の焼き切れた神経の再結合に、さらに二度目の神経破壊が起きている。側線になっていたナノマシン結合体が融解している事から、電気信号の阻害が起こっており、内部に数か所ガラス状の絶縁結晶ができている。

 明日には摘出の手術が行われるらしいが、と、半分は他人ごとの様に思っている。

 茂庭の事は少しだけ安心している。

 それが押領司の最大の安心感だ。

 それ以外の気持ちがない、というのが一番の問題で、恋愛感情をどうのこうのと言われても、落としどころをつけるだけで精一杯で考える気力がわいていなかった。

 遠くを見つめる。

 病院の窓から見える景色はいつも見ている学校の窓からの景色とも、ネットワーク上に広がる無限の世界とも違う。

 ただ雄々しく威風をもってそびえたつ椋木に翼を休める鳥の声。木の下に作られた花壇の周りで話をする雑多な職員の声。虫たちの音は緩やかで、車両などが出入りする喧噪さもない。

 ずっと見る事の出来た世界。

 しかしこの三年間はまともに見なかった世界。

 遠い瞳を外に向ける押領司に、茂庭は難しい顔をしていた。

「――正直、なんていったらいいか……わからない、っていうだけで、感謝の気持ちやら、恥ずかしい気持ちやら、何が何だかわからないんだから、そっぽ向いてないで、なんか言ったら、……いいとおもいます」

「……そう、かもね」

 でも、押領司は言葉を選び出せない。

 おめでとう、は違う。

 よかったね、は違う。

 なんて言葉がいいのかは、――まったく想定できなかった。

 いうなれば、むやみやたらな言葉ではないほうがいい、という事だけ。

「まず、聞きたい事があります」

 姿勢を直し目を伏せ、茂庭は天井に顔を向けたまま、押領司に言葉をかけた。

「押領司さんに、教えてほしい事があるんです。きっと眠っている間の出来事だったでしょうから」

「うん」押領司は頷く。

「あの、ステラさんは、どうなりましたか?」

「……。そうだ。それをまず話さないとね」

 それでいんだ、と押領司は頷いて口を開いた。



 フリーライターの星越・信之氏からの情報提供により、警視庁が動いた事で、この奇怪な事件が結末することになった。

 同じライターの一人として、彼の勇気ある行動を叩てるとともに、彼の行いにより少なくとも二名の命が救われている事に留意したい。

 まだ係争中の事案も含まれているため、簡単に星越氏を祭り上げる事ができない状況だが、それでもネット上での過熱ぶりを見れば、いかにこの事件が『双方』に影響があったことがわかる。

 私、ドロシー・ウォーカーは、悩める機械種を題材にした作品を題材にしていたからよくわかるし、私のパートナーも機械種であるから影響という点を考えれば、彼らのネットワーク上でも広く、そして深く”整理”されていく事案だ。

 ジョージ・マケナリーは人殺しだった。しかし、同時に機械種を救う”装置”だった。

 人の心と人の考えを持ち、機械の体と機械の思想によって作られた彼を、私たちは社会から完全悪として除き切る事ができないのではないかと考える。

 機械種の一部には人間らしさを人間から得たいという『欲求』を得る者もいる。

 それはIMSという機械の心の不完全さにほかならない。

 しかし、その欲求を商品としての価値を付加し、悪用したのはほかでもない人の業だ。

 今回摘発されたASAHIは日本の企業であり、CEOはすでに二か月前に死亡している事が報じられている。

 “参考人”として、拘束されているのは日本の限定プログラマーの一人、朝比奈・孝幸氏であり、彼は技術面での提供はしたものの、この歪んだ会社の責任を持っていない事が、協力関係にある内閣府の情報筋から公表されている。

 しかも、内閣総理大臣の署名付きとなれば、彼の”技術”を糾弾することはできないだろう。

 ジョージの世界で行われた犯罪すべてを現在解析するために、彼の所有していた記憶装置等の解析をFBIと警視庁が合同で行い、余罪がある場合には各国の警察機構へ随時情報を提供することになっている。

 一方、幼少期から、すでに二十を超える年までの長期間、監禁・幽閉されていた、クレア・バトラー・カートライトは、両手、両足の切断という悪夢を乗り越えて事件解決の二日後に帝国ホテルにて両親と再会する事となった。

 この事件において、最大の功績者として名前が挙がっている一人の少年がいる。

 押領司・則之は、自らの脳に障害を負う事も恐れず、誰も成し遂げなかった偉業を『三度』行ったのだ。

 彼は言う、『単純な事を当たり前にやっただけ』だと。

 ネットワーク上に存在するデータを『すべて把握し、すべてを掌握し、すべてを監視する』事のどこが単純で当たり前かと笑いだしたくなるものだ。

 私は、彼の驚嘆すべき執念と、驚愕すべき技量を称賛して、『追跡者』と侮蔑され、ネットワークの海で”常に見られている”彼に一つの名を送ろう。

 彼は、《人間》と《機械種》を多くの社会が用いる尺度で隔てる事はしない。

 一番初めに『機械』に寄り添い、話をし、『彼らの言う事』を世界に広めたのは間違いなく彼だ。

特に、マーク・ヒルをネットワークの世界から、メディアの席に引っ張りだしたのはさすがの功績だと言えるだろう。

 その、マーク・ヒルも対処に困っていたのが、ステラ・フラートン。《機械種》でありながら死を理解し、初めて、『機械種から進化した』者であるとされている。そのきっかけはまさしく、彼のおかげだろう。

 彼は、《人間》と《機械種》の境界を作る者ではない。

 だから彼は『ネットワークガイド』なのだ。

以上で物語は終わります。

未熟な文章ではありましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。

簡単ですが、用語の解説と、キャラクター概況を次に載せます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読了。 「人間らしさとは何か」「心とは何か」という問いかけを読者に投げかけ深い思索に誘います。 登場人物や物語の展開も魅力的です。 驚くべきことにその哲学の深さと同時に、少年少女たちの真摯…
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