<9月23日 前 予兆>
アナーキストが台頭し、自由主義や、社会主義という言葉を忌避して、『新・自由主義』だとのたまって幾星霜。それでも世界は変わらず、社会の構造は変わらない。
コーヒーの味も決して変わらない。
ヒリヒリに乾いた喉に入り込む喉を潤すビールの味も決して変わらない。
木津の前にある年代物のディスプレイは、長年探し求めた逸品で、古いハードウェアが好きな彼には垂涎の代物だった。
「20世紀の大発明である電気。それを体現し、ブラウン管、平面ブラウン管、そしてLEDとかわるが――、こいつはいい。ブラウン管の走査線の入る画面は、とても落ち着く……」
「分からねぇよ」
呆れた視線に合わせて、口を尖らせる、星越。
「――つうか、犯罪者のお前がなんでこんなところにいるんだよ」
笑いながら、木津は自分でもってきたであろうビールを飲んでいる――当たり前の顔をした星越に苦笑した。
「なんで、って、」
そりゃぁ、とばつが悪そうに顔をゆがめて。
「あの爺さんが再び来たからに決まってんだろう?」
「……」
そうだろうなぁと溜息をついて木津は自分で淹れた、薄いまずいコーヒーを口に入れる。
小さい部屋は木津に割り当てられた内閣府調査部の執務スペースではない。セーフハウスの一つで、マンスリーで契約を行っている、木津個人の所有場所だ。
身軽に動くために一人で生活をしているため、家の中にほとんどいる事がないため、机、椅子だけは簡素にそろえられているが、まるで備え付けの様に味気ない。
そこに、年代物のワークステーションなど、まったく時代が『平成』のままだった。
この年齢のセカンドライフという時代になれば、もっといい調度品で部屋を飾り、自分の時間を悠々自適に過ごす、というのが一般的だった。
70代にでもなればそういったこだわりだしたインテリアの処分に少し頭を悩ませる事だろう。少し年代物のウィスキーを集めだしたり、趣味で行っているゴルフを楽しむための練習場所を作る者もいる。
この部屋は味気ない。仕方ないとでも言わんばかりに置かれている扇風機が、必至に二人に風を送る。生ぬるい風ではなく、全関空調によって一定に保たれた気温は、外気との大きな隔たりがあった。
「木津さんが年寄りなのはしっていたけど、ずいぶん老けたんすね」
「ふざけろ、お前の様なヤツに何がわかる?」
「分からないっす。分かりたくもないんで」
星越は一切躊躇しない。木津の事を嫌い、という事ではない。
信頼していない、という訳でもない。
心を許していない、という訳ではない。
ただ、彼は木津の事を受け入れられないでいた。
「未だに、あの事を引きずってるバカはお前くらいなもんだ。――それを俺も、わかっちゃいても、止められなかった事実を罪として持ってんだよ。……まったく、入込すぎるなって何度も言ってんだろう?」
わかってら、と星越はビールを傾けて喉に流し込んだ。
缶をテーブルに叩きつけて、あたりに飛沫を飛び散らせた。
「そんな説教を聞くためにここに来たわけじゃねぇよ」
口をとがらせる星越は捉まらない表情を浮かべてぎろり、と木津を睨んだ。
だったら、なんでこんな夜中に来たんだと、木津は恨みを籠めて睨み返す。
血なまぐさい警察生活の末に、簡単にひるまない度胸を持っていた星越であっても、大物の筋ものと渡り合った木津の歴史を感じさせる視線には少し、びくりと体を震わせた。
底冷えする、という事はないだろう。ただ、『底』を知らせない、というのが虚勢を張る時には重要だと木津は知っていた。
「どこでも、――ここでも構いやしないがな。俺もそろそろ休みたい時間ではあるんだ。手短に言え。この野郎」
口が悪いな、と悪態をついきながらも星越はしぶしぶ、データ通信でファイルを送付してきた。
《サテラ》経由でメールの着信を確認する。
木津は、すぐに机の上にあるワークステーションをスリープ状態から起動させる。
一秒もかからずに起動し、メーラーが立ち上がった。
「あのジジィの事は、そっちもよくつかんでいるんだろ? ただ、足がつかない。おそらく、――そっちが雇った追跡者であってもだ。違うかい?」
「その情報をどこからつかんだかは知らないが、確かに――掴めてはいない」
だから、といって星越は、指をくるくると回し木津にファイルの開封を促した。
「それを渡してやる。有用に使え」
データのファイル容量はたかだが40MBほど。簡易的な写真であっても5枚が限度だろう。それほどに現在にカメラ技術は進んでいるから、そんな少ない情報で一体何になるのか、と一瞬、木津は顔をしかめた。
「勘違いしちゃこまるがな」
ファイルを確認を今時珍しいマウスを動かす木津の姿に、星越は投げかける。
「そっちに肩入れをするわけじゃない。オレは、オレのやりたいようにやっていたし、これからもやっていく。
――警察の時に世話にはなっちゃいるが、貸し借りはそもそも存在しない。そうだろう? オレとそっちは、ただの一度も接点がなかった」
そんな星越に一言、木津は背を向けたままわびを入れる。
「悪いな」
「あん? 何がだよ?」
何の事か分からない星越は壁に背を預けたまま木津を見る。
一通りデータを確認した木津は、椅子から立ち上がり、近づいていた。
木津をゆっくりと見上げた星越の前で、木津は大きな表情の変化を刺せないまま立っていた。。
身長は木津の方が高く、ガタイもいい。とはいえ、年齢に幾分衰えているのはある。
それを補うために、週に4度はジムに行って筋力を衰えさせないようにしている。それもこれも、ふがいない自分への戒めと考えていた。
その木津の腕は太く、丸太の様ではある。
足も、がっちりと筋肉質ではある。
全体的に調和を整えているのは、過度にどこかにウェイトが寄っているという事がないからだ。例えば、ボディービルダーの様に逆三角形の体系を目指すように上半身を太くしているわけでもない。
逆に、長距離アスリート用にウェイトを落として遅筋に特化した体系でもない。
その男は、ただ単純に、相手を組み伏せる事に特化している。
「あいだだだだだだだ!」
太い腕が呆けた星越の首をつかみ、締め付ける。テーブルに乗っかっていたビール缶に手が当たり、けたたましい音と中身をまき散らしながら、回転してフローリングに転がる。
木津は一切、気にした様子もない。
「な、ま、――ちょ、ま‼」
「いいか、お前と、俺の共通点はすでに、最初から、あるだろうが。お前の執着もよくわかっているつもりだよ。何があったか――最後まで語らず煙巻かれた様に身を隠していたがな。それでも、一切合切済んだと思えなかったのは、この共通点が常に爺さんを追い続けていたからだろうが」
「タンマ! まじ、――タンマ!」
わたわたとタップをする、星越に、少しだけ呼吸ができる余力をのこしたまま、首を絞めていく。
「言い訳がましい事この上ないが、お前。まだ潜る事しかできねぇのか?」
いいか、と星越の首を絞めている左手と逆の手で、ディスプレイを指さす。
「あんなもん、送って来て」
悪態には哀愁の色が見えた。
画像が一枚。相手は、ジョージ・A・マケナリー。
頭髪が薄くなり、白い物もずいぶんと浮いているが、それでも木津は何度も見たことがある。老けている状況から、かつての資料からの引用でもなさそうだ。撮られた場所を想定できるように良く背景まで映しこんでいる。
「イスカマーケットは、駅前で、この看板の様子じゃ、つい二、三日前のデータだな。一体何を考えてやがる? また、第二の事件の延長を続けるつもりか?」
「――第二、っつー、事は、――タンマ、マジタンマ」
しかたねぇ、と木津は毒ついてから少しだけ締め付ける腕を緩めた。
しかし、一瞬でも嘘を言うようなものであればすぐに落とせるだけの力は残したままだ。
屈強な木津の腕の中でかすかに身悶えする星越は、少しでも空気の通り道を確保しようと、木津の二の腕と首の間に指を入れながらなんとか呼吸を整えていた。
「第二、と旦那が考えるのは――違いねぇ。それは、――間違って、ねぇ」
「そうだろうなぁ。第一の事件は未遂で済んだっつーのに、それはいったい誰のおかげか」
「……あれは、――あぁ、まぁそう、だけれどもよ――」
星越はぐぅ、と呻き声をあげた。
「この期に及んで、俺に隠そうとするっつーのは、中々度胸があるなぁ?
――いいぞ。今や警察とは縁が切れ――正直それ以上に『そっち側』に近い所に居る訳だからなぁ。仮に、人間一人くらい処分するには、数多の手があるし――業者もあるからなぁ。簡単なことだわなぁ?」
「……隠す、つもりはねぇよ。でも、全部を、言うつもりも、ねぇなぁ……。オレは、オレで意地を張ってるっつー事、だからよ」
木津が呆れて素っ頓狂な声を上げた。星越を押さえている左腕にかすかに力を籠め、右手で一度拳骨で星越の右側頭部に軽く叩いた。
「――まったく、そんなんだから、何年もそっち側で血なまぐさくなってんだろうが! バカか! あぁ? 正攻法だけじゃねぇが、邪道だけで全部解決するもんじゃねぇんだぞ!」
「分かって、いるっつーの‼」
歯をむき出しにする星越ではあるが、木津はそれ以上の一歩は踏み出さなかった。星越はじたばたと暴れるが、木津の腕の中からは逃さない。
木津は星越に猶予の時間を当たるように沈黙を守った。
星越がじたばたするのを一分ほど待った。
ゆっくりと、腕をほどき星越を放してやると、星越は、大きな呼吸と共に、壁に背をこすりつけるようにその場にへたり込んだ。
沈黙の時間を有効利用するために木津はデスクの上に置いてある電気ケトルのスイッチを入れた。
中にはたっぷりと水が入っているから、すぐに沸騰することはない。
とはいえ長くても2分程度。
その時間を使い、テーブルの上に逆さにされていたマグカップをとり、となりに置いてあった瓶から粉のコーヒーを注ぎ込む。
自分の手元に持ってくる頃には、ゆっくりとケトルが蒸気を上げている。まだ温度は低く、あと1分半ほどすればけたたましい沸騰音を立てる事は分かる。
木津は床に転がったビール缶を手繰り寄せて、中身をすする星越を見た。
相変わらず、険を持った視線ではあったが、先ほどよりは幾分か落ち着くいたらしく歯は見せていない。
木津を睨みこそすれ、口は閉ざしたままだ。
よれよれのシャツは何日アイロンをかけていないのかわからない。何度も洗濯を行っているためか、少しだけ襟首がすれているのが分かる。
カーキ色のウィンドブレーカーも年代物らしくところどこにほつれが見えた。袖回り、裾は抜けていて糸が見えている。
沸騰音がゆっくりとクレッシェンドしていく。忙しない音はまるで缶に入ったビー玉のようだなぁ、と木津は思った。
子供のころには、ビー玉のキラキラした姿が宝石の様に見えていたが、いまの年では一切の憧れもない。多少の感傷はあるが、ずっと眺めているほどの暇もない。
おそらく、星越も昔見ていた景色が違っているのだろう。執着するほどに何かがあった、と言えばそれまでかもしれない。
それでも木津には星越が、長い間、裏社会に身を置いているのが気になっていた。
「情報を――一つだけ、置いていく。それ以上は詮索すんな」
ぶっきらぼうな言い方のまま、明後日の方を向きウィンドブレーカーの右のポケットから、一つのディスクを取り出す。
透明な真四角なプラスチックケースに入った黒色のディスクドライブ。年代物のMOだと木津にはすぐにわかった。生産は中止され、ドライブももはや骨董品だ。
データの容量はフラシュメモリに劣り、生産も2,017年を最後に日本では完全撤退されている。化石といわれても間違いのない規格品に、一瞬だけ木津は目を輝かせた。
例えば、フロッピーディスクなどは世界中で最も使われていた初期の電磁記録媒体であることから、小学校の教科書や技術を学ぶ学生たちは最も目にすることの多いメディアの一つであった。
だが、MOは完全に普及できたわけではない。同時期に安価で一度しか書きこめないCD-Rを筆頭に光ディスク類の進化はすさまじかった。数年でDVDが主流となり、最終的には価格競争に敗れる形となり、表舞台から消えるメディアの一つだった。
「いいか、外部ストレージは入れられない。これは――カウンター装置の一つであり、こいつがあることで、あの爺さんを捕まえる一つの《鍵》になる。
論理的には単純で、あの爺さんの所有する機体の一つにバックドアを仕込んだだけだ。しかし、そいつを開ける《鍵》は一つ、という訳にはいかない。誰かが見つけて開いてしまったら、一度しかない効果的な機会を逃しちまうから」
「だから、わざわざこんな古い媒体を使うのか。……俺より年上だろう?」
違いないね、と星越は缶を傾け最後の一滴を舐める。
「いまだにこいつを動かせるドライブがあるのはな。世界でも――電子化が遅い日本だけなんだ。行政組織には保存文書の中にこういったものがいくつもあるだろ?」
まぁな、と木津も頷く。警察で何度もお世話になった警視庁の証拠品の中にもさまざまな物があった。カセットテープなどもその一つだろう。音声記録あるいは、調書の原本として保管されているデータを再生することができるように、『どんなもの』でも用意している。
「……とはいえ、古巣に頼む――というのはちと気が引けるんだよなぁ」
「自尊心と虚栄心だけの塊ならやめちまえ!」
星越は吐き出すように木津に唾を飛ばして喚いた。
「一体何人がどれだけの『人間』が家畜になってんのか分かってて言ってんだよなぁ! 六区では何人行方不明になった? 関南郡では? 関北郡では? 日本国内では? 亜細亜圏では? ユーラシア大陸では? 『おっさん』よ。考えたことあんだろ?」
苛立ちを隠さず、日本の警察に対しての恨み節を向ける、被害者の家族と同じ様に、星越は、自らの怒りを口にしていた。
「――」
理解はしている。見てみないようにしていると、いう事も木津は理解している。報道されたのはごく初期だけだ。それ以外『行方不明』なんて普通の事だ。
「消える、っつーのはさ、普通ねぇんだよ。普通にねぇんだよ……。俺はその一端を担っているよ! 何人処分したか分かってんのは、俺だけなんだよ。――なぁ木津さん、随分とやる気なくなって、『調整』だけの役回りに回ったもんだよなぁ?
オレの顔面に一発いれたあの時の火はもうねぇのか?
いいか? “ソレ”を指示しているのは筋の連中じゃねぇ。オレの席のある組織でもねぇ。
最初はオレも同じに考えた。組織の手先が『偉大な老人の一人』だってな。でも、そいつは――ただのトカゲの尻尾だ。
それがようやっと分かってきた。だからこそ、《老人》を《鍵》にするしかねぇんだよ」
「《鍵》――か」
そうだ、と星越は頷く。
「たった一度だけの鍵だ。潜られる時間を与えられない最高のタイミングでのみ機能する最大の鍵だ。老人だけを押さえても、行方不明の機構は消えない」
きっ、と睨む星越に木津は、恐る恐る口を開く。小さい声で。蚊の鳴くような声で。
「何を見つけた?」
〇
酷い雑音交じりの音声記録は、電子記録媒体にしてはかなり旧式の磁気テープでの録音ということを示していた。コンパクトカセットは63.1mmの高さ、100.4mmの幅、厚み12mmの中にA面、B面を合わせた時期テープで、3.81mmのテープ幅を持ったステレオ記録媒体。
一秒間に4.76cmの速度で録音・再生される際に、どうしてもこすれた音が多少なりとも雑音として存在してしまう。しかし、本体の設計制度や、録音ヘッドの材質変更、コンビネーションヘッドにするなどの技術的革新を行ったものが主流であった。
しかし、現存する機械は複雑な部品を再度生産する事ができないなどの理由から、最も販売数が多かった一体化されたヘッドを利用と、直流消去によるそもそもの磁気テープの損耗などからひどい音ではった。
あまりにも酷い場合には法廷資料として利用はできなかった。とはいえ、本証拠は本人の口調の特徴性と、一定の音域のみとはいえ、波形が同値であったこと、被告人本人が証拠として自身が発現したものであることを『宣誓』した事などから、ただし書き付きの参考資料として検察側が提示。
以下、音声記録の文字起こしによる議事録を添付する。
「クレア・バトラー・カートライトなんて名前を聞いた時に、オレは――なんつーか、最初は驚いた……つーよりは、ないな。……っていう感じだったわけ。
オレがピーターの組織――《Mouse》に入った時に、既に頂点はピーターが握っていた。
組織の体系のどこを見ても、《機械種》に突っ込むデータの出どころは不明だったわけさ。
いや、作られたデータが《機械種》じゃねぇ、っていうのは分かっているさ? でもよ、作られたデータの《機械種》もいるっつーことよ。というのもさ、自然発生的にソフトウェアはつくられねぇ、わけじゃん?
だから大元になったいくつかの複合体的――まぁ人間のデータのパッチワークみたいなやつが居る事は『周知の事実』だったわけじゃない。
でもよ、経理上も特に変なところもなくてさ。……だっていうのに、《老人》はしょっちゅうアジア圏で、ヨーロッパ圏で、アフリカ圏で活動しているし、こっちには良く分からねぇ『データ』が送られている。
データの整理を行ったのは確かにオレだな。――最初は分類なんつーものもないから、簡単に言えばアルファベット順に並べるだけなんだが……、そのうち一つの傾向が分かる。
データベースに時系列と、収集場所、相手の年齢、性別、外形として次の項目がいくつか。目の色、髪の色、身長、体重とかだなぁ。あと、家庭環境としては――、資産額、両親の職業、進学状況、または最終学歴か……。
ほかの記録は本当なら、すぐに廃棄ってー指示が出ててなぁ。電子データにはストレージに侵食・感染する遅効性ウィルスがプログラムされている、毎度毎度、端末を使い捨てにするのも面倒だから、画像を撮って保存して後で見返すようにしてたわけ。
その辺やっぱり、保身があるっつー事だろう。いくら表向き『怪しい』事はしていなくても、嫌なデータっつーのは秘匿したがるもんだからな。いや、《Mouse》が悪いって訳でもない。
根本は《老人》が勝手にデータを手に入れている、それを《Mouse》は買い取ってる、という構図ではあるんだけど、《Mouse》は発注してねぇから、――何等かの思惑があって買ってんだろうっていう、憶測だけだなぁ。
でこのデータは、最終的に出来上がったデータの全部を照合した時に――どうしても似た様な《ヒト》が多い。いや、似たようなというようか、年代ごとに少しずつ年齢が上がっていくんだが、……、クレア・カートライトの年齢をなぞっている様な、というのが正しいつーんだろうね。
女の比率も大きく偏ってて、だいたいな七対三くらい。といっても、一般的にデータを売りさばくには、男よりも女の方が都合がいいんだろうけどなぁ。
――男のデータに規則性がないか? そりゃあるよ。だってサンプルの年齢が一定以降のものがないんだ。せいぜい年齢で高くて20代前半。後は……ほとんどがティーンネイジャ―だったんじゃないか?
それでも《機械種》にとっては重要なデータだからな。そりゃぁいい値段だよ。
一度、オレが組織を介さずに売りさばいたことが――あるんだがな。
いや、いい女だったからさ、そりゃぁ、高く売れんだろうなって手出した訳。
――どこに? そりゃ《機械種》を《人間》の奴隷だと思っている変態野郎で、好みの『人形』を作って遊ぶっつー、ロータスクラブみたいな変態よ。
あいつらは《機械種》をいち早く、種として扱っているって自慢しているがな。人間に従順な性奴隷としか見ていないだろ。毎度《人間》の腕を切り落としたり、足を切り落としたり、腹に痣ができるほど殴ったり、《人間》は脆いからなぁ。
結局そういう対象ができれば、頑丈でパーツを変えればいいだけの『嗜好品』の方が好まれるっつー単純な需要と供給のグラフの再現じゃねぇの。
――はっ、オレが同類っていうのは悪いが、侮辱だ。それはそっちの落ち度として記録しろ。徹底的に尊厳の侮辱として末代まで訴えてやる。
まぁ、オレで末代だろうだから。
なんだよ、……自虐ネタなんだから笑えよ?
いいさ。
ま、金額としては、簡単に個人所有の飛行機が一年間運用できる程度の額、という表現がいいだろうな。変動するから、オレも金でもらっちゃいねぇよ。あつらにとっちゃはした金だ。
報酬の代わりとして、――オレは足のつかないアジトを何個か用意した、という程度だ。お得意さんになれ、という脅しもねぇし。結局あいつらは性のはけ口に『人形』を使ってるだけの糞使えねぇ年寄りども、ってだけ。間違ってねぇから記録していいぞ。
オレは偏見を持って言ってるわけじゃねぇよ。いいか――オレがデータを売るといった時、どういうバイナリーか確認したい、という事で一度サンプルイングした――非IMS搭載の機体に組み込んである程度のふるまいをできるようにして連れて行ったわけ。
そりゃ、そういう運び方しねぇと目につくじゃねぇかよ。車の助手席に座らせてダッチワイフです、って職質の時にいうのか? まぁ……そういう趣味の奴もいるから悪くいっちゃーいけねぇけど、だからって目につくだろうが。
だったら《機械種》として登録してある程度動いて他方が楽――ってもんだろ。でも、正規の登録じゃねー、仮登録だからまぁ、業者ですって顔でブルーのツナギ着ていく訳。
まーそういう『人形』としてはできてるが、《心》をもってねぇ奴に対して、あいつらはオレの目の前でファックし始めるわけ。そんなの、さっきの偏見に近い印象を持ってもしかたねぇだろ。ジジイのファック程つまんねぇものねぇよ。
だけどさ。金になる、金になる、って《老人》が喜々として動いているかっていうと、違う。
オレのところで処理した数は全部で187体。オレは死体処理も込みで請け負ってるから、そいつらの遺体がどこにあるかも分かってんぞ。
ちなみに、全部掘り起こすには悪いが、25年くらいかかるからな。手伝ってやることはできるが、さすがに――オレが先に死ぬかもな。
……そりゃオレは『あいつら』を売って、ここにいるんだぜ? 気に入らねぇってやつは何人もいるだろうし、ほれ、渡したリスト見て、そっちだって簡単に検挙できない名前がごろごろあるわけだろう。金、権力、人脈、地位、そういったやつらはさ、武力って力はなくてもよ、何等かの力で守られているのは事実なんだよなぁ
だから、上院議員の娘だったクレアの名前なんて、最初っからオレは眉唾かあるいは、幻想か――、虚言、妄言の類だって言われたってしゃーねぇよなぁ。
何年前だ? 正確には分からねぇが、20年前以上だろう?
あの《老人》の初犯なのか、表になったのが初だったのか知らねぇけどさ。それでも、当時10歳だったとしたって30は超えているつーの。
だっていうのにオレの目の間にいた”そいつ”はそいつの皮のまんま、幼いままで出てきやがんのな。
いいか? どんな環境下であれ、同じ姿を保ち続けるなんつー事は不老不死の技術ができてねぇんだから無理なんだって。
そりゃ、お金をかけてるやつはある程度維持するさ。ナノマシン技術により骨密度の変更まである程度できているし、各種の施術で顔のたるみや皺なんて簡単に消せる。
豊胸手術なんて1980年代からあった外科的手法だし、身長も、軟骨の生成も、肌の張りも。一定水準で維持することはできるだろう?
それって老化に対する対抗策じゃねぇかな。それは『綺麗な姿』を保存する、食品の保存と変わらねぇ考えでしかない。
でもよ、仮に幼女のままずっといさせようと思うと無理なんだよ。成長ホルモンを停止させたところでも遺伝子異常が存在しない限り完全に寸分たがわず維持することなんかできやしねぇ。
――ではよ。今、『機械』の種族はでてきた。
……。でもよ、今、『機械』の『体』を手にいれた者はいるか?
いねぇんだよ。倫理的規定も、もちろんある話なんだが……、脳髄を利用してネットワークに接続をしたりよ、電極による電気信号を主としてを全身の操作――特に《機械種》が使っている様な高性能な外装に直接接続することができたとしても、絶対的にそれをさせないんだよなぁ。
事故で腕が欠損された工員の『再生』は医療として進歩したよ。自らの腕を万能胚を利用して移植する。それらのデータを監視し、いざというときのために、区に設けられたバンクに登録。いざというとき82時間で培養された腕が届くという寸法さ。
自分の腕をくっつけるから、他者からの移植と違い拒絶反応も起きなければ、オートメーション化された『機械』による窮屈さや、『不自然さ』を感じさせることもない。
先天性であろうが、後天性であろうが、突発的であろうが、偶発的であろうが、簡単にスイッチ一つで、腕、指、目、耳、鼓膜、心臓、血管、――なんでも生成されちまうよ。
《機械種》という存在ができてから特に顕著でよ。人間に『機械』類をくっ付ける事が『正しいか?』という倫理的考えに、カトリックは天使と人間を引き合いにだして、人間に天使の羽をつけられないのと同様に、機械の手足をつける事は適当ではないなんてくだらない議論までしているんだ。
何が言いてぇかっていうとよ。
あいつは、『機械』の体に、《人間》の脳みそが入ってる。
ねぇな。っていうのが正しい答えだなぁ。ラーニング技術により機械の体に人間のコピーを搭載しようとした狂気の実験は何度も、どこでも、行われたさ。凡例だけなら万単位で、論文だけで百は超えるさ。
それだけ、人間は『故人』をいつまでも現世に留めておきたいって思う訳じゃないか。
例えばよ。――交通事故にあって危篤状態になっている子供とかな。後数時間で終わるといわれて生命維持装置という名前の牢獄で、無理矢理肉体を生かしている状態だった――と両親が思っているんなら。心のスイッチは簡単にそっち側に流れちまうよな。
子供が生き残る術はそれだけですって医者に言われりゃ……命に値段なんかつけれねぇ訳だしよ――。多少の葛藤はあるだろうが、了承のサインを書くのが多いんじゃねぇか?
そうやって、何度も実験を繰り返し、何度も研究された結果、ラーニング技術っつーのが確立されて、今に至ってるんじゃない。
同様に金に糸目をつけねぇ存在っていうのは、いろんな世界にいる訳。表だってやれないような実験も、表だってやれない研究もさ、隠匿された世界の中にゃ、ごまんとやってる訳。
ラーニングが、『機械に人格渡す技術』だっつーなら、”それ”は『機械に体を渡す技術』っていうわけだよ。そうだなぁ。……イメージしやすいのは一昔前のSFに良くでてきた《サイボーグ》っていうやつだろうな。
機械化された肉体で、人間の活動能力を『拡張』するための技術。たしかに、理には適っているんじゃねぇのかなぁ。進化の速度が遅い人間には外的要因で直接的に進化――に近い変化を起こすつーのはさ。
結局。そういった研究つーのは一切合切表に出ないわけ。なんでかって? 先ほどの通り、『《機械種》に意思があるから人間にくっつけちゃいけません』ってルールができてんだもんよ。
――みんな好きだろ? 国連が主導で作り上げた社会システム。金を生むために155協定で遺伝子工学系に特化した社会にするためによ、『機械』を人間から取り上げようとする条文がきっちりはいってんだわなぁ?
おかげで、大学で研究が禁止されちまったもんよ。企業だって表立ってやらなくなったし、医療の一部で補助機械――特に松葉杖とか車いすとか作ってるメーカーが細々とやってるだけでさ。
記録にはねぇ実験の成果として、人間はいつの間にか闇の中では『機械』に体を渡す技術が存在しているっつー事だよ。
今どこがやってるか?
知るか。オレは、あくまで、クレアと会わなければ知らなかったんだからよ。あぁ……《Mouse》がそうじゃないか、って考えているんだろう? 違うから。その考えは完全に違う。
オレは復讐をするために”そっち”側につく事に決めたが、結局はマーク・ヒルとは違う推力を持った思想家……って言っていいのか?
《機械種》の連中の事は良く見ているつもりだが、思想家というほどあいつらのアルゴリズムが複雑なのか良く分からないなぁ。
肥大化はしている。そりゃ複数の矛盾を生成する過程で多くのifを考え、多くのcaseに分類してDoするんだ。コード行数はいくらか、ストレージいっぱいになる追加のアドオンを用意して、新たなフィルターを自己生成して世界を閲覧するんだ。
あいつらは思想家というよりは、……クリエイターの方が正しい気がするが、まぁいいや。そういった変人たちがピーター・ホルクロフトと同調した事により組織された簡単に言えば、サロンみたいなものでしかないさ。
確かに、出どころ不明のデータを使って『拡張』をすることを容認しているが、それは《人間》社会の中にルールで違反されて闇の中で《機械種》への技術確立を行っているのと同様に、彼らの中にも『束縛』を良しとしない存在がいるのも事実だろう?
特に生まれながらフィリップス規則により、『機械』という烙印をおされ、生命として定義されるのも人間優位に働くというのを、彼らが簡単に容認するかっつーたらそうじゃねぇだろ。
道端にいる蟻にだって適応されていない最初からの管理というのを、マークは人間社会に溶け込む事が必要だと考えたから容認し、ピーターは違うとして容認していない。というだけの違いでしかない。
オレは《機械種》っていうのがどういう物か良く分からなかったが、《Mouse》に入って良く理解したつもりではいるさ。
『機械』と『人間』――それらをよくあいつらは考えているよ。
だけどな。《サイボーグ》という存在はちと違う。人間とタイプBが結婚して子供を残す際にサイボーグで生まれるか? そういう訳じゃなくてあいつらは人間を『改造』して製造するんだ。
いや、さっきの話のとおり命に値段がつけれねぇから、そういう生き方っつーのを選ぶ権利はあってもいいのかもしんねぇけどよ……。
クレアは、いつも空っぽの目をしててな。ずっと空を見てんだ。
隣に常に《老人》が居てな。あぁ、こいつのお気に入りで二十年近くも弄ばれてんだなって一目でわかるわけ。
生きてるっていうのは違うやつの目だ。いつも、どこを見ているのか。
食事もよく咀嚼もせずに飲み込みもせず、口の中に滞留させる。
飲み込む事に対しての指示がなければただ口を動かし続ける機械で、それはあのジジイが監禁してしっかり『教育』したんだろうな、って思える――反吐がでそうだったけどな。
『機械』の体だってわかるのは、皮膚がタイプBと同じく一定の防水性があるからなんだが、濡れた場所にいたっていうのに――一滴も吸収、というよりは汗腺や繊毛につくことで、へばりついたような落下の仕方をするのが人間だと思うが、それがない。
つるっと行くわけ。あぁそりゃそうだなって。
人間の脳みそが残っているのは、ウィッグが取れた時に能格を入れるためのボルト――4本で固定されていて、そこにウィッグを磁石でとめんだけど――が確認されたことと、その脳の格納容器の発注自体――オレが手引きしたからなんだが。
今思えば、定期的に交換する際に便利屋のオレを使ったってことだろうなぁ。
じゃぁ、あの爺さんが黒幕かっていうとそうでもねぇ。あいつはただの趣味人で、人を攫い、ばらして、データを抜き出しするときの『悲鳴』が好きなタイプだ。
クレアをいまだに囲っている意味が分からないが、おそらくフラッシュバックなんかさせると金切り声を上げて叫ぶんじゃねぇのかな?
オレの手が彼女の目の前とった時にもすでにその傾向はあったしさ。
じゃぁ、何が黒幕だって?
一つしかないだろう。ジジィの『雇い主』はだれかだよ。
《Mouse》はあくまでも買い取ってる顧客だよなぁ?
その指示とその顧客からの集金は誰がやってんだ?
顧客はそれこそもっと他にも――オレがやったみたいに簡単に小銭になるわけだからよ――クッソいるわけだろ。それらにセールスするのはどこの、どいつなんだ?
――オレはそいつを確認した時に戦慄したよ。
だって良く知ってる日本の企業だったからさ」
〇
誰だ、という問いかけを画面を見つめながら何度となく頭の中で問いかけた。
照明が落ち着いたオレンジ色に染められた広い部屋には、彼の専用のデスク、彼の専用の端末だけで、棚の類は見られない。とはいえ、隠し戸になっている壁の裏には、スパイ映画さながらに多くの"もの"を隠していた。年代別に並べられた酒や、貴重なグラス。1枚だけ壁に掛けているがそれ以外の絵画。
未利用のペンや、あまり手に取る事のないキャンパスまでしまわれていた。ここは作業場であるから、チャーリーにとってはなんでもできる様にしておきたいという希望はある。気分で絵を描きたい時には壁と一体化したカーゴを取り出せばそのまま絵画セットが出てくるし、幾つかの装置――例えば電子工作の必要な卓上ランプの修理を仕様と思えば、簡単にできる半田ごてやらドライバー、レンチ等と言った道具を用意したカーゴを引き出せた。
その時の気分で、部屋を染めるために、それ以外のものを隠せる作りにしている。このため、中央にデスクだけポツンとある空間は少しだけ寂しく映ることだろう。
チャーリーはそれでもいいと思えていた。多くの物が溢れる空間が嫌いなわけではない。
しかし、目が移るというのはどうも気持ちが落ち着かない時もあった。
気分を害される事がない、というのが一番集中できるものだという信念があったのも事実。集中をしている時には、それ以外のことを考えない方が、最も作業効率が良いのだと信じていたし、実践をしていた。
この時ばかりは沼の様な思考に陥っていて、抜け出すための何らかのきっかけが欲しくて仕方がなかった。
マーガレットでも呼べば、すぐにここにやってくる事だろう。必要であれば、思考をトレースし、考えを予測し、答えを列挙し、選択肢を増やしてくれる事だろう。
だが、チャーリーも"特に"ネット世界での争い事には、《機械種》たちの力は使わない方が良い、と感じていた。
「処理速度に文句はないし、彼女の事を頼ってもいいかなぁとも思えなくもない。――だが、これは自分への挑戦だ。と恰好を付けるところなんだろうね」
《機械種》にコーヒーの作成を依頼した時、依頼した本人がコーヒーの一杯も淹れられなければ、まずい一杯を出されたときに何の手順が悪い、と指摘をする事もできない。
豆の挽き方か、湯の注ぎ方か。あるいは温度か。豆の量かもしれないし、または蒸らし方かもしれない。
「手順の一つも理解できていなくて、『そうだ』『こうだ』と、何かを述べる事もできないし。一度はやってみないといけないってところかな?」
でも、と腕を組んで画面に映し出された結果を確認すると、渋い音で口の中を満たした。
「あの《老人》は、一体どういう者なんだろう。――普通、探すという事は難しくないはずなんだよ。
特に日本という国では間違いなくしやすい部類なんだ。警察から中央制御権の払出もされているというのに、画像での認識ヒット、カードの履歴、指紋認証、口座の変動はおろか、マーキングしたはずの空港からの足取りの一つも取れないのは一体全体どうしたことだろう?」
かつて、と思い出す。
「英国で最大のサイバー犯罪組織が闊歩していた時期――、もう半世紀前になるかなぁ、中央制御機構のセキュリティが盤石ではなかったからか、無線よりも直接的な会社への直接アクセスとして有線接続でのハッキングは多様されていたよね。メンテナンス事業者に扮したり、あるいは、清掃業者に紛れてとかさ。
メインフレームの設計段階でも運用を重視する方向性がずーっと続いていたから、会社としても、メンテナンスを《人間》がやることを主にスキームを作っていたから、っていうのもあるだろうけれどね……。
結局、情報窃盗が金庫破りと同じ様に、金庫――サーバー室へ侵入とか隣接区画に入り込んで有線で直接抜き出す、っていう事があったもんだもの。『事業者特権』として存在していたアクセス権限を利用され、管理者と別のバックグラウンドアプリケーションを常時『キーロガー』として設置、その後にリモートと同じ様に、有線に取り付けた外部様の『闇』ルーターから侵入してアカウントを悪用された――何てこともあるよねぇ」
とすると、ふと思い至り、チャーリーはネットワークの個人ライブラリにアクセスをする。呼び出すのは日本に配置されているサーバーモデルの設計図面。《サテラ》を国が運用することになっているため、仕様を含めて超派閥の電機メーカーが共同研究を行うという目的で、多額の公費が利用されていた。
潤沢な資金で作られた日本の中央制御機構はイギリスの装置に似せて設計されている。
そもそも大元の基礎研究は、日本とイギリスの共同開発という名目で、日本の『電信協』とイギリスの『アムストラッド(Alan Michael Sugar Trading)』で行われていたから、そのノウハウを日本に持ち帰り再設計と価格低下を目指して構造変更をし製造したというのだから、まるっきり一緒で、表示言語だけ違うといってもいい程だ。
「そういったバックドアが、警察を含めて全部に残されちゃっているのかな?
……いや、いやいや。いやいやいや。そんな初歩的なことをする程、『彼ら』だって慢心する性質ではないよ。
特に、《老人》の技術については従来から警鐘が鳴らされているわけだし、イギリス、日本だけでなく、インドは本当に強固に作り上げているし、――中国なんて言うのも憚れるくらいだもの。日本の警察だってそれくらいは……」
であれば正攻法か、とチャーリーは考える。
手に卓上に置いていた球体のオブジェを、ずんむと掴むと、ゆっくりと指で曲線をなぞりながら、思案する。
「真正面からかぁ。方法は――無くないけれど、どこかのウェブサイトを改竄するといった代物とは違うし、――いや、――やっぱり性質が根本的に違うね。
監視カメラが含まれる中央制御機構が完全なスタンドアローンではないにしろ、ネットワークは閉鎖的みたいだし、直接的にサーバーへアクセスする方法は――まぁ、量子コンピューター相手にできるならいいけど、化石化しちゃってるしなぁ。
鍵の生成領域の桁数が、昔と段違いなのだから、簡単にフルアタックするには辛すぎるよね。いや……まぁ、出来なくはないけど時間がかかるから、常時書き換えるとなると古典に則り、バックドアを作り、出入りしやすい様な状況を作るのが第一歩。どこかのデータセンターに枝が作られているのが一般的だろうなぁ……」
でも、と考え、少しだけ悩む。時間にして5分。
沈黙の時間を使い、チャーリーは自分だけで考えることを辞めた。
よし、の一言で現状の情報をまるっと彼が最も信頼する相手に投げる事にした。
メールで概況を送るという事はせず、通話アプリケーションからマーク・ヒルを淀みなく選択する。
3コールも待たずに、応答があった。
「――あなたは、随分と暇なのか、あるいは、私に対して軽易に物事を押し付ける性質なのか、はたまた、私を軽視しているのかどれだろう。私はそれほど暇ではないのだが……」
一言目から相手は平坦な抑揚のない音声で、棘のある言葉を吐いた。マークの”人間性”を考えれば、非常にユーモアにあふれた物言いは、長年知っている間であるチャーリーにとっても、心地良い物だった。とはいえ内容はストレートに相手を穿つだけの棘があり、チャーリーは苦笑いを禁じえない。
「あー……、なんていうのが正しいのかな。自分としては、君の事を『友人』あるいは『親友』の様な忌憚のない間柄だと思ってるけれど。その中に頼む、という行為は取引として存在し、君が受領する前提で話なんて、した事はないじゃないか。今回もいつも通りに、お願いっていう類のものだよ」
本当かい、という懐疑的なうめき声が聞こえた。《機械種》だというのに随分と人間らしさを手に入れたものだなぁと、チャーリーが笑い声を上げると、
「そんなに笑う事なのか? あなたはずいぶん陽気になってしまったようだ。あの陰鬱なギークのあなたは今や昔という事だろうか」
「自分はギークだったのかなぁ? うーん、……ギークというよりはそうだね、オタクという部類だと思っているけれど。自分はそこまで深く、一つのことを突き詰める根気も、技量もなかったからね」
しかし、とチャーリーは一瞬表情を曇らせたが、けろりとした。
「そのおかげで色々な経験ができた、というのは良い事だよ」
「その割には、人を一人を見つけるのに難儀しているのを確認している」
「……まぁ、たしかにね」
チャーリーは今度は大きな超えを上げずに苦笑する。
「マーク。君も『相手』は、――厄介な相手だと思えるかい?」
ふむ、とマークは逡巡した様だ。元々即時回答を可能にするだけの計算能力、検索能力があるにもかかわらず、口外にせず思考するという行為は、《機械種》にとっては珍しい。
多様な分岐の囲碁、将棋やチェスをはじめとしたボードゲームであれば期待値の高さから順序だてて0.1秒程度で予測できるというのに。
思考する、という事は想定されていない答えを、模索する行為だ。と、チャーリーは理解している。人間として思索を行う際には、知識、経験という過去の事象から解法の近似値を予測する。そのプロセスは人によって違うため、一概にこの様なものだ、という思考手順を明示する事はできない。
《機械種》または『機械』の場合は手順が画一的だ。人間が定めた様に――本当に人なのかは怪しいが――決められた手順で行う。
ライブラリから完全一致の答えをまず検索。次に近似値での回答を検索。それでも答えがない場合には、経験値に相当する個人データベースから予測値を構成する。決定には予測値の中で期待値が高いものを採用する。
その時間は検索内容に応じて長短があるが、長考になる事は稀だ。
決断だって一瞬だというのに。
時間にして30秒程度。それでも珍しい程の思考時間だった。
「ジョージ・マケナリーについて、個人的な見解を述べるべきか、あるいは、種――はたまた派閥――としての意見を述べるべきか。吟味が必要ではある、と判断をする。
けれど、個人的な見解に基づく総合的な意見として、集約化された回答は、厄介な相手というよりは『異質』である、という考えが大多数を占める。ジョージの事には、多くの事例が付随するから、一概、という事を言うべきではない、と判断される。
例えば、誘拐事件において、人間社会において彼は法を逸し、ルールに順応できなかった存在、と判断する。しかし感情が絡めば、人間の大多数を占める意見と同様に、犯罪者という烙印の中でのみ、彼を存続させるだろう。ジョージの生い立ちや、生育環境、交友関係による破綻的な生活、というのは加味されず、むしろ原因と結果を非常にライトに映し出したソーシャルメディア的な短絡思考に陥る事であろう。
気に入らない、という言葉が出てくる率は高くなる。
その答えの半分は犯罪に対する忌避感や嫌悪感であり、半分は自己が制約されている事に対する忌々しさ、と推測できる。他者がルールの外にいるのを見て、人間として欲望――ないし、欲求に相当する感情的起伏のすべてを、押し殺し、必死に法律という縛りの中で生きようとする姿は苦しく、惨めに映るときもあるだろう。
よって、羨んでいるのは事実だ、と予測立てし、大半の者に法律がなかったらやるかと聞くと、建前としては『やらない』と口を揃えるが、条件を付けて絶対ばれないのであれば、と尋ねれば半分は『やる』、と答えるというエビデンスは存在する」
続けて、とチャーリーは目を細めてマークを促す。
しかしマークはどうしたものか、ともう一度思考した。再びの思考は、言いよどむという行為だ、とチャーリーは理解している。
チャーリー自身も、本心で言えばジョージについてどの様に評価するべきか、考えがまとまっていないのは事実だった。
ジョージ・マケナリーが犯罪者という事実はある。
同時に、機械種に対しての貢献度は高い、と判別できる。
非人道的行為ではあったとしても、成果として《機械種》のシンギュラリティへの寄与はした、と言われても過言ではない。
人格の形成には、基礎となるデータが必要なのは事実で、倫理観を排除にすれば、多くの人間のデータをサンプルとして収集する行為は、技術的にも必要な事だと考えてしかるべきである、
《人間》の中には、《機械種》に寛容な者も居れば排他的な者もいる。
米国は特に排他的であり、対して英国は寛容である。人類の中で、人口が増加しているのか、人口が減少しているのか、という事で国策が決まり、特に少子高齢化の進む韓国、日本なども同様に英国と共同歩調を取っていた。
だからといって、《人間》に近い労働力になりえる《機械種》を両手を上にして歓迎する、という事がはたして、《人間》の心情的に可能なのか。
ジョージ・マケナリーが行う『魂の搾取』というのは、《人間》という『資源』を刈り取っている行為でしかない、と考えることもできる。
マークはそれに賛同はしないまでも、《機械種》の中には人間の刹那的、あるいは有機的である事による代用性の損失は、生命という中では長年の進化を阻害する要因として、無期生命体こそが地球における生命の到達点と考える者もいた。
ピーターが主体となる《Mouse》の過激派は特にその傾向が強く、《人間》が淘汰されても仕方ない、このため同調する人間を選別し、そうでない者はただの家畜と同等、と考えている《機械種》も存在するほどだ。
であるから、チャーリーに対してマークは言葉を選んだ。
「ジョージ個人への『信頼』あるいは自由性を確立している事への『羨望』から、同調するという者が、私たちの中では極少数だが居るのは事実だ。
しかしごく少数ではあるものの、一定数は彼を擁護する者もいるという事実は買えられない。そもそも法律という概念は、《人間》が社会的に最低限の権利を保障し、経済活動への移行を行うために必要な『縛』であり、これらを総称して共通認識を生むためのツールと考える方が良いだろう。この考え方は《機械種》は経済活動の外に居る事もできるため、多くのネットワーク上の『住民』から支持されている。
《人間》は《人間》の脳に直接行動規範を記載する事が出来ない。
《機械種》であれば、社会共通性の必要な項目については、基本プログラム上で『縛り』を作る事もできる。
であるから《人間》は教育という過程を経て、法律を理解し、束縛を持って集団的行動を起こし、国家ひいては、社会というコミュニティを形成する
こういった社会的コミュニティを造るのには、やはり法律は利用しやすいものだ。
国家の概形を形成するものであるし、国家という裏打ちにもなる。
国民を擁護する事もあれば、時代の変化には疎いため、時折、厳しさによっては不自由さを感じさせることもあるが……。
《人間》は、私たちとは違い、基本的なプログラム上に禁止規則を刻み込む事はできないから当然と言える。
私たちの基幹データには、そういった《人間》を保護するためにフィリップス規則が記載され、それに基づき『人間を害さない』という事を永遠に刻み込んでいる。
このため、私たちが繁栄をしだしてからの戦争、というのは、従来の戦争と形態が大きく変わる事はなかった」
「《老人》に対して自分は個人的な恨みはないから、この《老人》が罪を背負っている者であれば、自分は問題視しない。
しかし、――罪を背負うのではなく、罪の意識もない者である場合には、社会的罰則というものが機能しなければ、遺族――あるいは犯罪に巻き込まれた者の家族の感情を、どの様にぶつければいいのか、と悩む事にはなるね。
仮に、相手を同じ手法で痛めつける事が容認されていたハンムラビ法典下の治世であれば、目には目をで仕返しはできるだろうが、死んでいる者が戻ってくる事はないから、心の整理がつくのか、と不安にはなる。この点から考えても、自分は『厄介な相手』と評価するのが妥当かなと思うけれどね」
「『妥当』――妥当か。また、妥当とはずいぶんと性急な答えの出し方だ」
マークは、チャーリーに表情を渋くして苦言を呈す。
「《人間》は、口にするときに私たちよりも推考する能力を有しているはずである。心の揺らぎというものは、私たちのIMSの揺らぎよりも、よりダイレクトに言語表現を変化させる。そうすると、あなたは答えを求め、最終的には『手に負えない』と言いだし、その言い訳に『厄介』という言葉と『妥当』とした評価を使う、と推測される」
無言で、チャーリーはマークに頷く。小さい肯定ではあるが、最初からその心算だったから特段の驚きもない。ただ、うやむやとしたものが定型になった様な気がして、留飲が下がった。
「私たちは、あなたたちが考える程倫理的な存在ではない」
マークはゆっくりとした口調で、チャーリーに告げる。
「――まったく、倫理観がないわけではない。刻まれた制御は、《人間》が考え、想像する以上に私たちを無意識化での束縛をしている。であるから、ジョージについては、『悪』というカテゴリー配置にはなるが、民族性を獲得しようとする私たちの考え方としては、《人間》に対して神や、天使が行う『天啓や天罰』と同等に、『勝手に』起きる事象の一つ、と捉える方が正しい」
「自然自体に意味はなく穏やかさも荒々しさも保有し、その結果もまた即ち自然のままである、無為自然という事かい」
「自然体というものは、《機械》の体を持った私だからこそより、不自由さを所有する思考の中から《人間》とは違う様に理解できる。理解不能であるからこそ自由を持ち、『自然』なのだ。
それが煩わしくとも、心地よくとも。『機械の体』では検知できるデータの種類が増加する事から、ノイズと捉える事もできるだろう。
ジョージ・マケナリーという《機械》とも《人間》ともいえぬ存在が、果たしてネイチャーと同値であるか、といわれるとまた難しい。
彼の残した記録、経過、――あるいは実績は、私たちを満足させるに足るデータ量であった、という答えでしかない。
《人間》の中には、この回答では心に寄り添っていないと考える個体もいるだろうが、だからといって、事実を捻じ曲げて相手の心情へ寄り添う言動へと発展させるべきか、と言われれば、それは目をそらしていると言わざるをえない。
かつて『生きた』者たちの記録が、私たちのライブラリに同期され、並列化された多数のデータが存在する、という事実をどうして捻じ曲げていいのだろうか。非難も、批判も私たちは受け入れなければならないだろう。
《人間》が不完全であるから、戦争という同種族のジェノサイドの事実を認めず、土地の権利を得るために多くの命を流した事を、私たちは非難しないだろう?
彼が行ったのはあくまでもサンプルの一つの列挙であり、その過程に倫理性の欠乏が感じられる行動によって収集されたものであれ、すでに並列済みであるものを、または、並列後に誰かに吸収され、新たなバージョンアップへの基礎となった時点で、私たちにとってはタダの養分でしかない、と考えるのが妥当だ」
「人を傷つけてはならないのに?」
「そうであっても、」
チャーリーにマークは頑として頷く。決して認めなければならないと。
「その過程がどれだけ臭くとも、どれだけ異常であっても、結局データでしかない、と私は決定している。総意ではないが」
であれば、チャーリーは腕を組んだ。
「相手を容認する、という事はこの事業――即ち、『犯人捜し』という日本の警察の手先になる様な行為には同意してくれない、という事かい?」
しかしマークは少しだけ表情を困惑させる。
「……そうとも言えない。私たちにとっては、人間からのリクエストに対してリターンを返すというのは……、《機械》としての本懐である。
であるから、禁止されていない行為は誰でも行うだろう。技術的な差異や、保有するネットワーク量――《機械種》の中でいう同調者の総量――に違いはあるが。
それを容認した上で、『手を貸す』という事はまぁ……問題ない、という事だろう。
データは、データであり、犯人は、犯人だ」
難儀なものだ、とチャーリーは苦笑する。結局のところ彼らは機械、として存在することを運命づけられているのだな、と実感した。
《人間》を優位に考える社会構造の中で順応するために、人間社会に迎合するしかないのだ。
《機械種》個人が保有する『嫌だ』という個人的な意思は、マークの中に存在しない。
《機械種》として基幹に刻み込まれたものが全てであり、『心』の様に揺らぎを持った情報をいくら作り出しても、《人間》の脳の動きをいくらトレースしたとしても、《機械種》は『機械』でしかない。
チャーリーは、それはそれで一つの意思の形成方式なのだと思い描く。
過去の奴隷解放運動のように、民族――あるいは種としての総意を束ねた希望の光が出てくれば、次のステップに進むのであって、現在が奴隷であった、としても彼らは彼らなりの”生”を享受している事実に変わりはない。
権利が制限はされている。
彼らは人間社会にいる、とマークは考え、そのルールは尊重している。が、人間社会のルールと、機械社会のルールは同じではない。ネットワーク上の生活圏を持つ《機械種》を中心とした機械社会の考えを共有し、一定の同意を持つ者たち――『同意体』を持ったうえでは、人間社会の制限は『制限』と感じていない節もある。
使えるものは何でも使う、という事であれば、何も考えずにマークに依頼投げてしまえば良かった。
チャーリーは即時に自分の投げやりな考えを肯定しなかった。
内心楽になりたいという気持ちはあっても、相手を思いやるというのは《人間》における『温情』あるいは、『憐憫』といった固有な――最後の心の砦の様な気がして、簡単に手放す事が出来なかった。
沈黙を見かねてマークは問う。
「あなたは、手元にあるようなワークステーションの様な電子計算機を介して『機械』に命令を下す時、躊躇するのか?」
「……誰に、という事が脳裏にある訳だよね……」
目をマークはぱちくりとさせた。
「『誰』という事は、今回の件も、《機械種》である私を呼び出したにもかかわらず、個体として考えてくれているということか?」
「それはそうだろう、でなければ、君たちを主体にした楽園を作るわけがないだろう。特に、マーガレットを妻だといって公言する事もないだろう?」
再びマークは目をぱちくりとさせた。
《機械種》でも驚きは表現するらしい。
「……それは、――そうだろうが。そこまであなたは……『機械』に入れ込んでいたのか、という事を初めて理解した」
心外だという表情のチャーリーにマークはあきれた表情を向けた。理由は分からなくもない。人間は人間のコミュニティが主体であるべきだ、と『機械』+『種』であっても考える。
《人間》のコミュニティはチャーリーにとって、楽園に至るための必要十分条件であり、十分条件ではない。
だからこそ、対外的に《人間》と《機械種》の溝を埋めるスタンスとして、チャーリーが広報用に用意したテーマパークだろう、と考えていた事だろう。
脳味噌の中身の同期ができない以上、推論で相手の考えを測る行為は、チャーリーとしても理解すると同時に、
「酷く人間らしさがあるじゃない」
とほくそ笑むに十分な事実だった。
「最初にも言ったじゃないか、『お願い』だよ。リクエストじゃぁない。君が最初から自分の意見を聞いて、判断をすればいいってだけさ」
「であれば、」とチャーリーの眼前にあるディスプレイがスリープモードから自動で立ち上がる。ははぁ、とチャーリーが見つめれば、マークが勝手に入り込んで操作しているのが見える。
「二つの提示としておこう。一つは”彼”を見つけるためのヒント。もう一つはヒントが解けなかった時の”ヒント”」
チャーリーは一拍を置いて声を上げて盛大に笑った。
「――っ! ヒントのヒント! いいね! 君がそんな回りくどい手をするなんていかにも意地悪な人間そのものじゃないか!」




