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【改稿作業中 完結】レスティン・フェレス1~暁の荒野  作者: Lesewolf
第一輪「朱の福音はどんな音?」
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①-1 君ありて幸福の調べ①

「おーい、マリア~!」

「うーん」


 自分の名を呼ばれているのに気付き、今見ていたのは夢であったことを知る。それでも微睡みから覚めることが出来ず、マリアは再び眠りにつこうとしていた。


「どうしたの、具合悪いの?」

「あ」


 時は西暦1950年。マリア達がスイス国に来て、数年が経過しようとしていた。ここは永世中立国のスイス、シュタインアムラインだ。


 マリアは慌てて起き上がると、 時計を見て驚愕する。普段の出勤時間からもう20分も遅れているのだ。


「そんな、私としたことが!」


 鏡を見てさらに驚愕、酷い寝ぐせである。そんなマリアを心配そうに見つめる女性がいる。共に同居している女性で、名をティニアという。金髪碧眼の美女であり、彼女を知らない人間からは冷たい印象を与えてしまう。


「大丈夫? ただの寝坊?」

「大丈夫よ、ただの寝坊なの!」

「珍しいじゃん。果物のスムージー作ったから、ここにおくね。これだけでいいから、飲んでいって」


 ティニアは柑橘系の鮮やかな色をしたドリンクをテーブルに置いてくれた。彼女はいつもそうだ。ほとんど無意識に近いこの気遣いが、たまらなく嬉しいのである。


「ありがとう。朝の仕事だと、私にできる事なんて限られているの。でも、ちょっとでも勉強したくて早めに起きて行ってたのに、もう花の仕入れが終わってそう」

「そしたら、花市場じゃなくて直接お店に行った方がいいね」


 マリアはすぐに着替えに取り掛かり、服を脱ぎ始めた為ティニアは部屋から出ていった。部屋のブラウスはアイロンがかかっており、ほのかに戦い。これもティニアがかけたのであろう。本当に至れり尽くせりである。

 ティニアは小さな教会に隣接している孤児院で働いているが、修道女ではない。なんとか財団の所属と言っていたが、マリアはもう忘れてしまった。


「普段よりは遅刻だろうけど、道中は急ぎ過ぎず気を付けてね。僕は、今日ちょっと子供達の夕飯当番だから、帰りが遅いから夕飯は作れそうにないや」

「あ、そういえばそう言ってたね。交代だって言ってるのに、いつもありがとう」

「まあついでだし。んじゃ僕はもう行くね」


 何かと世話焼きな彼女に助けられている上、素性がはっきりとしないマリアを詮索することもなく、同居してくれている。


 そもそも戦後であり、身分証もほとんどない状態の者も差別することなく保護していたのが、彼女たちの財団だった。裏に何かあったとしても、財団だけでなく彼女に対しては恩の方が大きい。

 雪原で力尽きて倒れていたマリアを、ティニアや出くわした財団の者が救助し、解放してくれたのだ。


 彼女たちがいなければ、マリアが生きて生活することなど、不可能だっただろう。彼女はそれらについて特に語らず、気にも留めていないのだ。


 あの時のティニアは、自分とさほど変わらない年齢の少女だった。ティニアが今何歳なのか。誕生日を祝うものの、マリアは知らずにいた。


「わからないことだらけね」


 マリアはポツリとつぶやいた。


 ◇◇◇


「…………て……!!」


(だれよ。わたし、ねむたいの)


「起きて……、こんな所で寝ていたらダメだ!」


(好きで寝てるわけじゃないわ)


「ティニア、この子はもう……」

「諦めちゃダメ。この子は助かるよ」

「吹雪が深くなってきた! 俺たちだって、このままじゃ」

「いいから、足元の雪を掘って! ぜったいに、たすかるから!」


(これ、雪なの? 痛いの? 冷たいの?)


「君も! いいから起きなさい! 起きれるでしょう!」


 ◇◇◇


「あの時も、必死で私を起こしてくれたっけ」


 マリアはティニアお手製のスムージーを流し込みながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。冷たすぎず、程よく冷やされたフルーツが、乾いた喉と心を癒していく。急いで飲み干しても咽ない程度に、酸味が抑えられている。

 ティニアはこういう見えない配慮を自然にやってのけてしまう。彼女にとって、この程度の気遣いは呼吸と同じなのだ。それのほとんどが無意識で、本人は世話を焼いている自覚もない。疲れてしまわないのか、いつも彼女ではなく、周囲から不安になる。


 そんな、彼女の自己犠牲がたまらなく不安になるのは、マリアだけではない。


「今度また鉢植えでも贈るわ。……ありがとうって、ゆっくりしてる余裕なんてなかった!」


 部屋を出ると、テーブルに緑色のリボンが置いてあった。長い髪の寝ぐせを治せない分、結んでいくといいということだろう。

 ティニアの好きな色の一つ、緑のリボンで長い髪を右側のサイドに束ねるとそれ相応のオシャレに見えた。

 マリアは駆け足で家を軽やかに出立したのだった。


 ◇◇◇


 マリアの職場はシュタインアムラインという小さな町にある。ドイツとの国境を接するスイスのシャフハウゼンにある、観光が主だった町だ。

 その名の通り、ライン川に面している美しい街である。旧市街の木製の家々には、フレスコ画が描かれており、至る所に草花が満ち溢れる、美しい町である。もうすぐ4月といえど、スイスの3月はどちらかというと寒い冬のようである。



 今年で1950年。終戦から5年が経過した。大戦での13回にも及ぶ誤爆攻撃によって、町は破壊された。

 日常的に爆撃機の通り道にされていた上空を、マリアも日常の一部だと捉えてしまっていた。ほぼ毎日だったのだ、当然のことではある。上空を眺めさせるごくごく普段と変わらない日常は、人々を防空壕へ運ばせることを忘れさせていく。


 スイスへの誤爆は多く、町では誤爆が再び起きないようにと、屋根に白十字を描いたが、結局町は誤爆攻撃を受けてしまった。

 新しい国は白十字がなんであるのかわからず、疑問に思いながら爆撃を始めたのだという。

 町は破壊されたが、今を懸命に生きる人々によって再建された。それからもう、5年が経つのだ。

 マリアはもう少女ではなく、立派な女性に成長していた。


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