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【改稿作業中 完結】レスティン・フェレス1~暁の荒野  作者: Lesewolf
第0輪「その夢は二度観る」
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⓪-3 追憶は白銀へ染め

「なっ……」


 少年を撃ち抜いた瞬間、ラーレはその衝撃で壁まで吹き飛ばされた。



 少年の前に突如、隻眼の眼帯をした長身男が現れラーレの銃撃を受けた。男は最初から避ける気がなかったかのように、ラーレの左わき腹を撃ち抜き、更にラーレを蹴り飛ばしたのだ。


 あまりの刹那に、ラーレは足で蹴り上げられたのかすらわからなかった。気に掛ける余裕さえ、衝撃で消し飛ばされた。腹の底からの重圧によってラーレは吐き気、そして脇腹の激痛を感じ、うずくった。


 ラーレの銃撃とそれがほぼ同時、いや男の方が早かったといえる。


 細心の注意を払っていたというのに、こんなにも長身の、隻眼の男が室内にいたということが、気配が、殺気が察知できなかったとでもいうのか。


「ちょ、なにやってるの! だから言ったのに、僕は撃たれたって……」

「あなたが、撃たれるのだけは、容認、できない……」



 隻眼の男は尚も少年の前に立ちはだかり、腕で少年を抑えながら再びラーレへ銃を向け、発砲した。


 先ほどの衝撃でも手放さなかった拳銃に銃弾は命中し、ラーレの愛銃が軽い音を立て床に落下した。


「動くな、俺はまだ撃てる」

「あなた……そう、あんたがそうなのね…………お前が、所長を、撃った」


 所長が撃たれた現場にいたわけではない。所長は一か月前に殺された。暗殺されたのだ。現場近くにいた構成員のセリフから、撃ったのは隻眼の男だったと、そう聞いていた。


 ラーレを、復讐という憎しみが沸き起こった。


 隻眼の男との間合いを一瞬で詰めることなど、男にとっては容易いだろう。


 忘れないようにと言わんばかりに、ラーレの脇腹に激痛が走る。そんなラーレに、間合いを詰めることなど不可能だ。



(それでも、殺すしかない)


 ◇◇◇


 ラーレは足で、落ちた拳銃を男に向かって蹴り上げた。

 そしてその反動のまま、ラーレは少年の額へ、仕込みナイフを放つ。男は簡単に拳銃を避け、ナイフを叩き落とした。やはりほぼ同時、否それ以上の速度で反撃を返してくる。


 男は袖に仕込んでいたのか、別の拳銃をラーレの額に突き付けようとしている。ラーレはすでに壁際であり、後退は出来ない。


 隻眼の男はお得意のカウンターから、間合いを一瞬で詰めてきた。



(やっぱりそうだ)



 間合いは詰めてきたが、男は威嚇だけでラーレを殺す気などない。これだけの殺意を放っておきながら、殺す気がないのだ。殺す気があれば、最初の瞬間で心臓を撃ち抜いただろう。


 ラーレはわき腹を抑えていた手を、男へ向かって振りかざした。ラーレの血液が、拳銃越しに男の顔面にかかった。


 男は隻眼。片目の役割は常人以上に注意深く冴え渡っており、それが仇となるだろう。

 一瞬ひるんだのを、ラーレは見逃さなかった。


 ラーレは胸ポケットにしまっていた銃弾を手に、男の隻眼で隠れていない、左目目掛けて飛び掛かった。不可能だった間合いは、男がわざわざ詰めてきたのだ。



 (殺れる)


 ラーレの手は止まることなく、隻眼の男の目を貫いた。


 ◇◇◇



 少年は確かに、隻眼の男の背後にいたはずだった。男が間合いを詰めるまで、腕で押さえつけられてもいた。



「嘘……なんで………………!!」



 だからこそ、少年が男の前に出ることなど、想定していなかったのだ。そんなことはあり得ない。

 ラーレの手に持った銃弾は、隻眼の男の瞳ではなく、少年の瞳を貫いていた。怯むことなく眼下に接近した少年はあどけなく、なんの殺気も感じなかった。酷く穏やかであり、微笑んでいるようにも見える。


 力なくラーレの腕が少年から離れようとしたが、少年はその手を優しく掴んだ。そのまま嗚咽だけを発し、ラーレは放心してしまった。


「大丈夫。ボクはこんな事で死ぬことはない」


 少年の顔をきちんと見つめたのはこの時だった。片方の瞳は、溢れ出た血液によって、見るも無残だ。そして、ラーレを見据える瞳はもまた、血液が乱流し、赤く血走る。ラーレは動くこともなく、震えることもなく、ただただ立ちつくし、少年を見つめることしか出来なかった。


 ◇◇◇


 ラーレの目の前、少年の背後では、狼狽した隻眼の男と口元を抑えているレイスの姿が見える。


 少年はラーレを優しく抱きしめると、そのままズルズルと力無く崩れ落ち、地面に倒れ込んだ。


 あんなに殺したいと思った相手だったはずだ。それが、拳銃ではなく自らの手で攻撃してしまった。それだけでも十分なほどの衝撃があった。咄嗟に少年を掴もうとしたものの、ラーレは脇腹の激痛に気付き、顔を歪ませた。


「……ッ‼」


 少年は隻眼の男に抱き留められたが、ラーレは床へ崩れ落ちた。足に力が入らず、手も足も頭も、もう正常に動かない。


「ラーレ!」


 レイスが駆け寄り、ラーレを抱き起した。レイスの白い装束が、少年とラーレの鮮血で染まっていく。

 隻眼の男は少年を抱きかかえたまま、レイスのように狼狽していた。少年の肌はさらに青白く変貌し、呼吸も浅い。

 少年は、隻眼男に何かを耳打ちしたようだが、声は聞こえない。


「……複数人が、先ほどの銃撃音を聞き、この場に向かっているそうです」


 ひどく憔悴した、男の言葉だった。少年の伝言だったのであろう。力のない、無気力な声色だ。


「レイス、あなただけでも、逃げて、お願い」

「逃げるのはラーレです、私ではありません」

「なんでなの? もう無理、たちあがるのだって」


 レイスは首を左右へ振ると、滅多に流さない涙を流した。所長が亡くなった知らせを聞いたとき以来だ。


「すべて私の責任です。この二人は、確かに敵であり、協力することも出来ない。彼らのことを、あなたに打ち明けなかったのは私の責任です」

「……ラーレ、無理に僕らを信じようとしなくていい」


 少年は声を絞りだしたが、胸からは大量の出血が見える。いつ、そんな負傷を受けたのかはわからない。ラーレの数倍は血だまりが出来ており、唇の色が紫へと変色している。


「ラーレは、敵を、敵だと思って、敵を警戒して。僕らは今、君の敵だから。当たり前のように、敵から逃げたらいい」

「お願いします。もう、喋らないで下さい、お願いします。俺がなんとかしますから」


 隻眼の男が少年の言葉を遮り、少年の胸を抑えた。そんなことをして、流血が収まるはずもない。


「奴らの狙い、ラーレだから……」

「え……」


 頭が鈍く弾け飛ぶような、撃ち抜かれた衝撃を受けた。


 ◇◇◇


「ラーレ、君は捕まってはいけないんだ。彼らが来れば、僕らは君を連れ去らなければならなくなる」


 レイスは更に涙で頬を濡らした。彼らはいったい何者で、目の前の二人は何者なのか。何も知らない。


「残党は、私が、私たちで何とかします。ですから……」

「こうなった以上、説明はしないほうが、いい。時が来れば、必ず話せる。だから、はやく、もう行くんだよ」

「お願いします、ラーレ。私は彼らとここで、食い止めます」

「無理、だって。私、もう……」


 すると、少年が男の抑えていた手に触れた。男は無言でその手を離した。もう流血もほとんど止まっていた。

 少年はゆっくりと起き上がると、ゆっくりとした足取りでラーレに向かった。そして、血で染まった手をラーレに向けた。


「おまじないをしてあげよう。大丈夫、君はもう立てる」


 抱きかかえられたまま、少年はラーレが潰さなかった方の瞳でラーレを見据えた。生気がほとんど感じられないが、その瞳は強い意思を持つほどの輪郭を保っていた。

 三回ほど、少年は手でたたく素振をみせると、力なく腕が落下した。


「いいかい、ラーレ。僕らは、君にとって、敵だよ。敵だからね。そこだけは、覚えていて。ごめんね、話せなくて。……必ず逃げ切って」


 もう長くないであろう少年は、片目でラーレを見つめている。やはりその瞳は優しく、穏やかだ。不思議な瞳をしている。


「文字にしたり口に出せば、成らぬことも成るもの、だよ。大丈夫、君は必ず逃げ切れる」



 少年は言った。


「立ち上がって、行くんだ。さあ立って、マリア」



 後のことは、ほとんどがラーレの記憶にはない。

 覚えているのは、逃げる道中の通路でマイク遺体と再度すれ違った時のことだけだ。マイクは穏やかな表情を浮かべていたのだ。


 先ほどの自分は、一体何を見ていたのか、何を感じていたのか、何を教わってきたのか。


 愛しく、憧れてやまない姉の、何を見てきたのか。

 当たり前が現実とは限らない、見える者だけが現実ではない、そう教えられてきたというのに。


「絶対に、逃げ切れる。逃げ切る…………」



 太陽が天へ昇り、そのまま見えなくなり、また天へと昇った。

 動けなくなるまで走り続けた。止まり方はわからなかった。

 追っ手はもうずっといないようだった。それでも、何が敵なのか、何もわからない。ただただ北へと走り続けることしか出来なかった。


 わからないことだらけだ。

 それでも、判明したことが一つだけあったのだ。



「私の名前、マリア、だった。……そうだった」


 一面が雪原になるまで、彼女は走り続けた。そして、記憶が途切れるまで、走り続け、ついに雪原の大地に倒れてしまった。


 もう流れ出ぬ血痕、自らの足跡ですら、もう雪に埋もれてしまっただろう。


 あのあどけない少年は、もう息絶えたであろうか。レイスも無事ではないかもしれない。隻眼の男も負傷しただろう。


 それでも、逃げ切れていればまた、出逢える――――。




「私の名、マリア。母なる、母のなかの……」



 全てが白であり、雪原にて朱色の少女は瞼を閉じたのだった。

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