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【改稿作業中 完結】レスティン・フェレス1~暁の荒野  作者: Lesewolf
第0輪「その夢は二度観る」
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⓪-2 追憶は空虚を越え

 通路を戻っていると、不意に話し声が聞こえた。警戒しながら進み、近づいてくる話し声。


 聞こえていた話し声は一度止まったが、気配は消えていない。気づかれたのは明白だった。内容は一つも聞こえなかったが、殺気は隠す気がないようだ。

 会話の一方はレイスであることは認識でき、彼女が生きているのがわかる。


「ですから…………」


 レイスの声は思っていたよりも落ち着いている。が、言葉を聞き取ることは出来なかった。防音の部屋ではなかったはずだ。


「…………それでも構いません」


 確かに聞こえている。声もレイスで間違いない。


 ふいに、違う者の声がしたかと思うと、急にクリアな声が聞こえてきた。


「ラーレ?」


 レイスの声だ。普段と変わらない声が、いつもと変わらずに聞こえ出した。


「待って。いるのはラーレです。あの殺気、気配があなたたちだとは思わなかったの。しんがりをして、彼女を逃がすつもりだったのです」


 やはりレイスは、ラーレを逃がして死ぬ気であった。そして、会話の相手は襲撃者だろうか。生存者がいるとは思えなかった。レイスにとって、親しい間柄であるかのようだ。そんなことがあるだろうか。


「ラーレ、ごめんなさい。ここはもう大丈夫ですよ」


(大丈夫、とはどういう意味を指すの。ごめんなさいって、嘘をついたこと?)


 徹夜明けのような、興奮するような感覚だ。そして、鈍い考えが浮かんだ。


(レイスが裏切りをしたと?)


 しかし、レイスがいたのは通路のこちら側だった。出口付近に近づき、マイクを撃ち抜いてから、ラーレの元で警報を聞いたとは思えなかった。マイクの血液はまだ乾いていなかったからだ。死後硬直も進んでいなかった。


(退路で絶命していたマイクを、姉さんは知らなかった。レイスは退路が保たれていたと信じていた。マイクを撃ったのは、姉さんじゃない)


「やめて! 彼女はラーレよ、お願い」


 殺気だ。レイスからではない。


「誰?」


 先ほど聞こえた別人の声が聞こえ、ラーレと大して変わらないような、少女の声だ。声変わり前の、少年の声のようでもある。


「ラーレだって言っているじゃないですか。ねえ、ラーレ、そうですよね?」

「じゃあ、さっきからあるこの殺意は何」


(私からの明確な敵意を殺意として受け取ってる。隠す気なんてない。そして室内から、最大限の警戒と殺意を返している。おそらく銃口も向けているわ)


 ラーレは拳銃を強く掴みなおした。突入しようとした瞬間、再び少年のような声が響いた。


「君は何も話さなかったの?」


 あどけなさを残す声が、本当に疑問を持っているかのような、疑いしかないような言葉を発している。



(何を。話さなかったと、言うの……)




「ごめんなさい。どうしても、言葉に詰まってしまって」


(だから何を)


「そう」


(何がそう、なの)


「あいつ、なんだっけ。確かマイクっていう名の」



 淡々と、少々と絶命した男の名をかたる声の主へ、緊張が走る。ラーレは全身からじんわりと体が熱くなるのを感じたのだ。


 ◇◇◇


「先に言っておくけど、あいつを撃ったのはレイスじゃないよ」

「どういうことですか。……まさか、この先にマイクが?」

「いたらしいよ」

「まさか外から……?」


 レイスではないという謎の声の主に対し、安堵するのを拒絶したラーレはそのまま拳銃を握り締める。


「襲撃に加わる胆はなかった。命乞いがあれば、救ってやろうみたいなそういう胆はあったみたい。でも、現地を見て、裏切った者として、責任を取って自決しようとしたみたい。だけど、あいつにそんな勇気があるわけない」


 声の言うことが本当であれば、裏切り者はマイク・レイリーだ。自決したようには見えなかった。それにマイクの銃弾は6発、満タンだったのだ。


「撃った、というのは……」


 会話は続いている。何故、こうまでしてレイスは目の前の声の主と親しげに話すのか、ラーレには理解出来ない。


「そのままの意味だよ。裏切ってまで救おうとした娘さんが、もう助かるはずがないと、漸く理解したみたいだね。娘さんは天国へ行くから、自分はどうあがいても会うことは叶わないって嘆いてた」



(何を言っているの、このひとは)


 ラーレは拳銃を握る手に汗を感じるものの、握る手を離す気などない。重苦しい空気と重圧を、レイスは感じ取ってないのだろうか。



「自決なんてしても、娘には会えない。組織を裏切った罪人は、天国へ行くことは出来ない。それでもこのまま生きることは出来ない。だからといって娘が生きたかったのに、生きていられる自分が自決しようなど、自分には出来ないって。……傲慢だよね」


 まるで人を何とも思っていないような、淡々とした声が響いている。

 

「裏切り者として、ここで撃ち抜いてほしい、そう懇願されたんだって。でも、彼の罪が消えるわけじゃないんだよね」


 声は止まらずに発し続けられた。マイクは妻を、娘を亡くしていた。その絶望を知ってか知らずか、声の主はマイクを罵倒し続けた。


「それで断ったのに、こう、銃口を額に押し当ててね」

「黙りなさいよ!」


 ドアを蹴り上げて銃口を対象に向ける。我慢の限界だった。


 室内には二人。

 レイスと、その背後に居る、酷く痩せた自身より小柄の、隙だらけで棒立ちの少年だった。表情は一つも揺るがない。


 自身を子供だと思っているラーレよりも、ずっとずっと幼い。


 白銀の髪、肌は恐ろしいほど青く色白であった。恐らくアルビノとかいったはずだ。それでも、今はどうでもいいことだ。


 ◇◇◇


 少年は武器を持っておらず、手を銃に見立て、レイスの額に押し当てていた。少年は自身を見ようともしない。目線を合わせようともしない。


「やめてラーレ!」

「レイス、このガキはなんなの!? さっきから聞いていれば、人を馬鹿にして」

「そうだろうね。そう受け取られても仕方ないかな」


 澄ました顔で達観している少年だ。無感情という言葉が似あうほど、何の感情も見受けられない。


(ふざけている。武器も持たず、あれだけの殺気を放っていたというの?)


「マイクは奥さんも、娘さんのことだって愛していたわ。私たちだって手を尽くしたの。でも、どうやっても助からなかった! だって、もう心臓も止まって……!」


(駄目だ、こんな子供に銃口を向けるだなんて。違う、そうじゃない……! なんで、拳銃を握る両手が震えて、目標が定まらない!)


 少年は今だにラーレに目線を合わせない。レイスを見つめたままだ。



「命は生まれ出るわけだから、いつかは尽きるものだよ」


 少年は微動だにしない。動かないのは、銃口を向けられていることを、殺意を知っているからなのか、それともラーレが撃てないとでもいうばかりに。どうみても、少年は普通の人間ではない。


「というか、マイクは君たちを裏切ったでしょ? それも、死んだ娘を蘇生出来るなんて戯言のために」


 少年は笑みを浮かべる。無表情の笑みからは、反吐が出そうなほどの気味悪さを感じる。


「マイクが正しいことをしたなんて、思ってない。それでも、大切な娘の命なの。わかるでしょ⁉」

「その大切な娘を蘇生なんてしたら、蘇りになる。娘は新たな神を名乗るのかな?」


 何の音も聞こえない。


「転生はしないし出来ない、そういう概念の宗派なんじゃないの? あなたたちってさ」


 静寂が、ラーレの銃口を少年の脳天に狙いを定める。



「君は誰のために、何をそんなに怒っているの?」

「あなたは、人の死を、命を、なんだと思って」


 ――違う。



 ラーレは本能で感じた。この少年は、普通じゃない。

 気付けば、毛が逆立つような感覚だった。


「二人ともやめてください」

「いや、そもそもレイスがちゃんと話してくれていたら……」


 すべての感覚が研ぎ澄まされ、少年が次にどう動くかが把握できるようだ。

 恐らく悟ったであろう少年は、撃たれても特段何の問題もないと言わんばかりだ。


「いま、ここで討ち果たさなきゃ」


 ――理由など存在しない。



 自身のすべきことは、目の前の少年を撃つことだ。

 そうだ、そういう本能だったはずだ。震えもいつのまにか止まっている。

 今、撃ち抜かなければ。年相応の、その顔を見る前に。


「言っておくけど、僕はそんな拳銃では死なないからね」


 少年の言葉が言い終わるのを待たず、ラーレは少年の心臓を狙い、引き金を引いた。

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