第1話 『無意味な全能者』
「――突然だが、仕事ができた。ボクの数少ない学生時代からの友人に命の危機が迫っていてね。護衛の仕事をしてもらいたい」
「えっ………いいけど、ほんとにここ機関直轄の組織? なんでも屋と間違えてない?」
クラミに呼び出され、僕とルケは彼女のプラネタリウム執務室に来ていた。
「命の危機って、なに?」
「ああ、まずはこれを見てくれ。彼女の家に送られてきた脅迫状だ。まずは読んでみてくれ」
ルケの問いに答えるように、支給された通信機器からピコン、と通知音が鳴る。
前の世界でいうところのスマホ、エレクトニオカンパニー製の『アナグメントフォン』という代物で、機能はさして大差ない。強いて言うなら、SFに出てくる機械みたいに通話時に相手の姿をホログラムとしてその場に映し出したりできるくらいだ。
……あれ、すごくね?
まあ………とにかく送られてきたのは一枚の写真。どうやら手紙で送られてきたらしく、それを写真で撮影したみたいだ。ちなみに手紙の文字はミステリー定番の雑誌の切り貼りだ。
「えー、″拝啓、禍いに見舞われ、傷心を癒さんとする経営不振の牛飼いの姫君よ。今の貴下の心境を表現するならば、不安でその小さな胸が満たされ、子供達のミルクすら喉に通せないことかと存じます。私は――無意味な全能者。貴下の未来を照らし、未知を道へと開拓せし者。今より二日後、災禍によって堕ちた双像に見守られた失意と再起の地を訪れ、そこで五曜の刻を己がお膝元を離れて過ごしなさい。でなければ、左から“破滅の禍”が貴下の首元まで小さな刃となって、はせ参じることでしょう。頼るなら、貴下の最も信頼できる友が良く、その者は貴下から目を離さない方がよいでしょう。そして貴下が私の忠告を聞き入れ、無事、五曜の刻を乗り越えたあくる日の深夜二二時、貴下の最も大切な根城にて、まずは二人きりでお会いしましょう。――無意味な全能者より愛をこめて″」
「これは………?」
僕が内容を読み上げると、ルケがクラミに質問する。
「今日の朝、ボクの友人であるアスリの家に配達された手紙の内容だ。果たし状と表には書かれ、指紋等のこれといった痕跡は一切ない。その写真もいまから送るよ」
再び端末に写真が送られてくる。写真には大きく“脅迫状”と書かれた真っ白な封筒が写されていた。文字の下には王冠を被った牛を象徴するマークに横線が大きく入れられている。
「この脅迫状と書かれた文字の下にあるマーク……これはアスリの実家が経営する牧場のものでね。タウルス州という場所にあるんだが………」
「ああ、タウルス州なら知ってるよ。酪農が盛んでハンバーガーが主食になってるとこでしょ? 有名な観光スポットとして、牡牛御殿、アステリオ広場なんかが印象的かな。どっちもデートスポットとして有名で、特に牡牛御殿は恋愛成就のご利益があるとかないとか、あってる?」
クラミが僕の方を見て、訝しむような視線を送ってくる。まだ二週間しか経ってないし、タウルス州に対して説明した方がいいかってことなんでしょうけど、残念。
そんなのはとっくの昔に把握しておりますよ。ここは年長者の実力を見せつけてやろう。
「……ああ、まあ……間違ってないけど……」
「覚え方がもう完全に旅行のしおりだね」
僕が自信満々に解説すると、二人ともやれやれといった様子の反応をする。
あれ、おかしいな……いちいち説明していたらキリないと思って、全部把握したのに。
寝る間も惜しんで、全部覚えたのにな。他の作業の片手間だけど。株とか情報集めの。
「事情関連はあれだけど、とりあえずゲミニ州で五日間、アスリさんは身内を離れて過ごせと脅迫されたから、僕らがその護衛をするのが任務ってことだね。ルケ。早速準備しようか」
さてさて、クラミの親友を守るためっていう職権乱用クエストだけど、頑張りますか。
「うん。……ん?」
「………もうこの脅迫状の意味がわかったのかい?」
二人がぽかんとした様子で僕を見る。いや、二人ともすぐに僕に怪しみの目を向けた。
あーやっべ。そういやこの二人、僕に慣れてないんだからそうなるか。
よくよく考えたら、このいきなり見せられた回りくどい文を省略できるのおかしいね。
「まあ、キミはなにも間違っていない。だが、アウトサイダー。飲み込みが早すぎやしないかい? 優秀なのはいいが、他に何か聞きたいことはないのかい?」
「ん? ――いや、別に?」
「……そもそも、たったこれだけでクラミが任務にするなんてへんだと思う。いたずらだと思わなかったの?」
僕が適当に返事を返すとルケがごもっともな意見をクラミにぶつけた。
「これはアスリ本人からの依頼じゃなくて、彼女の周りにいる過保護な人達からの依頼なんだよ。姫を守ってくれってさ。まあ、ボクもアスリの身に万が一のことがあったら嫌だし、アスリの“最も信頼できる友”なんて私以外ありえないからね。」
うわっ、めっちゃわかりやすい嘘つくな。白々しい。それだけが理由じゃないでしょうに。
「なるほどね。まあ、いいんじゃない? クラミの親友だっていうし、今は組織の規模を大きくするため、少しでも手柄が欲しいんでしょ? クラミは友達に正当な形で後ろ盾になってほしいんだよ。まあ、経営不振っていう怪しい単語に目をつむってさ」
僕の言葉に、クラミは否定するでもなく押し黙る。
「それにルケ。困っている人がいるなら放っておけないのが、君の性分でしょ? 僕もクラミの親友さんに会ってみたいし、クラミのために助けてあげたいから行こうよ。文の内容的に一週間、滞在するだけでいいんでしょ? ちょうどゲミニに行きたかったし、一石二鳥だよ」
「……そうだね」
ルケが僕を少し警戒しつつ、その感情を隠しながら反応してくる。
「うん、アウトサイダーの言う通り。困っているなら助けに行こう」
「よし、決まりだね。じゃあ、行きますか」