第5話 『プラネタリウムの世界』
次の瞬間――僕は暗闇の底に立っていた。
空に浮かぶ満点の星々、昼から夜に移り変わったことを明確に示している。
「いや、ここは……部屋の中か」
否、よく見れば奥の方から夜には似合わない、一方的な光が小さく差し込まれていることに気づいた。それは、窓にかかったブラインドのすきまから溢れている。
では、この空に浮かぶ星々は何なのだろうか。そんなことを考えていると――、
「――――うっ、まぶしっ!」
空に浮かぶ星々がぐるぐると回転。ひとつへ収束していったかと思えば、まばゆい光のビックバンが起こった。
「――目が覚めたようだね」
どこからか凛とした透き通るように美しい声が響く。光で周囲の全貌が明らかとなった。
そこは部屋だった。ひとりで使うにはとても広く、まるで会議室のようなところだった。
「こっちにおいでよ」
やがて巨大な光が小さくなっていき、先程とは打って変わって通常の明るさになったところで、手招きするような声に導かれ、僕は前へと進んだ。
「驚かせて悪かったね。ボクは天体観測が趣味でさ。本当は実物を拝みたいところだが、多忙すぎてそれが難しい。そこでエレクトニオカンパニーのプラネタリウムを部屋につけてみたんだが、どうかな?」
窓の少し手前にはそれはそれは大きな机があった。そこにはひとりの幼い少女が座っている。
まさしく唯一無二の美貌を持った少女だった。空に流れる天の川のように長く美しい金髪に深紅に染まる宝石のような瞳。髪色と見事に調和した金の王冠と黒を基調としたドレスのような制服を身に纏い、それらを重ねるように染みついた存在感は彼女の偉大さを証明していた。
幼き少女と侮るなかれ――言葉にされていないのに、そう言われたような気がした。
間違いなくこの少女があの二人の上司というやつなのだろう。
「いえ、大変すばらしいものだと思います。こんなところで、宇宙の誕生する瞬間を見られるとは思いませんでした。………あっ、挨拶しなきゃ……ハロッピー!」
「そうだね、ハロッピー! よろしく頼むよ。さすがに博識だね? どうやらキミとはおいしい血が飲めそうだ」
「おっ、ノリいいですね。血……つまり、あなたは吸血鬼ということでよろしいですか?」
少女の顔をまじまじと見つめると、口の下に小さな牙が見えた。
安直だが、妖怪がいるんだからいてもおかしくないだろう。それと興味深いこと言ったな。
「おや、もうアナーキアに慣れたのかな。よくわかったね」
「理解させるためにあえて血という単語を使われたのでしょう?」
「ふむ……そうだね。いいだろう、敬語は崩してくれて構わない。どうやら、それはキミにとても似合っていないようだ」
金の姫はどうやら対等な関係をご所望らしい。ちょっとカマかけてみるか。
「いえ、自分はしがない旅人の身。これからお世話にな――」
「いいから、普通に話してくれ。堅苦しいのは嫌いなんだ。普通におしゃべりしたいのにやめてくれ。――――気色悪い」
「…………わかった。じゃあ、友達感覚で話すよ。ありがとね」
言葉を遮るほどの強い拒絶を示されたので、すかさず普通の対応を返す。
なるほど、理解した。どうやら彼女。
――――■■■■■■■■■■■■■■?
「……そういえば自己紹介がまだだったな。ボクは手虎クラミ。ここセントラルにおいて外務大臣を務めている。よろしく頼むよ」
「えっ、外務大臣⁉」
頭を鈍器で殴られたような感覚だった。どんな人物が出てくるのかと思ったら、まさかの外務大臣。僕のいた国なら滅多にお目にかかれない超大物役職。俗にいえば官僚だ。
「まあ、キミがどう感じたのかは知らないが、アナーキアにおける外務大臣という役職はそこまで大したものではないよ。キミみたいな異邦人は滅多にくるものじゃないからね」
「はあ………そうなんだ? あっ、じゃあ次は僕の番だね。僕は――――」
「ああ、いいよいいよ。どうせ偽名だろ? キミはいわゆる、真名というものをこの都市に来てから喪ってしまったはずだ。聞くだけ無駄だからいいよ」
「………えっ?」
僕は心底驚かされた。彼女の口にした言葉は全く持ってその通りだったからだ。自分の名前が頭の中から消えている。自分が何をしていて、どんな人間かは覚えているというのに。
僕は頭の中で目の前の少女への警戒度が跳ね上げた。
「――新天地に至った代償というやつさ。じゃあ色々と説明していこうか。なぜ、キミをここに呼んだのか……それも関係あるからね。ただ、一つお願いがある」
「………なにかな?」
僕は少し身構える。
「話がだいぶ長くなるから、質問は最後にしてよ。一旦、簡潔に説明しきるから、それまでは相槌だけで済ませてちょうだい」
「………わかった。そういうならお願いするよ」
ここはおとなしく従っておいた方がいいだろう。ここまで流れに身を任せてきただけだから、ありがたい。
最終的な判断は、話を聞いてからでも悪くはないしね。