第4話 『どんな存在も受け容れる場所』
――車の外に見えた景色はまさしく僕の知らない見たこともない世界だった。
どこまでも流れゆく青空に、違和感なく浸透する巨大な建物の集合した未来世界。
空にはどういった原理で飛んでいるのか分からない車やバイクを始め、純粋な鳥人間のような存在もいれば、ほうきに跨った人間が自由気ままに美しい街並みを風と共に縦横無尽に駆け回っていた。
まさしくファンタジーとSFが融合したような世界観。まさしく混沌と呼ぶにふさわしい。
だというのに、それは調和のとれた美術品のように成立し、僕の中に眠る子供心――冒険心とも呼べる感情が高鳴っていくのを感じた。
「うわーすごー! あっ、あの鳥さんビルに入ってった。うわ……乗り物にも乗ってないのに空飛んでる人もいる。なにあの人エスパー?」
「ああ、あれは法式使いですね。あっちにいる鳥人間はバーマ族、あそこの人が乗ってるバイクはエアロトラスといって、機体が『エレクトニオカンパニー』の最新モデルですね」
ほへーと内心思った。口にされた単語の全てが初耳だったのだから。
「すごいね……まるで子供のころ夢想した箱庭の世界みたいだ」
「外からやってきた方はみんなそう言いますね。なんでも人間しかいないんでしたっけ?」
「あれ? そもそも魔法も超能力も神力もないんじゃなかったっけ?」
運転しているカクシ、隣に座るラムネの順で二人それぞれ疑問を問うように言葉を投げた。
「あーふたりとも間違ってないよ。少なくとも普通の人間以外の存在を見たことはないし、ラムネさんだっけ? が、挙げたもの全部迷信の類っていうか、ファンタジーだし」
「ラムネでいいわよ。アンタの方が年上だろうし。じゃあ、アタシら妖怪もいないの?」
「わかった。ラムネ。そうだね……架空の存在って認識なら…………」
僕がそう言うとラムネは納得したのかふんふんと首を縦に振る。
「そうなんですか。…………ちなみに妖怪はどんな感じで伝わってるんです?」
今度はカクシが僕に問いかけてくる。
「昔話の怪談に出てくる現象かな。百物語とかわかる? というか二人とも妖怪なの?」
「あーなるほど。理解しました。で、そうですね。我々は俗に言うと妖怪ですよ。怖いですか?」
「いや、全然。むしろ二人とも今まで見たことないレベルでありえんくらいかわいい。美少女」
妖怪って実は美少女の集まりなんだなって思っちゃうくらいかわいい。
よく、ゲームとかで美少女化してみました的なのあるけど、あれって事実だったんだね。
「そ、そうですか…………」
「……カワイイ?」
二人ともどこかぎこちなく反応を示す。凄く照れているみたいで本当に可愛らしい。
「えーとりあえず今、この車はアナーキアの中心である『アナーキアⅭ.E.』――通称セントラルに向かっています。ほら、目の前にあるひときわ大きな建物あるでしょ? あの周辺です」
促されたので、前方を車の窓越しに確認すると、確かにとんでもなく巨大で美術的な形をした建物がでかでかと建っていた。白を基調としたまさに城と形容しても間違いではないとてつもない存在感を放っている。
「この『都市』について色々と聞きたいことがあるとは思いますが、向こうで我々の上司から説明がなされるので、そちらで聞いてください。今から貴方には、市民権を始めとしたこの都市の市民として与えられるものについての手続きが行われる予定です」
「えっ、ちょ、ちょっと待って⁉」
カクシの言う説明に待ったをかける。聞き捨てならないことを言い渡されたからだ。
「市民? あの……僕、旅行者なんだけど…………」
「残念だけど、アンタはもうどこかの国に向かう旅行客じゃないわ。この都市にたどり着いた以上、アンタはこれからこのアナーキアに定住する市民の一人になるの」
僕がそう主張すると、内容をすべてラムネからばっさりと切り捨てられる。
ラムネは気の毒そうな目で僕のことを見ていた。
「えっ、そ、そうなの……?」
「まあ、そうですね。ですが――――ここに来たということは、貴方は元いた場所に未練がないのではありませんか?」
「…………………………………………」
見透かしたようにそう言い切るカクシに、僕は反論しなかった。いや、できなかった。
とりあえず、このアナーキアは来たくても簡単に来訪できるところじゃなくて、前の世界に未練がない者が訪れる場所であることがわかった。言葉のニュアンス的に断じていいだろう。
「……そろそろね。カクシ」
「わかってますよ。――では、もう一度お手を拝借願います」
運転席に座るカクシが突然、身体中に“灰色の紋様”を刻みながら、後部座席に座る僕に向かって手を伸ばす。
「先程のように無意識状態で、あの建物の内部まで護送します。貴方はまだ市民ではないので、内部情報の一切を教えるわけにはいかないんです。ご理解お願いいたします。それとこれを」
そういってまずカクシに文字がびっしり刻まれたお札のようなものを渡された。
「もし身の危険を感じたなら、それに何か強い衝撃を与えてください。すぐに駆けつけます」
「次に気が付いたときは、上司が目の前にいるわ。頑張ってね」
「……わかったよ」
どうやら、僕は今までにない未知なるなにかに触れてしまったらしい。
僕は彼女らの言を素直に聞き入れ、カクシの手を取る。
果てさて、ここまで未体験のジェットコースターだが、次は何が出てくるのだろうか。
――楽しみにしておくとしよう。