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アナーキアマガジン 〜無意味な全能証明〜  作者: 黒種恋作
Column『アナーキアの生態』
36/36

『食物連鎖』①

アナーキアへようこそ!

 無街――雫地区・掃き溜め広場裏通り。


「またゴミを漁らなきゃいけないのかよ……クソっ!!」


 けたたましく巨大な爆音が遠くから反響している。

 火薬の擦れる嫌な匂いがかすかに匂い、後から銃が乱射される音と悲鳴が聞こえてくる。

 血の焼けこげた匂いと体の一部を切り刻まれ、痛々しく親を呼び泣き叫ぶ幼子の声が鼓膜を揺さぶる。

 気色の悪い笑い声で快楽と愉悦に溺れる悪魔が何かを叫んでいるのがわかった。

 誰かが何かを奪い合い、命の鼓動が幾千も途絶えていくこと――それが正常な環境であった。


 そこはまさしく混沌に満ちていた。

 苦痛と絶望と地獄が両立した最低最悪の世界だった。


「クソッ! クソッ! 食い物! 食い物はどこだ!?」


 オレはチャッキー。ねずみのチャッキーという。

 ねずみっていうのは、セントラルの『中央警察ネズミ』でも、自分だけの異名とかって訳でもなく、ただ単に種族のことだ。

 灰色の身体を持ったしっぽの長いちっぽけな存在。

 オレは言葉を話せるねずみなんだ。


「どこだ……どこだよ……!!」


 まずはオレのしょーもない身の上話をさせてくれ。

 オレがこんなゴミ山を漁らなきゃいけないほど、落ちぶれちまったのには理由(ワケ)がある。

 アナーキアの外からやってきた『異邦人』に分類されるオレは元々、言葉を話せるねずみなんかじゃなかった。

 それはオレの故郷である世界のねずみ自体が言葉を流暢に話せるような知性がなく、ちゅーちゅー鳴くのが関の山な存在だったからだ。


 じゃあそんなオレがなんで、他の生物と意思疎通ができるほどの知性を得たかというと——それは宝宮(ほうきゅう)の『賜物(カリス)』の恩恵だ。

 ああ………念の為に言っておくと、宝宮ってのはセントラルと十二州にそれぞれ一つずつ……全部で十三個ある秘宝のことだ。

 あれには『賜物カリス』ってとんでもねぇ規模のヤバイ力が備わっていて、大体の州はこの賜物カリスの恩恵で栄華と繁栄を築き上げている。


 例えば――。

 ゲミニ州の市民全体の不死化現象。

 リブラ州の過去を曝け裁く天秤。

 スコルピット州の概念葬送兵器。

 みたいな感じでな。


 こんな感じで、宝宮は州ごとに固有の賜物カリスをそれぞれ持ってる訳なんだが……変だと思わなかったか?

 このアナーキアには“魔法”とか“超能力”とか不思議な力をひっくるめた『法式(ほうしき)』ってのがあることは知ってるよな?

 どんなものでも全てを受け入れるアナーキアだからこそ生じてしまった“超常現象・能力”の飽和状態を改善すべく、一括りにした用語なんだが……これと宝宮の『賜物カリス』……何の違いがあるんだよって話だ。

 賜物カリスも法式の一つとしてまとめちまえよって思わなかったか?

 

 もちろん、あくまで個人的な特徴である『法式』と社会的な現象である『賜物』で、規模のデカさという違いがあるじゃないかと言われれば、それまでなんだが……賜物はこのアナーキアを成立させるうえでなくてはならない存在なんだ。


 宝宮には先程、例に挙げた“固有”の賜物以外にも“全体”に向けて備わった力が数多く存在するんだ。それがオレの身の上話に関係してる。

 と――これでなんとなく察しがついたヤツもいるよな?


 宝宮に備えつけられた数多の賜物カリスのうちのひとつ。

 それは――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 アナーキアはどんな存在も受け入れ――それを平等に扱う。

 人も魔物も鳥も魚も犬も猫もエイリアンもロボットも――オレみたいなねずみも。

 夜空に浮かぶ星々みたいに数多く存在する世界が全て同じであるわけがねえ。

 世界Aのねずみは言葉を使えても、世界Bのねずみが言葉を使うことができない。

 世界Aのねずみは言葉が使えるがそれ以上の知恵を持たず、世界Cのねずみは社会のしくみを十分に理解していて、服を着て官僚とかの位に就いてる支配者的存在かもしれない。

 こういったようにひとつの種族でさえも世界ごとに“違い”が存在するもんだから、不公平な格差が生まれちまう。

 てか、世界の違いで言語体系とかも全く異なってる。


 宝宮はこれら全て管理し、統括する役割を持ってるんだ。


 世界Aのねずみに社会のしくみを理解させ、世界Bのねずみには言葉が使えるだけの知能を与え、世界Cのねずみにはアナーキアで統一された言語体系を脳にインプットさせる。

 理性在る者を昇華させ、本能でしか生きられなかった者に理性を与える。そうやって、全て均等に“心”を与える。

 大・中・小と水の量が違う三つの同じビーカーがあるとして、中・小を大の量に合わせるために外から水を注ぎ込むのが宝宮って訳だ。


 ヤバすぎるだろ?

 これでまだ、ほんの小さな力の一端でしかないんだぜ?

 こんな代物が有象無象なんかと一緒くたにされるなんてありえねえよ。

 宝宮が存在するからこそ、成り立ってる連中がいる。

 宝宮の全能さが、この異質なアナーキアの生態系を成り立たせてるってわけだ。


 だからアナーキアじゃ、神なんかよりも宝宮が信仰されているんだよな。

 てか、アナーキアの市民となった神自身が宝宮を信仰しちまうことさえ正常だ。

 色々意見や疑問はあるだろうがオレが知る、ある学者は宝宮のことをこう表現していたな。


 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。


「早くしねえと……早くしねえと……!」


 話が脱線しすぎたな。古巣での悪い癖だ。でも大切な説明だったんだよ。

 そんなこんなで外の世界からやってきたオレは、セントラルにある『プラトニアアカデミー』って学校の『都市学』を専攻してた教授ジジイに拾われたんだ。

 プラトニアっていうのは、飽和したアナーキアの中でもセントラルが厳選した選りすぐりの才能が集まった場所のこと。アナーキアの学校を答えろって質問されたら、いの一番に名前が挙げられる場所だな。無街のゴミには想像もできない世界さ。


 そんでもって、都市学はこのアナーキアで生まれた、この都市の文化や歴史を学ぶための独自の学問だ。

 ご察ししてると思うが、この都市に根付いた文化は外の世界を模倣しながらも、あり得ないものの飽和状態でややこしいし、これら全てを把握したヤツなんざいるわけがない。

 ここまで説明してきた宝宮の話はおろか、法式の意味すら理解せずに自分の世界に沿って、魔法だの超能力だの決めつけて自分勝手に考える馬鹿もいるくらいだ。


 ま、設定詰め込みまくって胸やけしそうなSF小説みたいな場所だから、仕方ないのは分かるんだがな?

 全員が周知してることなんて、“弾劾人(だんがいにん)に狙われたら人生即終了”くらいなもんだろうし。アイツらマジでヤベえから。


 馬鹿共は無知が原因で起こる衝突や回避できるいざこざがあることを理解しろよな。

 軽率な馬鹿が魔法のこと超能力って呼んで、ブチ殺されるなんざあるあるだっていうのによ。

 元いた世界じゃ、魔法と超能力は共存してて、超能力は異端の禁忌でした。だから侮辱されたので殺しますみたいな高尚(笑)な理由で。

 科学と物理の違いが分かんねえなら、最初から理科って言っときゃ安全だろって話だ。


 ……悪い、また脱線したな。

 まあ、オレは要するにその教授の被験体であり、戸籍上の息子だったんだ。

 今までの知識や言葉は、全部そのクソジジイから教わったんだ。

 ……ああ、言っとくが宝宮はあくまで知能与えるだけで、生きていく上で必要な情報を与えてくれるわけじゃねぇ。

 あくまで最低限……人間の赤ちゃん程度だな。


 だから、実のところオレみたいな連中は生きていけるか運ゲーなんだよ。

 アナーキアの市民として認められる最低条件は、“一定の思考能力を有し、対話を可能とする者”だ。

 思考能力は先述した宝宮の賜物でクリアしてるから、大切なのは、“対話能力”。

 アナーキアに来た瞬間、この力をどうにかして手に入れなないと、『市民』として認めてもらえない。

 市民として認めてもらえなかったら、どうなると思う?


 ――人権が貰えねぇんだ。


 だから、州にも無街にさえも属せない。

 どこのクズ野郎に何をされようが放置されて、命の保証がない。ばぶばぶ言えるようになっただけありがたく思え、あとは勝手にしろってされちまったんだ。


 そんでまあ、ジジイの自己満で育てられたオレは何も考えずにアイツから知識と知恵だけを吸収させられた。

 学者ってのは知的好奇心を燃料にしなきゃ生きられないヤツが多くてな。

 道端の塵紙みたいに転がっていたオレを拾って、なんとなく育ててみようって思ったらしい。


 オレには選択肢がなかった。

 ただ目の前にあるものを受け入れるしか、生き残る術はなかった。

 だから、オレはジジイの期待通りに優秀な知能を得ることがこの世に生を受けた存在意義になってしまった。


 ――少しは抵抗すれば、今の状況が変わっていたのかもしれないのに。


 ある日、ジジイが自分の部屋でくたばっていた。

 凄腕のスリーブとか裏組織に殺されたってわけじゃなく、普通に寿命で息絶えていた。 

 オレはしっかりジジイの洗脳を受けていたから、その亡骸を目にしたときは…………柄にもなく泣いちまったな。

 しっかり弔って、墓を建ててやろうって思ってたさ。


 ――でも、他の連中はそう思わなかったらしいし、ジジイも自分が死んだ後のことなんて考えなかったみたいだ。


 今だから理解できるが、ジジイは金のなる木だった。

 アイツが遺した数多の研究と成果は、この都市のクソ共の眼を光らせるには十分すぎた。

 だから、死んだ後に搾り取られた。

 ジジイが息してた頃から画策されたんだろう。

 これ見よがしにジジイの全てを奪うための無数の契約書の類がオレの元への舞い込んできたんだ。


 ジジイは産まれも育ちもセントラル。

 この都市で唯一、安全でまともで幸せな暮らしが永遠にできる場所に生まれ、その生を終えたジジイは、自分より外の世界のことを何一つ理解していなかった。

 いや、理解なんてする気も起きなかったんだと思う。


 本来ならば、セントラルにずっといれたとしても、そんなことはあり得ない。

 必ず誰かと衝突し、生き物が抱える醜く悍ましい一面をどこかで必ず垣間見ることになる。

 アナーキアはそんな優しさ溢れる場所じゃない。

 でも、ジジイはそんな世界で正真正銘の勝ち組だった。


 自分さえよければ、それでいい。

 我が身以外がどうなろうが知ったこっちゃない。

 己だけが至福な人生を歩めればいい。


 だから、ジジイは己の才能を、金と引き換えにありとあらゆる契約を交わした。

 自分が死んだ後のことなんてどうでもいいから、死んだ後に全ての権利を放棄するという契約で巨万の富を築き、そこで得たカネを自分のためだけにそれを使った。

 オレを拾って育てたのも、本当にただの娯楽。

 ジジイはオレのことを育成ゲームのキャラクター程度にしか見ていなかった。

 だから、オレの生きる権利も知らない誰かの所有物になっていて、オレは全てを奪われて無街に堕とされた。


 それを次のご主人様とやらに懇切丁寧教えられたときのオレは……ようやく全てを理解できた。



 ――ここはみんなにとっての楽園なんかじゃない。



 ジジイが薄情だとかそういう次元の話じゃない。


 アイツはただ純粋に、アナーキア(ここ)に適応した生き物(にんげん)の一匹でしかなかった。


 存在そのものがこの都市の生態を体現したオレの教本で、唯一信じれたあの温もりは――ただの偽りに過ぎなくて。


 ――全てが馬鹿なオレの思い違いだった。


 多分、ジジイの行いをオレが元いた世界でやったら、アイツは百発百中で“クソ”と断罪されるだろう。


 でも、このアナーキアでは違う。

 自分より強い者に逆らって波風を立てない。

 名誉なんてどうでもいいから自分が悦に浸るを第一に行動する。

 他のバカ共にどんな目で見られようが気にしない。

 自分のこと以外は自分を喜ばせる道楽程度に考える。


 嗚呼――それでいいんだ。


 そうすることがなにより一番だ。


 都市で生まれ育った“都会っ子”だからこそ、鼓動が停止するまで合理的であり続けることができた。


 人間が人間を助けるとか、魔物がロボットを助けるみたいな同種・別種に限らず、他の生物との関わりなんてクソ喰らえ。


 ――なによりもまずは我が身の利益。


 飽和し混ざり合い溶け合って、混沌としたこのアナーキアでは、それがなによりも大切なことなんだ。


 ――夢も希望も優しさも全部が無駄。


 ハハッ……なんのために生きてんだろうな……オレは。


 ただ少しでもいいから、生き物だけが持つことを許される“善性ざれごと”を信じたかっただけなのに。


 全く違う他人同士が、笑顔で手を取り合う世界を信じたかっただけなのに。


「————ぐっ!?」


 後ろからなにか強い衝撃がオレを襲った。

 豆粒みたいに小さな体が弾け、途方もない苦しみと絶望がオレの思考を蝕んでいく。

 それでも諦めるわけにはいかないから、オレは汚い地面に這いつくばった体を起こした。


「——はあ、はあ……!!」


 そこにいたのは人間のガキだった。

 みずぼらしくボロっちい布切れを体に擦り付け、ガリガリに痩せ細った栄養の感じない肉体は性別すら判別できない。

 オレの写し鏡みたいに濁り切った瞳を持った哀れな“権兵衛まけいぬ”。


「——おな、か……すいた……ッ!!」


 オレの何倍もの大きさを持った生き物(にんげん)がふらふらと力のない幽霊みたいな様子で近づいてくる。

 攻撃を受けた被害者はオレなのに、加害者である相手ガキの方が今にも死に体だった。

 ガキの拳には、その拳にちょうどいいサイズの石が握られている。

 それをぶつけられたら余裕で死ねるな。


「ま、まて……っ!!」


 オレは最後の余力を振り絞って、声を張り上げた。

 死にたくない、死にたくないと必死の抵抗だった。


「ここがオマエの縄張りだったなら——!!」

「アアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 だがそんなものは無意味だった。

 向こうもオレと同じで死にたくない。

 死にたくないから、相手を殺して喰らう。

 生き物であるから当然の如く生じる――食物連鎖。


「ごはんっ! ごはんッ! ゴハンッ!!!」


 目の前のコイツに悪気はない。

 オレに振るわれている暴力は、オレ自身も己より弱い生き物に振りかざした自然の摂理。


 ――受け入れなければいけ(たく)ないものだ。


「アアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 ――なにが楽園だよ、クソったれ。



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