第27話 『皆様のために』
ゲミニ州への弾劾人派遣について
先日、ゲミニ州議会より要請があった「エマヌエル駆除に対する弾劾人の派遣要請」の申し出ですが、その査定・審査による決定を都市から下記の通り通達します。
結論から申し上げますと、都市はゲミニ州の要請を承認し、弾劾人の派遣を実施致します。
実施日時については、報告された駆除対象の生態に基づき、この通達文書が配達されてから翌週の出没日を予定しております。
この決定は通常時における対応と大きく異なるため、詳細を下記に記載します。
本件は現在、ゲミニ州の経済状況を破綻させている生命体・エマヌエル(スリーブ組合指定レアリティ・エピック認定済)の駆除を弾劾人によって実施してほしいと申し出により始まりました。
これはゲミニ州には警備隊が設置されておらず、ゲミニ州議会による問題解決能力の欠如を理由にしたものであったと記憶しております。
本来であれば、この要請が承認されることはありません。
弾劾人はあくまで“規律の乱れ”を取り除くために設置されているからです。
本件に関しては我々が独自に調査した結果及び、以下の主な理由等を考慮した結果、都市からの配慮によるものであることを留意してください。
1.■■■の皆様への都市案内における円滑化への措置
2.先のマガトによる一件により生じた、ゲミニ州の経済回復への配慮
3.エマヌエルの対話能力欠如による市民権付与の無効
最後になりますが、実施以前に駆除対象の無力化が確認された場合は、弾劾人の派遣を中止することも留意してください。
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あれからほんの少し時が流れた。
治癒されたとはいえ、タコ殴りにされ、たくさん脳を揺らすことになったストラが手厚く漁師達に看病を施されている。
まるで通夜の式場であるみたいに静寂がポントス港の音を持ち去っていた。
「――ネレ、その白いのに書いてあるのか? 弾劾人がここに派遣されるって?」
そんな中、とうとう破られた沈黙。その声の主はスラさんだった。
若々しい漁師達が大半を占めるなか、明らかに一人だけ年長者の風格を持つ彼が率先して、状況判断に望んだのはなにもおかしなことではなかった。
「……うん。そう、みた、い……ねえさんが要請したって……」
それにネレがぎこちなく返事を返した。
チマキに投げ渡された白色の賞状筒の中にあった通達書を震えた手で握りしめ、絶望に染まり満ちた顔をしている。
「そんな……嘘だ……」
「なんで……誰も規律は乱してないのに………」
「お嬢はそこまでしてポントスを…………」
たった一人の感情がウイルスのように広がっている。
真の恐怖に直面すると、生物は皆総じて体を硬直させるというが……まさに今がそのときなのかもしれない。
このままだと話が進まなそうだ。
「ごめんネレ。ちょっとそれ見せて」
「え? う、うん………」
僕はネレから通達書を受け取り、内容に目を通す。
その後、場違いにこのような問いを投げかけた。
「みんなが深刻そうに話してるとこ申しわけないんだけど………弾劾人ってなに? なんかエマヌエルが可愛くなってきたって空気になってるみたいだけど?」
『!?!?』
案の定、皆が僕の言葉に反応して、正気を疑うような姿を見せる。
「えっ、にいに。なんで知らないんだよ……?」
「んー? いや、だから僕は――――」
「ここで過ごした期間とか関係ねぇよ! アナーキアに来た瞬間、まず最初に知っとくべきなのが弾劾人なんだぞ? セントラルにいったなら、諸々の手続きより先に説明されただろ?」
「……教えられてないんですけど?」
ネレの叫びを聞いてすぐ、僕はぽかんとした顔を作り、ルケに抗議の視線を向ける。
ルケは申し訳なさそうにしていた。どうやら意図的らしい。
「……この際、だれか簡単に教えて貰ってもいいかな? 弾劾人もそうだし、スリーブ? あと、昨日ユウさんが言ってた警備隊? 何が違うの?」
「……じゃあ、ウチがパパっと説明したるわ」
とりあえず通達書に出てきた専門用語を列挙してみることにする。
すると、アスリが横から口をはさんできて、これらの説明を開始してくれた。
「まずはスリーブ。これは無街を中心に活動しとるアナーキアで最も大衆的な何でも屋。アンタが好みそうな例えやと、ファンタジー小説にありがちな冒険者みたいな連中や」
「ギルドで仲間を集めてダンジョンを踏破したりする、あの?」
「せやな。大半のスリーブが事務所――『デッキ』を組んで、統括管理組織である『組合運営』から舞い込んでくる依頼をこなすことで、生計を立てとる」
「いちいち、細かく階級があったりする?」
「1等から13スリーブまでおるなぁ」
「エピックって?」
「組合が指定しとる六つの依頼難度の一つやな。エピックやと上から三番目や」
「ふーん」
カクシちゃんに教えてもらった情報と相違はなさそうだ。
補足すると、スリーブは階級が五つ変わるごとに強さが段違いで跳ね上がるらしい。
1~5等を“等スリーブ”。
6~10級を“級スリーブ”。
11~13を無名の“スリーブ”。
依頼難度は簡単なのから、コモン、アンコモン、レア、エピック、レジェンダリー、ダークってあるらしいね。
「次は警備隊。これは州がそれぞれ独自に保有しとる軍隊や。アンタが知ってそうなのやと、セントラルの『中央警察』やウチらタウルスの『ギュウギュウ会』が警備隊やな」
「ギュウギュウ会が警備隊なの?」
「あそこは『創設時代』から続いとる骨董品みたいな組織でな。“規律”も“法”もなかった時代に、自警団しとった実績がいまだ色濃く残ってんねん」
「ふむふむ。ちなみに軍隊ってことはなにか戦争が起きたりするの?」
「州同士が揉めたときに勃発する『州都戦争』ってのがあるで」
「なるほど」
少し前に話題にした気がするので省略しよう。
「最後になったけど、アナーキアで生きていくのに絶対関わったらあかん――“弾劾人”」
アスリからその単語が放たれた瞬間、明確に場の空気が一変した。
「ヤツらはセントラルが直轄で管理しとる法の垣根を超えた処刑人。アナーキアには、市民全員が破ったら一発アウトのルールとして『規律』ちゅうもんが存在しとるんやけど、これを乱したアホを処理しに来んのが弾劾人や」
「……規律? たとえば?」
「有名なのやと、“死者は蘇ってはならない”とか“不可思議ななにかがアナーキアの空間を囲ってはならない”とかがある」
「空間を囲って………ああ! だからあのバリア!」
それを聞いて、僕は昨日のことを思い出した。
エマヌエルがポントスに放ったビームを防ぐため、最低限の規模で展開されたバリアのことを。
なんで全体に展開しないんだろうとは思ってたけど、規律を破らないためだったのか。
「ん? でも、それじゃあゲミニ州の宝宮って矛盾し――ああ、そうじゃないのか」
僕は脳みそに瞬時に湧き出た疑問をひっこめる。
「察しがええみたいやな。そうや、宝宮の賜物で生じた規律の乱れには弾劾人は出動せーへん。ここから二つ先にあるヴィルゴン州なんかは賜物で、『破邪顕正』って大結界が常に州を囲んで展開されとる。これが規律の乱れと扱われたことはないな」
「……そっか。それでまあ、その弾劾人さんとやらは誰にも手が付けられないくらい強いの?」
面白い話だし、深堀りしたいけど、やめておこう。
それと破邪顕正という単語が出たとき、スラさんを筆頭にした人間ではない者達が一瞬顔をしかめたのは僕は見逃さなかった。
「強いなんて表現が弱いわ、異次元や。アイツらにその気があれば、このアナーキアに浮かぶ星々を一瞬で全部撃ち落とせるって確信できるくらいやと思ったらええわ」
「星を撃ち落とす……外の世界を容易く滅ぼせるってことか」
ルケが昨日、夜空の星々はアナーキアから観測した外の世界って言ってたからそういうことなんだろう。
「実際、過去にはたった一人が規律を乱したせいで州が丸々更地になったこともあるくらいや」
「えっ、そこまでするの?」
「まあ、異邦人はみんな驚くわな。――でも、逆にアナーキアやからそこまでやるねん」
その疑問にお答えしますって感じでアスリが重々しい表情のまま続ける。
「これは個人的な推測も入っとるけど、アンタみたいな異邦人は別に珍しいわけちゃう。この都市は生命の入れ替わりがホンマに激しいねん。無街なんてとこもあるくらいやしな」
チマキの無街講座を聞いた限り、アナーキアでの命の価値は恐ろしく軽いことを想像するのはいとも容易い。
「やからセントラルは……都市を支配しとる連中はこう考えとるんやろ。――“代わりはいくらでもおる”。やから、出鱈目なことしてでも規律を守らせたるってな」
「……………………」
そこで僕はちらりとルケの様子をチラりと伺う。
ルケが体を強張らせていた。
「じゃあ、尚のことよく分かんないな。誰も規律は乱してないですよね?」
誰かが呟くように言っていたが、再確認のため適当にパッと目に映ったスラさんに聞いてみた。
「……ああ、そもそもどこか規律が乱れた瞬間、都市全体に物凄いアラート音が鳴り響く。それが弾劾人出動の合図になってる」
「じゃあ前例が一切ない異例な出来事というわけですね?」
「……ああ」
スラさんが首を重く振って頷いた。
「うーん、ただでさえエマヌエルを倒すって目的の中、せっかく余計な刺客であるチマキさん達を追い払ったのに、それがただ負けの決まった土俵でバカやってただけだったなんて」
なんともまあ、お恥ずかしい話だ。
まさか、最初のチャプターからこんな前例のない場外裏ルールみたいなのが飛びかかってくるとは思いもしなかった。
ユウにはしてやられたと、心の底から称賛の声を浴びせてあげたい。
でも、これで逆に―――――――――――――。
「……そういや、にいちゃん。いや、アウトサイダーさんだったか?」
「はい、どうかしましたか?」
突然、スラさんが改まった口調で僕に体を向ける。
不定形な身体だから分かりにくいが、多分人間で言うところの背筋をピンと伸ばした直立不動の姿勢だと予想できた。
「――あれほどの額を“ストラ”のために“用意”して頂き、ありがとうございました。すぐに御礼を申し上げることができず、この港最後の老人として、不徳の致す限りです」
そしてここまで振る舞ってきた垢抜けの性格を正し、体全体を用いて、見事な一礼を僕へと示した。
その所作の美しさはまさしく年長者としての威厳を表しており、種族の違いによる意思伝達の違いはあれど、それが最上級の感謝を表すものであることは疑いようがなかった。
「……いえいえ、ただ恩人への謝礼しただけですよ」
「――いや、にいに。それはオレもねえねの分と合わせて言いたい。ありがとうございました!」
今度はネレも丁寧な姿勢で深々と頭を下げた。
『ありがとうございました!!』
恐らく、現在この港の中核を担っているであろう三人の内、二人が頭を下げている。
そんな姿を目の当たりにした周囲の若々しい漁師達も遅れて、僕に頭を下げた。
「……そういやあの金、どないして用意したんや? まさか、あんなかにあれほどの札束が入っとったとは、思いもせんかったわ」
それを感心した様子で見ていたアスリが何気なく言った。
そういえば、彼女には法式であのトランクを運んでもらったね。
「あはは……前の世界で少しの間、投資家だったことがあってさ? その時のノウハウでチョチョイのちょい! って感じで増やしただけだよ!」
「……たった二週間で十二億?」
「うん!」
「……アウトサイダー。アンタ、“スプリーム”ってのに聞き覚えあらへんか?」
「――スプリーム?」
数回の会話劇を終え、僕にとっては馴染み深い単語が飛び出した瞬間、誰よりも先にルケがその言葉に反応を示した。
「最近、彗星の如く現れ、投資界隈を戦慄させとる謎の投資家のことや。短期間で莫大な利益を上げる株を百発百中でぶち当てるんや。今じゃほとんどの投資家が、ヤツが金を突っ込んだ株にハイエナできるかどうかを悩みのタネにしとる」
「うん! それ、僕のことだよ! いや〜昔、友達に貰った渾名でさ? 大切に使ってるんだ〜!」
アスリはやっぱり経営者なだけあって、色んな業界に精通してるみたいだね。
まさか、過去の思い出を最初に口にされる相手がアスリになるなんてね。
「……そうか。やっぱりアンタは――ただモンじゃねぇみてぇだな」
それをずっと耳にしていたスラさんが頭を上げた。
「ここまで世話になったアンタの前で、こんなことを言う結果になったことは、申し訳なく思ってる」
そこで最初に感じ取れたのは――異質に変化を遂げた重低圧な声色だった。
「ワシらはこの港を放棄する。ポントス港は今日で店じまいだ」




