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アナーキアマガジン 〜無意味な全能証明〜  作者: 黒種恋作
Vol.1『ゲミニに灯るセントエルモ』
34/36

第26話 『十二億の価値』

 それは水風船を叩き割ったような状況だった。

 過去がどうであったかは関係なく、今の状況では視界に入れることなぞ罰当たりでしかない莫大な札束。

 それは漁師達の口と身体を激しく揺らし、一番近くで拝謁する栄誉を得ていたネレに至っては口元を両手で抑え、言葉を喪っていた。


「まず……五億はチマキさんが直近に指定した額だから、そのままお渡しするとして、残り七億。そのうち二億はチマキさん達に、残りの五億は時間を買いたいな」

「……まて。そのまえに答えろ。一体この金はどっから飛び出してきた?」


 そんな中でほんの小さな動揺を表した声が僕を叱責するように飛び出してきた。

 やっとの思いで取り戻したものが淡い光のが消滅するように消え、チマキは何度目になるか分からない焦りを露わにした。


「ん? これはポントスが出した利益の一部で、チマキさんの()()のお仕事はお金の徴収。必要額が準備されたんだから、気にする必要ないと思うんだけど?」

「………っ」


 今度は僕の方が正しい。そう言われればそれまでとなるよう話を区切り、続ける。


「ふふふっ、それで時間についてなんだけど……一週間につき一億。計五週間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を契約として、州議会にお金を納めさせてほしい」

「……!!」


 僕の明確かつ単純で分かりやすい要求にチマキが目を大きく見開く。


「手っ取り早い話、お金を受け取れば五週間。ゲミニ州議会とその協力組織はストラ以外ポントスに関与しちゃダメ。この契約を破った場合、外務大臣率いるテトラビブロスの権限を持って、セントラルとして然るべき措置を取らせてもらう。細々としたことはここにある契約書に記載されているから、今すぐ目を通してね」

「け、契約書だと………」


 衝撃は眼を曇らせ、心を揺さぶった。

 僕がおもむろに懐から投げ渡した契約書を空中でキャッチしたチマキは食い入るような姿勢でその本文を確認し始めた。

 普通に考えれば、そんなものをいつ用意したのかという言葉が飛びだすべきなのだが、ここまで僕が作った只者ではないやり手感と十二億という額のお金がそれを雲散させた。


「その契約書に同意できるなら、そこにサインして。もちろん、あくまでこれはポントス側の州議会に対してのお願い。断って貰っても全然大丈夫です。でも契約しなかったら――この五億はポントスの懐に入ることになる。チマキさんなら――この意味わかるよね?」


 といったところで、「この状況なんなの?」と感じたそこのきみ! ぱっと解説するね。

 今のこの状況、一見ポントスの方が弱く見えるけど、実は有利なのはこっち側なんだ。

 そもそも、どうしてポントスの人達がこの港から追い出されかけているのか?

 それは単純にお金を払っていないから。

 このポントス港がある土地は、特定の個人が所有してるものじゃなくて、州全体で管理されている場所。これはさっきから散々言われていたことだよね?

 借りている土地でなにかするってことは、その借主は持ち主にお金を払わないといけない。

 遊園地に例えればわかりやすいかな?

 遊園地で遊ぶためには、必ず入口でお金払ってチケットを買う必要があるよね。

 これに今回の話を当てはめてみると、州議会が運営してる遊園地(港)にお客さんとして遊びに来たポントス港の人達がチケットを買わずに遊園地を遊び始めたようなものなんだ。

 じゃあ、追い出されて当然じゃん。ここの人達、なんで居座ってんの?

 そこが今回の複雑なところでね。この遊園地、責任者が二人いるんだよ。

 さっさストラが利益を独占してるってあったと思うんだけど――これは遊園地でいう顔パスをストラが発行したようなもので、「君達は特別にタダで遊んでいいよ」ってしてるんだ。

 これがユウ達にとって物凄くタチの悪いことで、片方ストラがタダにしたせいで、ポントスの人達は完全な悪者として扱えない。

 力任せに追い出せないんだ。

 だからこれに対して、「いやいや、アイツらだけ勝手に特別扱いすんな! きちんとお金払え!」ってきてるのが、もう一人の責任者であるユウ……ひいてはここにいるチマキさん達。


 でもまあ、それでも即座に武力行使して追い出していいはずなんだけど………そこがユウの優しさってヤツなんだろうね。

 ――だって、お金さえ用意できれば、こんなの即解決してしまう話なんだから。


「……………………………………」


 じっと二つのトランクに入ったお金を凝視するチマキ。

 お金を用意してしまった今、少なくとも今日のところはあのトランクを握って帰ることになるだろう。

 そうしておめおめと逃げ帰って、ハイ終了と話が済む訳がない。

 どうせなにかしらの嫌がらせが始まり、それに対応を追われて振り出しに真っ逆さまってなるのは目に見えてる。

 だから、五週間手出しできない状況を作ろうじゃないかってわけさ。


「――!! ……待て、一つ聞きたいことがある」


 そうして「返答は如何に?」とチマキの出方を伺っていると、彼女は何かに気づいたらしく表情をはっとさせた。


「この二つのトランクにカネを入れてから、一度でもその額が変動したことはあるか?」


 おっと――? まさかまさかの滅茶苦茶面白い質問が降って湧いてきたな。


「はははっ! ん~どうしてそんなことが気になったのか疑問なんだけど……そうだね~。僕が立ち会った限り、二つのトランクに入った()()()()()は変動なしの十二億ピッタシだね」

「――――そうか。ククッ……はっはっは!! アア――そうかぁ……」


 面白い質問に僕が素直に答えると、チマキは今まで閉じ込めていただろう感情いかりを解き放たんとしていた。


「なんか色んな感情もんが吹き飛んじまったなぁ……ここまでコケにされちまったらさあ――――熱が滾っちまってしょうがねえなあ!?」

 

 それは現在進行形で砂浜を飲みこもうとしているエクセア海の輝くさざ波のように。

 ジワジワと成長を続けるチマキの獰猛な熱に世界が満たされようとしていた。


「……………」


 だが、すぐさまチマキは己を律し、冷ややかな瞳で眼前の僕を値踏みし始めた。

 そこにある怒りが消したわけではなく、ただ冷静に物事を推し測らんとする知恵者の姿。

 そして、チマキは本当に誰も気づかない程度に一瞬、視線を僕の顔よりも“後ろ”へ移動させた。


「――だがまあ、いいだろう! まず、徴収分のカネは受け取ったから、今回はこれで手打ちにしてやる!」


 そして、初登場時に魅せた、道化師みたいに華やかな満面の笑みを浮かべた。


「えっ!?」

「……いいのか、見せしめの報復しなくて? ママの心情にも――」

「ああ――それよりも大事なことがあるからな。そうだろ?」

「「――――――!!」」


 突然の方向転換に困惑を漏らす子分達。

 チマキはそれを今までにない真面目かつ貫禄のある立ち振る舞いで吞み込ませた。


「そして次に時間を買うって契約についてだが……受けてやろう! 一通り読み終えたが、邪魔さえしなければ、こちらにとって都合のいい契約みたいだからな!」

「そっか!! それじゃあこのお金、全部持ってい―――!」

「ただし――だ!」


 交渉が成立したと思い、僕も気分よく締めの言葉を言おうとした途端に言葉がせき止められる。


「我々が売ってやれるのは五週間ではなく――“残りの”六日だけだ」


 そこからチマキの口から放たれた一言は、まさに渾身の一撃必殺技といったものだった。


「お、おい! ちょっとそれは流石に――!」

「静かにしろ、時栖妹。別にこれはぼったくりでもかけひきなんでもないんだ。この港に残された価値は残りの六日。だから、時間が欲しいというなら、在庫はそれだけしかない!」

「………ふーん」


 僕はチマキの意味深な言葉について即座に思考を働かせる。


「なるほど……じゃあ、まあいいか。六日で五億でいいよ。書き直すから一回貰うね。そのあとサインして貰うから」

「えっ!? いいの!?」

「はっはっは! 契約……違うな! 交渉成立だ!」


 チマキから投げ渡される契約書。僕はそれに上からペンで手を加えていく。

 作業を終えた僕はチマキの元まで歩いていき、契約書とペンを差し出す。


「――おい」


 すると、差し出すための腕が力強く握り締められた。

 チマキは僕にしか聞こえない声で続けた。


「オマエ、どこの組織の回しモンだ? まさか『棺桶かんおけ』じゃないよな?」

「ん? 何度も言うけど、僕は二週間前に来たばかりだけど?」

「馬鹿を言うな。いきなり二週間でなんの実績もない人間がセントラルに入省できるわけないだろ? 『特傑とっけつスリーブ』ですら、“受験戦争(じゅけんせんそう)”以外の方法で敷居を跨ぐことすら許されないとされる場所なんだぞ?」

「……ご想像にお任せあれってことにするよ」


 また知らない単語が一杯飛び出てきたけど、やっぱりセントラルってあんな簡単に入れるところじゃないんだな。

 僕は昨日のルケとの話し合いでなんとなく察してるけど、どうせなに言っても信じてもらえないだろうから適当にごまかすことにした。


「まあいい……だが、アンタ――なぜ、隠さない?」

「?」

「もうちょっとこう……あるだろ? もう見た瞬間からぷんぷんしてたぜ? 無街の奥深くで悦を肥やす――絶対に関わっちゃいけない“ヤツ”らと同じ臭いがさ?」

「はははっ、酷いな~。別になにかを隠した認識ないからね。僕は純粋な一般市民だよ? 今回の一件では、特にイイコトした覚えしかないし」


 そういう意味で怯えられてんだ。なんかちょっとヘコんじゃいそう。

 これもう普通に悪口じゃないかと僕は心の中で憤慨する。まあいいけど。


「はっはっは! ソイツは傑作だ! じゃあ、なぜか私達に無償で渡してくる“二億”の意味について! ここで正直に話してもらえるか?」

「勝手に色々やっちゃった迷惑料だよ。まあ、あれで焼き肉にでも行っておいで」

「おい、私やミノッペの前で焼き肉は意味深すぎだろ! 残酷表現だ! 残酷表現!」


 豪快な笑い声をあげ、チマキはすらすらと契約書に自分の名前を書き記した。

 字がやたら端麗でめっちゃかっこいい。


「よしっ! これでオッケーだな! じゃあカネは貰ってくぞ! 代わりにこれを時栖妹にやろう!」

「え? うわっ!?」


 契約書一式を僕に返したチマキが、今度はネレに向かって真っ白な何かを投げ渡した。


「こ、これって……セ、セントラルの!?」


 幸いなことにその真っ白な何かは僕にも少し見覚えのある物だった。

 あれはそう、セントラルの偉そうな人が任務の際に持ってきてた賞状筒の令状。

 他のセントラルの人達が身に纏ってる黒服と同じ配色の賞状筒にそっくりだった。

 白色の賞状筒は初めて見たな。嫌な予感だけはプンプンするけど。


「――おめでとう。『弾劾人だんがいにん』がここに出動するってさ。六日後はこの港の周辺全域が消し飛ぶだろうから、早めに逃げることをおすすめする!」


『は――――――――――?』


 チマキの下した爆弾宣告に、その場にいた全員の目が点になった。

 僕とルケを除いた全員が茫然自失となり、悪夢にうなされてしまったような顔へと徐々に変貌していく。


「そんじゃま! 用件は済んだし、私らこのままお暇する! せいぜい残りの時間を噛みしめろ! 期待はしとくから! ファルとミノッペはトランクを持て! パシーは私がお姫様抱っこするぞ!」

「「イエッサー!!」」


 親分の号令と子分の統制された敬礼。

 すたこらさっさと与えられた役割をこなして立ち去っていく様子をポントス港の市民達は特に何かを言うことなく、見送った。


『………………………………………………………………………………』


 理由は単純――――――みんな、それどころではなかったからだ。

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